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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
372/500

タイムリミット


 全てを照らす蒼白く輝く光と共に、強烈な冷気が、時計塔を凍らせていく。

 気温は一気に氷点下まで下がり、天井からはツララが伸びたその瞬間。

 氷を司る神龍『フレスベルグ』が、その姿を現出させ、凍てつく覇気を発していた。


「――へぇ、これが氷の龍、フレスベルグか」


 仮面の男、リーダーは驚く様子もなく、フレスベルグの姿をもの珍しそうに見ていた。


「フレス、かっこいいいい!!」


 フレスベルグの姿を、指を咥えて見ているティアが、なんだか楽しげにそう言う。


「ねぇ、ティアはどうしようか?」

「ダメダメ、狭いし君は変身しちゃいけないよ。尤も出来ないだろうけど」

「う~ん、そだね。ティア龍の姿に戻れないから」


 ティアは龍の姿にはなれない。

 その事はこちらにかなり有利になるはずの話であるが、彼女の発する邪気から、その事が逆に不気味に思えた。


「でも、君なら余裕で相手出来るでしょ?」

「う~ん。多分ね~」

「じゃあそっちお願いね」

「わかったー」


 のほほんと欠伸をしながら、ティアは少女の姿のままフレスベルグへと向かいあう。


「さて、では僕はこっちの先輩をやろうかな」


「――のんびりしていられるのも、今の内だけよ」


 リーダーがティアと言葉を交わし、此方へ向き直った時には、すでにアムステリアの鋭い蹴りが襲い掛かっていた。

 

 ――ズバンと強烈な轟音。


「危ない危ない。確かにのんびりするのは無理そうだねぇ」

「相変わらずいい反応ね、アンタ」


 突き刺さったように見えたアムステリアの蹴りは、仮面の男にしっかりとガードされていた。


「お姉さんとこうやってやり合うのも久しぶりだねぇ」

「そうね。アンタは昔から気色悪い奴だったし、出来ることならやりたくはなかったけど」


 一度二人は距離を取るために離れる。

 だが、アムステリアの猛攻は敵に休みを取らせはしない。


「ここで決着をつけてあげる!」


 床にひびを入れるほどの脚力で、一気にリーダーへと迫ると、マシンガンの様に蹴りを打ち放つ。


「いつ見ても怖いキックだよね。鋭すぎて目が追い付かないよ。一般人だったらさ」

「アンタが一般人でないことが非常に残念だわ!」


 アムステリアの音速の蹴りをひょいひょいと軽い身のこなしで避けていくリーダー。

 それだけでも十分凄いことではあるが、同時にウェイルへの警戒を全く解いていない。

 ウェイルもこの乱戦に入るタイミングを窺っていた。

 しかし、その警戒に隙がなく、アムステリアのサポートに入る間がない。

 

 そんな手をこまねくウェイルを見て、リーダーはクスッと笑う。


「そういえばウェイルだよね? ルシャブテの恋敵ってさ」

「恋敵も糞も、私は最初からルシャブテには興味ないっての。私はウェイル一筋だから。それよりなんでアンタがウェイルのこと知ってるの?」

「ちょっとした、どころじゃないほどの知り合いでね。何、二十年以上前の話だけど」

「そんな昔の知り合いのこと、よく覚えていたわね」

「案外わかるもんだよ? 体は大きくなっているけど、顔は全然変わってないしねぇ」


 バチィッと鞭のようにしなる蹴りが、リーダーの腹をかすめる。


「痛いなぁ、もう」

「でしょ? そのまま倒れて楽になりなさい」

「やだよ。だってまだウェイルと話してないんだもん――――ふやあっ!?」


 今度はヒヤリとした線がリーダーの背中を撫でる。


「――勝手に俺を話の中心にしてんじゃねーよ」


「あ、ウェイル。久しぶり。元気してた?」

「仮面で素顔を隠す変人なんて、俺の知り合いはいない」


 アムステリアの蹴りのおかげで、乱戦へと突入を果たしたウェイルが、氷の剣でリーダーの背中を捉えていた。


「二対一って酷いよ!?」

「『不完全』を潰したお前達がよく言うよ」

「あー、そういえばそんなこともしたねー。忘れてた」


 シュタッと思い切り地面を蹴り、リーダーは二人から距離を取る。


「さて、お二人さん。どうして僕がリーダーと呼ばれているか判るかい?」


 さあ、問題だと言わんばかりに手を広げておどけるリーダー。


「そういえばそうね。リーダーと言えばイドゥの方が相応しいはずだし」

「そうだよねー、僕もいつもそう思ってるー。それどころか仲間たちは皆イドゥをリーダーと思ってるよ。僕は形だけって感じなのかな。…………それはそれでちょっと傷つくけど」

