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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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ライラの隠し事




 ――コンクール一週間前。


「う~ん」

「どったの?」

「いいメロディラインが浮かんでこないんだよねぇ」


 一度出ると決めたコンクール。

 結果がどうあれ全力を出すと決めた。

 その為、王宮に呼ばれた夜以降、ライラは作曲作業に没頭していた。


 この日も、ずっと朝から鍵盤を叩いてペンを走らせている。


 そんな時、ライラの家の扉を、コンコンと叩く音がする。


「フレス、出てくれる?」

「うん!」


 とてとてと玄関へ走り、扉を開けた。


「どちら様!?」

「こんにちは、お嬢さん方」


 扉の奥に立っていたのは、いつも王宮から二人の様子を見に来る兵隊長のオジサン。

 ごつい身体にこめかみに入れ墨の入った強面であるが、妙に笑顔に愛嬌のある優しいオジサンだ。


「えーと、お名前は……忘れた!」

「多分、お嬢さんの方には名乗ってないかなぁ」

「フレス~、誰~」


 部屋の奥からライラの声。


「いつものオジサンだよ~」


 フレスが叫び返すと、ピアノの音が止み、そしてライラが現れた。


「ああ、オジサンいらっしゃい。今日も王のパシリご苦労様」

「相変わらず王には厳しいねぇ、ライラ嬢ちゃん。これ、いつものだよ」

「ん」


 ハハハと苦笑しながら、オジサンは白い紙袋を取り出し、ライラに手渡す。


「どうだい? 調子は」

「まあまあかな。多分、コンクールは大丈夫」

「そっか。王の手前あまり言えないけど、あまり無理しちゃいけないよ?」

「分かってるよ。でもボク、折角ならやり遂げたいから」

「ライラならミスなくばっちり出来るよ! オジサンもそう思うでしょ?」

「え? あ、そうだね。フレスちゃんの言うとおりだ」


 ちらりとライラを見ると、彼女は首を縦に振った。


「え、えっと、フレスちゃん。ちょっとコンクールの事でライラ嬢ちゃんと話したいことがあるんだが」

「フレス、紅茶入れてきてくれない?」

「紅茶!? いいよ! 葉っぱは適当でいい?」

「うん、お任せする」


 フレスを台所へと追いやると、ライラはオジサンと共に外に出る。


「ちょっと、急に止めてよね――シュラディンさん」

「いや、まさかこのことをフレスちゃんに話してないとは思わなかったからなぁ」


 オジサン――シュラディンはバツの悪そうに苦笑した。


「いいのかい? この薬のこと話さなくて」


 シュラディンが手渡した白い紙袋には、ライラの為の痛み止め薬が入っていた。


「いいの。フレスはボクの親友。フレスには悲しんで欲しくないから」

「だがな、本当に無理はして欲しくないのだ。その手の傷、まだ相当痛いんだろ?」


 ライラの左手。

 そこはフレスを解放されたときに刺された傷跡がある。


「大丈夫。だからこの痛み止めを貰ってるんだから」

「最近痛み止めを要求する回数が増えたろう? 手を酷使しすぎてるんじゃないか?」

「ピアニストが手を酷使するのは当たり前。もういいよ、この話は。ボクは大丈夫だから」

「そうは言ってもな……」

「くどい! このこと、フレスや王に喋ったら許さないからね!」


 薬の入った紙袋を鷲掴みすると、ライラは家の中へ入っていく。


「あ、ライラ! 紅茶出来たよ!」

「じゃあ休憩にしようか!」

「あれ? オジサンは?」

「もう帰っちゃったよ! さ、飲も!」

「うん!」


 賑やかな家の側で、シュラディンはしばし腰を落として、二人の声を聞いていた。

(早くコンクールを終えて、手の治療に専念出来れば良いのに……。しかし、本当に強い子だ)


 王の期待、友達の罪。

 全てを背負い、一人ピアノの前に立つ少女を、シュラディンは何があっても守ると心に誓ったのだった。






 ――●○●○●○――






 それから一週間。


 ライラは毎日十五時間以上にも及ぶ作曲、演奏に明け暮れた。

 フレスもライラにずっと付添い、彼女の身の回りの世話を全てこなした。


「ごめんね、フレス。助かってる」

「うん! ライラが有名になるチャンスだもん! ボク、ライラの為なら何だって出来るんだ!」

「ありがとう」


 二人三脚で練習に明け暮れる日々。

 時折シュラディンがフレスには内緒で薬を届けてくれていた。

 万事上手く行きかけたこの一週間だったが、ついに最初の事件が発生する。

 

