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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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フェルタリア王の三つの頼み



「いやあ、お父様は流石ですね! ここまで綺麗に神器を保存していたなんて」

「……クッ……!!」


 一足先に書斎奥の隠し部屋へと向かった王。

 だがすぐに追いついてきたメルフィナの神器の力の前には手も足も出ず、両手両足に枷を嵌められて石畳の床に転がされていた。


「さーて。後はアイリーンを待つだけだね」


 そう呟いて見上げたのは、喉から手が出るほど、それこそ夢にまで見て欲し続けていた三種の神器。


 ――異次元反響砲フェルタクス。


 その秘密はセルクが握るとされており、フェルタクスの制御方法も、セルクの絵画に載っているとフェルタリア王家に伝わっている。


「セルクの絵画がないのに、お父様はよく利用方法を知ることが出来たね。流石は僕のお父様」

「ふん。ワシが手に入れた使用方法が正しいのかも判らんぞ。ワシら王族の仕事はただ、そいつの管理・制御だけだ。使用は仕事に含まれてはおらんのだからな」

「とか言っちゃってさ。結構最近セルクの絵画買ってたりしてたでしょ? ほら、『セルク・ラグナロク』だっけ? あの絵画も躍起になって探していたじゃない」

「結局見つけることは出来んかったがな。だからこそ、こいつの使用方法が正しいかどうか保証は出来ん」

「いいよいいよ。適当にすれば何とかなるってば」


 楽観的に過ぎるとは、まさにこの事。

 だが、その楽観する対象が三種の神器であることがあまりにも危険なのだ。

 王は密かに自分のポケットを気にする。

 中には八枚のコイン。

 この神器の真の力を発揮するために必要な魔力回路のパーツ、その名もサウンドコインだ。


(――ワシはどうなっても構わん。だが、メルフィナの好きなようにだけはさせん! このアレクアテナを守るために……!!)


 そう思ったとき、コツコツと石畳の廊下を歩く音がする。


「あ、やっと来たね」


 現れたのは、夢を見るかのように恍惚な表情を浮かべたアイリーン。

 そのドレスについているのは、真っ赤な鮮血。


「もしかして……殺っちゃった?」

「ええ、しっかりと殺してきたわよ? もう、あの感触ったら最高だったわ! 周囲の泣き喚く声も讃美歌の様に美しかったですし!」

「お姉ちゃんってば悪趣味だねー」


 しれっと殺害報告するアイリーンに、王も我慢ならない。


「貴様、一体誰を殺したというのだ!!」

「あら、王様、こんな所にいたのね」

「答えろ! 誰を殺したというのだ!!」

「王の命令なら答える他ありませんわねぇ。私からコンクール優勝を奪いさった糞憎たらしい娘、ライラをぶち殺してきたんですの。ああ、突き刺した身体から剣に伝わる痙攣の振動、堪らなく気持ちいいものでしたわ!」


 うっとりと血塗れの剣を見つめて、アイリーンは濡れた声でそんなことを言う。

 

 つまりその剣についている血は、ライラの血ということ。

 その事実を突き付けられ、王は心の奥底から怒りの声を上げた。 


「き、き、貴様ああッ!! 貴様がライラをやったというのかあああああああッ!!」

「だからそう言っているじゃない。王様、痴呆でも始まったのです? 早く王位をメルフィナにあげた方がよろしくてよ?」

「だーかーらー、僕は王位なんていらないんだってば。影武者のウェイルにあげることになってるんだ。もっともこの都市がこれから先あれば、だけどね。ま、話は後にしようか。アイリーンお姉ちゃん、こっちに来て」


