『氷龍王の牙』VS『相思相愛剣』
――激しく飛び交う金属質の音。
火花と氷の欠片は、両者の剣がぶつかり合うたびに炸裂していく。
ウェイルとダンケルクは、一定のテンポで接近戦に挑み、また一定の感覚で遠距離戦を行っている。
今この瞬間は近距離戦。
情け容赦なく、互いに全力で神器をぶつけあっていた。
「ウェイル、お前の神器と実際にやり合うのは初めてだな。良い剣だ。厄介なことこの上ない」
「そりゃこっちも同じ感想だ。全く面倒な神器使いやがって」
「お互い様だな。ホント気が合うよ、俺達」
「今はあまり嬉しくない台詞だな……!」
軽口を飛ばしながらの戦い。
だがそのレベルは決して低いモノではない。
むしろ互いのレベルがあまりにも高いからこそ、為し得ている所業である。
「刃が掠める度に冷たいんだよ、お前の神器は。毛布が欲しくなる」
「年寄りが身体を冷やすなよ。腹下すぞ?」
「喧しい。ひよっこの癖に人を年寄り扱いしやがって。まだ四十代だぞ、俺は」
「尚更体に気をつけなければいけない時期じゃないか。さっさと帰って寝た方がいいぞ」
「生意気な若者にお灸を据えたら、そうさせてもらうよ」
「氷にお灸は無理だろうな。消してしまうだろうし」
「何、溶かしてやるから問題はない」
「できるもんならな」
ウェイルの神器は、氷の剣『氷龍王の牙』。
神龍フレスベルグにより作られた、強力な氷の力を持つ旧時代の神器だ。
この剣より出現した氷は、使用者の腕を氷で包んで融合、腕自信を一本の氷の剣へと豹変させる。
鋭い斬撃は鉄板すらも軽く裂き、打撃は地を揺らす。
噴き出る冷気は空気をも凍てつかせ、相手の動きを鈍らすことも出来るという、最高性能の神器であり名刀だ。
だが、ウェイルはそんな最高性能の神器に空を斬らせてばかりであった。
「軽い身のこなしだ。捕えにくすぎるぞ」
「逃亡生活のおかげで身に付いただけだ。好きで身に付いた分けじゃないさ」
斬撃は、ダンケルクに掠りもせずに、ただ空しく空を斬る音を響かせるばかり。
多少フェイントを織り交ぜた攻撃も、全ては彼の持つ双剣に軽く受け流されていた。
ウェイルが下手なのではない。
ダンケルクの重心操作の上手さと、そして持っている神器に大きく影響されている。
「お前の神器、面白い性質をしていたのよな。確か名前は――」
「『相思相愛剣』。お前とアムステリアの関係みたいな名前だろ?」
「それ、アムステリアの前で言うなよ? ……しかし名前を聞けば聞くほど、オッサンには似合わないな」
「ハハッ、同感だ。俺も似合うとは思っていない」
そこでダンケルクは、左手の剣を思いっきり振り切った。
無論、予備動作が大きすぎて難なく避けることは出来、さらに隙だらけになっていたが、ダンケルクがそんな簡単なミスをする訳もない。
「だがな、こんな俺でも時には羨ましく思えるんだよ」
なんとダンケルクはそのまま左手から剣を手放したのだ。
手が滑った?
