誓い
光と闇を放つ剣が、意識を失っているフレスの身体から抜かれる。
心を破壊されたフレスの身体は、重力に従い床に叩きつけられた。
「フレスベルグ……ッ!」
その名を呼んでも、もう返事はない。
この事実に、ウェイルの心も砕けてしまいそうだ。
「さあ、龍の方は死んだ。今度こそウェイルの番だよ!」
今度こそウェイルを殺さんとばかりに、再びメルフィナが剣を振り上げた、その時だった。
「ちょっと待った~~~~!!」
――ガッシャーンッ!!
巨大な音を立てて、天窓が砕け散る。
落ちてくるガラスの破片と共に、禍々しい影が部屋に乱入してきたのだ。
「あちゃ~、ちょっと遅かったかな? でもまだ間に合うか! いっけー、ニーちゃん!」
『……うん……!!』
その影には見覚えがある。嫌というほどに。
「ふ、フロリア、ニーズヘッグ!?」
「やっほ~、ウェイル、助けに来たよ~! 生きてる? ……って、酷い怪我!? すでに棺桶に頭から突っ込んでる!?」
天窓を突き破ってホール内に乱入してきたのは、龍の姿となったニーズヘッグと、それにまたがるメイド、フロリアであった。
フロリアは床へと降り立ったニーズヘッグからぴょんとジャンプすると、ウェイルとアムステリアの間に立つ。
そしてケルキューレを持つメルフィナやイドゥを前にして、茶目っ気たっぷりに笑った。
「やぁ、リーダーにイドゥさん! 目的は達成した?」
「まあね。君のおかげかな、フロリア」
「またまた、皮肉がお上手ね、リーダー」
「で、君は何をしにきたのかな?」
「ちょっくらね。一応私の大切な人の恩人だからね。死にかけてるし助けちゃおうと思ってさ」
チラリとウェイルにウインク。
「…………」
「え、避けちゃうの?」
見事にかわされたのが哀愁を漂わせる。
「へぇ、そうなんだ。だったら困ったな。僕は今からウェイルを殺そうと思ってたんだけど」
「そうなの? そりゃこっちだって困るよ。私、今からウェイルを助ける気なんだしさ」
そう言うフロリアの背後には、黒き翼を携えたニーズヘッグが、紫色に目を光らせてメルフィナ達を睨み付けていた。
「意見が違ったらリーダーを優先。それが組織だよね?」
「ええ!? リーダーって、リーダーだったの!?」
「酷いこと言うなぁ……」
クククと互いに笑い合う。
だが、彼らの放つ殺気はとても友好的なものじゃない。
「ニーちゃんもフレスを助けたいよね?」
『……当然……!!』
「あれれ、フロリア? リーダーの僕を、龍で脅す気? それって裏切りだよね?」
「裏切り? う~ん、そうなっちゃうのかな~。私として私がしたいことをしてるだけなんだけど。それが裏切りって言うんなら、そうなっちゃうのかな? ま、私が裏切るなんて、日常茶飯事でしょ? 個性だよ、個性」
「はは、確かにフロリアらしいね。裏切りは君の十八番だもんね。それでこそ『異端』だよ。君は。多分、君が裏切ったって知っても、うちのメンバーは誰一人驚かないだろうね」
イドゥもそれにうんうん頷いている。
ティアは「そうなの?」と首をかしげていたが。
「そういうことでさ。ここは素直に私のやりたいことをやらせてよ。ニーちゃんとやり合うのも、あんまりいい選択肢じゃないでしょ?」
「それもそうかもね。今のニーズヘッグ、無茶苦茶怖いしなぁ」
ハハハと笑い飛ばすメルフィナ。
だが、彼の魔力は笑い事では済まされないほど鋭くなっていく。
空気がさらに緊張感を増した。
「さて、いつまでも睨み合うわけにはいかないし、こっちはやることやらせてもらうよ」
フロリアはしゃがむと、ウェイルに声を掛けてきた。
「さぁ、逃げるよ。立てる?」
「あ、ああ。何とか」
傷口はかなり傷むが、脳内麻薬がだいぶ分泌されたのか、動けないほどではない。