 それはコンクールまで残り三日となった深夜のこと。


「う、うみゅう……」


 机で突っ伏していたフレスが、重い瞼をこすりながら目を覚ました。


「あれ……ボク、寝ちゃってた……」


 時計を見れば深夜三時。

 ピアノの音の無い、静寂の夜だった。

 いつもならこのくらいの時間ならば、ピアノの音が聞こえていてもおかしくはない。


「ライラも、もう寝ちゃったのかな……」


 一応ライラの姿を確認しておこうと、フレスはふらり彼女の部屋へ向かう。


「……あれ、灯りがついてる……」


 ライラの部屋から、ゆらゆらとランプの灯りが揺れていた。


「ライラ、もう寝た方がいいよ…………」


 フレスがドアを開けようと、扉に手を掛けたとき、その声は聞こえてきた。


「…………クッ……!! 痛い……!! 痛いよぉ…………ッ!!」


「ら、ライラ……?」


 なにやら様子がおかしい。

 フレスは扉を少しだけ開けて、中の様子をこっそりと窺うことに。


「くそぉ……!! 後ちょっとなのに……!! 後三日だけ持ってくれたら、それだけでいいのに……!! 痛い、痛いよぉ……!!」


 ライラは床に伏せ、そして――泣いていた。


「お、おかしいな、痛み止め、全然効かない……!! 痛いよ……!!」

「ら、ライラ!!」

「フレス……?」


 苦しむライラの姿にフレスは我慢できず、彼女の側へと寄っていた。


「ライラ、一体どうしたの!?」

「な、何もない! 何もないから!」


 突然現れたフレスにライラは驚きながら、その左腕を背中に隠した。


「何もないわけ無いじゃない!」

「本当に何もない、から……いたっ……!!」

「ライラ!」


 歯を食いしばりながら痛みに耐えていたライラ。

 だがもう気力の限界だったのだろう。

 ライラは力なく項垂れ、フレスはその肩を抱いた。


「ライラ! …………え…………?」


 フレスは見てしまった。

 ライラが歯を食いしばりながらも隠そうとしたものを。


「み、見ないで! フレスには関係ないから!!」

「あ、あああああ……!!」


 そしてフレスは気づく。

 彼女を苦しめている原因に。


「ぼ、ボクのせい……!! ボクのせいで、ライラが苦しんでる……!!」

「違う! フレスのせいじゃない!」

「ボクが傷つけた、左腕……!!」


 ライラの左腕には血が滲んでいた。

 その原因は、フレスとライラが出会った時に付けてしまった、あの刺し傷。


「ボク、ボクのせいだ……!!」

「違うよ、フレスには関係ないよ」


 そう答えてくれるライラの顔は、とても優しい笑顔だった。

 そのことが、フレスの罪悪感をさらに駆り立てる。

 何せその笑顔は、左腕を押さえながら、冷や汗をかきつつ、苦痛をかみ殺してまで浮かべたものだったのだから。


「ごめん、本当にごめんなさい!」

「ふ、フレス!? 止めてよ! 土下座なんて!!」

「何でもします! だから、許してよ、ライラ!」

「だから許すも何も……。まず土下座止めて、こっちを見てよ」

「ライラ……!?」

「大丈夫だから。ボクは大丈夫。だからフレスは何も気に止めなくていいんだ。大丈夫だから」


 そう言って、ライラはそっとフレスを抱きしめてくれた。


「ライラ……!! ……う、うわああああああああ、ごめんなさいいいいいいい!!」


 この日。

 フレスは現代に封印を解かれて、初めて心の底から泣いた。

 己の行動の愚かさを、これでもかと痛感した。


「ごめんね、ごめんね……!!」

「これじゃ、立場が反対になっちゃったなぁ……」


 ズキズキと痛む手で、泣きじゃくるフレスを撫でるライラ。


「よしよし」


 フレスが泣き止むまで、ライラはそれを続けてくれた。

 そうしている間は、何故か痛みを感じないような、そんな気がしていた。






 ――●○●○●○――





「ごめんね、フレス。隠していて」


 フレスがある程度落ち着いたところで、二人揃って壁にのさがり、窓から夜空を見上げながらライラは語り出した。


「実はね、ずっと前から痛み止めを飲んでいたの」

「ボクがつけた傷の、だよね……」

「……うん。そうだよ」


 もう隠すこともないか、とライラは素直に肯定した。


「ボク、悪い子だ。ピアニストの手を傷つけることでも最低なのに、それが大事な人の手だなんて……!!」

「フレス、前にも言ったよね。フレスは良い子だよって。だって、ボクの手の為に、こんなに泣いてくれたんだから」

