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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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運河氾濫


 ティアとの空中戦に敗れ、重力が満身創痍の身体を地面に叩きつけようとする寸前で、フレスはハッと意識を取り戻す。

 二枚の翼は傷つき、飛行するためには適さないほどの損傷を受けていたので、急遽四枚の翼を展開させて、フレスは再び宙へと舞い戻った。


「はぁ、はぁ、ボク、失敗、しちゃった……!!」


 疲労とグッと全身を襲い、汗が体中から噴き出る。


「……悔しいなぁ……!!」


 ティアと自分とでは大きい実力差があったとはいえ、今の自分が不甲斐なく思えた。

 ただそれについて悔やむ時間も反省する時間も全くない。

 今は自分の出来ることを精一杯やるだけだと、フレスは再び気を引き締めた。


「……でも、予定通りかな……」


 実の所、フレスがティアに負けた場合について、すでにウェイル達とは想定していた。

 もちろんフレスがティアを止めることが一番望ましい結果ではあったものの、そうならないこともすでに想定済みで、そうした場合の計画も立てている。

 だからこそ今の状況でフレスが冷静でいられるのであるが、悔しいものはやっぱり悔しい。


 そんな中鳴り響いてくる轟音は、フレスを冷静にさせた。


「この音……!! 水が迫ってるんだね……!!」


 光り輝く時計塔を見れば、すでにこの光の時計塔が発動したことが判る。つまりもう止めようがない。

 だが、今からここへ来るだろう洪水については、フレスはまだ手を講じることが出来る。


「よし、翼もまだ大丈夫……!!」


 少し翼の様子を見てみる。

 傷は深いし、飛行の妨げにはなるだろうが、飛べないことはない。

 それに負傷したのは一枚の翼のみ。

 最大六枚まで出せるフレスにとって、枷になるかと問われればそれほどでもない。


「次こそは……!!」



 必ず成功して見せる。

 そう心に誓い、フレスは水の轟音のする方向へと飛んで行った。






 ――●○●○●○――






 ――運河の氾濫が始まった。


 その最初の余波がラインレピアの都市へと届いた。


 貯水池から最も近い場所にあるのが、ここ水の時計塔。

 ダンケルクは輝く光の槍を窓から見ていて、事の次第をおおよそ把握していた。


「さて、歌劇の始まりだ。楽しませてくれよ?」


 水の轟音が迫りくると同時に人々も音に気が付き、危機を知る。

 危機がもたらす人の音は、悲鳴や警告、怒号に嗚咽となりて、この都市を包んでいく。


「あらら、ついに避難者が来ちゃったか。別にここには来なくていいのに」


 水の時計塔の発動条件は名の通り『水』。

 他の時計塔は人間の魔力を使って炎や音を表現するのだが、ここには水が流れ込む以上、人間は必要なかったりする。つまり避難者がここへ来たところで意味はない。


「ま、保険ということにしとこうか」


 有能な後輩がどんな手を打ってくるかわからない。

 ならば保険は掛けておいて損はない。掛け金はないのだから。

 次々と非難してくる連中に向かって、ダンケルクは叫んだ。


「さあ皆さん、時計塔の中なら安心です! 後から入ってきた方々も入れるよう、詰めてくださいね! 

