宗教都市 『サスデルセル』 ※
「この都市に来るのは三年ぶりだったか」
そうしみじみと語るウェイルの肩には、旅行用の大きなバッグと、先程拘束し気絶させた大男がある。
あまりにも異質な光景に、周囲の視線が一身に集まっていたものの、ウェイルに気にする様子はない。
「今回はどのようなお仕事なのですか?」
遅れて汽車から降りてきた、先程知り合った白髪の優男がウェイルに尋ねた。
「もちろん鑑定だよ。ああ、今はこいつを治安局に引き渡すことが仕事かな?」
「確かにそうですね」
穏やかに笑う優男。
見たところ年齢はウェイルより少し若いくらいか。
およそ二十歳前後だろう。見るからに好青年と言ったところだ。だからこそ詐欺師には絶好の獲物に見えたに違いない。
育ちもいいのか物腰も穏やかで、サスデルセルに着くまでの間、大いに会話を弾ませていた。
「そういえばお前もサスデルセルに用なのか?」
「はい。私は次の競売にかける商品を納品してもらいに来たのです。普通、納品と言うと相手側が賞品を持ってきてくれるはずなのですけどね。今回は相手が相手ですので……」
やれやれと苦笑する優男。
その態度で、取引相手が誰か大体の見当がついた。
「……教会か」
「さすがはウェイルさん。よくお分かりで」
殿様商売の典型である教会。
彼らとの取引は多大な利益になりえるが、その分気を回さねばならないことが多い。
「なに、俺も以前取引したことがあるだけさ。実は今回の仕事も、ここのラルガ教会の依頼なんだよ」
「それは偶然ですね。私の相手もラルガ教会なのです」
「面白い偶然もあるものだ」
「本当ですね。驚きました」
そんな雑談をしていると駅のホームから治安局の人間がやってきた。
治安局というのは、アレクアテナ大陸の国々全てを管轄とする大陸共通の警察組織のことだ。
白を基調とし、ワンポイントで金と黒で刺繍を施してあるロングコート。これを身に纏う者が治安局員である証である。
ウェイルが事前に汽車の中から、電信で治安局に通報していたのだ。
「お疲れ様です、ウェイルさん! お久しぶりですね!!」
はきはきとした声でウェイルに声を掛けてくる小柄な治安局員。
顔見知りの局員の登場に、ウェイルはげんなりと疲れた顔する。
その理由もすぐに判る。
「なんだ、ステイリィか」
「なんだとはなんです!? 貴方のワイフ、ステイリィちゃんですよ!?」
「お前はいつも幸せそうだな」
「……それ、一番傷つく言い方ですよ……」
などと言いつつも嬉しげな表情を浮かべる彼女の名前はステイリィ・ルーガル。
灰色のセミロングが目を惹く、珍しい女性治安局員だ。
黙っていれば美人なのだが、性格に難があり色々と損をしている。本人が全く気づいていないのがこれまた難儀なところ。
ウェイルとは昔からの腐れ縁である。
「お前一人か?」
「もちろんです」
「危ないやつだ。さっさとこいつを連れていけ」
肩から降ろした容疑者を、ステイリィに預ける。
「こいつは現在手配中の詐欺グループの一員ですね。よくもまあ簡単に捕まえなさること」
「詐欺師の摘発も鑑定士の仕事のうちだからな。やり慣れてるだけさ」
「くーっ! さすが私の未来の夫! 私の昇進の為に、ひと肌脱いだってわけですね!」
「…………誰が夫だ、誰が」
ステイリィの特技は手柄を独り占めすること。
犯人連行は最低でも二人はいないと危険なのだが、その強すぎる出世欲に忠実なのか単独での行動を好んでいる。
というより自分勝手なだけであるが。
ステイリィは久しぶりの再会+手柄を手に入れたことを、犯人そっちのけで喜んでいた。
「おいおい、あまりはしゃぐな。三年前みたいなことはごめんだぞ?」
ステイリィはこんな性格であるが故、多々凡ミスをする。
話は三年前に遡る。
その時も今回と同じく単独行動をとっていたのだが、この娘、なんと拘束した犯人を放置して昼食を摂っていたのである。
がっついて喉にパンを詰まらせて、苦しんでいるその隙に逃亡を許してしまった。
偶然ウェイルが現場近くを通りかかったため為、無事犯人を確保できたものの、ウェイルがいなければ大事件になっているところだった。
その時のステイリィはというと、水で喉のつまりを解消させたことの方に安堵していたというものだから、ウェイルとしても呆れ果てたものだ。
その事件以前にも、ステイリィは自分の単独行動によって、命を落としかねない危機的な事件にも出くわしている。
もしウェイルが助けに入らねば、今頃どうなっていたことか。