「当たり前だよ! 全部ボクが悪いんだもの!」

「あのね、フレス。この傷、確かに痛いけどさ。この傷はボクにとっては大切なものなんだ。何故か分かる?」

「……分からない」

「この傷は、フレスとの友情の証なんだ。フレスって龍でしょ。封印されていたって。あの後、フレスのことについてたくさん調べたんだ。それで分かったんだけど、フレス、人間に酷いことされてたんだって。人間を恨んでるって。だから、フレスの気持ちを考えれば、この傷は当たり前なんだって」

「違うよ! ボクはライラのこと、恨んでないもん!」

「あはは、分かってるよ。それでね、ボク、逆にフレスの事さらに好きになっちゃったんだ。だって、あれほど恨んでいた人間の手を傷つけたくらいで、あれだけ狼狽えて、反省して。ああ、この子は本当に心優しい子なんだなって、そう思ったから。ボクって結構敵を作りやすいタイプだから、あまり友達もいないの。だからフレスが友達になってくれて、本当に嬉しいんだ。この傷はボクとフレスの、最初の出合いの証。一生の宝物なんだよ」

「ライラ……。でも、その傷はライラを苦しめてる。今だって、痛いのを我慢してるんでしょ!」

「痛み止めがあまり効かなくなっちゃって、今も結構痛いかな。でも一人でいたときより、今の方が、ずっと痛みはないんだよ。隣にフレスがいてくれてるからかな」


 その言葉だけで、フレスは大粒の涙が目から溢れていた。


「ボク、ライラの親友で、いいのかな……?」

「当然だよ。フレス以外、考えられない。ずっと一緒にいてね」

「うん……! ボク、ずっとライラといるよ……!! 一生、ライラを守り続けるよ……!!」


 フレスはライラの左手をとる。


「ボクも、この傷が欲しいよ。ライラとの友情の証」

「えへへ、うらやましいでしょ!」

「むう、でもライラが苦しむのは嫌だから、治って欲しいけど…………あっ」


 ライラの手を握っていて、突然思い出した。


「ライラ! ボク、この傷治せるかも知れない!」

「……え?」


 そうだ。この手があった。

 今まで人間相手に使ったことはないから、出来るかどうかは分からないけど。


「ライラ、左手、このままにしておいて」

「えっと、フレス? なにかあるの?」

「任せて! ボク、絶対に治すから」


 ライラの左手を手で優しく包んだ後、フレスは目を閉じた。


「ボクの龍としての生命力を、ほんのちょっとだけライラにあげるんだ」

「手が光ってる!?」


 フレスが両手に魔力を込めると、ライラの左手を中心に青白い光が集中していく。


「暖かい……」

「お願い、ライラの手を治して……!!」


 フレスの願いと共に光が消える。

 再びランプの光のみとなった室内で、その異変は起きた。


「……あれ、痛くない……?」


 ライラの表情から、苦痛の色が消えていた。


「痛くない! フレス! ボクの手! 痛くないよ!!」

「ほ、ほんと!? さっきみたいに、我慢してるだけじゃないの!?」

「そんなわけないよ! びっくりだ! 本当に痛くない!」

「本当の本当に?」

「本当の本当の本当に!」


 痛くないことを証明するかのように、手をぶんぶん振るライラ。

 その表情から、本当に痛みが消えていることが分かる。


「フレス! 私、痛くないよ! 痛くないよ! ……痛くないよぉ……!!」


 ずっと悩み続けた痛みが消えた。

 それはライラの親友を傷つけたくないという、重すぎる責から解き放ったことと同じだ。


「フレス、ありがとぉ! 痛くないよぉ! ……う、うわああああああああああん!!」

「ライラ、良かったぁ……! 良かったよぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 二人してもらい泣き。

 ライラの手の痛みは癒え、そしてフレスの心も癒えた夜。

 この夜、二人は一緒にベッドで眠った。

 傷跡だけ残る左手と、それを癒やした右手を仲良く繋いで。


 フレスはこの夜、ある誓いを立てた。


 これから先何があろうと、つまらない理由で人間を傷つけることをしない。


 龍としての力は、大切な人を守るために使おうと。


 フレスはこの夜のことを、永遠に忘れまいと心に誓ったのだった。




 ――それは現代まで続いている――




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