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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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フェルタリアピアノコンクール、開催

 フェルタリアピアノコンクールは、盛大に開催された。


 参加者人数、のべ百二十人。

 フェルタリア都市内だけでなく、大陸各都市から将来有望株が集まり、自身の世界観を指先で奏でて表現していた。


 コンクールもすでに中盤。

 すでに五十名近くの参加者が演奏を終え、結果を待つばかりである。


「王。いかがですか、これまでの奏者達は」


 審査員席横に用意された、フェルタリア貴族専用来賓席。

 そこにフェルタリア王とラグリーゼ侯爵の姿があった。


「うむ。実に素晴らしい奏者ばかりだ。このコンクールがこれほどまでにレベルが上がるとは、開催当時は思いませんでしたな」

「同感です。誰の曲も演奏も、非常にハイレベルで素晴らしい」

「……しかし、それだけ、ともいえる」

「ほほう? それは一体?」

「上手だ。技術があり、練習をしっかりと重ねていることが良く判る。だが、それだけだよ」

「言いたいことは伝わっております。皆素晴らしい技術を持っております。ですが、何かこう、深みというものが感じられませんな。迫力に欠けると言いますか、物足りなさを覚えます」

「同じような音ばかりで、味気なさを覚えるのだ」


 二人の感想は全くその通りで、誰も彼もが大陸トップレベルの演奏を繰り広げ、観客を沸かせている。

 だがそれほどのレベルの演奏をずっと聴いていると、知らず知らずのうちに観客の基準が上がっていく。

 どれほど素晴らしい演奏、素晴らしい作曲でも、周囲も同じであるのだから評価は一定になりやすい。

 どれが優勝してもおかしくない。皆均等に上手いからだ。

 しかし、だからこそ、同じような演奏ばかりで飽きが来てしまう。

 どうせ次も同じような作品なのだろうと、食傷気味のような感覚に陥り、期待感が持ちにくい。

 そう言った点が評価をさらに難しくしている。


「そうだな。なにかこう、下手でもいいから、心にグッと来る、いや心を鷲掴みするような曲を聞きたいものだ」

「レベルが高すぎる者も、集まれば烏合の衆にしか見えぬと、なるほど、難しいですな」

「そういえばそろそろでしたか? 侯爵の娘さんは」

「この演奏の次です」

「それは楽しみだ。何せアイリーンさんは我が都市きっての天才の一人だからな」

「…………」


 国王がこれほど期待してくれているのに、ラグリーゼはどうしてか不安な気持ちが募っていく。

 今の奏者の演奏が終わり、いよいよアイリーンの出番となった。








 ――●○●○●○――







 アイリーンは今、これまでいないほどの充実した気持ちを味わっていた。


(これさえ、この曲さえあれば……!!)


 人から盗んだ曲という罪悪感が、少しくらいは芽生えるかとも思ったが、いざ舞台に立つとそんなことは一切なかった。

 まるでこの曲は自分自身が作曲したものだと、胸を張って言えるほど、それはもう堂々とした面持ちであった。

 

(この私の曲で、必ず優勝の栄光を我が家に……!!)


「続いての奏者は、ラグリーゼ=ノエル=アイリーン。作曲名は、――『誰よりも貴方に』」


 アイリーンはドレスの裾を摘み、そっと小さく礼をした後、ピアノに向かってスラリと伸びる美しく白い手を伸ばす。


(――聞きなさい! これが私の演奏、私の曲、私の実力……!!)


 そして演奏は始まった。


 最初はたおやかな旋律で始まるが、その音にはどことなく不安げな旋律を入り混ぜて。


 その旋律は、徐々に激しく鼓動を始める。


 最大限にまで高まったテンションと共に、アイリーンは高らかに両手を挙げ、力強く鍵盤を叩く。


 激しく、悲しく、慟哭するように。


(――酔いしれなさい!!)


 旋律に酔いしれて、天にも昇る気持ちでアイリーンは演奏を続けた。



「…………!!」


 演奏が始まるや否や、王は絶句していた。


「……こ、これほどまでとは……!?」


 アイリーンに期待がなかったわけではない。

 むしろ彼女は優勝の筆頭候補であった。


 だがこの演奏は、あまりにも王の想定の、遙か上空を飛んでいた。


「ラグリーゼ侯爵。貴方の娘さんは天才だ……!! これほどの作曲技術があるとは……」


「…………」


 王を含め、観客の誰もが唖然としながら、アイリーンの演奏に酔いしれていた。


 ――ただ一人、ラグリーゼ侯爵を除いて。


(……娘にあれほどの曲を、作曲できるセンスが本当にあるのか……?)


 我が娘の事。

 どのような旋律を好むか、どのような曲を作るか、ある程度の想像はつく。

 だがしかしこの曲はどうだ。

 娘がこれまで生きてきて、これほど奥の深い曲を作れたことがあっただろうか。


「…………あり得ない……!」

「どうしました? ラグリーゼ侯爵」

「……申し訳ない、王。少し用事を思い出しまして。席を外させて頂きたい」

「娘の演奏ですぞ? 最後まで聞いてはいかれないのですか?」

「はい。どうにもこの曲、私には聞くに堪えません」


 王には失礼な態度だったかも知れないが、これ以上ここにいるのは気持ちが悪い。

 ラグリーゼは周囲に挨拶することも忘れ、ただひたすらに会場から出ることだけを考えながらホールから出た。



『――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』


 

 アイリーンの演奏が終わったのだろう。

 会場からは盛大な歓声と拍手が聞こえてくる。

 しかしこの歓声も、ラグリーゼの心に何も訴えてはこない。

 娘が喝采を受けているのにも関わらず、だ。


「……何があったのだ、娘に……!! いや、我が娘は、一体何をしたのだ……!?」


 ラグリーゼは、この曲から偽物臭さをかぎ取っていた。

 正しく言えば我が娘の持つ色や味わいではないと、そう感じていたのだ。

 それを確かめるため、ラグリーゼは足早に会場を去って行った。


(これで優勝はもらいましたわ……。後はあの平民の娘の情けない姿を見るだけ……!!)


 父親が会場から出て行ったことを知らないアイリーンは、盛大なスタンディングオベーションに満足して、意気揚々と舞台を降りたのだった。








 ――●○●○●○――







 王の率直な感想を言わせてもらうと、後は殆ど全てが消化試合だった。

 あのアイリーンの演奏は、誰が聞いても今まで演奏の中でもトップで、それは他の演奏者自身も深く痛感したはずだ。

 演奏を終えた者の中には、もう優勝はあり得ないとして会場を去る者も多い。

 演奏を控えた者の中からは、演奏すらせずに帰り支度をしている者すら現れるほどだ。


 アイリーンの演奏に酔いしれ、その興奮が身体から抜けず、後の奏者の演奏をまともに聞いている者は少ない。


「……本命は、後一人か」


 王の中の本命。

 それはただの平民の一少女。

 最も遅くエントリーしたため、演奏順番が一番最後になった、天才少女――ライラ。



 コンクールも終盤。

 ライラが登場するまで、後三人となった。


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