それ以降、ウェイルは命を救ってやったこの小さな治安局員に何かと好意を寄せられるようになってしまったわけだ。
治安局員の単独行動の危険性について何度もこっぴどく叱ってはいるのだが、今も尚、単独行動しているところを見るに、結局その説教もあまり意味がなかったらしい。ステイリィらしいといえばそれまでであるが。
「大丈夫であります! このステイリィ、二度とウェイルさんに迷惑は掛けないのであります! それでは不肖ステイリィ! 犯人を局まで連行するであります! こら、詐欺男! さっさとついてこい! ウェイルさん。また後でお会いしましょう!」
ずびしっ、と敬礼をしつつ、拘束してある大男をガシガシと蹴りまくるステイリィ。
前回会った時とおおよそ変わっていない大きな態度と小さな胸に、妙な不安と安心を覚えつつ、ステイリィを見送った。
「さっさと歩かんかい! ……って、うわーっ! そんなに早く歩くな~!」
(……ありゃ駄目だ……)
ウェイルの心配を余所に、大男を蹴ったり騒いだりして局へと戻るステイリィ。
その姿からは凶悪な犯人を連行しているという緊張感など全くの皆無であった。
「……無事に引き渡せて良かったです」
「……果たしてあれを無事と言えるかどうか……。とりあえず一件落着でいいだろう……?」
思わず疑問形で答えてしまうウェイルであった。
「そろそろお互いに仕事に行かないとな。どうだ? ラルガ教会に行くのなら一緒に行くか?」
「いえ、実は仲間と待ち合わせをしているのです。せっかくお誘い頂いたのに残念です」
社交辞令ではなく、本当に申し訳なさそうな顔を浮かべる優男に、ウェイルも悪い気分はしなかった。
「そうか。じゃあ俺はそろそろ行くよ。そういえば名前、聞いていなかったな」
だからこそ、名前を尋ねてみたくなったのだ。
「そう言えばそうでしたね。私の名前はイレイズと言います。今回は本当にありがとうございました」
「礼を言われることをした訳じゃない。仕事だって言っただろ?」
「ならまたいつか出会えた時、何かご馳走させてください。仕事なら報酬が必要でしょう?」
なるほど、屁理屈には屁理屈で。
こういうやり取りは嫌いじゃない。
「わかった。ならまたいつかな」
「はい。では私はこれで失礼いたします」
「ああ、またな」
互いに連絡先を知っているわけではない。もう会うことはほとんどないだろう。
それでも少しでも人間同士の繋がりを広げようとする行為は、この世界で最も重要な事であるとウェイルは知っている。
いつ、どこで、どんな場所で生きてくるか分からないのだ。
――そう。この出会いが後にどうなっていくのか。
ウェイルと、そしてイレイズの長い長い因縁は、ここで静かに始まった。
――●○●○●○――
サスデルセルという都市は、別名『神の詰め所』と呼ばれている。
一つの都市に多くの宗教が教会を構えているからだ。
そのため過去には信者同士の争いが酷かった時期もあった。
聖戦と称し、都市各地で大きな戦乱を繰り広げたが、次第に戦局は泥沼化、血で血を洗う長期戦の末、全ての宗教が停戦協定を結んだ。
停戦協定成立後からは宗教間の争いはほとんど消えてなくなった。
確執が消えたわけではないが、互いに干渉しあわないように気を使うことで、現在ではずいぶん平和な都市になっている。
今回ウェイルに鑑定を依頼してきたのは、その宗教の中でも特に上位の力を持つと言われるラルガ教会だ。
ラルガ教会といえば、"ラルガポット"という芸術品としても名高い神器がある。
何でも悪魔を祓う効果があるそうで、芸術的にも神器的にも市場での人気は高い。
もっとも今回の依頼はラルガポットの鑑定ではないらしい。
駅から少し歩くと、ほどなくして大きな広場に出る。
ここは聖戦通りといい、その名の通り宗教戦争の折に、特に争いが酷かった場所だ。今となってはその傷跡も消え、この都市屈指の商店街となっている。
商人の声が飛び交い、三年前よりも活気付いていた。
ラルガ教会はこの聖戦通りを真っ直ぐ進んだ場所にあり、地理的にはサスデルセルのほぼ中央に位置する。
しかし、ウェイルは足を止める。
「仕事前に今夜の宿を取った方が良さそうか」
鑑定というのはかなり時間の掛かる作業だ。美術品一つに三日以上掛かる、ということも少なくない。精密鑑定となると更にだ。
ましてや先程の事件で、予定より遅くなってしまったこともある。鑑定が終った後では宿が取れないかも知れない。
"あの宿"に限ってそんなことは有り得ないだろうが、用心に越したことは無い。
そう考えたウェイルは、活気のある広場を背に薄暗い裏路地へと足を向けた。