終わりの始まり
「どう、ミル? 治せそうかな?」
「うむ。今はケルキューレの力がフレスの身体の中に留まっている状態じゃ。ケルキューレの魔力を打ち消すほどの大きな魔力があれば、フレスは目覚めるじゃろうな。レイアの力ならば問題なかろうて」
アムステリアの喝を受け、フレスの気持ちを知った、次の日。
ウェイルが電信を打ったその日の五時間後には、すでに目的の人物は登場していた。
「すまないな、レイア。突然駆けつけてもらって」
「いやいや、こういう時に呼んでもらえるのは光栄だよ、ウェイル。それに丁度マリアステルに帰ろうと思ってたところでね。タイミングが良かったのさ」
ウェイルが呼んでいたのは、同じく龍のパートナーであるテメレイアであった。
龍を治療するためには、同じく龍であれば良いとの考えに至ったからだ。
「さて、フレスちゃんを目覚めさせよう。ミル、手伝ってくれ」
「任せるのじゃ。レイア、詩を」
「判ったよ」
ミルがフレスの身体の上に手をかざすと、一歩さがったところからテメレイアは本を広げ、詩を歌い始めた。
『 』
意味も言葉も判らぬ神の詩。
三種の神器の力をかき消すためには、同じ三種の神器をぶつけてやらねばならない。
三種の神器『創世楽器アテナ』の奏でる魔力を帯びた聖なる詩は、テメレイアの声を借りて、女神の歌を奏でていく。
ミルの手が、翠色に輝いていく。
その光は、真っ直ぐにフレスの身体へと落ちていった。
「レイア! まだ足りぬ! もっと歌え!」
『 』
ミルの指示で、テメレイアはさらに出力を上げる。
声では判らぬが、額に掻く汗は尋常じゃない。
かなり無理をさせているのが判る。
――そして歌が始まって三分後。
「お、終わったのじゃ」
ミルの手から光が消えると同時に、ミルはへなへなと腰を落とした。
「……ふう。結構ハードだったね」
「当たり前じゃ。相手は三種の神器の力じゃぞ」
テメレイアも用意された椅子に腰を掛ける。
「ミル、レイア、フレスはどうなった!?」
「安心せい、ウェイル。フレスの中に留まっていた魔力は打ち消した。時期目覚めるじゃろうて」
「アテナが魔力をあらかた打ち消してくれたからね。もう大丈夫さ」
「本当か!? すまない。二人とも、恩に着る!」
そう言ってウェイルは二人の肩を抱く。
「うわっ!? ウェイルがこれほどまでに感情を表に出したのは初めてかも!? ……うん、結構グっとくるね」
「わらわにとっては迷惑なだけじゃ! 離せ!」
「おっと、すまない。本当に嬉しくてな」
自分でも似合わないことをしたとは思うが、嬉しかったのは本当だ。
「フレス、目を覚ましてくれよ……!!」
ウェイルがベッドに駆け寄る。
すると。
「…………うみゅ……」
間抜けな声と共に、もぞもぞとフレスの身体が動いていた。
「フレス!?」
願いが通じたのだろうか。フレスの瞼が、ゆっくりと開いていく。
「フレス! 起きろ!」
「…………ウェイル……?」
宝石の如く蒼き瞳を、数日振りに見せてくれた。
嬉さのあまり、ウェイルの目尻には涙が光る。
「フレス!」
「……ふぐッ!?」
「心配掛けやがって! ……いや、心配かけたのは俺の方か! とにかく良かった!」
この暖かみを離さまいと、思いっきり抱きしめてやった。
「ふぐーっ!! ウェイル、苦しいーー!!」
ウェイルに強く抱きしめらえたフレスは、空気を求めて悶え苦しんでいた。
「ちょっとウェイル!? 死んじゃう!?」
「す、すまん、ついな」
「いや、とても嬉しかったんだけどさ。一応人前だし」
「お前にそれを指摘される日が来るとは……」
兎にも角にも、フレスは無事目を覚ましてくれた。
「あれ? レイアさんに、ミルも!? どうして!? というかここはどこ!?」
