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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
355/500

感謝と忠告


 ―― 東地区 『水の時計塔』 ――


「……しかし静かだ」


 すでにウェイルは水の時計塔へと潜入を果たしているのだが、敵との戦闘を考えて気負って入ってきた分、何も起こらないことに逆に不安を覚えていた。

 敵の姿が見当たらないどころか、気配すら感じない。

 部屋の扉には、鍵一つ掛かっていない。それも全ての部屋について、だ。そのことが不気味さを増長させている。

 もぬけの殻と化した時計塔内を、息を殺して進んでいく。


「……アムステリアの噂が流れたのか……?」


 ――『最近奴隷オークションを潰して回っている輩がいる』。


 アムステリアは結構派手に行っていたそうで、そういう噂が流れていても何らおかしくない。

 噂を警戒してオークションを中止させたと、そう考えるのもあり得ないことじゃない。

 しかし、メルソーク程の大組織が、わずか二人足らずの不穏分子の為に、膨大な儲けの出る奴隷オークションを中止することなど考えられようか。

 普通に考えれば、噂に対しては武力を増やす等の対応を行い、オークション自体は予定通り行うのではないのだろうか。


「……まるで最初からオークションなど開く予定がないみたいだ……」


 その可能性も否定は出来ない。

 ウェイルがそう呟いて、大ホールへ続く扉を開こうとした時だった。


「――ご明察。流石は協会きっての鑑定士」


 その声に、思わずウェイルの動きが止まる。

 扉を開くのを止めて、声のした廊下の奥の方を見る。


「……まさか……!?」

「よお、ウェイル。また会ったな。俺達は何かと縁があるようだ」


 コツコツと、石畳の廊下を歩いてきたのは、かつての同僚、そしてカラーコインを盗んだ主犯格であるダンケルクだった。


「どうしてお前がここに!?」

「さてな」


 すでにダンケルクは『異端児』であることは判っている。

 だから彼がここにいることは、『異端児』にとって何らかの目的があるはず。

 瞬時にそう捉えたウェイルは、慎重に敵の様子を窺うことにした。

 そんなウェイルの心中を知ってか、それとも察したのか。


「俺がここにいる理由を聞いて、お前はどうする?」


 などと挑発とも取れる言葉を返してくる。

 実力を知っている元同僚の裏をかくのは難しい。

 もしかしたら、あえて堂々と聞いてみる方が早いかも知れない。

 慎重に探りを入れようとも、相手はあのダンケルク。

 どの道返答や結果はたかが知れているだろう。

 だからウェイルは、少しばかり賭けに出てみることにした。


「『お前達』の狙いを知りたい。それがここの状況を物語っているんだろ?」


 ここ、とは静かすぎる時計塔の事。ダンケルクらが何かやらかした可能性は否定できない。


「お前達、か。ま、そうだよな。俺個人の行動なわけがない。だが釈明しておくと、ここの奴隷オークションの開催中止については俺のせいではない」

「……違うのか?」

「俺を疑うのか?」


 ――疑う。

 ある意味ダンケルクにとっては最も禁じられたタブー。


「いや、お前は嘘をつかない奴だと俺は信じている。もっとも、それは味方の立場だったらの場合だけどな」

「そうか。それもそうだな。だが一つ言っておくと、俺はお前やアムステリアには感謝してるんだ。あの時俺を信じてくれたのはお前らくらいなもんだからな。それで、今はどうだ? 信じられるか?」

