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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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光の龍 VS 氷の龍

 ――光の時計塔。


 喉が、カラカラだった。

 全身から嫌な汗が噴出し、緊張で口の中はまるで砂漠になったかのよう。

 かろうじて出てくる唾と息を飲みこみながら、フレスは慎重に歩みを進めていた。


 フレスは一人、光の時計塔へと挑んでいる。

 光の時計塔は、まだ神器としての役割を果たしていないのにも関わらず、猛烈な魔力を放ちながら、同族を歓迎していた。

 そう、この先には同族がいる。その魔力に間違いない。


「……この先、だよね」

 

 呟いて自分自身で確認を取りながら、ごくりと量の少ない唾をもう一度飲みこみ、扉に手を掛けて力を込めた。


 ギギギと音を立てながら、扉は隙間から光を放ちながら開いていく。

 強い光に思わず半目になってしまう。


 扉の奥、光輝くホール内で、フレスの目は明確にとある存在を捉えた。

 スポットライトが当たっているかのように、歌劇場ホールの中央は光が集中して輝き満ちており、その中心では劇の主役たる天使が自慢の翼を広げて、此方に背を向ける形で天を仰ぎ、佇んでいたのだ。

 その後ろ姿は、とても神々しい。画家であれば思わずその場で描きはじめずにはいられぬほど。

 しかしフレスにとっては、その神々しさがかえって不気味さを増長させる風に思えて仕方がない。

 

「久しぶり、っていう方がいいのかな……?」


 乾ききった口は、何とか動いてくれて、声を出すことが出来た。


「…………」

 

