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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
378/500

フレスの気持ち ※

 壮絶なラインレピアでの出来事から、すでに二日経つ。

 力尽きたウェイルら三人は、すぐさまフロリアやイルアリルマの手によってプロ鑑定士協会へと運ばれ、治療を受けることになった。

 といっても、通常の治療を受けたのはウェイルだけ。

 傷は浅くとも、大きな傷には変わりなく、何針も縫うほどの傷であった。

 出血による意識の混濁もあったりはしたが、一日を費やした療養のおかげか、傷口は傷むものの、快復に至るまでとなった。


 アムステリアはというと、少し時間を置いただけで自己回復した。

 元々彼女の持つ神器の生命力は果てしない。

 今回はその力が敵によって意図的に弱められたせいで意識を失っただけであり、大きな傷も負ってはいない。

 故にウェイルよりも先に目を覚まし、彼の介抱に当たっていたほど。


 残る問題はフレスであった。


 事件から二日も経ったというのに、未だに目を覚まさない。

 龍であるフレスの身体の治療法など、誰も知る由もない。

 だからウェイルは彼女に付き添うしか出来なかった。

 彼女が目覚めぬまま朝を迎える度に、不安はどんどん募り、後悔が心を蝕んでいく。

 己の心はこんなに弱かったのかと、これほど実感した日々は無い。

 手を握り、暖かさを感じることができるのは唯一の救いではあったが、彼女の身に起こったことを考えるだけで悔しさと不甲斐なさに押しつぶされそうになる。

 心破剣ケルキューレによって身体を貫かれたフレスは、心の一つを失ってしまった。


 心を二つ持っていたフレス。


 少女の人格とは違う、龍としての人格であるフレスベルグが、フレスとウェイルの身代わりとなって、その心に剣を突きたてられた。

 消え行くフレスベルグの表情を思い出すだけで、胸が張り裂ける思いだ。

 ウェイルの部屋で眠るフレスの姿は、とても静かで、普段の騒々しさが恋しい。


「フレス……!!」


 情けない。

 本当に情けない。

 自分の弱さを露呈し、弟子の身を犠牲にさせたばかりか、傷つき倒れた我が弟子の目覚めを、ただ待つことしか出来ない自分自身が、情けなくて堪らない。


「馬鹿だな、俺は…………!!」


 そして情けなさは、腹立たしさへと変わっていく。

 そんなウェイルの後姿を、じっとアムステリアは腕を組んで見守っていた。

 影だ、贋作だと、たかがその程度のことで、全てを失っても構わないとさえ思ってしまう自分の弱さのせいで、大切な弟子を一人失ってしまった。


「フレスベルグ……!!」


 失ったものは、あまりにも大きすぎる。それに気づくのはいつも、失った後でだ。


「見てられないわね……!!」


 泣き言ばかりのウェイルの肩を、アムステリアは力強く掴んだ。

 毎日ここでウェイルの姿を見ていた彼女にとって、それはもう我慢の限界であった。


「いい加減にしなさい! いつまで泣き言並べてんの!!」


 アムステリアはズズイとウェイルの胸倉を掴むと、思い切り壁へ叩きつけた。


「アンタがそんな調子で、フレスが目覚めた時どう思う!? 素直なフレスのことよ、自分がまたウェイルを傷つけたと、そんな勘違いをしてしまいかねない! そんな酷い勘違いをフレスにさせるの!?」


「…………」


 ウェイルは何も言えない。 

 ただ黙って話を聞いていた。


「今回のことは別に貴方の責任じゃない! でも、今のウェイルを見てフレスが悲しんだのなら、それは貴方の責任よ! しょうもないことでウジウジして、全く情けないわ! 別に影だろうとなんだろうと、関係ないじゃない!」

「お前、話を聞いていたのか……?」

「ええ。私、あの時別に気絶していたわけじゃないの。ただ体が動かなかっただけ。話は全部聞いていたわ」

「そう、か……聞いていたのか……。笑える話だよな。あれだけ贋作を嫌っていた俺自身が、贋作だったんだ。情けないよ」

「まだそんなこと言ってんの!? だから言ってるでしょう!? どうでもいいのだと! フレスだって、そう思ってたはずよ!」

「フレスはメルフィナがこの話をしようとしたとき、止めようとしたんだ。俺に正体を知らせまいと。フレスは、俺が影であることを知っていて、それを俺が知るのを嫌がった。それはフレスの優しさだとは思う。だけど、その行動は、余計俺が影なのだと言う証拠にもなった。正直俺は、これから自分自身をどういう風に扱っていけばいいか判らない。……判らないんだ……」


「このバカッ!」


 ――バゴンッ……!!


