龍の戦い
「腕がダイヤモンドだと? お前、もしかして――」
「そうです。私は北の住まう部族、クルパーカー族の人間です」
やはりそうなのか。聞いたことがある。他の人間よりも体内、主に頭部の炭素成分が濃いとされる部族。
しかしまさか体の一部がダイヤになっている者がいるなんて聞いたことがない。
「我々クルパーカー族は、生まれつき骨に含まれる炭素が多いのはご存知ですよね? 私はその中でも特に炭素濃度が高いようでして。ですので――」
イレイズはもう片方の腕を横に上げると、
「サラー、頼みます」
舞台裏に隠れていたサラーに声を投げかけた。
サラーの手に大きな炎の塊が生まれた。
「ハァ!!」
躊躇い無くその炎をイレイズへと向けた。
次の瞬間、イレイズの腕が炎に包まれた。
「何をやっているんだ、お前ら!!」
ウェイルは攻撃することも忘れ、無謀ともいえるその行動に見入ってしまった。炎を受けているイレイズもかなり苦しそうだ。
「イレイズ、一体何を!?」
「……く、これでいいのですよ……。さあ、見てください」
炎で焼けたはずの腕がダイヤモンドのように輝いている。
「私の体はこのように高温で熱するとダイヤモンド状になってしまうのですよ。さあ、続きをしましょうか」
俄かには信じられない光景だった。確かにクルパーカー族なら体をダイヤにすることは理論上可能である。
だがその際受ける火傷の痛みは尋常ではないはずだ。それなのにイレイズは平気な顔をしている。
イレイズが拳を振り上げた。無論氷の刃で受け止めるが、その拳は凄まじく重かった。
反撃など出来る余裕もなく、ダイヤの拳の連打を浴びるうちだんだんと押されてきた。
「クソ、一発一発が重すぎる……! 受けるので精一杯だ……!」
「結構やりますね、ウェイルさん。でも守ってばかりでは勝てませんよ?」
イレイズの言うとおりだ。
だがどこを攻撃すれば良い? 奴の身体はダイヤなのだ。攻撃が通じない!!
「ウェイル、今助けるよ!」
武装兵を一通り片付けたフレスがこちらに向かって走ってきた。
フレスが手に光を集めツララを作り出す。そのままイレイズにツララを放つ!
「食らえ!!」
「――させない」
イレイズにそばにサラーが駆け寄り、手から炎の壁を作り出した。
ツララは目の前に出来た炎に壁に防がれ、イレイズには届かなかった。
「もう一度!」
「させないと言ったはずだ、フレス!」
「えっ?」
突如フレスの足元から大きな炎柱が立ち上り、そのままフレスを包み込んだ。
「はぁ!」
フレスはすぐさま水の球を作りだし水で炎を相殺したが、その隙に目の前まで来ていたサラーは更に大きい炎を手に纏い立ち塞がった。
「サラー!! 退いて! どうしても退かないのならボク、容赦しないよ!」
「容赦しない、か。それは私のセリフだ!!」
互いが戦闘体制に入り、視線が交差する。
二人の体が徐々に光り始めたかと思うと、台風のような突風が吹き荒れた。
フレスの回りには凍えるような冷気、サラーの回りには灼熱の炎が渦巻き、二人を包んだ。
「いくよ、サラー! ハァ!!」
「ふん!!」
フレスからは巨大な氷の塊、サラーからは燃え盛る炎が繰り出される!
――ズガガガガガアアァァァァァァァン!!
