明かされた過去
「――古代都市『フェルタリア』のようにね!」
その言葉――ウェイルが『不完全』を恨む理由。
エリクの言葉を聞いたとき、ウェイルは自分の体の中で何か滾るものを感じた。
それは溶岩のように熱く、同時に氷のように冷たく暗い形容しがたい何か。
「そうですよね? フレスベルグ?」
エリクは同意を求めるかの如くフレスに問いかけた。
「どういうことだ……?」
ウェイルは後ろで俯いていたフレスに視線を送る。
ふいにエリクの言葉にフレスが出てきたことで、ウェイルは氷水を掛けられたような感覚に陥った。
――ありえない。このことにフレスが関わっているはずがない。
「あら、知らなかったの? まあそうよね。知っていたらこの子となんていないわよね」
――俺が知らなかっただと?
「フレスベルグのせいでフェルタリアは……、可愛そうに……」
よよよ、とエリクが泣き真似をする。
「フレス……、どういうことだ……?」
「……こいつらだったんだよ、ウェイル。ボクの大切な人を殺した犯人……!」
「そうよ? フェルタリアを滅ぼしたのは私達。彼らは龍を渡してくれなかったのだから。まあ彼是二十年以上前のことですけどね。私は詳しくは知らないわ」
エリクとフレスの言葉でウェイルは動転した。
ウェイルが混乱する中、フレスが言葉を紡ぐ。
「……奴らはボクを狙ってフェルタリアを滅ぼしたんだ。ボクのせいでフェルタリアは――」
「フレス、何故フェルタリアを知っている! それにお前のせいってどういうことだ!?」
「ラルガ教会の事件の後、話したよね。ダイダロスとの戦闘中、ボクが何を考えていたか。そしてウェイルがボクに何を隠しているのかを。ボク、あの時分かっていたんだよ。ウェイルがフェルタリア王家の人だってこと。そしてフェルタリアが滅亡したことも。だってそれはボクが一番よく知っているから……!」
――ウェイルが『不完全』を恨む理由。
それは『不完全』がウェイルの故郷、神器都市『フェルタリア』を滅ぼしたことだ。
そしてウェイルはフェルタリア王家の跡継ぎ。つまりフェルタリア王になるはずだったのだ。
フレスは話を続ける。
「ウェイルは気づいていなかった。でもボクは気づいていたよ。ウェイルがフェルタリア王家の血を引くものだってこと。最初はフェルタリアって名前を聞いたとき。でもそのときは何かの間違い、勘違いだって思ったんだ。そんな偶然ある訳がないよって。でも教会に忍び込んだとき、確信に変わったんだ。だって、ウェイルが『氷龍王の牙』を持っていたんだもん。それはフェルタリア王家にボクがあげた神器だから」
右手についている神器『氷龍王の牙』。
幼い時から気がつくといつも持っていた。師匠にいつも肌身離さず持っていろと言われていた。
「ボクは二十年前に一度封印を解かれたことがあるんだ。封印を解いてくれたのがフェルタリア王。凄く良い人だった。ボクをフェルタリアに住まわせてくれて、色々と遊んでくれたんだよ。国の人達も良い人ばかりで楽しかった。でも、そんなあるとき、謎の集団がやってきて、王様にこう言ったんだ。「青き龍を差し出せ。さもなくば無理やりでも奪い取る」って。ボクはフェルタリアが大好きだった。フェルタリアから離れたくなかった。そんなボクをフェルタリアの人達は庇ってくれたんだよ。王様も軍隊をあげてその集団に立ち向かってくれたんだ。でも勝てなかった。そいつらの操る神器に手も足も出なかった。たくさん人が死んだ。でもボクにはどうすることも出来なかった」
「何故だ! お前は龍だろ! あの姿に戻って助ければ……!」
「もちろんやったさ! でも、それでも勝てなかったんだ! 奴ら持つ神器にはボクの力を封じるものがあったんだ!」
――フレスベルグですら敵わなかった。そんな奴らを相手にフェルタリアは――