 メルフィナはそう言ってアイリーンを呼び、フェルタクスへ上がる様に促す。


「メルフィナ! まさかアイリーンに演奏させる気なんじゃなかろうな!?」

「お姉ちゃんに頼むつもりだってば。こんなに素晴らしい舞台の上にお姉ちゃんが上がらないでどうするのさ。ね、お姉ちゃん?」

「ええ」


 メルフィナに先導されてアイリーンはフェルタクスのコントローラーへと向かう。

 フェルタクスの外観は、超巨大な大砲の様。

 至る所に華美な装飾がなされ、金で出来たパイプが、至る所に張り巡らされている。

 そのコントローラーというのは、大砲の根元部分にある台座に仕込まれた、巨大なピアノ鍵盤。


「パイプオルガンの様ね」

「もう弾いてもらう曲もセットしているからね」

「これ、筆跡を見るとライラが書いたもののように見えるけど」

「そうだね。でも、ライラが弾くよりもお姉ちゃんが弾く方が、僕は魅力的だと思うな」

「ほんと、貴方って可愛い子ね。いいわ。貴方の望み通り、弾いてあげる」


 ピアノ鍵盤に指を一本置いてみる。


「ああああああ…………っ!!」


 その瞬間、アイリーンの身体に激しい快感が走った。


「な、なんですの、これ! 私、このピアノに興奮しすぎているようですわ!! なんて素晴らしいのかしら!! これはまさに私の為だけのピアノ!!」

「アイリーン! フェルタクスでその曲を弾くのは止めておけ! 元に戻れなくなるぞ!!」

「今更そんな幼稚な脅しを掛けられても! 不思議な話なのですけど、私、早くこれを演奏してみたくて堪りませんわ!!」


 目の下にクマすらできているアイリーン。

 彼女はすでに、フェルタクスの持つ魔の魅力に取り憑かれているようだ。


「アイリーンには無理だ! こいつを動かせるのは、真の天才、ゴルディアの血を引くライラだけだ!!」

「そのライラはもういないの! つまりこのフェルタリアで最も天才なのは、今はこの私! 私以外にはいないわ!!」

「お姉ちゃん、王の話なんて放っておこうよ。それよりもこの楽譜を見てよ」


 楽譜を見ると、比較的簡単な曲の様。

 これならば即興も容易いはず。


「どれどれ……? ……――」


 目で音符を追い、頭の中でメロディを奏でてみる。


「…………――――!!」


 その瞬間、アイリーンの意識は、どこか遠くへ吹き飛ばされた。


「……あらら、早々に入り込んじゃったかな?」


 メロディを口ずさむ彼女の瞳から光が消え去る。


「神の詩に、飲み込まれちゃったみたいだね」


 ライラが完成させたこの曲は、フェルタクスを制御する神の詩。

 普通の人間にはどんな音なのか、歌詞の意味すら判らぬ詩だ。

 ぶつぶつと歌詞を呟くアイリーンは、壊れたオルゴールの様になっている。

 誰が声を掛けようとも、彼女はもう二度と反応することはないだろう。


 ――フェルタクスを操作する者は、心を失う。


 フェルタクスに選ばれた者以外に、この神器を操ろうとする者は皆例外なくそうなる。

 この曲を奏でることが出来るのは、この曲を完成させた稀代の天才、ライラだけだ。

 メルフィナはそれを知っていたに違いにない。


「メルフィナ……、最初からアイリーンをこうするために……!!」

「ライラを殺すのは神器を起動してからだと思ってたのに、アイリーンお姉ちゃんったら我慢できずに殺しちゃったみたいだからさ。責任はとってもらおうと思ってね!」

「ライラ以外が演奏すると、どうなってしまうか判らんぞ!!」

「大丈夫だって。楽譜はあるんだし、失敗したらどうなってしまうか見てみたいってのもあるから」

「お前も巻き込まれるぞ!?」

「心配しないでってば。まずくなったらすぐに逃げるしね。それよりも自分の心配をした方がいいよ」


 クスクスと笑うメルフィナは、アイリーンにサインを送る。


「もうちょっと待ってね! 今から最終調整をするからね!」


 もしかしたら気づくかも知れない。

 このフェルタクスを起動するにあたって必要不可欠なパーツを、すでに王が抜き去っていることを。

 メルフィナが鼻歌混じりにフェルタクスの周囲を回り始めたとき、王の待ちわびたその足音は聞こえてきた。


「――王!!」

「シュラディン!! 来てくれたか!!」


 部屋に入るなり、シュラディンはこの場の現状をあらかた把握した。

 すぐさま王の元へと向かい、氷の剣を展開した。


「手をお出し下さい。枷を破壊します」

「……頼む」


 剣はわずか一振りで枷を破壊し、続けて足の枷も破壊した。


「王、メルフィナ殿を止めなくて良いのですか」


 メルフィナはシュラディンが来たことなど全く気にも止めていない。

 シュラディンの持つ神器が、自らの計画の邪魔になると全く思っていないからだ。


「シュラディン、奴らの事は放っておく。すぐさまここから抜け出よう」

「良いのですか!?」

「構わぬ。メルフィナの持つ神器の力は強大だ。シュラディンでも厳しい相手だ。それにここまでくれば、もはやフェルタクスの起動を止めることは不可能。だからこそやるべき事がある」

