カラーコインのレプリカ
――競売都市マリアステル プロ鑑定士協会本部。
コキュートスでのテロ事件、一日前 午後六時。
「いやあ、その手があったとはね。僕としたことがもっと早く利用すれば良かったよ」
「時間短縮できるならば、利用できるものは最大限しないとな」
「わらわはのんびりレイアと旅がしたかったのに……」
昨日テメレイアは、ウェイル達との会話の後すぐに銀行都市スフィアバンクへと向かうことになったのだが、スフィアバンクまでの道のりは遠く、汽車を使って往復すれば二日程度は掛かる。
出来る限り早く情報が欲しいウェイル達からすれば、その道のりの長さは少しネックである。
そこでフレスが思いついたのが、
「ミルに乗っていけばいいんだよ。すぐに帰ってこられるよ?」
という、龍やそのパートナーとしては至極当たり前の発想であった。
「そういえば確かに!」
天才テメレイアにしては珍しくその発想はなかったと絶賛。
「今までミルに乗ったことはないのか?」
「ないね。ま、ミルはアルカディアル教会からずっと軟禁状態にあったしさ。それに二人での旅は急ぐ必要もなかったからのんびりしてたしさ」
あまりミルとの自由の時間は無かったはずなので、こういう発想に行きつかなかったのは仕方のないところ。
むしろミルを龍としてではなく、一人の友人として見ていたことの証明ともいえる。
「ミル、僕を乗せて飛んではくれないかい?」
「うむむ……」
少しテンションの上がったテメレイアに対し、ミルは難色を示していた。
「わらわは、あまりあの姿にはなりたくないのじゃ。あの姿は人間から忌み嫌われる姿。多くの命を奪った姿じゃぞ。レイアにとっては気味が悪い姿じゃと思う。イルガリに操られた時も、わらわはあの姿をとっていたのじゃろう?」
神龍『ミルドガルズオルム』。大地の力を備えた緑の龍の姿。
多くの伝承に登場する、通称『狂い荒ぶる大地の龍神』。
その伝承の内容は酷く残酷なもので、子供を聞けば戦慄を覚え泣いてしまうほど恐怖する内容だ。
自分自身の事だ、伝承の真偽がどうなのか、誰よりもよく知っている。
人間の敵としてはっきり描かれているミルの真の姿は、ある程度人間との和解を見せた今のミルにとっては忌み嫌う姿であるというわけだ。
「わらわは、レイアには嫌われとうないのじゃ……」
頭を垂れるミルの気持ちを、フレスは同じ龍として痛いほどよく判っていた。
だからフレスが声を掛けようと思った、その矢先。
「――君は本当に可愛いなぁ」
「……!? レイア!?」
テメレイアはスッと手を伸ばし、力強くミルを掴むと、そのままグッと引き寄せて抱きしめた。
「僕が君を嫌うような事、あるわけないじゃないか。親友だろう? むしろそう言う風に思われていたなんて、ちょっとショックかな」
「レイア……?」
「僕は命を賭してまであのアルカディアルの連中から君を取り戻したんだよ? 今更どんな君の姿を見て、嫌に思うわけがないさ」
グッと抱きしめる腕にも力が入る。
「う、うむ。そうじゃ、そうじゃったな……。すまぬ」
ちょっとばかし苦しいけど、テメレイアの落ち着く匂いに包まれて、ミルは素直に謝った。
「僕を乗せて飛んでくれるかい?」
「勿論じゃ。任せてくれ」
ミルはそう言うと、自らも手を伸ばしてテメレイアに抱きついたのだった。
頭を上げたテメレイアはフレスと視線を交差させると、互いに笑みを浮かべあった後ウインクをしてくれた。
「ウェイル、レイアさんって本当に良い人だねぇ」
「当たり前だ。俺の親友だからな」
こうしてテメレイアは、ミルの背中に乗ってスフィアバンクへと向かうことになったのだった。
――●○●○●○――
テメレイア達がスフィアバンクへと向かって飛び出した、その一時間後。