 静かだった。

 劇の主役は私。

 そう背中で語っているかのようだった。

 主役が彼女であるならば、さしずめ自分は観客だ。

 もちろんただの観客なんかじゃない。

 飛び入り参加の、役者なのだから。


 観客は、この場には誰一人いない。

 ならば翼を隠す必要もない。


 ――バサァ……。


 フレスは可憐で上品に、そして冷たく輝く蒼き翼を六枚も現出させて、その小さな背に背負った。


「――久しぶり、ティア」


「――フレス、かぁ。う~ん、ティア、フレスはあんまり好きじゃないかな?」


 顔すら見せずに、ちぐはぐの解答を返してくる。だからこの子は苦手なんだ。

 彼女の言葉は嘘偽りがなくて、そして危険が常に隣りあわせだから。


 全部で五体存在する古の神龍族、種族の名を『エンシェント・ドラゴン』。

 全ての神獣の頂点に立つ存在の、その内の二対が、この場で懐かしい再会を果たした。


 龍の中で最も凶悪な力とされる『光』の力を司る龍が、この目の前にいる少女、ティア――正しい名前を、ティマイア。


「ねぇ、ティア。今、君は自分が何をしようとしてるか、知ってるの?」


 フレスは単刀直入に言葉を紡いだ。

 彼女には言葉の遠回しは通用しない。

 何せ、遠回しをすれば、本当に主題から遠くかけ離れてしまうから。


「何って、ティア、楽しいことがしたいんだぁ」


 劇の主役が、満を持して、フレスの方へと振り向いた。

 フレスは彼女の姿を見て、畏怖を隠しきれない。

 彼女の表情は笑顔であるにも関わらず、だ。

 体に戦慄が走るなんて、いつぶりだろう。


「……楽しいこと?」

「うん。こんな風に、ね」


 彼女が天に向かって伸ばした腕は、綺麗な白い肌を敢えて強調させるかのように、赤と白のコントラストが出来ていた。

 鮮やかな赤を放つその手の先には、一人の人間であったであろうもの(・・・・・・・・・)の、首であったであろうもの(・・・・・・・・・)が握られている。


「な……ッ!?」


 驚愕の余り体が固まるフレス。

 そんなフレスなどお構いなしに、彼女は赤く彩られた自らの腕を自慢げに見せつけてきた。


「ティアね、仕返ししてたの。これね、ティアを殴らせたから」


 そう、ティアが遊んでいたのは、すでにイドゥにとっては用済みとなっていた、秘密結社『メルソーク』総裁、シュトレームの屍だ。

 情報を吸い上げるため、ティアに無理やり現世に留められていた男は、先程、ようやく無限の安寧を得た。

 だが、その安寧の代償はあまりにも大きい。

 何せ、この芸術に溢れた美しい世界から、こんなに汚く醜い姿で去らなければならなかったのだから。

 ティアにとっては彼の躯すらおもちゃに過ぎない存在だった。

 壊れたおもちゃを、自らのストレス発散の為に利用する。

 血の弾ける音、肉の裂ける音、骨が砕ける音。

 無垢に、無邪気に、ティアはそれを為していた。

 この世でもっともおぞましい音のオーケストラがそこにあったのだ。


 この過激な歌劇に、氷を司るフレスですら、全身が凍りつく思いで、言葉は口から封印されていた。


 ――絶句。


 ――同時に戦慄。


 ――しばらくして、憤怒。


「止めなよ……!!」

「何を?」

「その行為だよ! …………これ以上続けるなら、ボク、もう君を許せそうにないよ……!!」


 自分には任務がある。

 この都市を救うには、彼女の龍としての力を止め、その後に来る予定の大災害を止めねばならない。

 だから、自分は何が起ころうと冷静になって、物事を対処せねばならない。

 それは師匠と約束したことだし、ようやく自分を認めてくれた大切な仲間との誓いでもある。

 だが、ティアの奇行は、そんなフレスの決心すらも揺るがしかねないほどの心を震撼させる破壊力を秘めていた。


「イヤ。だってこれ、ティアのおもちゃなんだもん」


 ムッと、ティアの顔が不愉快そうに歪む。

 それと同時に遊ぶ勢いも増していた。

 砕ける骨の音は、その内しなくなっていく。

 何せ砕けるところはもう全て、どこもかしこも砕いてしまっていたのだから。

 後ティアが遊べると言えば、それをすり潰すくらいしかない。

 もう犠牲者は助からないと知って、フレスも落ち着けと自分に言い聞かせる。


「ティア、君は騙されているんだよ。変な連中と付き合っちゃダメ。楽しくなれないよ?」


 闘いにはなると覚悟はしているし、フレスもその気だ。

 今の歌劇を見せられて、話し合いなどで解決できるわけがない。

 そう思ってはいるのだが、これも仕事の一つ。

 とにかくこちらの魔力は温存しておきたい。

 ならば説得することも選択肢には入れないといけない。


「君と仲が良いのは、とっても悪い人達なんだ。このアレクアテナを滅ぼすって、そんな奴なんだよ。ティア、この大陸好きだったじゃない。楽しいことが一杯あるからってさ」


 フレスは言葉を慎重に選んだ。

 ティアの心がすでに壊れ尽くしているのを、フレスは知っていたから。

 神々が世界を支配していた時代から、彼女は壊れていたのだから。

 だがフレスは慎重さを見誤った。


「ティアが、この大陸が、好き? フレス、どこで聞いたの? それ」


 ティアの反応は、露骨に嫌悪感を示していた。


「……昔言ってたじゃない」

「ううん、言ってない。ティア、楽しいことは好きって言った。でもこの大陸のことは、そうでもないよ」


 見誤ったと、とっさにフレスは理解した。

 だからこそ、背中の翼に力を集中していく。


「ティアね、今、イドゥやリーダーと一緒に遊んでるんだ。この大陸を滅ぼすんだって。楽しそーでしょ! だから、フレスのお願い、聞けないかな。それとも何? フレスがティアと遊んでくれるの?」


 ぶわっと、ティアを中心に魔力が一斉に放たれたのが判る。

 凄まじいほどの力が、彼女に周りに渦巻き始めた。


 ――その時である。


 ゴーン、ゴーン、と時計塔の鐘が鳴る。


 光に包まれた時計塔が、鐘の音を響かせるのは、さぞ絶景であるだろう。

 出来れば自分もそんな美しい光景を楽しみたかった。

 だけど、こうなってしまった以上、最悪の事態を止めるべく、すぐさま行動を始めなければ――


 ――この都市が壊滅してしまう可能性だってある。


「ティア、じゃあ、遊ぼうよ。ボク、久しぶりに本気でやるよ」


 フレスは覚悟を決め、そう告げた。


「遊んでくれるの? でも、ティア、ちょっと忙しい。合図、鳴ったから」

「いいや、残念だけど、ボクの我が儘で無理やり遊んでもらうよ。仕事はさせない。君に仕事は似合わないよ。君はいつも遊んでいる方が似合ってる」

「えー、フレス、我が儘~! ティアだって、たまにはお仕事したいもん~」


 そうは言いつつも、ティアの目は笑ってはいない。

 無表情で、彼女は翼を六枚現出させて、宙を舞った。


「ごめんね、我が儘で。でも、お互い様だからね!」


 フレスもふわりと宙を舞う。

 全てを消滅させる光と、全てを凍てつかせる氷が、空中にてぶつかり合う。


「さ、ティア、ボクに付き合ってもらうからね」


「……いいよ。フレスに我が儘に、付き合ってあげる」


 二人は互いに魔力を溜めると、力比べをするかのように、龍の持つ凶暴な力をぶつけ合った。


 ――光の龍と、氷の龍。


 その戦いの余波は振動となりて、周囲の地区を震わせていた。




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