「自分語りが好きな奴だ」

「ウェイルは嫌いそうだね。そう言うところも僕とは表と裏みたいで好きかな。で、正解はね――」


 この一瞬。

 ウェイル達はとっさに恐怖を覚えた。


「――僕が一番仲間の中で強いから、なんだ」


 とんでもない殺気が、二人を包んでいたのだから。


 この時、ウェイルとアムステリアは油断していたのかも知れない。

 いや、実際にはリーダーがわざとおちゃらけた態度をとって、二人の隙を探したのかも知れない。

 何にせよ、二人が気づいた時。

 その時には、リーダーは約2秒分の自由な時間を持てていた。

 2秒あれば、彼にとっては十分だ。


 ――そう、こっそり仮面を変えるには丁度いい時間。


 今の仮面をそっと脱いで、素顔を見せぬように顔を伏せて、いつの間にか手に持っていた羽根飾りのついた仮面へと付け替える。


「さあ、お祭りを始めよう。最初の演目は――『見送りの風』――!!」


 羽根はゆらりゆらりと揺れ始め、リーダーは仮面から手を放す。

 その瞬間だった。


「――――クッ!?」


 猛烈な突風が、二人に襲い掛かる。

 その風は渦を巻き始め、その中心にはリーダーが佇む。さながら竜巻の様だ。


「風は嫋やかに、それでいて激しく、君達を来世へと見送ってくれる。演目の序章として、僕が好んで使う仮面なんだ」


 激しい風は、ホールの椅子なども巻き込んでいく。

 風に持ち上げられた落下物も、直撃を狙えば鋭い危険な武器になる。

 風の抵抗に遭いながらも、二人は何とか受けから降り注ぐ椅子を避け、時には氷や足で弾き返す。。


「ウェイル、奴は仮面型の神器を使う。しかも結構種類があるわ」

「奴らには複数神器を持つ奴が多くて困る……ッ!!」


 風は落ちた椅子をもう一度宙へ舞わせることにより、とめどなく二人を襲った。

 面倒なのは、風はどんどん強くなり、その勢いのせいでこちらも行動が取りにくくなっている点。

 風が邪魔して、リーダーへ此方の攻撃が届かないことだ。


「ほらほら~、こっちまでおいでよ~」

「お黙りなさい! あーもう、腹立たしいわね!」


 のんきに腕組みまでするリーダーの姿に、アムステリアの額には綺麗に血管が浮き出ているほど。


「あいつ、蹴り殺してやる!!」

「だが、この風の障壁が邪魔でこれ以上前には進めそうにない」


 氷の剣から放たれる冷気も、風に流されていくままだ。


「……そうか」


 冷気の流れを見たウェイルが、ふと思いつく。


「風は、そうか、渦になってるんだよな」


 とすれば、風のないところがある。


「アムステリア。俺を天井近くまで蹴り上げろ」

「ウェイル、貴方いつからそんな趣味になったの? そんな貴方も、私は受け入れてあげるけど」

「冗談はいいから。それに気づいたんだろう?」

「ええ、まあ。渦の中央はがら空きって、誰もが気づけるでしょ?」


 渦巻く風の中心は、無風だ。だからこそ神器発動者であるリーダーも、あの場で立っていららえる。

 むしろ渦巻く風が邪魔で動けないくらいだ。


「当然相手も判ってると思うけど」

「問題ないさ。こっちは二人なんだからな。何かあったらすぐにサポートに回れ」

「了解」

「相談は済んだかな?」


 さぞ暇なのだろう。欠伸すらしているリーダー。


「待たせたわね。そちらへ私の旦那を送るわ」

「へえ、そりゃ楽しみ」

「アムステリア、頼む。後俺はお前の旦那なんかじゃない」


 すらりとアムステリアが足を延ばすと、ウェイルはその上に腰かけた。


「もう、そろそろテリアと呼んでくれてもいいんじゃない!!」


 アムステリアはそのままの状態で思いっきり足を振り上げた。

 風の抵抗も凄まじかったが、それ以上の勢いがあったおかげで、暴風域からの突破を果たす。


「流石だな! テリア!」


 久しぶりに彼女をそう呼んで褒めて、ウェイルは氷の剣に魔力を込め始めた。


「フレスの力を借り受けた時から、こいつの使い方がだんだん判ってきてな!」


 ウェイルが魔力を込めていくと、氷の剣はどんどんと巨大化していく。

 そう、超弩級戦艦『オライオン』を破壊した時と同じ要領で、力を放出していったのだ。

 巨大化した氷の剣は、自重により風の衝突なぞ何のそので、その切っ先をリーダーへ向かわせる。


「あら。これは避けられないね」


 リーダーの行動はとにかく早い。

 ウェイルが氷の剣を巨大化させ始めた段階で、すでに逃げ道を確保するために風の障壁を消していた。

 だが、この行動は全てアムステリアの読み通り。


「ウェイルがテリアって呼んでくれたし、私今、少し機嫌がいいの! だから死んで!」

「それおかしくない!? ちょっとどころかかなり病んでる気がするけど!?」


 突進してきたアムステリアの蹴りをぎりぎりで避ける。

 だが、頭上には巨大な氷の剣が待ち構えていた。

 このままいけば、リーダーは氷の剣に真っ二つにされる。

 だが、彼はその光景を見ても落ち着いていた。

 

