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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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我らの師匠は、ただ一人。

「君は――――贋作なのさ」


 そう言い放った仮面の男は、ウェイルの目の前で仮面を――外した。


「こんにちわ。僕の影武者君?」

「――――!?」


 驚きと同時に横腹に痛みが走り、体が痛みでくの字に曲がる。

 だが、ウェイルの脳内は今、痛みよりも激しいショックで支配されていた。

 何せ、仮面を外した奴の顔は――



 ――ウェイルの顔そのものであったからだ。



「仮面外すのも久しぶりだ。でも君とはこうして話したかった。ね、僕の偽物君」

「はぁ、はぁ、にせ、もの、だと……?」


 痛みは引き続きウェイルを襲うが、それ以上に仮面の男の話の衝撃は大きい。


「簡潔に言おうか。君はね、自分のことをフェルタリアの王子だと勘違いしているようだが、それは違う。本当の王子は、この僕なのさ。そして君は、僕を守るためだけに用意された、影武者なんだ」


「――――ッ!?」



 こいつは一体、何を言っているんだろうか。

 フェルタリアの王子が、自分だと? 馬鹿を抜かすな。そんなわけがない。



「僕の言うことが信じられないという顔だね? まあそりゃ信じられないかもしれないけど、現実だよ? さっきのフレスの態度がいい証拠でしょ?」


 フレスは俺に、仮面の男の言葉を聞くなと、頑なに叫んでいた。

 ボロボロの身体で、少しでも身体を休めなければならないあの場面で。

 叫ぶフレスの顔は印象に残っている。

 酷く、悲壮感に溢れていた。


「……そんな話、俺が信じるわけがないだろう……?」

「そうかな? なら一つ訊ねようか。君はフェルタリアのことをよく覚えているのかい?」

「……ッ!!」


 フェルタリアのこと。

 俺は漠然としか覚えていない。

 ただ、大切な故郷だという認識はあった。

 その故郷を潰した『不完全』という贋作士集団のことを恨み続けていたのも、そういう認識からだ。

 しっかりとした、詳しい記憶は残っているか?


 ……………………。


 …………。


 ……俺は、幼かった。だから記憶が曖昧なのだ。


 そう、俺はそう信じきっていた。


 俺の記憶に、フェルタリアの記憶は、あまり無かったのだ。


「ほらね、実はあんまり詳しく覚えてないでしょ? そりゃそうでしょ。君に与えられた仕事は、僕の影となることだけなんだから。君の世界を見る視野は、今と違ってとても狭かったはずだよ」

「…………」


 ……ああ、そうさ。

 記憶が少ないのも、そりゃ王宮から出たことがないからだと、今なら判る。

 俺は世界は、いつもいつも塀の中。

 フェルタリアという都市を、城より外の世界を、じっくりと見たことなど、ただの一度もなかったのだ。


「フェルタリア王は君のことを大変気に入っていたよ。影として、君は実に優秀だとね。僕はほら、あまり優秀じゃなかったからさ。ぶっちゃけるとあの王家のことは嫌いだったし」


 王の姿は、実によく覚えている。


 とても優しく、温厚で、そして――父親だった。


 だんだんと昔の記憶が蘇ってくる。


 王は優しかった。

 

 でも、周囲はどこかよそよそしい。


 幼いながらも、何か違和感を覚えていた時期が、確かにあった。


 結局、その後の『不完全』の進攻によって、全てをうやむやにされた。


 自分の役割や存在を理解出来ぬまま、俺は故郷を失っていた。


 残ったのは、『不完全』への復讐心だけだ。


「君はね、僕の贋作なんだよ。よく出来た贋作さ。プロ鑑定士本人が贋作なんて、笑っちゃう話だろ?」


「…………」


 確かに笑える話だ。

 それが本当なら、大笑いもいいところ。

 だがどうしてだろうか。笑いが全く込み上げてこないのは。


 ――そうか。


 俺はもしかしてなくても、こいつの話に納得している。


「ウェイルっ名前の由来、知ってる? 実は旧フェルタリア語から来てるんだ。調べてみれば判ると思うよ? その意味はね――ずばり、影って意味なんだ。君にぴったりだね」


 ウェイル――それは影。


 そうか。そういう意味だったのか。

 こいつは俺と同じ顔をしていた。


 奴の影だから、同じ顔なのも当然だ。


「本当の王子の名前は『ウェイル・フェルタリア』なんかじゃない。この僕――『メルフィナ・フェルタリア』さ。影と言う意味じゃない、本物の名前だよ」


 メルフィナ――それは旧フェルタリア語で、光を意味する。


 奴は光で、俺が影。


 そうか。俺はフェルタリア王子の――――贋作だったのか。


 どうしてだろうか。

 奴の言葉はすんなりと心に響き渡り、強引どころか自然に納得している自分がいた。


 身体に力が入らない。

 怪我せいか? 無論それもある。


 でも、それだけじゃない。


 心にぽっかり、穴が開いた気分だ。


「ああ、今とても気分が良い。ウェイルにきちんと正しいことを伝えることが出来て、とても満足だよ。じゃあそろそろ終わりにしようか」


 メルフィナは剣を一振りして感触を確かめた後、その切っ先を俺の首に当てつけている。


「そろそろ贋作君の出番も終わりだよ。フェルタリアも、そしてこのアレクアテナも、もうすぐ消えてなくなっちゃうんだ。僕の影なんて必要なくなる。だから、もう休ませてあげるよ」


