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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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絶望のその先に

「なんなの……!! 一体全体なんだって言うのよ……!!」


 ガシャンと棚が倒れる音が、すでに皆が帰宅した後の控室にて響き渡っていた。


「どうして私が、準優勝なのよ……!!」


 シルバーに輝くトロフィーを壁に叩き付けながら、アイリーンは怒り心頭のまま暴れていた。


「…………」


 その様子を無言のまま見守る彼女の従者達。


「聞いたでしょ、貴方達も! 私の作曲したこの曲を!! 会場中が一体となって私の曲に聴き惚れていたはず! それがどうして! あんな平民の娘風情に!!」


 アイリーンは怒りのまま銀色のトロフィーを床に投げ捨てた。

 従者はそれをすぐさま拾って、彼女へと返す。


「御嬢様、準優勝とはいえご立派ではございませんか。悔しい気持ちは理解できますが、御嬢様の才能は広く知れ渡ったはずです。誰もがラグリーゼ家を一目置く事でしょう」

「何言ってるの! ラグリーゼ家は平民に負けたと、一生言われ続けますわよ!!」

「それを仰いましたら、他家の方々の立場はどうなります。私はこれほどの高レベルな戦いは聞いたことがありませんでした。銀で悔しいと仰られる御嬢様の向上心には、素直に敬服いたします」