「なら私はアムステリアを背負うからね。ニーちゃんに乗って」
ひょいっとアムステリアを肩に乗せたフロリア。
「ニーちゃんもフレスを回収してよね~。……って、ニーちゃん?」
先程からずっとメルフィナから目を離さないニーズヘッグ。
怒りが収まらないのか、口から瘴気が漏れ出している。
『許さないの……!! リーダーは私の命より大切なフレスを刺した……!! 絶対に許さないの!!』
龍の姿で瘴気を放つニーズヘッグは、フレスの倒れた姿を見て激憤していた。
――龍の逆鱗に触れる。
それはまさにこの状況を差す言葉だろう。
『リーダー、覚悟はいい……? 殺す……!!』
目を真っ赤に染めた黒紫色の龍から放たれる殺気は、余りにも激しすぎてホール内に振動が走るほどだ。
「おやおや、フロリア。そっちの龍は、やる気満々みたいだよ?」
「この子、フレスのことになると盲目的になっちゃうからなぁ」
「龍と戦うのは勘弁してもらいたいね、今はさ。どうする? イドゥ」
「逃げた方が良さそうだな。いくらお前がケルキューレを持っていたところで、万全の状態であるニーズヘッグを倒すのは難しい。ティアも龍同士の戦いで力を使い果たしているだろう。正直言わせてもらえば、度重なる神器の使用で、ワシ自身もクタクタだ。目的のものは全て手に入ったし、ここいらが潮時だ。お前ももう満足しただろう」
「そうだね。確かに満足したよ。ウェイルのことだって、実はもうどうでもいいんだ。帰ろうか。他のメンバーも、もう帰っちゃったんでしょ?」
「次の任務を与えてあるからな。ティア嬢ちゃん、帰るぞ」
「は~い! ティアも今日はもう疲れちゃったもん。お昼寝したいよ!」
「じゃ、帰りますか! ウェイル、達者でね~」
なんてのんきな会話を交わす三人は、ニーズヘッグのことなど無視して、出口へと歩き出した。
「…………!」
手を上げて去っていくメルフィナに、ウェイルは声すら出すことが出来なかった。
大切な弟子の心を破壊され、仲間も傷つけられた。
それなのに、自分は過去の事実を突き付けられたと言うだけで、全く動くことが出来なかった。
そのことが情けなさ過ぎて、自分に腹が立つ。
「ナハハ、すげー、その無視の仕方すげー。よく今のニーちゃんに背中向けられるよ! 流石リーダー! やるぅ!」
変なところで感心しているフロリアの笑い声が、情けない自分をあざ笑うかのように聞こえてくる程だった。
『殺す……!! フレスを刺した奴、絶対に殺す……!!』
ブツブツと呟くニーズヘッグの殺意は、留まるところを知らない。
引き上げていく三人に対し、全力の魔力を放出し始めたニーズヘッグ。
怒りに震えながら、翼に瘴気を溜め始めた。
黒ずんだ瘴気の波動を、怒りに任せて撃ち放つつもりだ。
『殺してやる……!!』
「ちょっと、ニーちゃん、落ち着いて!! 今は皆を助ける方が先決!」
怒り狂ったニーズヘッグがあれを放てば、敵の三人どころか、この時計塔自体が崩壊しかねない。
そうなればウェイル達どころかフロリアの身も危ないとあって、フロリアは必至にニーズヘッグにしがみついた。
「フレスを助けるんでしょ! なら復讐は後回し! みんなを助けてから! それとも何? 復讐するために、フレスを死なせるの!?」
『でも……!!』
「でももへちまもあるか―!! ニーちゃんが本気出しちゃったら私だってただじゃ済まないじゃない! フレスも死んじゃうでしょ! いいの!?」
『フレスが死ぬのはよくないの……、フロリアはどうでもいいけど。……判った。フロリアの言うとおりにするの』
「……今結構傷ついたよ、私」
フロリアの一括に、ニーズヘッグも渋々だが了承した。フロリアとしては納得できないところもあったが。