「……信じたいさ」

「……そうか。なるほど、信じたい、か」


 ダンケルクは、手を口に当て、少し考えた素振りを見せると、「まあ、いいか」と呟いて、改めて向き合ってきた。


「これから言うことは信じてくれてもいい」


 つまり信じるかどうかは任せると、前置きをして。


「ここのオークションは最初から開かれるつもりなんてなかった。別に魔力が必要なわけじゃないからな」

「……魔力が必要じゃない……?」

「お前、時計塔が全て神器だと知っているんだろ?」

「ああ、知っている」


 ダンケルクが突然時計塔の秘密を語り出したものだから、少しばかり動揺はしたが、ウェイルは黙って話を聞くことにした。


「なら話は早いか。時計塔には名前がついている。それぞれ『時』『光』『音』『火』、そして『水』。その理由を推理してみろ」

「……神器の能力を示していると、そういうことか?」

「違うな。時計塔は、自身が何かを発する神器じゃない。こいつは何かを糧に発動するタイプの神器だ。……もう、判るな?」


 何かを糧に。

 そんなことまで教えられれば、もはや答えを貰ったも同然だ。


「……水、か。ここに水……?」

「さて、後は自分でまとめな。プロなんだから」

「……そうか。だからここには奴隷が必要ない……!!」


 神器のカラクリを考えれば、確かにここには奴隷が必要ない。

 しかし、そうなれば肝心の『糧』となるものは、どうやって調達する気なのか。


「さて、お前の疑問は尽きないかも知れないが、俺は行くぞ。そこをどいてくれ」


 そう言って、ダンケルクは踵を返す。


「待て。どこへ行く?」

「どこって、帰るだけさ。もう俺の仕事は終わったからな」

「仕事は終わった? てことは、何かしたんだな?」

「さてね」


 改めて背を向けるダンケルクに対し、ウェイルは今度は声ではなく、魔力を差し向ける。

 瞬時に手に氷の剣を精製し、ダンケルクの背中に突き付けた。


「俺の仕事は、まだ終わっちゃいないんだ。少し付き合ってくれ、先輩」

「まだ先輩と呼んでくれるか。嬉しいことだ」


 刃が付きつけられているにも関わらず、ダンケルクは振り向きもせず答えた。


「だが、生憎俺は暇じゃないんでね。用がないことには付き合えん」

「仕事が終わっているなら暇だろう? それに用ならあるさ。俺の依頼人から奪ったカラーコイン、返してくれないか?」

「……ああ、あれか。あれは今俺の手にはない。だからお前が俺を刺したところで、現状は変わらん」

「……そうだろうとは思ったがな」


 ウェイルが剣を引き、氷を溶かして魔力を収めていく。

 ダンケルクがいつまでもカラーコインを持っているとは思ってはいなかった。

 今持っていないのならば、闇雲に戦闘を行うのは妥当じゃない。

 ダンケルクだって、異常なまでに強い戦闘力を誇っているのだから。


「最後に聞いていいか?」

「なんだ? 後輩の質問だ。何でも、とはいかないが、答えてやるよ」

「どうして俺に情報をくれた? 俺の姿を見て、話しかけてきた?」


 仕事がすでに終わっているのならば、ウェイルの姿を見たならば、すぐに時計塔を出ればいい。隠れてやり過ごすと言う手もある。

 わざわざ敵と接触を持とうだなんて、普通考えない。

 ウェイルのその質問に、ダンケルクはどうしてだか困ったような顔をしていた。


「う~む。確かに俺の行動はおかしいな……。情報を教えるなんて、仲間を裏切る行為だしな……」


 そして少しの沈黙の後、深く嘆息して、こう言った。


「俺はお前に感謝してんだよ。最後まで信じてくれた、可愛い後輩でもある、お前にな……」

「……ダンケルク……」


 どうしてだろうか。

 たった一瞬ではあったが、ウェイルは昔の信頼できる良き先輩と、今の敵が重なって見えたのだ。


「ついでに忠告だ。もし、お前が明日以降も生きていたかったら、今日中にこの都市を離れておけ。明日になれば、この都市は『沈む』からな」

「……沈む……?」


 それは何かの比喩だろうか。今すぐには、この言葉の真相は判らない。


「じゃあな。また会おう。どの道俺達はいつかまた会わなければならないんだから」

「おい、ダンケルク! 今のは一体どういう――くっ!?」


 少しウェイルがダンケルクの背中から視線を離したその瞬間。

 まるで煙幕でも巻いたかのように、この場は白い霧に包まれた。


「ダンケルク! 何処だ!? 今の意味はどういうことだ!?」


 いくら聞いても、答えは帰ってこようはずもない。

 しばらくして霧が晴れると、当然だがそこにダンケルクの姿はなかった。


「……ダンケルク……ッ!!」


 ウェイルの名を呼ぶ声は、無情にも無骨で冷たい廊下へと、こだまのように響き渡るだけであった。


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