賊の急襲
時刻はすでに夜の十時。
「宴もたけなわだけど、時間が時間だし、そろそろお開きにしようか」
「そうだな。フレス嬢ちゃんはもうすでに夢の中だ」
「フレスも疲れてたんだよ。ずっとボクの作曲に付き合ってくれたしさ」
「そう言うライラ嬢ちゃんが一番疲れているだろう? ここの片付けはやっておくから、もう寝た方が良い」
「お客にそんなことさせるわけにはいかないよ」
「気にするな」
ライラが先程からずっと眠たそうにしていることに気づいていたシュラディンは片づけを買って出た。
この二人といると年甲斐もなく本当に楽しかったし、是非とも片付けくらいはさせて欲しい。
「皿は全部お水につけておいてね」
「了解した」
机の上の皿を重ねて、キッチンへ持っていた、その時。
「…………気配……?」
――何かがおかしい。
不穏な気配が、シュラディンの肌に突き刺さる。
この周辺の住人に、この時間に外を出歩くような者はいない。
それに、この気配はやけに緊迫している気がする。
窓を開けて周囲を確認してみると、周辺の草木が揺れていた。
「……誰かがここを通った。あるいはまだ潜んでいるということか……?」
どうしてここが狙われるのか、その理由を考えると、すぐさま答えが導き出された。
急いで居間に戻るシュラディン。
「ライラ! ライラ嬢ちゃん!? フレス!!」
「どうしたの、シュラディン?」
「この家の周りに、誰かいるぞ……!」
「……え?」
「一人か二人とか、そんな人数じゃない! もっとだ!」
「な、なんで!?」
「……おそらく、フレスのことだろう……!!」
フレスが龍であることは絶対の秘密。
それがもし外に漏れれば、一体どうなるか、シュラディンはよく判っていた。
フレスの噂を聞きつけて、フレスの力を狙う者がこの家に刺客を送り込んだ。
そう考えれば説明はつく。
「フレス、起きて! フレス!!」
「う、うみゅう……」
「フレス! ボクたち、なんだか誰かに狙われているの!! ピンチなんだよ! 起きてってば!」
「――!? ライラ嬢ちゃん、伏せろ!」
窓の奥からきらりとしたものが一瞬見え、シュラディンはそう叫んだ。
直後、その窓ガラスが割れると共に、何かが部屋に投げ込まれる。
「爆弾か……? いや、煙……!? 煙幕か!?」
白い煙が部屋を充満していく。
「ライラ嬢ちゃん! ワシから離れるな!」
「フレスは!?」
「無事だ! ワシの下にいる。早く起こしてくれ!」
「フレス! フレス!」
「う、うみゅう、眠いよ……」
「フレス、さっさと起きないか!!」
「……仕方ない、必殺技を使うよ」
ライラはフレスの耳元で、こう呟いた。
「――くまのまるやき、とってもおいしそう」
「――ハッ!? くま!? どこ!?」
あれだけ眠いとグダグダグズグズしていたのにも関わらず、その一言だっけでパッチリ覚醒したフレス。
「くまはまるやきは!?」
「効果抜群だね」
「……単純な子だな……」
『くまのまるやき』という魔法の言葉、覚えておこうと思った。
「あれ? 焼きすぎて部屋中煙まみれ!?」
「フレス、落ち着いて聞いて! 誰か分かんないけど、家が狙われたんだ! 多分フレスを奪いに!!」
「ボクを!?」
「フレス、ライラ嬢ちゃんを守ってくれ。ワシは曲者を止める! その隙に逃げろ!!」
シュラディンがそう叫んだ直後、賊は家の中へと続々と進入してきた。
窓ガラスが割れて、それを踏んだ時のガシャガシャとした音が強く響いていた。
「目的のモノだけ探せ! 邪魔する者がいれば多少痛めつけても構わん! だが殺すことは御法度だ!」
『了解!』
「了解、じゃないわい!」
賊の声を聞いて、シュラディンは剣を抜く。
賊はちりぢりになって家の中へ侵入してきた。
この煙で賊の場所が分からない以上、フレスの周囲にやってくる賊を叩きのめす方が早い。
シュラディンは煙の中の影を捉えて、こちらへと向かってきた賊へと剣を振りかぶる。
だが、相手もそれを判っていたのか、さっと躱した後、すぐさま剣で反撃してくる。
「おかしいな、この家には女の子が二人だけだと聞いたが……。そうか、たまに王宮からやってくる使いの者か」
「ここのこと、十分調べているのか……!」
シュラディンの剣が、相手の剣とぶつかり合った。
「何が目的だ!?」
「言えるわけがないだろう? そっちだって言えないようなことしているんだしお互い様だ」
「こちらが言えないような事……?」
「そうさ。まあ、そこのライラとかいう嬢ちゃんに聞いてみるこった」
「ボク!? ボクが何したって言うのさ!」
「ふん、よく言うよ、この犯罪者め」
蔑むような目をライラに向ける敵。
「それはお前らの方だろうよ!」
「おっと、王宮の兵隊さんは黙ってな。そしてついでにその剣を下げな。左を見てみろ」
「なっ……!?」
煙で気づかなかったが、シュラディンの首筋には、銀色に光る剣が当てられていた。
「大人しくしてろ、馬鹿が」
「くそ……!!」
シュラディンは仕方なく剣を手から落とす。
「はいはい、良く出来ましたぁ!!」
「ぐっ!?」
剣の柄で、後頭部を思いっきり叩かれたシュラディンは、そのまま崩れ落ちる。
「シュラディン!?」
倒れたシュラディンを踏みつけながら、敵は恐怖で腰を抜かしているライラを見下してくる。
