異端児達の休日
――大監獄『コキュートス』へのテロ、その二日前。
ここは農作都市『サクスィル』都市中央広場。
サクスィルらしく落ち着いた雰囲気の、このおしゃれなカフェのオープンテラスに、一際目立つ連中がいた。
「さてと、ケルキューレも手に入ったことだしさ。最後の大仕事が間近になってきたねぇ」
「イドゥが指示を出したらな。リーダー、お前さん勝手に動くんじゃないぞ」
「判ってるってば」
運河都市『ラインレピア』にて、伝説と謳われる『三種の神器』の一つ『心破剣ケルキューレ』を手に入れた『異端児』御一行はと言うと、一部のメンバーを除いて農作都市『サクスィル』へ、先の戦いの疲労を癒すため観光にやってきていた。
「しかしサクスィルのコーヒーは美味しいねぇ。コクと香りが違う」
「リーダーって、コクと香りが違うと言っていれば通だと思われると勘違いして、いつも言ってる」
「あ、アノエ? 違うよ? 僕は本当に味の違いが判る男なんだけど? う~ん、実に美味しい。コーヒーはブラックに限るなぁ」
「今リーダーが飲んだコーヒー、さっき私、砂糖入れまくった」
「……アノエ? ち、違うよ? 砂糖を入れたコーヒーを飲んでみて、改めてコーヒーはブラックが最高だと、そう言っただけだよ?」
「今美味しいって言ってた」
「苦しいぞ、リーダーよ。お前そもそも普段コーヒーなんて飲まないだろうが」
「ダンケルク、それはナイショの約束でしょ!?」
あれほどの大事件を巻き起こしてくれたというのに、イドゥがこの場にいないだけで随分と呑気なメンバー達である。
「しかしフロリアの奴、予想通りだったな」
「う~ん、まあフロリアは裏切るのはいつものことだしさ。気にならないよ。むしろ彼女の個性は面白くて、僕個人としては好きだなぁ」
「り、リーダーがフロリアに告白してる!? そ、そんな……!! リーダーってフロリアみたいな活発な子が好みなんですね……!!」
ガタッと椅子を倒しながらコーヒーカップを片手に、驚きの余り立ち上がるルシカ。
「ルシカ、驚きすぎだよ! しかも変な勘違いだって! 別に僕はフロリアのことなんて、なんとも思ってないんだからね!」
「酷いツンデレだな、おい。なんつーか、キモイな」
「りりりりり、リーダーがフロリアの貞操を狙っているだなんて……!! 不潔です!!」
「酷ッ!? ダンケルク酷い!? ちょっとルシカ! いつまで勘違いして、そしてビックリしてんの!? アノエまでビックリするでしょ?」
「しない。全く興味ない。私が興味あるのは剣だけ。だからリーダーの剣も欲しい」
「あげないよ、ケルキューレだけは!」
リーダーことメルフィナは、布でくるんだケルキューレをアノエから遠ざける。
この剣を手に入れて以来、アノエからの視線と殺気が凄まじい。
実際、夜は警戒を怠れば、剣は彼女に盗まれてしまうだろう。
「欲しい……欲しい……。奪う……奪う……。殺す……殺す……」
「露骨すぎる目線と呪うように呟くのは止めてよね……」
さて、この場でくつろいでるメンバーはというと、メルフィナ、アノエ、ダンケルク、ルシカである。
他の面子はというと、イドゥはいつもながらに神出鬼没であるし、重要な場面には必ず出てくるので別にメンバーは心配などしてはいないのだが、問題はスメラギとルシャブテである。
「スメラギは酷い怪我を負ったと聞いたのですが、大丈夫なのでしょうか?」
「結構酷い怪我だったぞ。あのアムステリアがボコボコにしてくれていたからな。生きているのが奇跡だよ。あいつの蹴りは、見ていた俺ですら鳥肌が立つほど怖かった」
アムステリアが鬼の顔をしながら蹴りを振り回す姿なんて、想像するだけで恐ろしい。
「ダンケルクさん、見ていたのならどうして助けなかったのですか……」
