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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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ボクの気持ちの全てを込めて

 ――コンクールを明日に控えた夜。


 ライラは未だに元気を取り戻せてはいなかった。

 態度こそ全然気にしてないと笑顔を見せてくれるが、その笑顔は誰が見ても無理をしていると思えるほどの空元気。

 いつも通りに振る舞おうとする姿が、見ていてあまりにも痛々しかった。

 

 そんな調子では、いつもならば難なくこなす家事すらままならない。

 焼こうとしたパンは黒焦げ、スープの具は生のまま。

 大好きな紅茶でさえ、お湯を沸かすこと自体を忘れているという有様。

 大丈夫だよとフレスに笑って返していたが、フレスにはそんなライラの笑顔が心苦しい。

 ライラの苦しみを少しでも背負いたいとも思うが、その方法も判らず、もどかしい時間が続いていた。


(どうすればいいんだろ……。もう時間がないよ)


 隠れてこっそりと彼女の作曲中の楽譜を見てみたが、真っ白なままだった。

 このままでは、コンクールには絶対に間に合わない。


「ライラ……」


 元気出して、とそういうのは簡単だ。

 だけど、そんな言葉に一切の意味は無いことをフレスは知っている。

 下手な同情は、更に彼女を不安定にさせるだけだ。


 ――カシャン……!!


「ライラ!? 大丈夫!? 火傷はしていない!?」

「う、うん」


 今度はカップを落として割っていた。

 幸い彼女に怪我はなく、カップに入っていた紅茶も冷めていたので火傷をすることもなかった。


「自分で片付けるから」


 しゃがんで、割れた破片を一つ一つ、時間を掛けてゆっくりと拾っていく彼女の後ろ姿にフレスはいたたまれなくなる。

 堪えきれず無言で破片拾いを手伝った。


「……うう……」


 ライラの破片を拾う手がピタリと止まり、代わりに彼女の肩が小刻みに震え始める。


「うううううう……」


 ぴた、ぴたと、涙の雫が床にシミを作っていた。


「ライラ……!」


 こんな姿のライラは、もう見ていられない。

 フレスだって、どうしていいか判らない。

 だからフレスの目にも涙が溢れてくる。


(――ううん、ボクがこんなに弱気でどうするんだ!!)


 無理矢理、涙をぬぐう。


「……ボクに出来ることをしなくちゃ!!」

「ふ、フレス……?」


 フレスはそう呟くと、震えるライラを後にして、一人自室へと籠もったのだった。







 ――●○●○●○――






「ボクに出来ること。それはボクの気持ちをライラに伝えること。それしかない! それくらいしかボクには出来ない!」


 この現世に解放されてから、初めてペンを執ったフレス。


「作曲なんてしたことないけど! でもボクはライラとずっと一緒にいたんだ! ライラが作曲しているところをずっと見てきたんだ!! ボクなら、出来る!」


 ペンの持ち方すらも碌に知らないフレス。

 それでも何とか握るようにして持って、白紙の紙に音符を描いていく。

 楽曲の基礎の基礎は彼女の楽譜を見ていたから、形だけは判る。

 龍としての絶対音感を頼りにして、フレスは拙い手で旋律を描いていく。

 上手な曲が出来るわけがないのは、フレスだって百も承知だ。

 それでもライラのことを想う気持ちだけは誰にも負けないと、そう心を込めて曲を紡いでいく。


「絶対に、ライラに恥はかかせないから……!」


 フレスの作曲は日が昇るまで続けられた。


 だがフレスは所詮素人だ。

 わずか一夜でどうこう出来る問題ではない。


 数フレーズだけの、それもメロディーラインもぐちゃぐちゃの、書き掛け途中の曲の楽譜だけが出来上がっていた。








 ――●○●○●○――







 朝日が差し込み、フレスの部屋にランプの灯が必要でなくなった頃。


「これ、もしかして楽譜……!?」


 ペンを握りしめながら力尽きて眠るフレスに、ライラはそっと毛布を掛けた。

 昨夜フレスが部屋に籠もったのを見て、ライラは今になってこっそりと様子を覗きに来たのだ。

 まさかフレスが作曲作業を一人でしていたなんて思いもしなかった。


「……何も知らないのに、無理しちゃってさ」


 フレスの途中までの楽譜を手に取って、乱雑な音符の羅列を眺めてみる。


「あ~あ、変な曲。酷いなぁ、フレスってば、こんなに下手くそな曲を、ボクに弾かせようとしてたんだ」


 そんな軽口を叩きながらも、楽譜を握る手には力が入る。


「……でも……!!」


 もう枯れ果てたと思っていた涙が、楽譜のインクを滲ませた。


「バカフレス……! ボク、フレスの気持ちが嬉しすぎて、こんなに変な曲が、どんな曲よりも素晴らしく聞こえるよ……!! あのゴルディアですら、ここまでボクの心を震わせる曲は書けない! フレスは天才だね……!!」


 大切に、その楽譜を胸に当てて。


「大丈夫。ボク、フレスの気持ち、受け取ったから……!!」


 ――もう、本当に大丈夫。

 

 ――だって、今のボクの心には、フレスのくれた暖かい曲があるのだから。


「ありがとう。行ってきます」


 穏やかに眠るフレスのほっぺたに、そっとキスをした後、大切な楽譜を握りしめて、ライラは家を飛び出していったのだった。


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