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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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理解出来ぬ心

「…………えっ……?」


 その瞬間、イルアリルマの時が止まる。

 この目の前にいる親友は、一体何を言っているんだろう、と。

 自分が視力を失った原因は、病気による高熱だったはず。

 幼い頃に患った病気による高熱の影響で生死をさまよった自分を、名も知らない鑑定士に助けてもらい、一命を取り留めた。

 その時に残ってしまった後遺症だと、そう信じていた。


「あらら、リルったらまだあの病気が原因だと思っていたわけ? 笑える話です」


 ルシカの嘲笑に、イルアリルマは混乱。


「あのね、そもそもあの高熱自体、私が仕組んだものですよ?」

「仕組んだ……!?」

「ええ。『不完全』が取り扱っていた、ちょっとキツイ違法薬物でね? そうして貴方を病気っぽくさせた後、貴方の感覚をいただいたの」

「でも、私はすぐに治療を受けた! あの鑑定士さんのおかげで、一命を取り留めた!」

「だから、その鑑定士ってのが間違い。あれはね、イドゥさんだから。私の恩人のね。とっても凄い――贋作士なんだ」

「…………ッ!?」


 その事に、イルアリルマは言葉を失っていた。

 整った顔が悲痛の表情になり、見ているフレスも辛い。


「覚えてるかなぁ、リル。私って、昔は視力が弱かったんですよ。だから今のリルの気持ち、よく判る。辛いでしょ。でも私は今、こうしてバッチリ物が見える。これはね――」


 言葉のその先、それは誰もが予想できた。

 フレスは怒りのあまり翼を展開させていた。


「――リルから貰った感覚なんですよ! 今でもお世話になってます!」

「許さない……!!」


 フレスの腕から冷気が漏れ出し、周囲を凍りつかせた。


「リルさんが、今までどんな気持ちで暮らしてきたか、君には判らない!? 判ってるはずだ、君だって視力が弱かったんだから! どうして大切な友達に、そんな真似が出来るの!? ボクは絶対に出来ない!」


 もし状況を自分に置き換えたとして、自分はギルパーニャにそんな酷いことが出来るのか。

 答えは考えるまでもなく明らかだ。


「許さないよ……!!」


 周囲の氷が、巨大な柱となって、空中に精製されていく。


「あれれ、これはまずいですね……」


 さすがのルシカも、フレスの力は想定外だったのか、思わず腰をすくませる。

 フレスが氷柱を打ち放とうとした、その時だった。


「――止めて、フレスさん!!」

「リルさん!?」


 イルアリルマが、フレスを止めようと抱きついてきた。


「お願い、止めてください……っ!!」

「でもリルさん、あの人はリルさんの視力を……!!」

「それでも、止めてください!」

「ボク、許せないよ!!」

「お願いですから……止めて……!!」

「…………」


 フレスは氷の柱を急速に溶かし、そして消滅させた。


「リルさん……」

「ありがとう、フレスさん……」


 フレスが攻撃を止めた理由。

 それはイルアリルマが泣いていたからだ。


「どうして……」


 フレスにはその理由が理解出来ない。


「リルさん、あの人に裏切られたんだよ!? それに大切なものまで奪われて! そこまでされたのに、許せるって言うの!?」


 怒鳴るフレスに対し、イルアリルマはとても穏やかな表情で、こう言った。


「だって、ルシカは――親友、ですから……!!」

「そんな、何言ってんの!? あの人が親友!?」

「…………」


 イルアリルマの言葉には、当のルシカすら言葉を挟めないでいた。


「はい。ルシカは私の大切な親友です」

「視覚も触覚も奪われたのに!?」

「そうです。それでも親友なんです。私が辛い時、常に一緒にいて励ましてくれた、大切な親友なんです」

「…………判らないよ……」


 フレスは拳を握りしめる。力を込めすぎて爪が食い込み、血すら出るほどに。


「ボクには判らない! どうしてそこまで!」

「……フレスさんだって、そういう方がいらっしゃるんじゃないんですか……?」

「…………ッ!!」


 同じだ。

 奪われたものが違うとはいえ、状況がそっくりだった。

 フレスもほとんど同じ状況で大切な者を失ったことがある。

 そしてフレスは、未だに大切な者を失うことになった元凶を、ずっと恨み続けている。

 だから、こうして簡単に許容してしまえるイルアリルマのことが全然理解出来なかった。


「おかしいよ、そんなの! 裏切られたことをそんなに簡単に!!」

「正直言って、まだこの話が本当だと信じることが出来ません。でももし本当ならば今の話を許すことは出来ません。それでも、私は嬉しかったんですよ。誰もが私を落ちこぼれだと蔑む中、優しく声を掛けてくれたことを」