「俺は水の時計塔から望遠鏡で様子を窺っていただけだ。あんな強酸だらけの地区に足を踏み入れるなんざ正気の沙汰じゃない」
スメラギの強酸は、ラインレピアの完全復興を二年遅らせるほどの力だった。
そんな中に飛び込むなんて、ダンケルクには出来るはずもないし、する気も無い。
「結局倒れたスメラギをルシャブテが助けていたな。なんだかんだ言ってあの二人はお似合いだよ。今頃ルシャブテが優しく介抱しているんだろうさ」
「ルシャブテは趣味が悪いですからね。私はスメラギが心配です」
「ルシャブテが介抱か……」
人の目をくり抜くことが趣味のルシャブテが、一体どのような介抱をするのか、皆の興味はそこにあった。
「スメラギは何をされても幸せなんだろうな」
「だな」
「次の指令は伝わっているんだろうしさ、ま、イドゥが指示を出すその時までお互いにゆっくりしていようよ。うん、やっぱりコーヒーはブラックだなぁ」
「リーダーが飲んでるの、それカフェオレ」
「……アノエ? ち、違うよ? カフェオレを飲んでみて、やっぱりコーヒーはブラックだと改めて思った感想を述べただけだよ?」
「流石に苦しすぎるぞ……」
そんなわけで束の間の休息を取っていた『異端児』の面々であった。
――――
――
「はぐっ、はぐっ!!」
「アノエ、女の子なんだから、もう少し御淑やかさを出しながら食べましょうよ」
「ん? ルシカ、そのパンいらないのか? 私がもらってやる」
「差し上げますから、もっとゆっくり食べてくださいね……」
わっしゃわっしゃと無言無表情で胃に食べ物を詰め込み続けるアノエの横で、ルシカがため息をつきながら食後の紅茶を楽しんでいた。
「イドゥさん、遅いですねぇ」
この日の昼には合流する予定であったのだが、未だにイドゥの姿は見えない。
おかげで昼食を兼ねた長いティータイムとなってしまっていた。
「すまない、遅れた」
アノエが最後のパンを丸のみしようと口を開けた時、丁度イドゥがこの場に到着した。
「遅いよ、イドゥ?」
「すまぬな。少しばかり準備があった故。ワシも昼食にしよう。店員を呼んでくれ」
昼食が運ばれてくると、今しがた腹いっぱいに昼食を取ったばかりのアノエが涎を垂らしながら見つめくるのを完全に無視して、イドゥは食事をしながら話を続けた。
「実はスメラギ達と連絡を取っていた。身体の方はもう問題ないらしい。すでにピンピンしているそうだ。スメラギは「るーしゃの愛のおかげ」とか言っていたが、やはりスメラギは普通の人間じゃないな」
「さりげなく酷いこと言っていますね、イドゥさん」
「ルシャブテも普通の介抱が出来るんだな」
「ということで奴らも次の作戦には問題なく参加できるそうだ。ルシャブテはどうでもいいがスメラギの持つ神器の力はどうしても必要だったからな。それこそルシャブテはどうでもいいが」
「さりげなくする努力すらしないんですね。イドゥさん……」
なんと不憫な扱いのルシャブテだろう……と思いもしたが、あながちイドゥの言うことも間違ってはいないのでこれ以上は庇うことはしない一行である。
「ねぇ、イドゥ、ティアは?」
この場にいない少女、ティア。
メルフィナも時計塔の後分かれて以来、顔を合わせていない。
あの時はイドゥに連れられて行ったはず。
「ティアは一足先に現地に行って下見をしてもらっている。結局、この作戦はティアが大暴れしてくれて初めて成功に至るわけだからな」
「だよねぇ。作戦聞いた時は驚いたよ。まさかの司法都市ファランクシアの大監獄を襲撃するだなんて。命がいくつあっても足りないよ」
「仕方ないだろう、目的のブツがそこにしかないんだから。それにリーダーよ。貴様はこの度の作戦には参加せんだろう。お前はお前の目的の為に任務にかかれ」
「はいはい。もう少しゆっくりしてからねー」
ズズーッとコーヒーを飲み干す。
