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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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一心同体


「あの泥棒猫、許さない……!!」


 以前から、あの女のことは気に食わなかった。

 理由は単純明快、ルシャブテがあの女に好意を寄せているからだ。

 それはまだ彼女が組織に属していた頃からのこと。

 当時はまだ、私はアムステリアのことをよく知らないでいた。

 同じ組織に属しているだけという共通点しかなかったし、名前すら知らなかったほど。

 だが、ルシャブテはそうじゃなかったようで、よくアムステリアの元へ行っていたような気がする。

 アムステリアは、贋作士としての先輩として、生きていく上で必要なノウハウや戦闘力を、ルシャブテに叩き込んでいた。

 その姿を見て、私はいつも羨ましく思っていた。

 アムステリアから何かを教わるときのルシャブテは、いつものような刺々しさはなく、どことなく素直になっていた気がしていたから。

 自分には見せてくれない表情を、アムステリアには向けていた。

 それが無性に腹が立つ。

 だから私はアムステリアのこと、大嫌いだった。

 彼女が組織を裏切った時、抹殺の命令が下された。

 正直最初は誰を抹殺すればいいか判らなかったが、アムステリアの顔を見た瞬間、すぐに理解出来た。

 そして嬉しかった。

 こいつを堂々と殺していいのだと。

 こいつを殺せば、ルシャブテは私のモノになるに違いないと。



 ――――


 ――



「――出てきて。全部、溶かしてあげるから!」


 両手の神器から、更なる強酸を噴出させて、スメラギは狂気に酔いしれていた。

 この神器は何と自分に合った神器なのだろうか。

 スメラギは、人や物が、音を立てて溶けていく様を見るのが大好きだった。

 悶絶、壮絶、慟哭、悲鳴。

 人が自分の手でそんな音を上げながら死んでいくのを見て、自分だけは安全圏にいるのだと強く実感できるのが好きだった。

 人々が長年かけて建築してきた建物を、一瞬にして壊しているという実感を得ることが溜まらなく快感だった。

 そんな快感を覚えながら、憎たらしい女を惨殺することが出来る。

 スメラギは、今が楽しくて狂いそうだった。


「逃げたってダメ。隠れるところ、全部溶かすから」


 放出された強酸は自由に操ることが出来る。

 スメラギを中心に、強酸は渦になる様に、彼女の周囲を覆っていく。

 スメラギが歩くところが、皆溶けていく感覚だ。


「出てこないなら、探すだけ」


 ニイッと唇を釣り上げて、スメラギは強酸の壁を広げようと、両手に更なる魔力を込めた、その時だった。

 遠くの建物から、ターゲットの二人が現れたのを、その目で確認したのだった。


「みいいいつけたあああああああああっ!!」


 スメラギは狂気の声を上げながら強酸の渦を精製し、ターゲットに向かって打ち放ったのだった。



 ――――


 ―― 



「アムステリアさん、私はこれから聴覚と察覚以外の全ての感覚を断ちます。ですから、私のことはお願いします」

「任せておいて。貴方のことは何があっても私が守るから」

「私も、同じセリフを返しますよ」

「私の行動は貴方が全て指示しなさい。私の判断は一切入れない。少しの混乱をも避けるためにね」

「助かります」

「こちらこそ、任せたわよ!」


 アムステリアは着ていた自分の上着を引き裂くと、それを紐代わりにしてイルアリルマの身体を自分と、母が赤子を背負う要領で結んだ。

 何があっても、背中のイルアリルマを落とさぬためにだ。


「……いくわよ」

「……はい!」


 アムステリアは大地を蹴り、スメラギに向かって走り出した。


 緑色をした液体が、渦上となって、二人へ襲い掛かってくる。

 しかしアムステリアはその渦に向かって、一直線へ走っていく。


「三秒後、二時、三メートル、三歩目で二秒停止」


 その声がした三秒後、アムステリアは体を一気に右方向へと傾ける。

 直撃寸前で、攻撃を躱したのだ。

 その勢いのまま、アムステリアは三メートルの距離を移動し、三歩目で立ち止まる。

 もし四歩目が出ていたら、アムステリアの足はそのまま溶けていたに違いない。

 まるでトラップの様に、そこには酸溜りが出来ていたのだから。


「四時、二歩、一秒待機後十二時、二十歩、十秒!」


 その指示通りに、アムステリアはステップを踏む。

 四時の方向へ二歩で移動、すぐさま目の前には横から大きな柱が倒れてくる。

 一秒待機後、十二時の方向へ駆け足で十秒以内に二十歩。

 直後彼女が今走り去った場所は酸の海に包まれる。


「三時三歩、幅跳び一メートル、十一時へ三歩!」


 イルアリルマの指示はまるで魔法の様。

 もしくは未来が見えているとでもいうのだろうか。

 スメラギの仕掛けた攻撃や罠は、彼女の言う通りに歩けばことごとく回避できた。

 その動きはさながらアムステリアがダンスを踊るかのよう。


「七時十一歩、二秒待機後、十二時十一歩!!」


 崩れ落ちる建物、広がる酸の海に、迫りくる酸の壁。

 スメラギが次々と放つそれらの攻撃は、決してアムステリアに当たることはなかった。


「どうして、素直に死んでくれないの……!!」


