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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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慟哭と狂乱

 拘束された賊二人は、ぽつぽつと語り出す。


「……そこのライラとかいう女に、我らが主の娘が懸命に作曲なされた楽曲を盗まれたと、隊長はそう仰った」

「はぁ!? ライラが楽曲を盗む!? どういうこと!?」

「そもそも主は誰だ?」

「ラグリーゼ侯爵だ」

「あのラグリーゼ家だと!? ラグリーゼ家がどうしてこんなことを!?」


 ラグリーゼ家は芸術や音楽を愛していることで有名で、王とも懇意にしている名家。

 まさかこのような悪事を企てるとは思いもしなかった。


「ラグリーゼ家の娘アイリーン様は、コンクールのために作曲された渾身の新曲を、そこのライラに盗まれたと泣いておられたと。隊長にどうにか取り返して欲しいと懇願なされたと聞いた。隊長は盗人から曲を取り返すために、今回の作戦に出たのだ」


 その言葉で、ライラとフレスの顔は青ざめた。


 敵の狙いはフレスではなく――。


「ライラ! まさか……!!」

「……うん……! 調べてくるよ……ッ!!」


 嫌な予感による冷や汗がフレスをも凍らせた。

 ライラは急いで自室へと戻る。


 ――そして二人の嫌な予感は現実になっていた。

 

 今日、ついさっき完成したばかりの新曲の楽譜が、綺麗さっぱり消え去っていることに気付いたのだ。


「ない! ボクの曲が、どこにも!!」

「なるほど、そういうことか……」

「どういうことなの、叔父さん!」


 一人納得しているシュラディンに、フレスが泣きそうな顔でしがみつく。


「フレス、この二人を自由にしてやってくれ。こいつらは悪い奴じゃない。こいつらも騙されているだけだ」

「……え? 何言ってんのさ! この人達はライラの曲を!」

「落ち着きなさい」


 強くしがみつくフレスの肩に手を置いて、落ち着くように促す。


「……お前達はアイリーンの盗まれた楽曲を取り戻しに来た。上からの命令で。ただそれだけだったんだな?」

「ああ、そうさ。俺達はお嬢様の大切な曲を取り戻しにきただけだ。決して悪ではない。むしろ悪は先に盗みを働いた方だろう」

「……そうか。あの娘、中々に外道なのだな。フレス、離してやりなさい」

「……オジサンがそう言うなら」


 フレスは言われたとおりに、二人の頭から手を離す。


「いいか。お前達は隊長を含め全員アイリーンに騙されている。ライラがアイリーンの楽譜を盗んだと言ったな。そんなことがあるはずないだろう! ライラはずっとここで、フレスと一緒に時間を掛けて自分の曲を作っていたのだ! そもそもライラは平民だ。どうすれば貴族の、それも飛びっ切りの名家の娘であるアイリーンと接触を持つことが出来る!? そのことからしてまず不可能に近いだろう!」


「「…………!!」」


 シュラディンの指摘は、まさにその通りであり、彼らも愕然としていた。

 平民であるはずのライラが、アイリーンに近づくのは相当難しいことだ。

 貴族と平民の間には、当然のこと大きな壁がある。貴族の屋敷の敷地に入ることすら敵わない。

 そんな状況であるのに、ましてや大切にしているであろう新曲の楽譜を、どのようにして盗み出すのか。

 そもそもどこに隠しているのか、知る由もない。

 実の親でさえ見つけるのは難しいであろうその楽譜を、部外者過ぎるライラがどうやって盗めるのか。


「……不可能だ」

「だが、アイリーン様は確かに隊長に泣きついてきたと……」

「だから全員騙されておるのだと言っておる! その隊長諸共、アイリーンにな! 大方ライラの才能に嫉妬したアイリーンが、ライラを潰すために企てたのであろう」

「そ、そんなわけが!」

「アイリーン様が嘘をつくようなことは!」

「ではその目の玉ひん剥いてよく見てみろ! お前らが屑だ最低だと罵りあげたライラという子が、自分の楽曲を盗まれて悲しみに暮れる姿を!」


 トボトボと居間に戻ってきたライラの顔は、これまで見たこともないほどの悲壮感に包まれていた。


「フレス……、ボクの曲、どこにも見当たらないんだ……」

「ライラ……ッ!!」


 酷い手の痛みすら耐えながら、文字通り必死になって作り上げた曲。

 それを突然奪われたライラの悲しみを、誰が共有できるものか。


「フレス、フレス……!! ボク、全部失っちゃったよ……! フレスと一緒に作った思い出の曲、盗られちゃったぁ……!! う、う、うわあああああああああああああああああああああッ!!」