(しかし、よほどこの青い龍が好きなんだねぇ)
フレスの命、それはニーズヘッグにとっては己が命よりも大切なものだった。
自分の命より優先されるものがあるというのが、フロリアには納得しづらいことではあったが、不思議とニーズヘッグのその心が羨ましく思った。
そうこうするうちに、メルフィはホールから去っていった。
彼ら三人の姿が見えなくなってホッとしたのは、ニーズヘッグを止めていたフロリアと、そして。
「…………」
ただ無言で、自分の本物が出て行った出口を、複雑な気持ちで見守っていたウェイルであった。
――
情けない。
本当に情けない。
敵が、フレスベルグの心を破壊した敵が、呑気に背を向けて出ていく姿を、ただ見守る事しか出来なかった自分自身が、本当に情けなかった。
「フレスベルグ……、すまん……!!」
弟子にここまでさせるほど、自分は情けない姿を晒していたのか。
「馬鹿だな、俺は…………!!」
腹立たしかった。
今度はメルフィナにではなく、自分自身に。
影だ、贋作だと、たかがその程度のことで、全てを失っても構わないとさえ思った自分自身を殴ってやりたい。
「クソ……!!」
床に拳を叩きつめても、この憤りは収まりそうにない。
何度も、何度も叩きつけた。
腹の傷のことなどお構いなしに、何度も何度も。
「止めなよ、ウェイル」
腕に血が滲む程叩きつけたところで、ウェイルの手をフロリアが掴む。
「止めた方がいいよ。傷に触る」
「クソ……!!」
力を緩めると、今度はどっと疲労が身体を襲う。
それはウェイルを重力に沿って崩れさせるほどに。
「フレスベルグ……!!」
失ったものは、あまりにも大きすぎる。
それに気づくのはいつも、失った後でだ。
だが、まだ気づける点はある。
フレスベルグは最後にこう言った。
――「フレスを頼む」と。
「……ああ……!!」
この命に代えても、フレスは守る。
二度と、大切な人にこんな思いはさせない。
そう心に誓った。
――●○●○●○――
三人を見送った後、フロリアはよっこらせとアムステリアを抱えてニーズヘッグに乗せた。
「ニーちゃん、よく我慢したね。偉い!」
『フロリアに褒められても嬉しくない。ただフレスを助けたかっただけ。リーダーは必ず殺す』
「珍しく物騒だねぇ、今回のニーちゃんは。……そこの貴方も、一緒にどう?」
「あ、あ……、わ、私、ですか……?」
フロリアが見つけたのはイルアリルマ。
体勢を低くして、ずっとホールの椅子の間に隠れていた。
「全部、終わったんですね……?」
その問いかけはフロリアではなく、ウェイルに向けたものだ。
「…………いや、どうだろうな」
要領の得ない回答。
ウェイル自身、ショックが大きすぎて状況整理が全くと言っていいほど出来ていなかった。
「ウェイルの仲間なんだね? ……あれ、エルフ? そっか、君がルシカが言ってた子ね? 目が見えないんだっけ。ほら、手繋いであげるから、こっちこっち」
「ルシカを、知っているんですか……?」
「そりゃそうだよ。ほんの五分前まで仲間だったんだからさー」
フロリアはルシカの手を引くと、彼女もまたニーズヘッグの上に乗せた。
「よーし、ニーちゃん。帰るよ。ウェイル、しっかり乗ってる?」
「……一応な」
まさかニーズヘッグの上に乗ることになろうとは、不思議な気持ちではある。
「ニーちゃん、しっかりフレス持った?」
『当たり前。フレス以外はどうでもいいくらい』
「こんな辛気臭い所、さっさと行くよ。ウェイルだって負傷しているみたいだし、手当てしなきゃ。まだまだウェイルにはやってもらいたいことがたくさんあるんだからね~」
「……俺に何をさせるつもりだよ」