時計塔でフレスとしての人格が気を失って以来、フレスは目を覚ましていない。
だから状況の把握が未だ済んではいなかった。
「ウェイル、ボク達、どうなっちゃったの……?」
「負けたのよ。異端の奴らにね」
ウェイルより早く答えたのは、テメレイアらの後ろで手を組み、壁にのさがっていたアムステリアだった。
「私達は完敗を期したってわけ。アンタも龍にやられたことは記憶にあるでしょ」
「……うん」
「貴方、自分の中のもう一人のことは判る?」
「……それが何だか変でさ。声掛けても応答がないんだよ。……なんとなく何があったかは理解出来てるけどさ」
フレスがウェイルを守らないと、とそう思った時から、フレスの記憶はない。
あの時、身を挺して師匠を守ろうとしたところに、横からフレスベルグが割り込んできたことは覚えていた。
そして現在のこの状況。
フレスは賢い。
故に、何が起こったのかも想像がついていた。
「……そっか。フレスベルグは、ボクの大切な人を守ってくれたんだ」
ぽつりと、そうフレスが呟いたのを聞いて、ウェイルはいてもたってもいられなくなり、改めてフレスを抱きしめていた。
「すまない、フレス……! 俺が弱かったばっかりに……!!」
「ううん。謝らないでよ。だって、ボクは何もしてないんだもん。フレスベルグが、ウェイルを守ってくれたんだよね」
「ああ……!!」
「そっか。ウェイルが無事だったんだ。あの子だって、悔いはなかったと思う。だってウェイルとあの子の仲じゃない?」
「……ありがとう……!! ありがとう……!!」
「よしよし、ウェイル。ボクの方こそありがとう。ずっとボク達を守ってくれて」
フレスがそう言ってくれた時から、ウェイルは涙が止まらなかった。
そんなウェイルの姿を見て、そっとアムステリア達は部屋を出る。
そのことにウェイルは感謝し、扉がぴったりとしまったところで、声を上げて泣いた。
師匠のプライドやメンツなどそこには何もなく。
自分の弱さを弟子の前で素直に晒しながら。
ただひたすらに、声を上げて泣いたのだった。
――
外に出て行った女子組はというと。
「あーあ。やっぱり勝てないね、フレスちゃんにはさ。僕の前では、あんなに素直になってくれないのに。でも、そこのところがウェイルの可愛いところなんだけどね! いつか僕の前でも素直になってくれないかなぁ」
「その意見には大いに賛同するけど、貴方、まさかそっちの気があるの? 行動と言動が怪しすぎるんだけど」
「確かアムステリアさんだったよね。貴方もウェイルが好きなの?」
「貴方「も」って、私は女ですけど? 健全ですけど?」
「僕だって健全さ。だって僕も女だから」
「「――はっ?」」
思わず目を丸くしたアムステリア。
そして何より驚いていたのはミルであった。
「レイア!? 貴様女だったのか!?」
「ええ!? 気付いているんじゃなかったの!?」
「えええ!? わらわ、全く気付かなかったぞ!?」
テメレイアが女だったというショックよりも気づけなかったというショックの方が大きいミルであった。
かくしてウェイルの号泣の裏では、テメレイアの性別発表会があったのであった。
――●○●○●○――
「さて、ウェイル。僕らにも状況を教えてもらおうか」
ウェイル達が一段落した後、部屋に入ってきたテメレイアの一声目の台詞はこうだった。
「フレスちゃんの状態が普通じゃなかったことはすぐに理解出来た。それに君は電信で僕にこう書いていたよね。フレスちゃんは三種の神器の影響を受けた、と」
「そうだ。今回俺達は三種の神器に関わる事件に遭遇した。本当に偶然だったんだがな」
「君は本当に巻き込まれ体質だ。こんな短時間に三種の神器に二度も関わるなんてね」