時計塔が皆さんを守ってくれるはずですから!」


 その声に、避難してきた一同は安堵の表情を浮かべる。

 なにせ『守ってくれるはず(・・)ですから』という本当の意味を彼らは知らないのだから。







 ――●○●○●○――






「立ち入り禁止って、いったいどういうことなんだ!!」

「早く入れなさい! 運河が氾濫するっていうじゃない!!」


 炎の時計塔、音の時計塔共に、アムステリアとイルアリルマによって、立ち入り禁止の状態にしていた。

 爆発事故が起こったからという名目で治安局にも介入させ、誰もこの時計塔による犠牲にならぬようにロックを掛けていたのだ。


「フレス、しくじったね……!!」


 舌打ちしてアムステリアは道路へと溢れ流れ込んでくる、今はまだ少量の水を恨めしそうに見つめていた。


「まだ被害は少ないし皆大したことないと思っているけど……。いや、そうでもないか」


 貯水池が崩壊したと言う情報は、おそらくすぐさまこの都市全土へと伝わるだろう。

 事実、今目の前に時計塔へと避難しようとする連中が殺到し始めている。

 今はまだ治安局が抑えている為大した暴動は起きてないが、それも時間の問題だ。

 それにもしフレスがこの先もしくじって本格的な洪水を許してしまうことになろうものなら、どの道避難しなければ住人の命はない。

 集中祝福期間と言うお祭り騒ぎが、噂の流布をさらに早める結果になりそうだ。


「こうなったら時計塔内の神器を探し出して破壊するしかないか」


 何処に仕掛けてあるか判らぬ上、それを探すために時間を取られるのが勿体無かったために、小規模な爆発で治安局を呼ぶと言う手段を取った。

 その結果は非常に上手くいったものだが、この先のシナリオを考えれば、そうせざるを得なくなる状況になるかもしれない。


「……まだ状況を見張っておくしかなさそうね……」


 そして願うしかない。フレスがこの洪水を止めてくれることを。



 ――――


 ――


「フレスさん……!!」


 音の時計塔前のイルアリルマも同じように願っていたのだった。







 ――●○●○●○――





 ――ラインレピア都市郊外。


 徐々に氾濫しつつある運河の源流に近いこの場所は、すでに大量の水で溢れていた。

 しかしこの洪水はまだ序の口。

 これからもっと大きな、それこそ津波クラスの水がここへ押し寄せてくることだろう。

 貯水池は何も一つではない。

 ラインレピアの都市全土を賄う水量は、一つの貯水池だけでは間に合わない。

 だからいくつも、この近辺には貯水池があり、そしてティアの放った光の槍は、それらを全て消し飛ばすには十分な威力であった。

 今頃ラインレピアの都市はお祭り騒ぎが一変、未曽有の大災害に人々は皆恐怖しているはずだ。 

 複数破壊された貯水池の水は、一つの本流となりて轟音を上げながら、容赦なく都市へと向かってきている。

 その轟音は、すでにフレスの前まで迫っていた。


「絶対にここから先へは行かせないよ!!」


 フレスの視界に大津波の姿が映る。

 誰もが腰が抜けて立てぬほどの恐怖の壁に他ならない津波の姿であったが、フレスは冷静沈着であった。


「これくらいの水なら、ボクの許容範囲内!」


 なんて豪語しつつも、「だ、大丈夫だよね……」と冷や汗のフレス。

 だけどこれだけの状況だ、勢いだけでも強気でいかねば、全てを飲みこまれてしまう。

 フレスがその手を前に掲げる。

 するとフレスの腕周りからはどんどんと冷気が噴出していく。


「全部、凍らせてあげるよ! はああああああああっ!!」


 フレスは咆哮しながら、凍りついた手のひらを地面に付けた。

 背中の翼を六枚全て出し切り、その一撃に全ての魔力を込める。

 フレスが手を付けた大地は、氷河期が唐突に訪れたかのごとく一瞬にして凍りつき、その寒波は津波に向かって吹雪となりて襲い掛かる。


「――うらああああああああああああっ!!」


 津波の先端が凍っていく。

 ただ水の量があまりにも多く、凍りつくまでには相当な時間が掛かる。

 凍りついた分動きは鈍くなる津波であったが、その代償としてその威力は通常の津波の比ではない。

 氷が増えた分、威力もアップしている。

 だからフレスの冷気が津波を凍らせれば凍らせるほど、フレスの負担は大きくなっていく。

 例え氷になろうとも、その質量は同じである。

 全てを凍らせ受け止めねばならないのだ。

 ラインレピアの命運を背負っているのは、この小さな少女であった。

 だからフレスは諦めない。

 これほどの冷気が大地を凍てつかせているのにも関わらず、その額には大粒の汗が浮かぶ。


「ボクがここで負けちゃったら、師匠に会わせる顔がないんだから!!」


 フレスはさらに吹雪の力を強める。

 氷は音を立てて凍っていき、徐々に動きが鈍くなっていった。


「うりゃりゃりゃあああありゃああああああああああああああッ!!」


 歯が砕けるほど食いしばり、足の裏がずる向けるほど踏ん張り、フレスは氷の津波に立ち向かった。

 そしてフレスの努力は報われていく。

 氷の津波が、勢いを大きく落としてきたのだ。


「もうひと押しいだああああああああ!!」


 娘の姿で出せる限界出力を放ち、津波を止めていく。


「うらああああああああああッ!!」


 フレスが全ての魔力を打ち放った瞬間。


「……はぁ、はぁ……、と、止まった……!!」


 津波は完全に動きを止めたのだ。


「はあ、はあ、はあ……」


 思わず膝が折れる。

 立っていることすら無理なほど、フレスは力を使い果たしていた。


「や、やった……!! ボク、やったよ……!!」


 自分の力が、ラインレピアの危機を救ったという事実に、嬉しさが込み上げてくる。

 それと同時に、次のことを考えると、焦りが生まれてきた。


「無事に、終わったけど……、でも、まだ終わっては無いんだよなぁ……!!」


 寝転がったままの状態で、ラインレピアの都市の方を見る。

 すでに光の時計塔と、水の時計塔は発動しているのか、妙に輝かしい。

 そして中央にそびえる時計塔。


「あそこに、行かないと……!! でも、今は体動かない……」


 龍の生命力だ、ほんの数十分休憩すれば、余裕で動けるようにはなるだろう。

 だが、今はその数十分が惜しい時。

 体が動かないことがあまりにももどかしい。


「はあ、はあ、……ウェイル……!!」


 師匠の名前を呼ぶ。

 今すぐに駆けつけて、彼を助けたい。

 だが焦りは禁物。

 幸い、今の自分の功績のおかげか、残りの音、火の時計塔はまだ発動してはいない。

 だから少しだけ時間がある。


「体調を万全にしておかないと、弟子として師匠のウェイルに失礼だもんね……!!」


 力を使い果たしたことにより襲ってきた睡魔には負けるわけにはいかないが、体を休めることも重要だ。


「待っててね、ウェイル……!!」


 フレスが再び翼で空を舞い上がることが出来たのは、この十分後であった。



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