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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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天才の奏でる旋律

 ――二日目前。


「ライラよ。手の傷はもう大丈夫か?」

「ええ、もう全く問題ないです。それで?」

「そうか。ならばお願いがあるのだが」

「嫌です」


 即答である。


「そこを何とか」

「嫌です」

「フレスからも何とか言ってやってはくれぬか?」

「嫌です!」


 ここはフェルタリア王宮の、王の私室。

 ライラとフレスは王の誘いを受けて訪れていた。


 ライラは元々、王宮専属の演奏家という職に就いていた。

 フェルタリア王は数多くの演奏家を雇っていたが、一番のお気に入りはライラであった。

 とはいえ、一演奏者を自分の私室に呼ぶまでの仲になるというのは、そうそうありうる話じゃない。

 当然と言えば当然であるが、これは大多数の部下には秘密にしていることである。

 王がプライベートに平民を連れ込んだとなれば大問題になりかねない。

 では何故そんなリスクを背負ってまでライラと懇意にしているのかというと、その原因はフレスにある。

 フェルタリア王は音楽を愛していることで有名ではあるが、彼の趣味は幅広く、音楽や戯曲や詩だけでなくお伽噺や神話にも大変興味を示していた。


 王が神話の中でも好んで研究していたのは龍についての物語。

 子供のように目を輝かせながら、関連書物を読み耽っていることも多い。


 龍が絵画に封印されているという昔話を、彼は信じていた。

 大多数の人間が鼻で笑うような話であるが、神器や神獣に詳しい王だからこそ、話の信憑性を自分の知識で判断できた。

 彼は神話に登場する、もしくは有名画家が描いたとされる龍の絵画を買い続けた。

 そしてついに発見したのが、フレスの封印されていた絵画である。


 封印を解く方法も当然のこと調べてあり、実際に封印を解いたのである。

 封印を解いた時、偶々王宮へ仕事に来ていたライラにその現場を目撃されたのである。

 ライラからしてみれば、王が不可思議な行動をしているのをこっそりと見ていただけであり、深く介入する気は毛頭なかったのだが、王は見られた以上彼女を引き込むしかなかった。


 こうしてフレスの封印解放には、ライラと王によって行われた。


 当初人間には敵意剥き出しだったフレス。

 龍の力を奮い、威嚇し牙を向けてきていた。

 だがライラは臆することなく、フレスに対して優しく接し続けた。

 ライラの言葉によって落ち着きを取り戻したフレスは、ライラと仲良くなった。

 これは丁度いいと、王はフレスにライラと共に住むように提案したのである。


 友達になってくれと言った手前断ることも出来ず、最初こそライラは渋々と言った表情で受け入れていたが、元々が人懐っこいフレスの性格だ。二人が親友になるのに時間は掛からなかった。

 一人称が互いに「ボク」という共通点も、二人が仲良くなるに一役買ったようである。

 そんなわけで王は時折、こうしてフレスの現状報告を聞くために、ライラ達をこっそり王宮に招待しているのであった。


「コンクールに出よ。お前さんなら良い線行く。というか優勝も夢ではない」

「だから、出ないってば!」


 最近王の口からは、このコンクールの話しか出てこない。

 フェルタリア・ピアノコンクール。

 音楽の盛んなこの都市で開催されるコンクールは、他都市と比べてレベルが高く、その優勝ともなればプロへの道が約束される。

 王はライラであれば、優勝など容易いと、そう確信していた。

 だからこそ、この才能を埋めたままにしているのは勿体無いと、執拗にライラにコンクールへの出場を迫っていた。


「我が耳に疑いを持つか? ライラならば優勝間違いない。太鼓判を押せるほどだ」

「だーかーらー、あんな貴族ばっかり出るコンクールに、ボクみたいな平民が出たら浮いちゃいます!」

「浮いちゃいます!」

「「ねー!」」


 パチンとハイタッチするライラとフレス。


「……仲が良いのは良く判った。ライラが出る気が無いのもだ。だがフレス、このままだとライラの才能は埋もれ腐っていくだけだ。それは勿体無いとは思わないか?」


 ライラが聞く耳を持っていないのはよく判ったので、今度はフレスから攻めていくことに。


「う、それは思う。ライラ、本当にピアノ上手いし……」

「あ、フレス! 裏切り!?」

「ち、違うよ! ただ、ボクは本当にライラは天才だと思ってるから!」

「実はワシもそう思っておる。だからこそ、コンクールに出て、世界に実力を見せつけてやればよい! フレスもそうは思わんか?」

「ねぇ、ライラ、出てみたら?」

「裏切りー!?」

「ねぇ、ライラ~、出てよぉ~」

「ちょっとフレス! いつから王の味方になったの!?」

「ずっとライラの味方だよ。味方だから言ってるの!」

「ボクは出る気がないんだけどなぁ……」


 なんてあーだこーだと言い合いすること三十分。


「判ったよ、出ればいいんでしょ! 出れば!」

「ホント!? ライラ、ありがとう! やったね! 王様!」

「うむ! では早速このワシがライラのエントリーをしておいてやろう。任せておけ」

「ライラ! やったね!」

「いや、ボクは全然「やったね!」って気分じゃないんだけど……」


 嬉しくて飛び跳ねているフレスとは対照的に、ライラは頭を抱えていた。


「ライラ、お前さんの不安は判る。だからワシも手を打つ」

「手を打つ? どんな?」

「二日後に、この王宮で立食パーティーがある。その余興でピアノ演奏をせよ」

「なんで!? 目立つのが嫌なんだってば!」

「貴族の前に立つことに慣れれば、そんなことは気にならなくなる。お前はいずれもっと大きな舞台でその腕を披露することになる。その練習と思えばいい」

「そんなのいいよ、慣れなくてもいいし! それにボクのこと買いかぶりすぎだ!」

「お前の株があるなら、ワシは100%取得したいほど買いかぶっておるぞ。まあ聞け。これは重要なことだ。別に慣れなくていい。だが一度だけお前の演奏を聞かせてやってみろ。それだけで、貴族連中はお前がコンクールに出ることを、何一つ文句言わなくなる」