二人の攻撃が衝突し、周囲に大規模な水蒸気爆発が巻き起こった。
パラパラと天井の埃が落ちてくる。地震のような衝撃が会場内に響き渡った。
「……力は衰えていないようだな、フレス」
「そっちこそ!」
爆発で生じた水蒸気が二人の姿を隠した。
「おやおや、凄い爆発でしたね」
平然と会話を続けるイレイズだが、繰り出される拳は止まる様子を見せない。
「イレイズ! 何故あの男を庇った!」
「あの男? ああ、ルシャブテのことですか。今回の真珠胎児の件は全てあの男の計画です。私はその補佐を任命されたのです。彼を守るのが私の仕事です」
「あいつがしでかしたこと、分かっているだろう!?」
「……分かっていますよ。私だって今回の件はとても不本意でした。彼がこの計画を持ち出したとき私は反対したのです。ですが本部は膨大な利益が望めるとして彼に賛同した。私には本部の決定には逆らえません」
「何故だ? さっきだって、お前は無理やりやらされているようなことを言っていた。どういうことなんだ!?」
「貴方には関係のないことです」
――諦めにも似た表情。この顔だ。先ほど見た顔は。
「関係ない、か。確かに関係がない。でもそれは真珠胎児の被害者だって同じことだ!!」
イレイズは押し黙ってしまった。
イレイズはルシャブテのような人間ではない。
決して人を殺すことを軽く考えているような人間ではない、とウェイルはそう思っている。
「お前にどんな過去があり、どんな理由で『不完全』に入ったのかなんて知らない。俺には確かに関係ない。だがそれは被害者だって同じだ! お前がどんな過去を持っていようが、それが人殺しをする理由になんてならない! お前なら分かっているはずだ!!」
イレイズは無言で拳を放ち続けた。
だがその拳の重さは先ほどに比べて随分と軽くなり、徐々に数も減ってきた。
「…………その通りでしたね。いくら私に事情があるからといって、他人の命を勝手に奪っていい道理はありませんでしたね……」
そして最後には拳が止まった。
「貴方の言う事は正論です。私だってそう思う。ですが――」
イレイズが拳を握りなおした。また拳に勢いが戻る。
「それでも私には守るべきものがある! 例え私のやり方が間違っていようとも!! このオークションだけは必ず成功させないといけない!! サラー!!」
先程までフレスと戦闘していたはずのサラーが姿を現した。水蒸気に隠れてイレイズの元へと辿り着いたのだ。
「本気を出します。いきますよ、サラー!」
「ああ、来い! イレイズ!!」
――龍を解放するつもりだ!! 本気で来る!!
イレイズはサラーの手の甲にそっとキスをした。
それは姫に忠誠を誓う騎士のようなキスだった。
フレスが発する光が美しいと表現するなら、サラーの光は猛々しい。
燃え盛る炎の中から巨大な龍が現れた。紅蓮の翼、緋色の眼。炎を司る神龍『サラマンドラ』の真の姿だ。
――グオォォォォ!!!
サラマンドラの咆哮が会場全体に響き渡る。
龍に対抗するには龍しかない。
――こちらも本気でいくしかない!!
「フレス!!」
「うん、ここにいるよ! ウェイル!!」
「いくぞ!」
ウェイルとフレス。二度目の唇を重ねた。
だが以前みたいな躊躇いはない。状況云々ではない。自然とキスが出来た。
フレスの身体が光りだす。美しい青い光だ。その光は冷気を纏い、炎の熱を和らげた。
――ウォォォォォ!!!
蒼き翼。氷の瞳。サラマンドラと違い、ただただ美しい。水を司る神龍『フレスベルグ』。
神話に伝えられる神々と同等の力を持つという龍同士の戦いが今、始まる。
『容赦はせん。フレスベルグよ』
巨大な赤き翼が紅蓮の炎に包まれる。
『ふん。本気でこい、サラマンドラ』
対するフレスベルグも翼の後ろに背負うリングに光を集中させた。
とてつもなく大きなエネルギーだろう。どちらも直撃すればひとたまりもない。
『焼き尽くしてくれる!!!』
『無に帰れ!!!』
サラマンドラからは全てを灰にする輝く業火が、フレスベルグからは一瞬にして全てを無にする絶対零度の冷気が放たれる!
――ズズズズズ…………!!
かつて無いほどの爆音に会場を轟き揺れる。
炎が壁を焼き、光が天井を凍らした。
二体の攻撃は更に強くなっていく。誰も干渉できない圧倒的な力の戦いがそこにはあった。
だが勝敗は決まりそうに無かった。完全に互角なのだ。
全てを焼き尽くすサラマンドラの炎、全てを凍てつかせるフレスベルグの冷気。
炎と氷。決着など着く由も無い。
二体の龍の戦闘で会場全体が崩壊を始めていた。
だが二体にそんなことは関係ない。ただ攻撃を繰り返す。このままでは埒が明かない。
ウェイルにとっては想定外だ。こんなに二龍の力が凄まじいとは思っていなかった。
このままだと気絶しているオークション参加者まで巻き込まれてしまうだろう。
そう考えたときドガンッという音がステージから聞こえた。
ウェイルは気がつく。真珠胎児があるステージの天井が崩れ始めていることに。
「まずい、このままだと真珠胎児が……っ!」
間違いなく次の二龍の攻撃で天井が崩れ落ちるだろう。そうなると真珠胎児も全て瓦礫に埋もれてしまうだろう。それだけは阻止せねばならない。
気がつくと同時に走っていた。
――真珠胎児。それは命なのだ。きちんと埋葬されるべき命なのだ。
「止めろ! フレス!! もういい!」
フレスに向かって叫ぶ。フレスは次の攻撃の準備に入っている。
「くっ、次の衝突までに間に合うか!?」
イレイズは突然走り出したウェイルを見て、すぐに理由を理解した。それと同時に自分の失態にも気がつく。
「待て、サラー!! 止めるんだ!」
両者の声が、二体の龍へと向けられた。