「貴方に何が判りますの!!」

「……いっ!?」


 励まそうと前に出た従者に対して、アイリーンは拾ってもらったトロフィーを投げつけた。

 従者の顔に当たり、頬からは流血も。


「私の気持ちなんて、誰にも判りません!! もう出て行きなさい!!」

「……承知しました」


 従者達が控室から出ると、途端に涙がこみ上げてくる。


「私は、あの娘に何もかも持って行かれましたの……!!」


 音楽家としてのプライドを捨てて彼女の曲を盗み、貴族としてのプライドをズタズタに引き裂かれた。


「お父様にどう謝罪すれば……!!」


 アイリーンがそう呟いたとき、突然控室の扉が開く。


「誰です……――――お父様!?」


 控室に入ってきたのは、そのラグリーゼ侯爵と、そして二人の兵士であった。


「お、お父様、申し訳ありません!! 私、力及ばずにトロフィーの色は銀色になってしまいました……!!」


 アイリーンは涙ながらに父親へと抱きつき、許しを請う。

 こうすればお父様はいつも優しい笑顔を浮かべて頭を撫でてくれる。


 ――だが、何故かこの時ばかりは、娘には甘いラグリーゼの顔は一向に緩む気配がなかった。


「アイリーンよ。お前は今、どのような理由でワシに謝罪しているのか、聞かせてくれ」

「……え……?」


 唐突にそんな事を問われ、思わず面食らうアイリーン。

 ラグリーゼの目を見ると、沈黙が通用しなさそうなのが判る。


「……え、えっと、金を取れませんでしたので、我がラグリーゼ家の恥になるかと思いまして……」

「ほほう、我がラグリーゼ家の恥、とな。本当にそうなのか?」

「……お父様、失礼しました。本当は必ず優勝を取って、お父様に喜んで貰いたかった。お父様に褒めて頂きたかったのです。期待を裏切ってしまったこと。その謝罪です」

「そうか。そうか……」


 フッとラグリーゼの表情が緩む。


「裏切り、か」

「はい。期待を裏切ってしまい、申し訳ありません」

「ワシは、お前のことを勘違いしていたようだ」

「……――!?」


 バンッと、アイリーンは突き放される。

 あの父が、自分を突き放すなど思ってもみなかったので、驚きのあまり動けず、そのまま尻餅をついた。


「アイリーンよ。貴様よくものうのうとそんな事を言えたものだ。何が裏切りだ、ラグリーゼ家の恥だ! 貴様の存在そのものが恥ではないか!!」

「お、お父様! 一体何を!?」

「まだしらばっくれるか、父を裏切るか!」

「ですから私は何が何だか!」

「もうよい。この者達が全て話してくれたのだ」


 ラグリーゼがそう言うと、後ろに控えていた兵士二人が前に出る。


「アイリーン様。私達は失望いたしました。私達、それも隊長を含め、皆貴方に騙されました」

「貴方達は何を言っていますの!?」

「アイリーン様は、あのライラという平民に自分が作曲した楽譜を盗まれたと、それを取り戻して欲しいと隊長に願ったそうですね。それを聞いて隊長は本当に憤っておりました。無論、御嬢様の大切な曲を盗んだ者を許せないと、我々も同じ気持ちでした。御嬢様の望むとおり、我々はライラの家へと奇襲を掛け、楽譜を取り戻しました。ですが、それは正しくありません。取り戻したのではなく、我々が奪ったのだと。そう気づいたのです」

「私が奪う!? 本当に何を言ってるのですか!? あれは私が作曲した――」

「いえ。あの曲は間違いなく、あのライラという少女が作曲したものです」


 兵士達は、アイリーンの言葉を遮り、そう宣言した。


「御嬢様。私達はあのライラという平民の真の姿を見て参りました。あの曲は、彼女が命を掛けて作曲したもの。御嬢様はそれを我々を騙して奪い取った! 音楽家としてあるまじき行為を行ったのです!!」

「な、何を!? お父様、この者達は頭が狂ってしまってます。信じてはいけません! 全て嘘ですわ!」

「アイリーン。貴様この後に及んでまだそんな事を抜かすか!! ワシは貴様の演奏を聴いた瞬間に全てを理解したのだ。これは娘の曲ではないと。あまりにも偽物の臭いが濃すぎて、会場を後にしたほどだ! この父の馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「お、お父様!!」

「人の曲を盗むなど、この二人の言うとおり音楽家として最低のことをした。そんなのが娘とは甚だ気分が悪い!」

「お父様、ごめんなさい! この馬鹿な娘をお許し下さいませ! 私は間違ったことをしました! どうか、ご容赦を!」

「放しなさい、アイリーン。そのようなとってつけた様な台詞が我が心に響くわけがなかろう! それに貴様は謝罪する相手を間違えておる! 己の犯した罪を償ってこい! それすらも出来ぬなら貴様はもう我が娘ではない! 二度と当家の敷地は跨がせん!」

「お父様! お父様!!」


 未だにしつこく抱きついてくるアイリーンを、再び撥ね付けると、ラグリーゼは兵士らをつれて部屋から出て行った。

 暗い部屋の中、床に寝そべりアイリーンが思うのは、ただただ絶望のみ。


 ――父親に捨てられた。


 そのことがアイリーンをさらに深い闇へと誘っていた。





 ――――

 

 ――




「アイリーン様も、これで判ってくれたらよいのですが」

「我が娘ながら恥ずかしい。ワシも自らライラという少女へ謝罪に行こう。アイリーンも罪を悔い改めてくれたら良いのだが……」

「アイリーン様は賢いお方だと思っております。許してはもらえぬかも知れませぬが、誠意は突き通してくれると信じております」

「我が儘に育てた責任を感じておるよ。これで少しは頭を冷やして、成長してくれたら良いのだがな……」


 娘思いのラグリーゼは、そんな事を会話しながら、会場を後にしたのだった。









 ――●○●○●○――








 あれから数時間。

 うなだれるアイリーンは、絶望にうちひしがれていた。


「どうして私ばかりがこんな目に遭うの……? 私はただお父様の為に、ひいてはラグリーゼ家の為にしただけなのに……!!」


 どうしてこんなことになったのか。

 誰のせいでこんな事になったのか。


「そうよ、あの糞生意気な平民のせいだわ……!! ド底辺の平民のくせに、超一流貴族である私に刃向かうだなんて、絶対に許せない。この私より才能があるなんて、許されることではないわ……!! そうよ、あんなこの世界にとってのゴミは、さっさと捨てるべきだわ!!」


 すでにアイリーンの心は狂っていたのかも知れない。

 ライラの作った曲を聴いたときから、自分には何か別の人格が取り憑いているのだ。


「あのゴミさえいなければ……! そうよ、ゴミは掃除しないといけないの! 私が、この私が掃除をしなければ! お父様がしないのであれば、ラグリーゼ家の娘としては当然のこと!」