いや、そんな筈はない。
それはウェイルが一番よく判っている。
「羨ましい? ダンケルク、結婚願望があったのか?」
「お前なぁ、俺も一応男よ。ないわけがないだろうが」
双剣というジャンルの武器が、片手剣になったのだ。威力は当然半減だ。
だが、ウェイルは決して油断はしない。
何故ならその剣は、もう一つの剣と深く愛し合っていることを、熟知しているから。
「そうやって今まで戦った奴を油断させてきたんだろ?」
「お前は油断してくれないのか?」
「当たり前だ」
残る右手の剣を力強く弾くと、ダンケルクの身体は隙だらけ。守る剣もない。
本来ならばこれで詰みだ。
しかし、ウェイルはここでチェックメイトに踏み込まなかった。
それどころか体を左方向へとずらして、ダンケルクの正面より離脱する。
結果的に、これは正しい判断だった。
「見切られてるねぇ」
「その神器を知っていたら当然だ」
直後、ウェイルの頬をスッと冷たいものが過ぎる。
パシッとダンケルクが受け止めたのは、今投げたはずの剣。
「『相思相愛剣』とはよくいったもんだ。事前にそれを知ってなかったら今頃背中に穴が開いてる」
ウェイルは一旦ダンケルクと取りを取った。
ダンケルクの握る神器『相思相愛剣』の特性は、その名前の通り深く愛し合っていることだ。
どちらかの剣を手放しても、すぐさま剣はもう片方の剣に恋焦がれて舞い戻ってくる。
つまり手から離れている剣を操ることが出来ると言うことで、そのリーチは無限大ということにもなる。
厄介なのは、この剣を戻ってこさせるタイミングすら、操ることが出来ると言うこと。
常に二本の剣に、意識を集中していないと、油断すればすぐさま風穴を空けられる。
「無限にリーチがある双剣とか、厄介すぎるぞ……!!」
「厄介だろ? なら諦めてくれないか?」
ダンケルクは再び、今度は二本とも宙へ放った。
「そうもいかねーよ……!!」
空中をブーメランの如く舞う双剣が、ウェイルに次々と襲いかかる。
紙一重で回避、避けられない剣は弾き飛ばす。
躱し、叩き落とした剣すらも、ペアブレイドにとっては生きている刃。
再び浮かび上がって、剣と剣は互いに激しく愛し合う。
「きりがないっての……!! ……ふん……ッ!!」
これ以上剣の嵐を浴びるのも良い結果にはならない。
だからウェイルは、氷の剣の出力をさらに増加させて威力を上げると、飛び掛かってきた双剣に対して思いっきり振り飛ばした。
「よし……!」
氷の剣は見事双剣を同時に弾き返す。
その勢いはかなりのもので、双剣はしばらく帰ってこられない場所まで弾き飛ばされた。
「ダンケルク、そろそろ終いにしよう」
武器を弾かれて丸腰となったダンケルクに対し、ウェイルは足に思いっきり力を込めて踏込み、彼との距離を一気に詰めた。
「ダンケルク。最後だ。もう止めてくれないか」
ウェイルが覚悟を決める。
ダンケルクの返答次第では、氷の剣を真っ赤に染めると言う覚悟を。
彼らのしていることは、例え自分の手を汚してでも止めねばならないこと。
それがセルクから託された想いでもある。
しかし、ダンケルクから帰ってきた答えは、予想だにしないものだった。
「殺してみろ。殺せるものならな」
「…………!!」
この期に及んで、ダンケルクは心理戦に持ち込むつもりなのか。
確かにウェイルに躊躇はある。ダンケルクは今敵とはいえ、頼れる先輩であったのだ。
でも、そう言うことを考えるのは後回しだとウェイルは覚悟をしている。
ダンケルクを刺すと言う選択肢しかないのならば、迷う必要ないと。
「宣言する。お前には俺を殺すことは出来ない」
「……安い挑発だよ、ダンケルク。俺がそんなに甘い人間に見えるか?」
ウェイルの目が、少しずつ暗くなっていく。
その表情は、フレスと出会う前のウェイルそっくり。
『不完全』という敵であれば、どういう事情があろうと情け無用で惨殺していた、当時のウェイルの様に。
「――俺はそこまで甘くない」
ウェイルの一閃は、それこそ情けも何もない、凄まじく早く鋭い一太刀であった。
「なっ…………!?」
ダンケルクの放つ魔力が消えていく。
だがウェイルは、今の一振りの手ごたえに驚愕していた。
そして耳を掠める声。
「――お前はやっぱり甘いよ、ウェイル。俺はヒントを上げてたんだから」
ウェイルの渾身の一撃は、またもや空を斬る音を響かせただけであった。