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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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ジョーカーにはジョーカーを

「――――っ!?」


 確実にダンケルクの首元を捉えた。

 そうウェイルが確信して放った渾身の一振りだったが、その手応えはあまりにもあっけないものであった。

 何せ、ウェイルの氷の斬撃は、何一つ切り裂いてはいなかったからだ。

 ただ空を切っただけ。

 そしてこの感覚は、以前感じたものと全く同じもの。


「これは……ッ!?」


 目の前にいたはずのダンケルクを、切り裂いたと思った瞬間、姿が消えた。

 ウェイルには何の手応えも残っていない。

 空を切る空虚感は、肉を割く生々しい感触よりも、さらに気持ちが悪い。


「……またもしてやられていたってことか……!!」

 

 ペアブレイドばかりに気を取られて失念していた。


 そう、そうなのだ。

 考えてもみれば、アレクアテナ・コイン・ヒストリーの時も、同じことがあったではないか。

 ダンケルクだと思い込まされたモノはそこにはなく、彼の真の姿は遠く離れた別の所にあった。


「……なるほどな」


 ダンケルクの台詞にも納得がいった。

 ウェイルがダンケルクを殺せないと言うのは非常に正しい。

 何せそれは精神論云々の問題ではなく、物理的に殺すことが出来ないというものだったからだ。

 同じ手を二度も喰らうとは、冷静さを欠いていたのは間違いない。

 時間制限があると言うことを鑑みても、これは明らかに自分の失敗だ。


 カラクリに気が付いて周囲を見渡すと……いた。


 大ホール二階の椅子に、堂々と腰を掛けているダンケルクの姿が。

 ようやく気付いたかと、ニヤリと笑うダンケルク。


「お前は甘いよ。同じ手が通じるくらいにな」

「……またお前の手のひらで踊ってしまったってか。全く……!!」


 奴の持つ神器の性質が判らぬ以上、どこで入れ替わっていたのか見極めるのは難しいとはいえ、やはり悔しいものがある。


「ここは大ホールだぞ。踊るのは決しておかしいことじゃない。俺には最高の演劇に見えたからな」


 ダンケルクはパチパチと立ち上がって拍手を送ってくる。

 安い挑発ではあるが、正直かなり腹立たしい。

 彼のこういう一歩引いたやり方は、昔の彼のやり方のままで、少しばかり懐かしい気分も味わうことが出来た。

 おかげで冷静さも少し取り戻せた気がする。


「歌劇は終わりだ。お前のおかげで神器発動までの時間、暇をせずに済んだ。礼を言おうか」

「……そうかい、そりゃ光栄だね」


 だがウェイルは知っている。

 フロリアから聴いた、この水の時計塔を発動させる方法を。


「もうチェックメイトなんだ。ウェイルもそろそろ休憩したらどうだ? 面白いもんが見られるし、一緒に鑑賞会ってのもいいもんだろ? 昔みたいにな」

「昔みたい? 俺はダンケルクと演劇を見に行ったことはないはずなんだがな」

「だったっけ? なら、これが初めてか。記念すべき第一回ということにしておこうか」

「残念。お生憎だが、まだ仕事が残っていてね。お前とのんびり鑑賞会ってわけにはいかなさそうなんだ」


 ダンケルクはチェックメイトだと言った。

 だが、ウェイルはそう思ってはいなかった。


(まだチェックメイトには早すぎる)


 時計塔は四つ全てを起動させなければならない。

 だから他の時計塔さえ制圧してしまえれば問題はない。

 無論、その制圧がとても大変なことではあるのだが。

 この都市の警備兵等の人員を投入すれば、上手くいけば制圧は敵うだろうが、逆にしくじればそのまま神器の魔力の糧となってしまう。

 少数精鋭で制圧しなければならないというのが今回のミッションの難しいところであるが、ありがたいことにその少数精鋭と言うのが、本当にエリート揃いであるのが救いであった。

