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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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音の消えた滅亡都市

「ウェイル殿、行きましょう」

「……外が騒がしいと思って見てみれば、凄まじい状況ですね」


 シュラディンがウェイルの部屋を訪れたとき、ウェイルはすでに身支度を調えていた。

 準備が良すぎる事に舌を巻いたが、ウェイルにその理由を聞くと。


「凄まじい音と、窓の外に広がった氷を見て、テロかクーデターでも発生したのだと理解していました。身の安全を考えたら、こうするのがベストだと思いまして」

「……流石だな」


 聡明さもここまで行けば天性の才。

 脱出ルートも、ウェイルの知る王族専用ルートを使い、すぐさま外に出ることが出来た。


「何が起こった?」

「ウェイル殿、いやこれからはウェイルと呼ばせてもらう。詳しい話は後でするが、このフェルタリアはもう危険なのだ。滅びると言っても良い。だからすぐにフェルタリアから出る」

「何!? 民を残して逃げるのか!?」

「王の命令だ。民は自分に任せろと、そう仰せられた」

「父上は無事なのか……?」

「…………判りませぬ」


 聡明なウェイルだ。この意味は理解しているはず。


「僕はこの先どうなる?」

「フェルタリアを出て、ワシと暮らす。いつかウェイル、君がこのフェルタリアを再建せねばならん。それが王の最後の望みだ」

「最後、か。……突然の話しすぎて、全てが全て信じられない」

「とにかく今は逃げることが優先だ。時間はその後にたっぷりとある。その時に全てを明かそう」


 王宮から逃げ出して三十分後。


 二人がフェルタリアの巨大な城壁を越え、近くの山中に入ったとき。

 フェルタリア全土に響き渡る、美しい音色が響き始めた。


 稀代の天才ライラが、大親友フレスと共に書き上げた、それは神の力を呼び起こす賛美歌。

 いや、フェルタリアという都市の最後を見送る鎮魂歌とでも言うべきか。


「何だ、この曲は……!? 今までに聞いたこともないほど、素晴らしい旋律……!!」


 三種の神器『異次元反響砲フェルタクス』を使って、アイリーンの奏でる最後の演奏が、ついに始まった。




 ――――――――



 ――――


 ――




「――さあ! 始めちゃって、お姉ちゃん!! アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 高笑いをあげながら、メルフィナは最高の気分に酔いしれていた。

 全ての神器の頂点が、今ここに発動する。

 フェルタクスの力は、世界を混沌へと導く鍵。

 新しい世界の幕開けに、心が躍らずにはいられない!