「ライラさんよぉ、テメーみたいな屑は音楽なんてやっちゃいけないんだ。さっさと止めて罪を償う方が自分の為だと思うぜ?」
「な、何を……! ボクが一体何をしたって……!!」
「この期に及んでまだ認めないかぁ。まあいいさ。屑はどこまで行っても屑ってこった」
ハハハと高笑いする目の前の二人組。
「ボク、本当に何もしてないのに……!!」
「――うん。ライラは何も悪いこと、してないよ。だから、それ以上笑うと許さない」
「――あ?」
あざけ笑う二人に、フレスは俯きながら、ゆっくりと近づいていく。
フレスの発する異様な雰囲気に、ライラも思わず口が塞がる。
「なんだこの小娘。もしかして、俺達と戦うって言うのか?」
ゲラゲラと下品に笑う二人に対し、もうフレスの表情には鋭い冷たさしか残っていなかった。
「ライラが一体何をしたっていうの?」
「何をって、そりゃ自分で聞いてみたらいいんじゃないか? もっとも、恥ずかしくて返答はないだろうがな」
「ボクは知ってるよ。ライラはとても優しくて、とても努力家で、そして天才なんだって。そんなライラが何をしたっていうの。悪いことなんて、ライラは何もしてないよ」
「悪いことをしていない? そりゃ笑える冗談だな!? そこの屑は、そりゃもう芸術家としては一番最低な事をした屑なんだから!」
「今ので五回目だよ。ライラに向かって屑って言った回数」
「そりゃ屑なんだから屑でいいじゃねーか」
「――ライラを馬鹿にするなぁああああああああああああッ!!!!!」
怒りの限界を振り切ったフレスの力は、もう誰にも止められない。
部屋の家具が吹き飛びかねないほどの魔力が、フレスの手に集中していく。
「絶対に、許さない……!!」
「な、何だこいつ!? 神器使いか!?」
おびただしいほどの魔力が、周囲を凍てつかせていく。
「この力、や、やばいぞ!?」
「逃がすと思ってるの? ……絶対に許さないんだからね!!」
「に、逃げ――な、ななな……! なに……!?」
「『氷の監獄』!! そこで頭を冷やしてもらうから!」
敵二人の周囲に、巨大な氷柱が何本も現れたかと思うと、その氷柱は牢屋を作るかの如く二人を取り囲んでいく。
氷の牢屋の中の温度は、マイナス三十度以下。
二人が凍り付くのも時間の問題だ。
「君達は凍りつくほど頭を冷やして、それからライラに謝った方がいい!」
「……さ、寒すぎる……!!」
フレスが敵を捕らえた時。
『――撤収――ッ!!』
その号令と共に、周囲から気配が消えていく。
敵を追おうかとも思ったが、ライラを一人残していくわけにも行かず、フレスは動けなかった。
煙も晴れていき、先ほどまでの動乱が嘘だったかのように静寂を取り戻した。
だが、残された傷跡は深い。
部屋は荒らされ放題だったし、目の前には氷の牢屋。
そして気絶しているシュラディンの姿。
「フレス!」
「ライラ! 無事だった!?」
「うん、ありがとう、フレス……」
「ごめんね、ボク、部屋に氷柱突き刺しちゃった」
「いいんだ。フレスが怒ってくれて、ボク嬉しかったから」
「そうだ、オジサンを助けなきゃ!」
フレスはすぐさまライラの手を治した時と同じ要領で、シュラディンの傷を癒やした。
「う、う~ん……」
無事傷が癒えたのか、シュラディンは殴られた場所を触りながら意識を取り戻した。
「……無事か、二人とも」
「それはこっちの台詞だよ、オジサン」
「でも家がメチャクチャになっちゃったけどね」
「何か盗まれたモノはないか?」
「分からない。でも今から確認しないと」
「敵の目的はフレスじゃなかったのか……?」
「多分。フレスのこと、知らなかったみたいだし」
ライラを侮辱するような言葉ばかり交わされ、フレスについては何も知らない様子だった。
現に目の前で捕らえられている二人は、フレスが龍であることなんて、知っていればこのような事にはなっていないはずだ。
「じゃあ一体何を?」
「とりあえず、こいつらに聞いてみるね」
フレスは氷柱を解除して消すと、凍える二人に向かって尋ねる。
「君らさ、何が目的だったの?」
「こ、答えるわけ、ないだろ……」
身体が凍えているので、声は震えていたが、フレスの問いにははっきりと拒否を示してきた。
それを見て、フレスの顔から笑顔が消え去り、先程の様な冷たい瞳を見せる。
「……ねぇ。ボク、正直な話お二人には良い印象を持っていないんだ。さっきのライラに言ったことについて、まだ謝ってもらってないし。だから、ボクは二人がどうなっちゃっても、どうでもいいんだよ? もっと寒い思い、したいのかな?」
「あ、あ……!!」
フレスは二人の頭を掴むと、ギリギリと力を込めていく。
氷の様に冷たくなるフレスの手に、二人は我慢の限界だったのか、
「わ、悪かった……、全部、全部、は、話すから……」
「もうこれ以上冷たくしないでくれ……」
「ライラに謝罪は?」
「そ、それは……」
「出来ないの?」
「そりゃ、出来ない。……俺達にも、正義は、ある……」
「ほう、なんだ、その正義とやらは」
フレスにここまで脅されてなお正義を語る二人に、三人も興味が沸いた。
「全部話せ」
シュラディンの言葉に観念したのか、二人はぽつりぽつり語り出した。