 強烈な痛みが、頬に刺さったかと思うと、ウェイルの身体は今度は本棚に叩きつけられていた。

 殴られたというのは理解出来ていたが、その殴り方に驚いた。

 アムステリアは、平手ではなく、拳を叩きつけていたのだ。


「……こんな男に惚れていたなんて、心底がっかりだわ……!!」


 アムステリアは本気で怒っている。

 容赦のない一撃が、それを物語っていた。


「アンタは確かにあの仮面の男の影武者かも知れない! 自分自身の存在を真っ向から否定された。確かにアンタは傷ついたでしょうよ! だけどね、アンタは今、奴の影であると同時に、一人の少女の師匠でもあるのよ! 師匠としてのアンタは影!? 違うでしょ!? 師匠としてのアンタは、弟子を立派にプロとして育て上げた、本物の師匠でしょう!? 弟子に恥をかかす様な行動を、師匠であるアンタがするの!?」

「……師匠、か」


 師匠と弟子。

 幾度となく、この関係性の暖かさを理解してきた。

 元は赤の他人、それも偶然絵の中から出てきた少女を拾っただけの関係から始まったもの。

 しかし、今はどうだろう。

 師匠と弟子という関係は、あの出会いの時と同じままだろうか。


「……本当は黙っておいておこうかと思っていたんだけど、教えといてあげる。以前フレスが、フレスベルグの人格になっていた時に何かを考えていたと、そう言ってたわよね」

「……ああ」

「フレスに人格が戻った後、ウェイルはこう尋ねていた。『あの時、お前は何を考えていたんだ?』って」

「……確かに、訊いた」

「あの時、フレスは別に何でもないと誤魔化したけど、私はしっかりフレスの声が聞こえていた。思えば、フレスは今回のことを考えていたのよね」

「……フレスは、なんて言ったんだ?」

「『ボク、ウェイルが誰であっても、ウェイルが好きだから。もうちょっとこのままがいいな』って、そう言ったのよ!」

「フレスが……?」

「あー、もう! こんなこと私から話す話じゃないのに!!」

「誰であっても……俺のことが、好き……?」


 フレスはウェイルが影であることを知っていた。

 つまりこの言葉の意味は。


 ――たとえ影であっても、ウェイルのことが好きだ。


 そう言う意味であるわけだ。


「何で私がこんなことを言わないといけないのよ……! もう、しっかりしてよ、ウェイル」


 へなへなと腰を落とすアムステリア。

 そんな彼女の肩を、ウェイルはさっと支えた。


「ありがとう、アムステリア。伝えてくれて」

「……フン、知らない、ウェイルなんて」

「そう言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「その台詞、私に言ったらフレスに怒られるのではなくて?」

「かもな」


 不思議だった。

 フレスが呟いたというその一言を聞いただけで、自分が影であるという劣等感が、一気に消え去った、そんな気がしたのだ。


「フレスベルグ、最後に言ってたわよね。気づいてる?」

「……ああ、今しっかり気づかされたよ」


 そう、まだウェイルには気付かなければならないことがある。

 フレスベルグは最後にこの言葉。


 ――「フレスを頼む」と。


「思い出したよ。フレスを任されたことを。俺としたことが、馬鹿だった。悩んでる暇なんて、これっぽっちもなかったな」


 そう、俺は誓ったはずだ。

 フレスを何が何でも守る。それこそこの命に代えても、と。


「無駄に元気になりやがって。ちょっと腹立たしいけど。でもそれでこそ私のウェイルよ」

「お前のじゃないがな。でも礼を言うよ。ありがとう、テリア」

「フフ、そう呼んでくれて嬉しいわ」


 そう、俺はもう影じゃない。


 フレスの師匠で、そして鑑定士だ。


 『不完全』への復讐心は消え去ったわけではない。

 だが復讐する事ばかり考えて生きてきたウェイルを変えてくれたのは、この愛弟子のおかげだ。

 だから自分を変えて、支えてくれた弟子に、今度は自分が全てを捧げる番だ。


「フレスを元に戻す。そのためなら何だってするさ」

「おはよう、ウェイル。ようやく目を覚ましたわね」

「ああ。早速で悪いがテリア、手伝ってくれ」

「お任せあれ♪」


 思い立ったら吉日だ。

 早速ウェイルはとある人物を呼び出すために電信を打ちに外へ出たのだった。







挿絵(By みてみん)






あけましておめでとうございます!


今年も龍と鑑定士をよろしくお願いいたします!


イラストをいただきました! ありがとうございました!

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