曲の完成、シュラディンの策
――次の日の昼前。
「曲、完っ成っ!!」
「ライラ、お疲れ様だよ!!」
「ふいー、やっと出来たよ~。疲れた~! フレス、肩揉んで~」
「いいよ~! ほら、も~みもみもみ♪」
「く、くすぐったいよ! あんまり顔近づけないで! 鼻息が当たってる!」
「いいじゃない! ボクとライラの仲でしょ!」
「くすぐったいものはくすぐったいんだってば!」
フェルタリア王に頼まれていた曲が、ついに完成した。
大部分が欠けていた楽譜を、ライラの想像力で全て修復し、完成してみれば凄まじく完成度の高い曲に仕上がっていた。
「お仕事終わったんだしさ! どこか遊びに行こうよ!」
「ボクちょっと疲れて眠いんだけどなぁ……。マッサージされたらさらに眠くなっちゃった」
「完成祝いにパーティしたいんだよ! パーティ用の買い物に付き合ってくれた後は寝ちゃってていいからさ! 準備はボクがするから!」
「う~ん。判った。折角フレスがお祝いしてくれるんだもん。お買い物くらい付き合わないとね」
「やったぁ! ライラ大好き!」
「だからすぐにくっつかないでってば! 鼻息当たってるって!」
そういうことで、二人は完成の興奮に浸りつつ、意気揚々と町へと繰り出した。
――しかしこの日の町の様子は、どことなくおかしいものだった。
「えーと、後はミルクを何本か買って……って、あれ? ライラ?」
二人仲良くショッピングをしていたのだが、フレスが「牛乳を買いに行こうよ!」と、ふと隣のライラの顔を窺ったとき、ライラの顔がやけに不安げな色を浮かべているのに気がついた。
「どったの? そんな顔してさ」
「え? ううん、何でも無いよ」
「そうなの? やけに暗い顔してたよ?」
「そうかな。……うん、そうかも。フレス、ちょっと周囲を見てみなよ」
「周囲?」
言われたとおり、フレスは立ち止まると周囲の様子を窺った。
そして気づく。
ライラの不安そうな顔の色の理由を。
『あの王、いつになったら対策してくれるんだ?』
『もう神器なんて買える状況じゃないぞ……!!』
『王宮の検閲が厳しすぎて商品が入ってこない! どうしてくれるんだ!?』
『王が無能なのが原因だ』
「なんだかみんな、王様の悪口ばっかり言ってる……」
すれ違う住民、行き交う商人、屋台の親父から飲み屋のマスターまで。
ありとあらゆる場面で、王の不満をぶちまけている住民達の姿がそこにあった。
「何があったのかな……?」
「判らない。でも、ボクらが家に閉じこもっている間に、何かあったんだ」
気になったフレスは、牛乳を売っていた商店の恰幅の良い女店主に、買い物をしながら何があったのか聞いてみる。
「ねぇ、おばちゃん、何があったの?」
「何がって知らないのかい? 今この都市には神器の贋作が大量に出回っているそうなんだよ」
「贋作!? どうして!?」
「私に判るわけがないでしょ。でも困ったもんだよ。うちの店だって神器を扱うこともあるのに、贋作ばかりじゃ商売あがったりさ。まったく王宮はいつになったら対処に乗り出すんだい」
「そうなんだ……。あ、おばちゃん、牛乳瓶2本ちょうだい」
「はいよ」
代金を払い牛乳瓶を受け取る。
「贋作流入を防げなかったのは王の失策だねぇ」
帰り際にも女店主の愚痴が聞こえてくる。
住民達の不満の声の理由はよく理解できた。
今聞いたような愚痴は噂となり、都市内に蔓延しているのだろう。
王に対する印象は駄々下がりに違いない。
「フレス、帰ろうか」
「うん」
王を個人的に知っている身としてはあまり気持ちの良い話ではない。
二人は必要な買い物を済ますと足早に帰路についた。
――●○●○●○――
折角材料を買ってきたのは良いが、町の噂を聞いてどうもあまりはしゃぐ気分になれなかった二人は、結局材料を使うことはなくライラも家に戻るとそのままベッドに入っていった。
「……王様、大丈夫かなぁ……」
一人ぼんやりと窓から見える王城を眺めながら、フレスは頬杖をついて、さっきの噂について考えていた。
「王様、全然悪いことしてないと思うんだけどなぁ……。ほんと、何があったんだろ」