「ら、ライラ……!!」


 ――慟哭。


 そう表現するのが相応しいと思えるほど、ライラは声を上げて泣いた。

 そのライラを、ただ抱いて共に泣くフレスの姿。

 二人の姿を見ているだけで、シュラディンの瞳からも涙が溢れて止まらない。


「お前達はッ!! あれほどまでに全てを音楽に捧げている少女達を見てッ!! まだライラを屑だと表現するかッ!! 人の曲を盗んだ者が、あれほどまでに悲しむことが出来るのかッ!? おい、どうなんだッ!!」


「「う……」」


「彼女の涙は、果たして偽物かッ!? お前らはそれすらも見抜けぬのかッ!? このたわけものめッ!!」


「「…………!!」」


 やはり、この二人は悪い人間じゃない。

 何せこの二人の目からも、二人の姿を哀れんで、涙が溢れていたからだ。

 ただ主に従って行動していただけ。

 その主人こそが、最低だっただけだ。


「わ、悪かった……!! 俺達は本当になんてことをしてしまったんだ……!!」

「ライラというお嬢さん。心の底から謝らせてくれ……!! 君は屑なんかじゃない! 屑なのは俺達の方だった……!! 俺達の目が腐りきっていた……!!」


 二人は、自然にライラへ土下座していた。


「フレス、フレス……!」

「ライラ……!!」


 この日、二人は夜通し泣いていた。

 部屋の片付けは全てシュラディンと、敵だった二人が、せめてもの償いにと行ってくれた。


 コンクールまで残り二日を切った夜の出来事だった。







 ――●○●○●○――






「アイリーン様、無事曲を奪還して参りました」

「まあ! ご苦労様、ガルーカス。助かりましたわ!」

「コンクール楽しみにしております」

「さあ、練習しなければ。ガルーカス、下がってよくってよ」

「はっ!」


 ガルーカスが部屋から出て行くのを見送った後、アイリーンはベッドに身を投げ込む。


「やったやった! これで私の優勝は間違いなし……!! しかしこれ、どんな曲なのかしら?」


 一通り目を通してみる。

 それだけアイリーンの背筋は凍り付いていた。


「な、何なの、この曲……!! わ、私が、これを作曲したということに……!?」


 ――その曲。


 時代が時代であれば、名曲として様々なコンサートで使われてもおかしくないほどの完成度であった。

 あまりにも完璧すぎる楽曲であったため、アイリーンは、今となって自分のしたことの重大さに気がつく。


「これを、私が……!!」


 これを発表なぞしてみたら、たちまち彼女は天才として祭り上げられる。そう確信出来るほどの曲だ。


「……クッ……」


 だが、それによって栄光を掴んだとしても、それは偽りの栄光。自分の実力など、どこにも関係が無い。

 今更ではあるが、この楽譜を使うことに躊躇してしまう。


「これをもし演奏すれば、私は……」


 一生罪の意識を持ったまま、暮らしていかねばならない。


 ――だが、彼女はその意識すらも、すでに超越していた。


「ク……ククク……アーッハッハッハッハッハッハ!! それでいいじゃない! 罪の意識!? そんなもの、糞喰らえだわ!! 天才としてデビューすれば、ラグリーゼ家は一生安泰! 何も問題ないじゃない! 私なら出来る! 嘘で自分を彩る事も、嘘で自分を誇示することも!! アーッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 軽い狂乱状態に陥ったアイリーン。


 彼女だって、天才の一人だ。初めて見た楽譜だろうと、演奏することは可能だ。


 この楽譜を自分のものにするために、アイリーンは凄まじい気迫で演奏を始めたのだった。





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