「テメレイアが帰ってくるまでに、俺達も出来る限りのことをしておこう」
「『セルク・ブログ』を用意すればいいんだね?」
「それもある。まあ『セルク・ブログ』に関してはフロリアが持ってきてくれる手筈になっている」
その時丁度、キイッと部屋の扉が開き、アムステリアが入ってきた。
「ウェイル、『セルク・ブログ』を見つけたわ。フロリアの奴、一度貸すと決めた癖に中々出してくれなくて」
「うう、だからと言って髪型いじらなくてもいいじゃない……」
軽く腕を縛られたフロリアとニーズヘッグが後からついて入ってくる。
見るとフロリアの髪型はまたもモヒカンとなっていた。
「この子の髪、艶もあって綺麗だったから遊び甲斐があったわ」
「アムステリアって、ルミナスと全然性格似てないよ……」
「あら、それは私の方が優しいということかしら」
「……ルミナスの百倍は怖いよ……」
それはさぞかし面白い光景が広がっていたのだろうが、それは棚上げするとして。
「貸してくれ」
「はいな」
再び『セルク・ブログ』を入手することが出来た。
「これで後はレイアさん達を待つだけ?」
「いや、まだあるだろ。大切なものが」
「うん? まだ何かあったっけ? インペルアル手稿はレイアさんの記憶頼みだし……。他に?」
「おいおい、あるだろ? ――カラーコインがさ」
「えっ!?」
――カラーコイン。
確かに『セルク・ブログ』の内容にも、それに近しい内容が出てきていたし、重要な鍵を握っている神器に違いなさそうだ。
「でもウェイル! カラーコインは全部ダンケルクに!」
「本物はそうだな。奴らの手に渡ってしまった。」
カラーコインは運河都市ラインレピアにて、『異端児』所属にしてかつての先輩であるダンケルクに全てを奪われてしまった。
「だが俺達は持っているだろう? カラーコインの――レプリカを、な」
「――あっ!?」
――そうだ。
フレスは確かにカラーコインの贋作を持っている。
フレスはすぐさまウェイルの金庫へと駆け寄った。
「ウェイル! 開けるよ!」
「……勝手に開けるな、って言っても無駄なんだろうな……」
すでに金庫の番号をフレスにばれている以上、止めようもない。
金庫が開き、フレスが頭を突っ込んで、目的の品を取り出してきた。
「あったよ、ルーフィエさんが作った、カラーコインのレプリカ!」
フレスが机に置いた、五枚のカラーコイン。
「俺が預かった奴とお前に預けた奴、合計五枚。ギルも二枚持ってるんだろ? だとしたら実質七枚。こいつはルーフィエが精密に作り上げたレプリカだから、材質や塗料が違うにしても柄や模様は同じなはずだ。だとすれば鑑定は可能かもしれない」
以前ルーフィエから預かったレプリカのカラーコイン。
まさかこいつが役に立つ日がこようとは、誰にも想像すら出来なかっただろう。
「ボク、あの時裏オークションまで行って取り返した甲斐があったよ!」
「だな。フレスがあの時取り戻してくれていなければ、今頃かなり困ったことになってたよ」
以前貧困都市リグラスラムで、フレスはこのレプリカを盗まれて、そして取り返したことがある。
あの時は、カラーコインはレプリカであるし取り戻す必要はないと思っていたが、こんなところで生きてくるとは、運命の巡りというのは面白い。
「これで全部かな?」
「いえ、まだあるわよ」
モヒカンにして縛り付けたフロリアの上に腰かけていたアムステリアが、ひょいと取り出した一枚の絵画。
「ううう、重い」
「殺すわよ?」
「ひいいいいい!?」
シクシク涙を流すフロリアから立ち上がると、手に持ったものを机の上にドンと置いた。
「セルクに関するものなら全部必要かと思ってね。ほら、こいつも必要かもよ」
アムステリアが出してくれたのは、『セルク・ラグナロク』の絵画であった。