「全く、君らはとても贅沢者だ。一日に二つ目の演目を見ることが出来るだなんてね」


 氷の剣の直撃に巻き込まれることを避けるため、アムステリアが距離を取った、その隙に。


 リーダーはまたしもどこからともなく取り出した、今度は三つ目の装飾が付いた赤い仮面を取り出して、今の仮面の上に被った。


「続いての演目は、灼熱の業火を使った演目、その名を――『厳かなる送り火』!!」


 リーダーが演目を読み上げると同時に、膨大な熱が、リーダーを中心に発されていく。


「水蒸気が……!!」


 発されたのは熱だけでなく、水蒸気もだ。

 ウェイルの氷の剣が解けた影響だということは、すぐに理解出来る。


「ウェイル!?」


 水蒸気でどうなったのか判らない、大ホール全体に広がる水蒸気で、視界も失った。


「ウェイル、無事!?」


 水蒸気が晴れるまで、状況が判らないのがもどかしい。


「ふう、熱かった~。しかし酷い水蒸気だねぇ。此方にはある意味好都合だけどさ」

「ウェイル!!」


 一瞬にして氷を解かした熱を放ったリーダーへ突っ込んだのだ。ウェイルの無事が、何よりも気になる。


「無事だ、テリア。奴は!?」


 ウェイルの無事を知らせる声。

 ひとまず胸を撫で下ろしたが、この水蒸気では次の手が撃てない。


「くはあっ!?」


 その時、どこからともなくウェイルの声が上がった。


「ウェイル!?」

「き、気をつけろ、テリア、奴はこの水蒸気に乗じて何か別の仮面をつけている!!」

「……卑怯なやり方ね……!!」

「二対一の君らに言われたくはないねぇ」


 リーダーの声。

 ひとまず声のする方へと行ってみるも、無論そこには誰もいない。

 その時だった。


「――ウェイルさん、6時へ二歩! テリアさん、11時方向、九歩です!」

「リル!!」


 ホール後方から察覚を使って、イルアリルマが二人に指示を送った。

 その声を聞いてウェイルはとっさに体を後ろへ二歩下がった。


「あらら、避けられちゃった」


 自分の2歩前には、床に何かを叩きつけているリーダーの姿。

 流石にこの距離なら見える。


「おいおい、演目も言わずに仮面を変えるのかよ……!!」

「サプライズって大切でしょ。お客様は同じ演劇だと飽きてしまうからね」


 リーダーのつけていた仮面、今度は銀色に煌めく、やけにメタリックな仮面だった。

 その仮面の力なのか、彼の腕には大きく鋭い、銀色の槍が伸びていて、地面に突き刺さっていたのだ。

 もし後数秒イルアリルマの指示が遅ければ、今頃はこの槍に串刺しになっていたことだろう。


「演目は――『鋼鉄の銀十字』!! 串刺しになりなよ、ウェイル!!」


 明確な殺気が、ウェイルの背筋を凍らせるが、生憎こちらも凍るのには慣れている。


「お前こそな!!」


 鉄の槍と氷の剣が交差すると、冷たい音が鳴る響くと共に、二人の力比べが始まった。


「……お前は誰だ……!?」

「……僕の正体か、まあ明かしてもいいんだけど!」


 互いに一度得物を引くと、もう一度ぶつけ合う。


「それは後の楽しみにとっておく。今話しちゃうとフェアじゃないしね」

「……フェア、だと?」

「そ。君にここで心を折られても、何も面白くないし」