「王様は最後まで庇ってくれたんだ! でも奴らは王宮まで侵略を始めて……。だから王様は最後の手段をとったんだ!」
「……最後の手段、だと?」
「そう。ボクを封印し、絵を隠すという方法を……」
だからフレスは封印された。再び解放されるその時まで。
「ボクのせいなんだ……。あの時、ボクが素直に奴らに捕まっていれば、フェルタリアは滅亡せずに済んだんだ! ボクが皆を!」
フレスは震えながら全てを語ってくれた。信じたくない話だ。でも真実なのだろう。右手の神器が何よりの証拠だ。
「その集団が『不完全』だったということを、今、初めて知ったよ……!!」
怒りはまだ収まらない。フレスは自分が悪いと言っている。
確かにフレスはフェルタリア滅亡を招いた原因だ。責任はある。いくらフレスが直接加担していたわけではないにしても。
だからこそ、フレスに問いたい。
「……そうか。じゃあ聞かせてくれ。フェルタリアを滅亡させた原因として、俺がフェルタリア王家の人間だと気がついたとき、どう思った?」
「…………」
フレスは答えない。『不完全』への怒りと自らの罪の意識に苛まれ、俯いたままだ。
「俺と旅をすることになってどう思った?」
「…………!」
自分の服を掴み震えるフレス。
「俺の弟子になったとき、どう思った!?」
「………………嬉しかった…………! 本当に嬉しかったよ…………!!」
長い沈黙を破り、フレスが答えた。
「またフェルタリアの人に再会できて……! あの暖かさに、また触れることが出来て!」
一度崩れ始めた言葉はもう止まらない。フレスの心の叫びが洪水のように流れ出る。
「……そうか……。フレス……」
――激怒、憎悪、悲哀――
そういった負の感情が、ウェイルの心の中でとぐろを巻いて蠢いていた。
それでも、それらの感情を全て打ち消し心の底から自然に沸いたこの言葉――
ウェイルはフレスに視線向けて、そしてこう言ってやった。
「――俺も嬉しかったよ……。フレス!」
これがウェイルの答えだった。
フェルタリアの滅亡、それはフレスが原因だったかも知れない。でもフェルタリアの人々は皆フレスのことが大好きだったはずだ。
「……お前が俺の弟子になるって言ったとき、最初は少し面倒だと思ったけどな!」
「……え? ウェイル……?」
「お前が食いすぎて財布が空になりそうだったけどな! でも嬉しそうに食べるお前を見るのは楽しかった!」
「……許して……くれるの……?」
フレスの目から涙が溢れ出す。フレスはそれを手で拭こうともせず、ただ潤んだ目でウェイルだけを見つめていた。
「嬉しかったんだよ! 今までずっと一人でこんなこと出来なかったからな……! お前が勝手に布団に入ってきたとき、お前が服を破ったとき、お前が俺と腕を組んだとき。その全てが嬉しかったんだよ!!」
「……ウェイル……!」
フレスの叫びを全て受け入れ、俺の心から溢れ出す言葉を全てぶつけてやった。
「だから……、俺がお前を恨むなんてこと……絶対にないから……! お前は謝る必要が無いんだよ!」
告白に近い言葉はついに最後を迎える。
「だからさ……これからも、俺と一緒に……旅をしないか……?」
「……うん……!!」
フレスは大きく頷いた。その顔は先ほどまでの暗い表情は全て消え、ただ清清しく、生き生きとした表情だ。
フレスもフェルタリアのことで、今まで心を縛られていたのだろう。やはりフレスは笑顔が一番だ。
この笑顔を、フェルタリアの人々は命を掛けて守ろうとした。俺はフェルタリア王族としてその意思を継がなくてはならない。
「フレス。今は二十年前とは違う。俺がいる。お前は今、戦える!」
「うん!」
意気消沈していたフレスは完全に復活を遂げる。その様子を忌々しげに見ている者がいた。