「判りました。行きましょう」


 王に肩を貸して、二人は出口へと向かう。

 無論、その姿はメルフィナの目にも入った。

 今までは無視であったが、流石に不審に思ったのか声を掛けてくる。


「どこへ行くの? お父様」

「……もうフェルタクスは止められん。ならばフェルタクスが暴走したときに最低限、安全を確保せねばなるまい」

「安全な場所なんてあると思う? おそらくフェルタクスは、この都市ごと吹き飛ばすよ?」

「お前だって安全に脱出する術を持っているのだろう。ワシはこの都市の王だ。全ては助けられなくても、助けられる命が一つでもあるのならば、それに手を差し伸べねばならん」

「へぇ、王って、大変だね。やっぱり僕、王位を辞退して良かったよ」

「……さらばだ」


 フェルタクスの起動は秒読みに入っている。

 フェルタクスがもし起動した場合、それはすぐに判る。

 世界の終末を知らせるライラの曲が、この都市中に鳴り響くからだ。

 ライラの楽譜を見るに、その曲の演奏時間は約十分。

 この演奏が全て終わったとき、神器の力は発動するはずだ。


 ただし、この度のフェルタクスは発動したところで、結局不発に終わる。

 発動を完成させるためのキーパーツを、王が握り込んでいるからだ。

 フェルタクスは暴走し、溢れ出た魔力はこの都市を破壊尽くさんとするだろう。

 だが、フェルタクスの完全起動よりは遙かにマシな程度の被害しか出ないはず。

 滅びるはアレクアテナ大陸ではなく、このフェルタリアだけでいい。

 それが三種の神器を預かってきた、フェルタリアの責任だ。


 書斎から出てきたとき、王は廊下の奥に、見知った者の遺体を見つけた。


「……本当に、死んでしまったのか……!!」


 安らかな顔を浮かべているライラの遺体の前で、王は跪き、頭を下げた。


「すまぬ……!! ワシがお前を巻き込まねば、こういうことにはならずに済んだというのに……!!」


 一都市の王が、一人の平民に頭を下げて許しを請う姿は、シュラディンの瞳に涙すら誘う。

 王は流れる大粒の涙をぬぐおうともせず、ただ彼女の顔を撫で、そして許しを請うように謝罪の言葉を口にしていた。


「……シュラディン、フレスはどうしたのだ……?」

「フレスは……」


 言葉に詰まる。

 どのようにフレスの最後を説明すれば良いか、シュラディンは迷っていた。


「……死んだのか?」

「いえ、フレスは無事です。ただ、もう会うことは叶わぬでしょう」

「一体どういうことだ!?」


 肩をグッと掴んでくる王に、シュラディンはもう隠すこともないと全てを伝えることにした。


「フレスはライラの死を目の前で見たのです」

「……なんと……!!」

「フレスは怒り狂って、アイリーンを殺そうと、己の力の全てを放出して攻撃を始めたのです。ですが、フレスは我を忘れ、己の限界を突破してしまった。その代償が、フレスを蝕み始めました」