「ふざけやがって……!!」


 しかし力比べは徐々に命運を分かちつつある。

 リーダーの方が、神器の力を直接得ている分、ウェイルよりも出力の面で上回っていた。

 ウェイルは先程の剣の巨大化に結構な魔力を費やしている。

 利用している神器の数を考えても、このままではいずれ槍は自分を貫くだろう。


「さ、串刺しだ。大丈夫、君が死ぬ寸前に教えてあげるから。そうだよ、このまま刺されてくれたらすぐに答えが判るよ? そうすれば?」


 三つの重ねた仮面の力は、彼に更なる力を与える。

 ウェイルの氷の剣だけでは、そろそろ受け止めるのも限界に近い。

 しかしウェイルの顔は、酷く涼しげであった。


「さ、このままズブリと行こう!」

「答えは知りたい。だが俺は死ねないらしい。こういうことさ」


 ウェイルは瞬時剣を引いた。

 だが、リーダーの槍はウェイルの身体を串刺しにはしていない。

 むしろ今度はリーダーが宙を舞う番だった。


「あれれ、そういえばアムステリアのこと、忘れてたね~」


 鋼鉄の槍ごと、横から入ってきたアムステリアが蹴り飛ばしたのだ。


「ウェイル、無事!?」

「かすり傷だ、問題ない。ありがとな、テリア」


 水蒸気のせいで、蹴り飛ばしたリーダーの姿は見失ったが、九死に一生を得た。 

 こんな時になんだが、毎回アムステリアには助けられてばかりだなとウェイルは頭を掻く。


「急がないと、イドゥが事を終えてしまうわ! 仮面の男が離れた、今がチャンスよ!」

「奴が神器発動を終えてしまう前に――!?」


 タイミングが良いとは、このことだろうか。

 何故か水蒸気が一気に消え去った。

 何が起こったのか一瞬理解が追い付かなかったが、それよりもさらに目の前に広がっていた現実が、ウェイルの思考を凍らせる。


「――フレス!?」

「なっ――!?」


 信じられない光景があった。


 ――まさかあのフレスが、少女の姿で突っ伏している光景があるなんて。


 そしてフレスの目の前には、ニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべる、光を放つ少女がいた。

 その背中には四枚の天使のような羽根。


「最後の、龍……!!」

「ウェイル、しっかりしなさい! フレスを助けないと! あの子、このままじゃまずいわ!」


 アムステリアが慌てるほど、状況は緊迫しているということ。

 それもそうだ。

 あの龍であるフレスが、このような弱々しい姿を見せるとは、思いもしなかった。

 ウェイルにとってフレスは、可愛い弟子であると同時に最強のパートナーであった。

 そんな最強だと思っていたフレスのこの状態に、放心状態になっていたほど。


「ウェイル!」

「あ、ああ。フレスを助けないと!」


 とにかくあの龍からフレスを離すこと。これが先決だ。

 だが、無情にもその時は来た。


「――よくやった、リーダー、ティア。現時点を持って神器は完全に発動した。ケルキューレが降臨するぞ……!!」


 イドゥの終了宣告。


 この時点が、全てのタイムリミットであった。


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