――そう、エリクだ。
フレスが過去を告白している最中、全く手を出してこなかった。
おそらくフレスが過去を語ることでウェイルを混乱させ、あわよくばフレスと仲間割れさせることが目的だったのだろう。
しかしそれは完全に御破算だ。そんな手に乗るウェイルではない。
確かにフレスの告白は衝撃が大きかった。
だがそのことでフレスを憎むようになるなんて絶対に無いと自分自身で理解していたのかもしれない。
たった数日の付き合いであるが、ウェイルはフレスのことを心から信じていたからだ。仲間割れどころか逆に二人の絆を深める結果となった。
「ちっ、仲間割れすると思ってわざわざ放置していたのに……」
その愚痴を聞いたウェイルは、エリクに鼻で笑ってやった。
「俺たちが仲間割れなんてするかよ? なぁ、フレス!」
寄り添うようにウェイルへと寄ったフレスも相槌を打つ。
「もちろんだよ♪ だってウェイルはボクの最高の師匠で!」
「こいつは最高の弟子だからな!」
計算が狂ったのが相当腹立たしいのか、エリクはその整った顔を酷く歪める。殺気を飛ばし、ダイダロスのような大声で怒鳴りクランポールに命令を下す。
「滅亡した没落王家の生き残りの癖に、いい気になりやがって……!」
怒り心頭といったエリクを乗せ、クランポールがウェイルに向かって突っ込んでくる。
その怒りがエリクの死角となった。怒りでエリクの注意をウェイルにのみに引き付けることが出来た。
ウェイルはその隙を見て、フレスにイレイズを安全な場所まで連れ去るよう指示した。
フレスに異論は無く、直ちに倒れているイレイズに駆け寄った。
――●○●○●○――
「イレイズさん、大丈夫? 今、安全な場所に……」
フレスはイレイズを抱えようと手を出したそのときだった。
バッと、イレイズがフレスの手を払ったのだ。
「イレイズさん!?」
驚くあまり目を丸々させるフレス。
「どうしたの? イレイズさん! 早く安全な場所に」
「ありがとう。でも余計なお世話ですよ」
腕に力が入らないのか、ガクガクと震えているがそれでも懸命に体を起こそうとするイレイズに、フレスは手を差し出すことが出来なかった。
「私は、『不完全』なのです……。これ以上ウェイルさんやフレスさんに世話になる訳にはいきません。それにサラーは私の大切なパートナーです。今も、そしてこれからも私が守らねばならないのです!」
震えながら立つイレイズだが、その目は死んでいない。
イレイズは本気だ。ダメージを負ったこの体で命を懸けてまでサラーを助けるつもりだ。
フレスはイレイズの激しい剣幕に気圧され止める事が出来なかった。
いや、最初から止める気など無かったのかもしれない。立ち上がるイレイズをただ見守っていた。
「わかったよ、イレイズさん。ボクはもう貴方を助けたりしない。でも絶対に死なないでね……。龍だってパートナーを失ってまで生きていられるほど、強くはないから……」
フレスはそれを痛いほど感じていた。二十年前にも、そしてたった今も。
そんな心配を払拭するようにイレイズが言った。
「大丈夫です。私にはまだ、サラーと共に成すべきことがありますから。こんなところで倒れる訳にはいきません」
うん、と互いに頷く。その時だった。
ウェイルがいる方から爆発音が轟く。それと共にエリクの狂気交じりの声も。
「あははははははは、これでどう? いかに貴方が強いからって、クランポール二体は同時に相手出来ないでしょう?」
フレスの目に、ウェイルの前に立ち塞がる二体のクランポールが映し出された。
「ウェイル! 危ない!」
ウェイルの死角からクランポールの尾が迫っている。それを止めるべくフレスは走った。
その時フレスは、自分の隣からより早い影が動くのが見えた。