フフッと苦笑されたが、ウェイルとしては笑えたものではない。
「詳しい話、聞かせてくれるかい?」
「……判った。全部話すよ」
ウェイルは運河都市ラインレピアで起こった事件のことを全てテメレイアに伝える。
三種の神器のこと、異端児のこと、フレスの身に何が起こっていたのかということ。
所々驚くような仕草も見せてくれたが、基本的には冷静に話を聞いてくれていた。
ある一人の存在を明かすまでは。
「――そして『異端児』には一人、フレス達と同じ存在がいる。名前は――」
「――ティマイア。ティマイアが現代に復活しているんだ」
ウェイルの言葉を遮り、フレスがゆっくりと、ミルの目を見て伝えた。
「ティマイアとな!? それは本当か!? フレス!?」
「本当だよ。ボク、何回か戦ったもん」
「奴は心が壊れておるのじゃぞ!? このまま野放しには出来ん! 放っておくと尋常ではない被害が出るぞ!?」
「判ってる。でも敵はティマイアをしっかりコントロールしていたから、変に暴れるようなことはないと思う。だからといって、放っていいとは思わないよ。どうにかしないと」
「しかし、本当にまずい……! 実にまずいぞ……!」
「うん。何か起きる前に、ボクらが何とかしないとね。ミルも手伝ってね」
「う、うむ……」
変に狼狽していたミルを、フレスが仲間に引き込むという形で安心させた。
「三種の神器に龍の存在。これは怪しいね、どうにも」
「なぁ、レイア。お前、今の話を聞いて、何か心当たりはないか?」
「う~ん、ないこともない、ってところかな。話を聞く限りウェイル達は『セルク・ブログ』を読んだんだよね。何か気になる記述はなかった?」
「気になる記述か……」
セルク・ブログの内容はあらかた頭には叩き込んでいた。
脳内を検索して、気になる記述があったかといえば……。
「――あった……」
それはセルク・ブログ最後のページ。
「やっぱりあったんだね?」
「レイア、お前、セルク・ブログを読んだことがあるのか?」
思わずそう聞き返してしまう。
「うんや、読んだことはないよ。でも簡単な推理で辿りつけたさ。何せ僕の心当たりには、三種の神器のことが事細かに載っていたはずだから」
「三種の神器のことを記述していた書物。そうさ、セルク・ブログの最後はこう締めくくられていた」
――願わくは、我が親友、インペリアルに全てを委ねたい。――
「インペリアル手稿に、何かのヒントがある。そうだな?」
コクリとテメレイアは頷いた。
「そのインペリアル手稿を完全に複写したものを、僕は君に渡している」
「ああ、これだな」
取り出したのは一枚の紙。
ラインレピアへ行く前にテメレイから貰った、銀行都市スフィアバンクの銀行にある貸金庫の番号メモだ。
「セルク・ブログと、僕の書いたコピーがあれば、おそらくあらかたの意図は読み解けるはずだよ。ウェイル、セルク・ブログは持ってるの?」
「……いや、それがな――」
ラインレピアでは、時の時計塔を最後に直接マリアステルへと戻ってきた。
だからセルク・ブログをホテルまで取りに入っていない。
ホテルの部屋は未だチェックアウトしていないはずだから、未だに置きっぱなしのはずだ。
他の荷物もそのままにしてあるから、ルーフィエが勝手にチェックアウトすることはないだろう。
「色々整理するためにもラインレピアへもう一度行く必要があるのかもな……」
「いや、その必要はないわ」
と答えたのはアムステリア。
「あの部屋の荷物やチェックアウトのこと、一応私達も気になったからラインレピアへ行こうかと思ったのだけどね。あの子が執拗に『私が荷物を取りに行く』ってうるさくて」
「あの子って、……もしかして」
「ええ、フロリアよ」
「やっぱり……!!」
そしてあの部屋に戻りたがる理由は一つしかない。