 敵の最後の切り札は、龍であるとフロリアから聞いている。 

 ならばこちらも切り札を当ててやればいい話。


「ジョーカーにはジョーカーを当ててやればいいってだけだ。このゲームはチェスじゃなくてトランプだったわけだ」

「……何か仕掛けてるのか? ウェイル」


 そう聞いてくるダンケルクは、どうしてか笑っていてなんだか楽しそうではある。


「さてな。まあ、鑑賞会はお前だけで楽しんでくれ。俺はどちらかと言えば役者の方だ」

「役者、か。なるほど。大根役者でなければいいが」

「任せておけ」


 ウェイルは氷の剣をしまう。自分の役割はすでに果たせないことを理解したから。

 ウェイルがこれから何をしたところで、ダンケルクが止まることはないだろう。

 ならばこの水の時計塔の発動は、フレス次第となる。

 フレスのことを信じてはいるが、しかしながら保険は必要。

 またアムステリアやイルアリルマも、フレスと比べれば常人である以上、失敗はあり得る。

 各々の任務が無事成功、失敗のどちらの場合も、次に行くべきところは決まっている。

 ウェイルはダンケルクに背を向けて、次の目的地へ向かう為、大ホールの扉へと向かった。


「一つだけ、言っておくよ」

「……ん? なんだ?」


 ウェイルは扉に手を掛けながら、下へ降りてきていたダンケルクへと振り返る。


「どうした、ウェイル? 次にお前が何をするのか、教えてくれるのか?」

「ああ、そうさ」


 予想外の解答だったのか少し驚いた様子のダンケルク。

 ダンケルクがそんな表情を取ることは稀だったので、してやったりと内心ほくそ笑む。


「…………」


 無言で真顔になったダンケルクに、ウェイルはそっと一言。


「お前らのボスに会いに、な」


 それだけを言い残して、ウェイルは出て行った。

 残されたダンケルクはその言葉の意味を推理して考える。

 そして出た答えは、何とも単純だった。


「フロリアの奴、やっぱりブレないな……」


 自分らのボスが誰であるか、そしてそのボスがどこにいるか。

 そんな情報を持っているのは異端な連中だけだし、その中でもコロリと情報を漏らすことが出来るのはこいつしかいない。

 今すぐウェイルを止めに行こうかとも思ったが、それも止めた。

 それだとリーダーやイドゥらに対し、手を貸し過ぎる。

 ダンケルクは別にリーダー達を慕ってこの組織にいるわけじゃない。

 ただ、こいつらといると楽しいだろうからと、そんな気分でいるだけであったのだ。


「後輩が何をしでかすか、楽しみが増えたな。ま、ひとまずは目の前のこれを楽しみますか」


 時計塔の天井を見上げる。

 これからこの都市は、大層爽快な景色になるだろうから。

 期待が膨らみ、止まらない。


 そして――誰にも止められなくなる。






 ――●○●○●○――






「さて、フレスが上手くいってくれたらいいのだが……」


 半ば願う感じでそう呟く。

 いくらフレスとはいえ、彼女に与えられた任務は果てしなく難しい。

 龍を止め、この都市の崩壊を止める。

 出来ればどちらも成し遂げて欲しいし、フレスには出来るだけの力があるのは判っているが、失敗した時のことも考えねばならない。

 フレスには後者の方、つまりこの都市を守るために行動する事を優先事項だと伝えてある。

 もしそうなった場合、いや、いずれにしてもウェイルは中央の時計塔へ向かわねばならない。


「こいつを使うのは久しぶりだ」


 ベルトのポケットから取り出したのは、紫色に輝く水晶。

 重力晶の原石である。

 先程アムステリアから受け取ったものの正体はこいつだ。


「原石を使うのは初めてだからな……。まあ、すぐに慣れるだろ」


 軽く魔力を込めると、ふわりとウェイルの身体は軽くなり、そして羽根を得た様に宙を舞い、空を翔けていったのであった。




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