「私は、貴方から感覚を奪った事へのちょっとした責任と、あんまりにも不憫で滑稽だった貴方に、仕方なく手を掛けてあげただけです。親切とかそんな気持ちは一切なかったですよ」


 変な勘違いをするなと、堪らずルシカが口を挟んでくる。


「それでもです。理由は何だっていいです。大切なのは、私がそのことで本当に救われたってことだけですから」

「…………!!」


 その言葉に、ルシカは絶句していた。 

 罪を犯したのに、その被害者が咎めてこない。むしろ守ってくれた。

 そんな奇妙な状況に、ルシカは今一体何を想い、何を考えているのだろうか。

 フレスには想像すらつかない。

 そんな時であった。


「リルさん、危ない!」


 今度はフレスはイルアリルマの腕を掴んで引き寄せた。

 元々いた場所の床には大きな穴が開いている。


「……メルソークの連中、見境なく暴れ出した……!?」


 シュトレームの命令であるが故にリルに従っていた連中だが、それが嘘だと判った以上、暴動が起きるのは必然。


「私が騙していたっていうことが外に出るとまずいよねぇ。今はまだ」


 これから先、もうちょっとだけメルソーク会員の力を使いたいことがある。

 だからシュトレームの使者を語る者を信じるなと、そういう情報が漏れるのはまずいのだ。


「おっと、危ないですね……」


 メルソークは神器コレクターが集まっている組織。

 武器、兵器系神器が、容赦なく三人に火を吹き始めた。


「リルさん、この中に!」


 フレスが氷の結界を作り、イルアリルマを中に入れる。

 これでしばらくは安全なはず。

 後は敵全員を倒すだけだ。

 数が相当いる為、時間は掛かるだろうけど。

 そう思った時、ルシカが高笑いを上げる。


「アハハハハ、さて、やっちゃいますか! 結局のところ、当初の目的通りですので!」


 ルシカの手に握るペンダントが、強烈な魔力を浴び始める。


「あれは……なんだかとってもまずい気がするよ……!!」


 龍としての感か。

 ルシカの持つ神器の底知れぬ力に、身震いすらする。


「さて、皆さんの感覚、いただきますね!」


 メルソーク会員達がルシカに襲い掛かろうとした瞬間、ルシカの神器が発動し、彼らの世界は突如闇に包まれる。

 全員がその場に崩れ落ち、声にならぬ声を上げてうごめきまわっていた。


「視力、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。その全てを奪われた闇の世界は、いかがですか? ……まあ聞こえないか」


 この場に立っていたのは、ルシカと、そしてフレスとイルアリルマ。


「……どうしてボク達の感覚を奪わなかったの?」


 そうフレスが問う。

 奪おうとすれば奪えたかも知れないのだ。フレスは龍である故に聞くかは判らないが、少なくともイルアリルマを闇に沈めることは出来たはず。

 その問いにルシカが返してきた。


「偶然ですよ、偶然。偶々効果の適応範囲外にいたんですよ」


 それも嘘だ。彼女の嘘は判りやすい。


「さて、任務も終わった事ですし、そろそろ帰ります。追ってこないでくださいね?」

「……リルさんに免じて、ね」


 フレスの鋭い眼光を飛ばす。リルが止めてなければ、ルシカは今どうなっていたか判らない。

 それくらいフレスは怒りを露わにしていた。


「あれれ、リルに救われちゃったかな? リル、ありがとね! じゃあね♪」


 そう言うと、ルシカはそっと姿を消した。

 残された二人も、闇に包まれて蠢くメルソーク会員達を避けながら、会場から出たのだった。






 ――●○●○●○――






「ねぇ、リルさん。まだルシカさんのこと、親友だと思ってる?」


 帰り際、フレスが再度問うた。


「はい」


 それに対し、イルアリルマはノータイムで返してきたのだった。


 


 ――――

 ――



 フレスは汽車の窓から外の景色を見ながら、ずっと思いつめていた。


(リルさんはどうして、こんなに穏やかなんだろう……。ボクなんてずっと……)


 思い浮かぶは親友――ライラの顔。


(……ずっと……許せなくて……思い出すだけで穏やかじゃいられなくなるというのに……)


 そして脳裏を過ぎるのは――ニーズヘッグのこと。


(ボクも、いつかリルさんみたいに、穏やかになることが出来るのかな……)


 流石に疲れたのだろうか、リルは小さく寝音を立てていた。

 見ると目尻には涙の後。


(リルさん……ボク、リルさんの気持ち、今はまだ理解出来ないけど、でもね、リルさんは本当に強いと、それだけは思うんだ……)


 イルアリルマという自分とそっくりの存在が、自分とこれほどまでに心境が異なるということに、フレスは戸惑い、そして考えさせられたのであった。


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