 優雅に交わし続けるアムステリアの姿に、スメラギは歯ぎしりするほど腹を立てていた。

 思い通りに行かぬこと、そして何だか馬鹿にされているようで、歯がゆさと腹立たしさが同時に彼女を攻めて立てた。


「絶対、殺す……!!」


 だがスメラギがムキになればなるほど、攻撃は単調になる。


「みんな、みーんな、溶かしてあげる!!」


 業を煮やしたスメラギが、全てを一気に溶かそうと大量の酸を放出させる為、大きく手を振りかぶった、その瞬間。

 その隙こそ、二人が待ち望んだ時。


「今です、アムステリアさん! 正面がガラ空きです!!」

「了解! ――うらあああああああああッ!!」

「…………ッ!?」


 決着は一瞬でついた。

 スメラギの華奢な身体に、隕石の如き破壊力を持ったアムステリアの蹴りが、深々と突き刺さったのだ。

 呼吸困難どころか、並大抵の人間ならば口から内臓を吐き出しかねないほどの、超威力のキック。

 一瞬にして意識を失ったスメラギは、その勢いのまま吹っ飛び、壁にぶつかると、そのままズルズルとのさがるようにして崩れ落ちた。

 スメラギが意識を失ったことにより、彼女が放出した強酸も全て消え去っていく。


「な、何とかなったわね……!」


 今のは流石にアムステリアも緊張したものだ。

 思わず力が抜けて座ってしまう。

 何せスメラギが最後に放出しようとした大量の酸は、すでにスメラギの頭上に精製されており、いつ発射されてもおかしくはなかったのだ。

 イルアリルマの完璧なる指示があったからこそ、無事切り抜けられたと言える。


「流石ね、リル。貴方に任せて良かった」

「いえいえ、私は私で出来ることを全力でしただけですから。本当に凄いのはアムステリアさんですよ。指示通りに体を動かせる人間なんて、そういないですし。信頼して下さって、ありがとうございます」

「なんのなんの。でもあのスメラギって子、凄いわね……。私、今回ばかりは殺す気で蹴ったのに、まだ息があるんだもの。流石はイドゥの拾ってきた子ね……」


 ともあれこの地域の危機は消え去った。

 あそこで伸びているスメラギは、当分目を覚ますことはないだろう。

 止めを刺しても良かったが、やはり一応彼女の先輩として、また何度か彼女の恋愛相談を聞いてやった姉として、殺すのはなんだか忍びない気がした。


「ここは守れたし、治安局に通報だけはしておかないとね。その後はすぐにウェイルの元へ――」


 よっこらせと、アムステリアが立ち上がった、その時だった。


「――アムステリアさん!? 多くの悲鳴がっ……!! もしかして!?」

「と、時計塔が、輝いてる……!? ……どうして……!?」


 信じられない光景が、そこにはあった。

 爛々と魔力を帯びて輝く、時計塔の姿が二人の視界に入ったのだ。


「あいつは倒したのに……!?」


 チラリと横たわるスメラギを睨む。


「もしかして、彼女は囮だったのではないのでしょうか……?」

「……そうか……!! イドゥのやり方を失念してたわ……!!」


 イドゥは常に保険を掛ける。

 その保険は何重にも掛ける。

 どんな状況に陥りようとも、彼の立てたプランを絶対に遂行するために。

 奴らの仲間の誰かが、スメラギを囮にして計画を遂行させたに違いない。

 急いで火の時計塔へ向かう。


「……やられたわ……!!」


 辿り着いた時、時計塔の中は炎で燃え盛っていた。

 輝く魔力光は、天を目指して高く伸びる。

 ついにこのラインレピアの都市に、四つの光が上がったのだ。


「リル。すぐにウェイルと合流するわよ。重力晶はあるわね?」

「はい。ですが私、目が見えないので、手を繋いでもらっていいですか?」

「勿論よ。絶対に離しちゃ駄目よ!」

「はい!!」

 

 ついに四つの時計塔の全てが発動した。

 後は中央の『時の時計塔』を残すのみ。

 そしてここには三種の神器が現出する。

 世界に蘇ってはいけない存在が、再びこの世界に現れようとしているのだ。

 ウェイル、フレス、アムステリア、イルアリルマ。

 当初の目的こそ果たせなかったが、こうなることも想定済みだ。

 各々が、次に自分のせねばならない使命を胸に、中央を目指したのだった。







 ――●○●○●○――






「……うぐぐ……」

「無事か、スメラギ」

「……ぐぐ、……無事、じゃ、ない……」

「生きてる時点でお前は凄いぞ」

「……そ、その声、るーしゃ?」

「ああ、そうだ。お前を迎えに来た」


 ルシャブテはスメラギを優しく抱きかかえた。


「任務、うまく、いった?」

「スメラギが囮になってくれたおかげでな」

「えへへ、るーしゃ、褒めて?」

「……ああ、よくやった」

「うん。るーしゃ、顔まっか」

「そのまま止めを刺すぞ」

「いいよ。るーしゃに殺されたい」

「…………治療しに行くぞ」

「るーしゃにキスしてもらったら、治るのに」

「知るか。しばらく苦しめ」

「……けち」

「俺達の任務もひとまず終わった。リーダーの所に戻るのも面倒だ。作戦が上手く行けばしばらく忙しくなるし、このまま遊びにでもいくか」

「それ、デート?」

「ちげーよ」


 こうして任務を終え、スメラギを回収したルシャブテは、彼女と共にこの都市から消えたのだった。


 この二人がアムステリアと因縁の再会をするのも、そう先でない未来のことである。


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