 メルフィナはニッコリと微笑みをくれてくる。


 腹立たしい。


 腹立たしいが、どうしてだろうか。何もする気がしないのは。


 剣が首にあてられているというのに、何の対策も講じようとは思わない。


「…………そっか。そういうことか……」


 今、判った。


 俺は今、絶望してるんだ。


 自分の正体が、あれほど憎んできていた『贋作』だということに。


「さて。折角だ。ケルキューレの力を試してみよう。これに斬られると心が壊れるんだってね。今の君にはある意味丁度いいのかも。斬られた方が幸せかもね。ね、ウェイル?」


 光と影を放つ剣が、ウェイルの頭上へ振り上げられた。

 もう避ける体力も、気力もない。

 ただ呆然とその切っ先を見つめることしか出来ない。

 美しい刀身が光を放つ姿は、とても綺麗だった。

 最後に美しい芸術品が観賞しながら逝けるのは、確かにこいつの言う通り幸せなのかも知れない。


 そう思い、ゆっくりと目を閉じて、最後の一閃が身体を貫くのを覚悟した。


「お別れだ、ウェイル。僕の影。今までご苦労様」


 メルフィナは、そんなウェイルに容赦なく剣を振り下ろす。


 ――ドシュウッ……!!


 生々しい音が、耳に響いた。


「…………?」


 ……おかしい。


 音がしたというのに、身体に痛みが全く走ってこない。


 何が起こったのかと、ウェイルはゆっくり瞼を開ける。


「なっ…………!!」


 目を疑う光景がそこにあった。


「…………フ、フレス……!?」


「あらら、フレスを刺しちゃったみたいだね」


 メルフィナの持つケルキューレは、ウェイルではなく――フレスの身体を貫いていたのだ。


「ふ、フレス…………!?」


 意識を失い倒れていたフレスが、どうして自分の身代わりになっているのか。


「フレス! どうして!?」

「――違うな。我はフレスベルグ。フレスじゃない。無事か、ウェイルよ…………」


 ケルキューレの輝く刃は、フレスではなく――フレスベルグに突き刺さっていた。


「……ふぐ……!? やはり小娘の身体ではこれが限界か……!!」


 師匠の身の為に、自らの身を捧げた弟子の姿がここにあった。


「お、お前!! それに刺されるとどうなるか判ってるのか!?」

「心が壊れる。知っているさ」

「ならどうして俺を庇った!?」


 その問いに、フレスはニッと笑ってこう言った。


「庇うのは当たり前だろう。お前は我にとっても大切な――――人だからだ……!!」


「……フレスベルグ……!!」


 ぽたり、ぽたりと、フレスの血が顔に掛かる。

 フレスを貫くケルキューレが、輝きを増していく。


「……クッ……、ああ、ああああああああああッ!!」

「……フレスベルグ!?」


「アハハ! 始まった♪」


 ティアが微笑む。

 その光景を見て、まるで仲間が出来ることが嬉しいみたいに。


「あああああああああああああああああッ!!」

「フレスベルグ!!」


 ――心が、壊れ始めた。


 気高く気品があり、頼りがいがあって――少しの間だけど、その可愛さも知った、フレスとは違うもう一人の弟子。

 その弟子が今、自分の命を救うために、その心を捧げた。


「……ま、まだだ……、まだ全部伝えてない……!! 我にはまだ、ウェイルに伝えることがある……!!」


 苦痛に顔を歪ませながらも、フレスは続ける。


「……ウェイルよ、もうじき我の心は消え去るだろう。だが大丈夫だ。我にはもう一つ心がある。フレスなら、我の大切な相棒なら、きっとウェイルを救ってくれる」

「フレスベルグ……!!」


 ウェイルはただ、彼女の名前を口にするだけ。


「ウェイルよ、貴様は確かに影かも知れない。だがな、これだけは覚えておけ! 我らの師匠は、この光の名を持つ者でなく、影の名を持つ、お前だけだ。他の誰でもない、今ここにいる、ここで生きている、ウェイル、お前だけなんだ! だからな……」


 ケルキューレの魔力が増大するのが判る。


 壮絶な痛みのはずだ。それでも、フレスベルグは最後に、ウェイルに微笑みをくれた。

 そして。


「フレスのこと、頼むぞ――――我が最愛のお師匠様――――」


 ばさっと、フレスの身体が重力に従って落ちていく。


 ――フレスベルグの、心が壊れたのだ。


「フレス、ベルグ…………ッ!!」


 師匠と、そして相棒のフレスの心を守るために。



 神龍フレスベルグは、その心を散らせた。


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