「あら、突っ込んでくるなんて、ちょっとは元気出たみたいだね?」
「……お前……!?」
フロリアの飄々とした態度は、もしかしたら自分を勇気づけるためにやった者だったのかも知れない。
考えてもみれば、こいつは今仲間を裏切ったばかりだ。
如何に裏切ることに慣れているとはいえ、今回の相手は特別だったようにウェイルは思う。
フロリアだって、本当は心中穏やかではないのかも知れない。
「お前、身体が震えて……!?」
見るとフロリアの腕が震えていた。
「あー、ばれちゃった? 最後まで強い子フロリアちゃんで通したかったんだけどさぁ。流石に『異端児』の皆を裏切るのは辛かったみたい。家族みたいなもんだったしさー」
あのフロリアが苦笑を浮かべている。相当な覚悟を持って彼らを裏切り、自分達を助けてくれたのだと判る。
「お前、どうして俺達を!?」
「まー、積もる話は全部後。今は治療を受けることが先決!」
そう言ってフロリアは話を締めくくった。
四人を回収したニーズヘッグは、黒紫色の翼を広げると、一気に時計塔の窓を破って、宙へ舞いあがる。
暗いホールから明るい空へと舞い踊り、ウェイルは眩しさに思わず目を瞑ってしまう。
徐々に目が慣れていき、ゆっくりと瞼を開けた。
「…………!」
時の時計塔上空からは、この運河都市ラインレピアの都市が一望できた。
その光景は、傷の痛みすら忘れさせるほど美しいものであった。
――部分部分を除いては。
「いやあ、皆盛大にやらかしたねぇ」
頬を掻きながら、しみじみとフロリアがそう言う。
各地から上がる火事による煙、増水した水による浸食被害。
強酸のせいで溶けた都市の一部、魔力を吸われた人々の倒れた姿。
今日は集中祝福期間の最終日。
本来ならば都市丸ごとお祭り一色だったはず。
そんなお祭りを潰したのは、異端と呼ばれる者達。
「やることが派手すぎだよね、みんなさ。まあ私も人のこと言えないけど!」
エヘヘと笑うフロリアの背を見つめながら、ウェイルは無言で、何やら思慮に耽っていた。
考えなければならないことがたくさんある。そして出来た。
自分自身の正体、フレスの事、『異端児』の事。そして『セルク・ブログ』のこと。
「…………頭の痛い話だ……」
「え? 何か言った?」
「いや、別に何もないさ。助けてくれて、ありがとな」
「ウェイルが私にお礼を!? 雪が降る!?」
「降らねーよ」
でも、そんな軽口が叩けるようになるほどには、フロリアのおかげで助かった部分がある。
本当に感謝せねばならない。
「よーし、行先はマリアステルでいい? プロ鑑定士協会なら医療設備も整っているでしょ?」
「ああ、頼む」
色々と情報を纏める上でも、一度帰った方がいいはずだ。
カラーコインやルーフィエのことなど、気になる点は多いが、とにかく最優先はフレスやアムステリアの身体のこと。
「急いでくれ」
「あいさ! ニーちゃん! 飛ばして!」
『フレス以外は落ちても知らないの……』
「あ、あの、やっぱり安全にゆっくり行こうかな」
『ぶっ飛ばすの……!!』
「ぎゃああああああっ!? 落ちるー!?」
大きく翼を広げたニーズヘッグは、マリアステル方面へ向けて、全速力で空を駆け抜けたのだった。
かくして運河都市ラインレピアで巻き起こった、三種の神器を巡る最初の事件は幕を閉じた。
異端児の残した傷跡は、数ヶ月先までラインレピアの街に被害を及ぼすほどだったそうだ。
だが、そんな数ヶ月先という言葉が出てくる時点で、人々はまだ油断していたのかもしれない。
何せ三種の神器の一つが復活を果たした今、明日の未来さえ危ういということを知らないのだから。
全ての終焉に繋がっていく、龍と鑑定士にとっての最後の事件が、これから幕を開けようとしていた。