フロリアは重度のセルクマニアだということを考慮すれば、フロリアの目的は火を見るより明らかだ。
「あいつ、セルク・ブログを盗りに行きやがったか!!」
そうウェイルが呟いた時である。
「アムステリア~、約束の荷物、お届けに参りましたよ~」
のんきに扉を開けて入ってきたのは、四人分(といってもフレスは基本手ぶらだから実質三人分)の荷物を抱えていたフロリアであった。
「ふいー、これで任務完了かな! あ、ウェイル! 私、ホテルチェックアウトしてきてあげたからね! 感謝してよね!」
「……してよね、なの」
エヘンの胸を張るフロリアとニーズヘッグに対して。
「アムステリア、今すぐそこの二人を縛り付けてくれ」
「了解したわ」
「え? なにごと? どゆこと? って、うわああっ!?」
驚く二人を余所に、あっという間にがんじがらめに縛りつけてやったアムステリアである。
「ちょっと!? またこの状態!?」
「……気持ちいいの……」
「うわっ、変態がいるのじゃ……」
ニーズヘッグの趣味にミルもドン引きである。
「さて、フロリア。セルク・ブログはどこだ?」
「な、なんのことかな?」
「視線をずらすな。持って帰ったんだろ? お前のことだから」
「ぴゅ~……、ぴゅ~……」
「口笛吹けないからってぴゅーぴゅー言っても意味ないぞ?」
「良いじゃない! ウェイル助けてあげたんだし! セルク・ブログくらい、見逃してよ!」
「開き直るなよ……」
フンとそっぽを向くフロリアに、フレスが話しかける。
「あのね、フロリアさん。ボクら、少しセルク・ブログが必要なんだ。貸してくれないかな?」
「嫌ですー、あれは私のモノなんですー!」
「そうかい。ならアレスにチクっておこう。こいつはまた人のモノを盗んだってな」
「ちょいっ!? アレス様関係ない!?」
「関係ないだろうな。でも嫌なんだろ? ならば貸してくれ」
「判ったよ! 貸せばいいんでしょ! 貸せば! ウェイルの卑怯者~」
「少なくともお前だけには言われたくないぞ……」
こうしてセルク・ブログの現物は手に入れることが出来た。
残るはスフィアバンクに眠るテメレイアの作ったコピーだ。
「さて、スフィアバンクには僕が行こう。二日後にはここにまた来る」
「頼めるか。俺もその間に今回の事件の後処理をしておかねばならないからな」
「私も手伝うわ。リルはちょっと別の用があってこられないと思うけど」
「いや、いいさ。報告書とかルーフィエへの謝罪とか本当は俺がしないといけないことばかりなんだ。お前が手伝ってくれるだけでもありがたいのに、それ以上は求めないさ」
「ウェイル、ボクもやる! 書類の書き方とか、プロとして勉強しておきたいし!」
「判った。報告書は一緒に書こうか、フレス」
「うん!」
「……羨ましいけど、今回はまあ許したげるわ……!!」
こうして運河都市ラインレピアで起きた事件は、一応の閉幕となる。
いや、事件の幕はすでに二日前に降りている。
今の状況、これはもう次の段階に移っていた。
今回の事件、これはあくまでも最終局面の序章に過ぎない。
そのことをウェイルは何処かで感じていたのかも知れない。
新たな事件は、この二日後から始まったのだ。
テメレイアが戻り、ウェイル達が全てを知ったその日から、アレクアテナ大陸の運命を左右する事件の第二章が、幕を開けることになる。
これで第十二章ラインレピア編を完結させていただきます。
……長い! 遅い!
ごもっともでございます……。
週一ペースでしか更新できなかったため、本章だけで一年掛かるとは……
読者の方々には本当に申し訳なく思ってます。
そして「ありがとう」と伝えたいです。
完結まで後少しです。引き続き読んでくだされば幸いです。