感想の一つでも言おうかとは思ったが、コーヒーを飲む様子をじっとアノエに疑るような目で見られていたのだから、感想を言うのを止めることに。
「……ちっ」
「やっぱり期待してたの!?」
「この度の作戦は少数精鋭で行く。作戦の規模は大きいが、それほど大事な戦闘にはならんだろう。面倒事は全てティアが引き受けてくれる。ワシらは情報通りに進めば良い」
耳に光るピアスを指さすイドゥ。それだけでルシカは意味をほとんど理解した。
「では今回の作戦は私とイドゥさん、ティア、スメラギで行くんですね?」
「ワシが行かねば条件に満たないし、お前さんの力がなければ例のブツの場所の特定は出来ん。スメラギも同様。後は……そうだな、ダンケルク、お前さんも来るか?」
「ああ、俺に任せろ。治安局には個人的にも恨みがあるしな」
プロ鑑定士協会に裏切られたダンケルクを、不当に拘束したのは治安局だ。
治安局が絡むとなれば、ダンケルクは危険を顧みずに協力を打診してくれる。
「残った者は先に最終計画を進めておいてくれ。正直最終計画にはダンケルクの力が欲しいところだが、この度の作戦が優先だ。リーダーよ、余ったメンバーと仲良くやるんだぞ?」
「余ったメンバー?」
イドゥ、ティア、ダンケルク、ルシカ、スメラギがいないとなると、余ったのは。
「ちっ」
「アノエ!? そんなに僕と一緒にいるのが嫌なの!?」
「別に。ではリーダー、君はルシャブテと一緒にいることはどう思う?」
「嫌だなぁ……、絶対喧嘩になっちゃうもんねぇ」
「喧嘩なら私も参加する。その剣を賭けて勝負だ」
「だから絶対渡さないよ!?」
「リーダーらは放っておいて、ワシらは行こうか。決行は明日の深夜から。準備もいるしな」
「はーい。ではリーダー、アノエ、また後でね!」
作戦を開始するために、実行メンバーがカフェから去ると、残ったのはアノエとメルフィナ。
「僕らもそろそろ行く?」
「うん。剣の手入れもしたいし」
「そうだね。じゃあそろそろヴェクトルビアにでも行こうか」
「何をしに?」
「例のモノを奪いに。全く、フロリアのせいで余計な仕事が出来ちゃったよ」
「フロリアはあれが普通だから。別に何も思わない」
「まあ僕としてもそうなんだけどさぁ。……まぁいいや。行くよ、アノエ――――って、あれ?」
椅子から立ち上がった時、ふと目に入ったのはリーダーの前に置かれた請求書。
「あれあれ!? イドゥ達、お金置いていってない!?」
サーッと背筋が冷えていく。
ポケットをまさぐって、そこには何も入ってはいない。
「ちなみに私は財布を持っていない」
視線を送ろうとする前に、アノエはそんなことを言ってくる。
「……僕はルシカがお金出してくれるものだとばかり思っていて何も持ってきてないんだけど」
「……てことは」
「……そういうことだよね」
二人がそう顔を見合わせた時、タイミングよく店員が通りかかる。
「お帰りですか? お会計なさいますか?」
にっこりとほほ笑む店員の顔に対し、メルフィナの顔はひきつっていたことだろう。
「えっと、まだ、まだいいです! ほら、アノエ、まだ食べるでしょ?」
「もうお腹いっぱい――ふぐ!?」
「あらら、そんなにメニューを顔に近づけなくたって見えるでしょ!? ホント、アノエったら食い意地はってるんだから! ほら、次選んでよ!」
バシンと顔にメニューをぶち当て、アノエの発言を止めさせる。
「ふぐーっ!?」
「注文が決まりましたらお呼び下さいね」
「は、は~い」
「ふぐぐぐっ!?」
こうして店員の目をごまかした二人の次の行動はというと――
「よし。逃げよう」
「異論なし。そしてリーダー、後で殺す」
「それは止めてくださいませんか?」
――ぴゅーっという音が聞こえてくるのではないかと思えるほどの、即決・迅速・恥じらいなくという三点が重なった、見事な食い逃げであった。