「そんな都合のいいことある?」

「ある。お前さんはそれほどの実力者だということだ」

「……判った。そこまで王が信頼してくれているのなら、やるしかないよね。ね、フレス?」

「うん……もぐもぐ」

「あ!? フレス何食べてんの!? 折角ボクが決心しているときにさ!」

「この部屋、お菓子一杯置いてるんだよ! 天国だねぇ……もぐもぐ」


 花より団子。音楽よりお菓子。

 王の部屋のお菓子を片っ端から食べているフレスであった。


「もう帰ります。早くピアノの練習したいから」

「ああ、すまんな。そうだ、何か欲しいもの、必要なものがあれば言ってくれ。部下に持って行かせる」

「必要なもの……?」


 ライラは一瞬だけ自分の手を見る。


「うん、必要なもの、あるよ。誰に言えばいい?」

「外に無駄に強面の男が立っているから、そいつに言ってくれ。そいつにはお前達の生活面でのサポートも頼んである。欲しいものがあれば、そいつに全て言え」

「それ、お菓子もいいの!?」


 目を輝かせるフレスに、王の思わず苦笑。


「菓子なら他都市から取り寄せた絶品が大量にあるぞ。好きに持って行ってくれ」

「ホント!? 王様、太っ腹!」

「一応言っておくけど、立食パーティーの件は仕事だから。報酬の方も太っ腹でお願いね」

「はいはい、任せておけ。ちゃっかりしているな、ホント」


 そういうことがあって、立食パーティーでライラが演奏をする運びとなった。







 ――●○●○●○――






 立食パーティーにドレス姿で現れたライラの姿に、参加者の目は釘付けとなる。

 王自らがコーディネートしたドレスにその身を包んだライラは、普段の茶目っ気のある雰囲気は消え去り、金色の美しい髪が気品を醸しだし、さながら王妃の様な姿であったからだ。


「あれは誰だ?」

「どこかのお嬢様かしら?」

「少しツンとした表情もまた、可愛らしいお方ですこと」

「王が招待した演奏者かな?」


 誰もが口々にライラのことを噂していた。

 誰の記憶にもない、その気高き姿は、貴族達の興味を一気にかっさらっていた。


「お父様、誰ですの、あの方は!?」

「王のお呼びしたピアノ演奏者……。一体どのような者なのか。王が一目置くほどの実力というのは……」

「お、お父様……」


(ふ、ふん、どうせ大したことはないわ。私より優れている奏者などこのフェルタリアにはいないでしょうし。……それよりも私のピアノより優先するってのが許せない……!!)


 未だ実力が未知数のライラに、静かな注目が集まった。

 ライラはゆっくりと椅子に腰掛けると、鍵盤の上にそっと指を置く。


 静寂がこの場を支配する中、くわっとライラの目が見開かれた。


 ライラの指先が、ゆっくりとしなやかに、最初の鍵盤を叩いた。





「「「――――――――――!?!?!?」」」





 演奏が始まって、わずか十秒だった。


 パリーンと、最初のガラスの割れる音が響き、それに続いて三カ所からも、同じくガラスの割れる音が鳴り響いた。

 音の正体はグラスである。

 手に持ったワインのグラスを、演奏の迫力に圧倒されて落としてしまっていたのだ。

 だが、一同はガラスの音など全く耳には入らない。

 皆の耳は、ただひたすらに貪欲に、ライラの奏でる音を耳に詰め込んでいた。

 演奏から一分が過ぎた。

 一人の視界が歪んでいた。

 何故か溢れる涙に困惑しながらも、音の一つも逃さまいと、涙をぬぐうこともせずに立ち尽くしている。


 演奏はわずか五分で終わった。


 だが、聞いていた者の体感時間は、その十倍以上だったかも知れない。

 誰もが演奏が終わったのにも関わらず、拍手することすら忘れていた。

 放心状態となっている者もいるほどだ。


 騒然となる会場に、ライラはぺこりと頭を下げると、舞台裏へと降りていった。


「お、王……、今の娘は……本当に平民の娘なのですか!?」

「ええ。その通り。私の一押しの娘です。いかがでしたか?」

「て、て……天才……ッ!! 天才とは、あのような者の事を言うのですな……!!」


 ラグリーゼは、痛感した。

 凡人では到底届きようのない世界が、ここにあったのだと。

 今目の前で演奏した彼女は、間違いなくこの世界とは別の、異次元に住む天才なのだと。


 そんな者がコンクールに出る。


 娘にとって、最大のライバルになるに違いない。

 いや、ライバルと呼ぶのすら彼女に対して失礼かもしれない。おこがましい。

 到底勝ち目などない。そう確信できるほどの演奏だったのだ。

 娘が負ける姿は親として見たくはないが、しかし、その反面どうしてか楽しみでもあったのだ。

 そう、今の演奏を、もう一度聴けるということ。ただそれだけのことが、無性に楽しみで仕方なかったのである。


 ラグリーゼはちらりとアイリーンの方を見る。

 そのアイリーンも、今の演奏に唖然と突っ立っていた。


「お、お父様……!!」

「アイリーン……。此度のコンクールは――」


 諦めなさい。そう告げようと思った矢先。


「――嫌!!」

「アイリーン!? 待ちなさい!」


 アイリーンはラグリーゼを振り切って、そのまま会場を走って後にしたのだった。




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