――ぐ~。
そんなことを呟いた時、可愛らしくフレスのお腹が空腹を告げてくる。
「お腹空いちゃったな……」
ぐーぐーとお腹は引き続き空腹を訴えてくるものの、あまり食欲の湧く気分じゃない。
とはいえ食いしん坊のフレスとしては、空腹に耐えるということかなり辛い(というより無理)ので、適当に何かこしらえようと腰を上げた、その時であった。
「いるか! ライラ、フレス嬢ちゃん!」
「あれ、オジサンの声だ」
聞き慣れた声がしたので玄関へ向かうと、そこにいたのはいつものオジサン。
「どうしたの? オジサン。あれ? 後ろの兵士さん、誰?」
「なに、ワシの部下だ。家には上げないから心配はしなくていいぞ」
シュラディンの後ろについてきていたのは、王宮の紋章の入ったマントをした兵士達。
「お前達はしばらく外を見回ってきてくれ」
シュラディンの指示で、兵士らはそそくさと退散していく。
「いいの? あの人達」
「いいんだよ。彼らには彼らの仕事がある。気にするな」
「あれ? その腰のナイフって、もしかして」
「ああ、フレス嬢ちゃんが王様にプレゼントした神器だよ。とりあえず上がって良いか?」
「うん、いいよ。ライラなら寝ちゃってるけどね」
「そうか。ならば起こしてくれないか?」
「今寝たばかりなんだけど……。どうして?」
「王の命令、といえば起きてくれるか?」
オジサンの表情にはあまり余裕がなさそうに見えた。
切羽詰まった、というほどではないにしても、どこかそわそわしている雰囲気。
兵士達を連れてきていた様子を鑑みても、何か大切な用事があるのだと判る。
「判ったよ」
「助かる」
フレスは眠りについたばかりのライラをゆさゆさ揺すって起こす。
案の定、寝起きのライラのご機嫌は角度にすれば70°は余裕で超えるであろうほどの斜めっぷりであったが、シュラディンが王の命令だと告げると、仕方ないなぁと文句を垂れつつもベッドから這い出てきた。
「曲が完成したこと、知ってたの?」
「いや、知らなかった。だがお前さんなら完成はしているだろうと思っていたが」
「人が気持ちよく寝ているところを叩き起こすくらい、曲が欲しかったんだね。いいよ」
皮肉を垂れながらも、ライラは書き散らした楽譜をまとめて、鞄の中に詰めた。
「これを渡せばいいんでしょ?」
鞄を差し出してきたが、シュラディンは首を横に振る。
「お前さん達も一緒に来てくれ」
「え? 今からすぐにいくの?」
「ああ、すぐに来て欲しいとのことだ」
「……りょーかい。……あれ? フレスは?」
支度を終えて王宮へ向かおうと玄関に向かったライラであるが、今し方隣にいたフレスの姿が見えない。
「フレス? トイレにいるの? いくよ?」
声を上げても返事はない。
「フレス?」
「なに?」
ガラリとドアが開いて、フレスが外から玄関へ入ってくる。
「外にいたの?」
「うん。なんだか外の様子がおかしくて。あの噂に関係しているのかなぁ」
その噂とは贋作流通の件。
「皆なんだか早足で商店街の方に向かったから」
「ああ、それは王宮が贋作の買い取りに動いたからだ。こぞって住人達が贋作を売りに行ったのだろう」
「え? 贋作を売りに?」
シュラディンは王が贋作を買い取る手段に出たことを二人に話す。
「なるほど、道理で皆なんだか嬉しげに急いでいたんだ」
「王様、結構大胆に行動したね」
「まあワシのアイデアだがな。これで王に対する負の噂もだいぶ沈静化するだろう」
我先にと期待する表情を浮かべながら商店街の方へ向かう住民達を見ても、噂の沈静化は時間の問題だろう。
だが逆にこれだけの人数が、贋作の被害に遭っていたということはあまりにも大きい問題だ。
「静かになったね」
「みんな行っちゃったからね」
近所から人っ子一人いなくなり、周囲は閑散とする。
「いこっか」
楽譜を入れた鞄を抱きしめて、ライラ達は王宮へと向かう。
その道中の出来事であった。
「――お久しぶりですわね」
「「……誰?」」
「あやつは……!!」
閑散とした道端で、三人の前方に仁王立ちする貴族の女――アイリーンがそこにいたのだった。