 メルフィナに命令されて、虚ろな目で鍵盤を叩き始めたアイリーン。

 その曲を演奏し終わった時、世界は今よりずっと面白いことになる。


「流石は天才ライラ。結構欠けていたはずの曲だったのに、完全復元しているじゃない! アイリーンお姉ちゃんとは違って、本当の天才だったんだね!」


 ライラが復元した神の詩は、完璧にフェルタクスへとなじんでく。

 魔力が底知れず溢れていくのが、肉眼でもはっきり見えるほどだ。


「このまま、このまま世界を変えちゃってよ、アイリーンお姉ちゃん!!」


 アイリーンは黙々と鍵盤を叩き付けて、演奏は激しさを増していく。

 強く叩きすぎて、彼女のスラリとした白い指も血で紅く滲んでいるが、それでもアイリーンは一切演奏を止めることはない。


 だが、ここに来て、メルフィナはある異変に気づく。


「……あれ? フェルタクスが次の段階に移行しない……?」


 演奏が始まって二分。

 文献通りならば、そろそろフェルタクスの形が変形し、その美しい砲台が姿を現し始めるはずだ。


「……何かおかしい。……もしかしてお父様が何かしたのかな……?」


 すぐさま演奏するアイリーンの側へと駆け寄った。

 そして見つけた。

 不自然に開いた八つの何かを埋めるスロットの様な場所。


「あちゃー、してやられちゃったなぁ……。ちょっとお父様を侮りすぎたね」


 先程わざと逃がした時に、持ち去られていたことを今更気づく。


「てことは、このままだとこの膨大な魔力が暴走しちゃうってことか。なーんだ、お父様の言う通りになっちゃったね」


 一度始まった演奏はもう止まらない。

 逆に今無理矢理アイリーンを殺して止めたとしても、この集まってしまった魔力については手の施しようがない。

 ニーズヘッグに相殺を頼もうかとも思ったけれど、これほどの魔力の相殺は難しそうだ。


「このままでは間違いなく、大爆発だよね。まあ、一番の目的は達したし、これも予想済みだけどさ」


 こうなった以上、やる事は一つ。


「ニーちゃん! いこっか! 逃げるよー!」


 ドゴンと言う爆発音が響いて、隠し部屋の壁が粉砕されて、外が一望できるようになった。

 そこに現れたのは龍の姿のニーズヘッグ。


「さっさと逃げるよ~」


『……アイリーンは……?』


「ああ、お姉ちゃんはもうダメだよ。すでに心が壊れちゃっているからさ。用済みだから捨てていく」


『判ったの』


「急いでね? 後五分くらいしか時間残ってないから」


『大丈夫なの。早く行くの』


 夜のフェルタリアに三度暗黒の翼が広がる。


 だが、都市に住まう住民は、響き渡る甘美な神の詩に酔いしれて、誰も龍の姿など気にも止めてはいなかった。








 ――●○●○●○――







「……良い曲なの」

「だねー」


 空を駆ける二人が、そんな感想を述べていた時。



 突如として響き渡り始めた音楽に、フェルタリアの住人達は何事かと空を見上げた。


 誰もが足を止め、息をすることすら忘れ、静かに曲に酔いしれていた。


 天才少女ライラの復元せし神なる曲は、人々の心を奪って、身体と魂を麻痺させていく。


 ただ強欲にその音色を耳から取り入れようと、それ以外考えることを止めた。


 ――それは世界の終末に相応しい、鎮魂歌といえた。




 『時代の覇者は放たれる』



 『黄金の鍵は龍の手なり』



 『五つの円は滅びの歌に』



 『女神と剣から信仰集め』



 『創世の光が世界を洗う』



 『哭けや憂いや人の器ぞ』



 『畏れや崇めや神の器ぞ』



 『終焉は王の手によって』




 アイリーンが最後の一節を叩き終える。

 血で染まる鍵盤の上に、精根尽き果てたアイリーンが突っ伏した。




 ――その瞬間であった。




 まばゆい輝きが王宮から天に向かって伸びていく。


 人々は夢を見ているようだった。


 天使の奏でる曲の後は、光の柱が点に伸びる。

 

 想像を絶する幻想的な空間に、人々はただ傍観するしかなかった。


 光が天に伸びきったと同時。


 フェルタリアという都市全体を、光の柱が飲み込んだ。


 音もなく、風もなく、あるのはただ光だけ。




 時間にしてみれば三十秒だろうか。


 光が消え去り、世界は元の静寂なる夜へと舞い戻る。


 静寂ほど怖い物はないと、シュラディンはこのとき、心の底から震え上がっていた。


 静寂。


 音が、全ての音が消え去っていた。



 フェルタリアの都市自体は、光の柱の前とそう変わりは無い。



 一つだけ違ったのが、音。



「シュラディン、今のそうなのか!? さっきからずっと言っていた事とは!」

「……そうだ。我々はこれから逃げていたのだ」

「あの光に包まれた者達はどうなる!?」

「判らぬ……。だが、無事ではないだろう……!! ――ウェイル、どこへ行く!?」

「見てくる!」


 いてもたってもいられなくなったのか、ウェイルはその足で元来た道を戻っていく。


 そしてフェルタリアの城壁から中へ一歩入ったとき、何が起こったかを理解した。


「だ、誰も、誰もいない……!!」


 世界から音が消え去った。


 それは世界から人が消え去ったと言うことであった。


「な、な……!!」


 ほんの数十分前までは、人がそこに暮らしていた。

 民家を覗くとそれがよく分かる。

 作りたての料理に、子供が遊んだ後のおもちゃ。

 ゲーム中のトランプに、残された吸いかけのタバコ。


 そして何より判りやすい人がいた証が、大通りに大量に残されている。



「――衣服や靴が、全部残っている……!!」



 そこら中に落ちている服や靴。

 これら一つ一つが、そこに人が生きていたという証。


「う、ううう、…………!!」


 吐き気を覚え、地面に手をつき、胃の中の物をぶちまける。


「み、皆、消えてしまった……!! フェルタリアが、消えてしまった……!!」


 その夜、神器都市フェルタリアは、その名前を変えることになった。


 人がいなくなった都市は、もう都市ではない。


 ただの廃墟なのだ。


 足が震え、己の足で立つことすら出来なくなっていたウェイルを、シュラディンは必死に背負って、この都市を去った。


 後にシュラディンの口からウェイルに語ったのは、一部の真実だけである。


 ウェイルが影であることは絶対の秘密として、それを避けて説明するため、メルフィナやフェルタリア王家のついてのことは全て伏せた。


 唯一語ることが出来たのは、これを引き起こしたのは『不完全』という犯罪集団であること。


 神器を巡る争いの果てに、フェルタリアはその名前を変えることになってしまったこと。


 神器都市フェルタリアという都市はもうない。


 後にフェルタリアはこう呼ばれることになる。



 ――『滅亡都市フェルタリア』と。






 ――●○●○●○――





「手に入れてきたよ。フレスの方は無理だったけどね。しかしまさかお父様さえ知らない隠し部屋にあっただなんて、ちょっと信じられないね」


 ニーズヘッグが手に入れてきた一枚の絵画。

 メルフィナが贋作士組織『不完全』の中で、確固たる地位を手に入れるために入手した貢物。


「龍が封印されている絵画、か。こんなものを上層部は欲しがっているなんて、一体何をするつもりなのかな?」


 メルフィナが組織に献上したその絵画には黄金色に輝く龍の姿が描かれている。


 そう、この絵画には――光の龍、ティマイアが封印されていたのだ。






 ―――――――――――――――――――――




 シュラディンは、ほとんどの事実を隠して、ウェイルと共にリグラスラムへ移り住んだ。

 

 カラーコインはリグラスラムの闇オークションを利用して、二度と一か所に全てが集まらぬように、市場へと放流した。


 フレスの絵画は、親交のあった王都ヴェクトルビアのルミエール美術館へ寄贈した。


 のちに美術館に強盗が入り、絵画を奪われてしまったことをシュラディンは知る由もなかった。


 この時より二十年。


 運命は再びフレスを現代に蘇らせることになる。



 ―― 皮肉にも、それはシュラディンの愛弟子、ウェイルの手によって ――






今回で第十三章は完結となります。読んでいただいてありがとうございました!


次章である第十四章は再びウェイルとフレス、そして運の良すぎる治安局員、ステイリィに活躍してもらう章となります。


第十四章の次は、ついに最終章となります! 是非最後までお付き合いくださいませ!


龍と鑑定士 最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編『ステイリィ英雄譚』


よろしくお願いいたします! 

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