 ガバッと起き上がったアイリーン。

 護身用にと持ってきていたレイピアを抜いて、その刃先をうっとりと見つめた。


「箒がないんだもの、これでいいかしらね……!!」


 すっとレイピアを鞘にしまう。


「殺してやる……!!」


 そうアイリーンが呟いた時だった。


「手伝いましょうか? お姉さん?」


 唐突に聞こえてきた、未だ幼さの残る声。


「……誰です!?」


 どこに隠れているのかと、アイリーンがキョロキョロと周囲を窺っていると、ギイィっと重々しく控室の扉が開いた。


「全部聞いちゃったよ、お姉さん」

「…………!?」


 扉の外にいたのは、声からの推測通りの少年である。

 だが、あまりにも不気味さな雰囲気を放つ少年であったので、アイリーンは思わず息を呑み、距離をとった。


「酷いなぁ、傷ついちゃうよ。まだ十にもなっていない子供に対してさ」

「十にもなっていない子が、そんなに流暢に生意気さを醸し出しているんだもの。恐怖を覚えることくらい許してよね」

「恐怖を覚えるような事をしようとしていたお姉さんに言われたくはないよ」

「そ。まあ、もう一人も二人も一緒よね。聞かれた以上、始末しなきゃ」


 アイリーンはレイピアを抜くと、素早く少年との距離を詰めた。

 アイリーンは護身術として剣も扱えるように訓練されていた。

 だからこんな小さな男の子を串刺しにすることなど、朝飯前であるはずなのだが。


「……えっ……?」


 アイリーンのレイピアは空を切るだけ。


「ホント怖いお姉さんだよね、子供に剣を向けるなんて」

「今、一瞬にして消えたように見えたけど……。何をしたの……!?」


 目の前にいたはずの少年は、一瞬にして消え、今は自分の背後に立っている。

 何がどうなったのかと解答を求めて彼の方へと振り向くと、今の今までの彼の姿とは少しばかり違う点が目に入った。


「何、その仮面。そういうのが趣味なの? 悪趣味よね」

「だから、お姉さんには言われたく無いってば。この仮面、神器なんだよね。だから剣を避けることが出来たの。あ、もう剣は振るわないでね。別にお姉さんのことを誰かに言うとか、そんな事をしにきたんじゃないんだから」

「……じゃあ何しに来たの?」

「最初に言ったよね。手伝いましょうかって」

「手伝う……? 一体何を?」

「お姉さんがしようとしていること。僕もちょっと興味合ってさ。是非手伝わせてよ」

「貴方みたいな子供に一体何が出来――」

「――こういうことが出来るよ」


 アイリーンが喋り終わる前に、この少年は懐に潜り込み、喉にナイフを当てていた。


「これをズバッとやって終わり。ね? 手伝えそうじゃない?」


 あまりにも異質で、そして未知なる力を使う少年に、アイリーンは最初こそ恐怖を覚えていたが。


「……そうね。手伝ってもらえる? 私、ラグリーゼ家の娘としてゴミを掃除しないといけないの」

「いいよ! 手伝う! ……でも、その代わりなんだけどね。ちょっと僕の用事にも付き合って欲しいんだ」

「貴方の? 何がしたいの?」

「今は内緒! そのうち判るからさ!」


 少年はメルフィナと名乗った。

 アイリーンはその名前に何となく聞き覚えがあったが、今のアイリーンにはライラの事しか頭にない。

 ライラを掃除さえ出来れば、この少年が一体誰であろうとどうでも良かった。


 キャハハという狂気の笑い声以外、シンと静まりかえったコンクール会場の廊下にて、メルフィナは、待機させていた少女と合流した。


「お待たせ」

「もういい……の?」

「うん、もういいよ。彼女はいい感じに狂っちゃってるね」

「……私の力、使わなくていい……なの……?」

「そうだね。使わなくてもよくなっちゃったよ、ニーズヘッグ」


 その一言で、ニーズヘッグは纏っていた瘴気を霧散させた。


「後は待つだけだね。僕があの神器を手に入れるまで……!!」


 フェルタリアを巡る全ての物語の始まりは、この瞬間から始まった。




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