「……フレスは、力を使い果たして、倒れたというのか……?」

「このままではフレスの死は確実というところで、最後の手段に出たのです。フレスを――封印するという手段に」


 そう言って、シュラディンは丸めて持っていた絵画を王に見せつけた。


「この絵画こそ、フレスの封印されている絵画です」

「封印したのか……!! ならば水をかけてすぐに封印を解けば!」

「なりません。今封印を解いたならば、フレスはすぐに死んでしまいます」


 封印されている最中は、フレスの身体は回復に向かう。

 だがそれにはかなりの時間が掛かる。一年二年の単位じゃない。


「フレスを元に戻すには、彼女を絵画の中で眠らせておかねばなりません。こうなったのも全て私の責任です」

「……いや、お前の責任じゃない。全てはワシの責任だ。すまなかった、シュラディン」


 淡々とシュラディンは語ってくれたが、そのシュラディンだって目の前でライラの死を見ているのだ。

 まるで娘のように二人を見ていたシュラディンのこと。

 心に傷を負っていないはずはない。

 誰がシュラディンを責めることが出来ようか。


 王は思う。


 このシュラディンに、全てを託すのが正解なのではないかと。

 フェルタリアの未来は、フェルタクスが奪われた時点で、すでに潰えている。

 だがいつか。

 いつかフェルタリアを元の美しい都市に戻せる事が出来るのであれば。

 それを行えるのは自分じゃない。

 この目の前にいる、大陸最高の鑑定士だ。


「シュラディン。三つ、頼みがある。ワシが貴様に頼む最後の頼みだ」

「王、一体何を!?」

「預けたい物がある。一つ目はこれだ」


 王がポケットから取り出したのは、八枚のコイン。


「こいつを、それぞれバラバラに売りさばいてくれないか。一つに集めておくのは危険が過ぎるのだ。頼む」

「このコイン……、神器ですか?」

「ああ。最低百年は、このコインが揃わぬようにな」


 王より託された八枚のコイン。

 シュラディンはしっかりと握りしめ、そして胸ポケットに入れた。


「二つ目はそのフレスの絵画。フレスが完全に治る時間はどれほど掛かるか見当もつかないが、封印が絶対に解けぬ場所へ保管しておいてくれ」

「はい。お任せを」


 水分を掛けるだけで、フレスの封印は解除される。

 だから絶対にそうならない場所に保管する必要があり、シュラディンには、この絵の保管場所に相応しいところを知っている。


「最後の願いだ。今や我が息子、ウェイルを連れて逃げてくれ。フェルタリアはすでに危険だ。滅び去る運命にあるやも知れん。だが希望は繋がなくてはならぬ。ウェイルこそ、我が息子に相応しい。聡明なあの息子であるならば、いつの日かフェルタリアを再建してくれるはずだ。頼むシュラディン、ウェイルを、我が息子を、連れて行ってはくれまいか!」

「ウェイル殿を……」


 ウェイルは幼少の頃、養子として王に拾われた子だ。

 彼はずっと、自分の事をメルフィナの影武者だとは知らず、立派な王子であろうと振る舞ってきていた。

 メルフィナよりよっぽど王子の器である、聡明な子であった。

 王は、実の息子より、ウェイルを選んだ。

 このフェルタリアの未来を担う、我が息子として。


「我が息子を、立派に育ててやってはくれまいか……!?」


 ここまで王に嘆願されて、シュラディンの返事は決まっている。


「お任せ下さい。王の息子ウェイルは、この私めが命に変えても立派な青年に育て上げて見せましょう」

「……ああ、心の底から感謝する」


 そこまで話したとき突如周囲が騒がしくなる。


「な、何だこれは!?」

「王宮の半分が凍り付いているぞ!?」


 先程のメルフィナやニーズヘッグ、フレスの攻防によって破壊し尽くされた王宮の異変に気づき、王宮に勤める者達はパニック状態に陥っていた。


「早くウェイルの所へいけ! そしてすぐにフェルタリアを脱出するのだ!」

「王はどうされるのです!?」

「ワシは残る。皆に避難誘導もせねばならぬし、何よりワシはこのフェルタリアの王なのだ。民を残して逃げるわけにはいかんだろうて」


 そう言って、王はすぐさま事の重要さを高らかに叫び、住民全員にフェルタリアからの退避命令を出す。

 多くの者はその命令にあっけにとられ、呆然としていたが、王の一喝ですぐさま命令は伝達し始めて行く。

 指示を出している最中、王は一瞬だけシュラディンと向き合った。

 そしてフッと笑顔を見せて一言。


「シュラディン、頼んだぞ」

「……はい……ッ!!」


 これが王の姿を見る最後の姿となるだろう。

 シュラディンは精一杯の敬意を払って頭を下げて、王の覚悟を胸に刻み、一気にウェイルの元へと駆けたのだった。


 最後まで一度も王へと振り向かずに。


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