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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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偽りの友情



 ―― ラインレピア西地区 『音の時計塔』 ――


 時計塔は入口からすでにメルソーク会員と思われる連中で一杯だった。

 そこで二人は事前に入手した時計塔の見取り図を利用して、裏口から侵入したのであった。

 しかしながら裏口にも監視の目がある。ネズミ一匹侵入させまいと、そういう思惑を感じる人員の配置である。

 とはいえ、そんな厳しい監視の目すらもイルアリルマの前では無力に等しい。


「……フレスさん、今です。視線の気配が消えました」

「うん!」


 イルアリルマの合図で、二人は物音を出来る限り少なくして、廊下を駆け抜けた。


「……ふう、やり過ごせたね!」

「はい。あ、また気配が来ますよ。隠れて」


 リルはこのように、敵の視線や気配を完璧に感じ取ることのできる能力を持っている。

 エルフの血が彼女に与えた力の一つ、気配を察することが出来る感覚『察覚』が、敵を事細かに識別し察知していた。

 微かな気配や警戒心を察して読み取ることで、的確に敵の隙を突くことが出来るのだ。

 おかげでゆっくりと、しかし確実に歩みを進めることが出来ていた。

 もちろん監視に人数を多く割いている場所などでは、どうしてもやり過ごせない場合がある。

 そういう時こそ、フレスの出番だった。


「リルさんはここで待ってて」

「……どうするんですか?」

「少しだけ静かにしてもらうんだよ! すぐに戻るね!」


 そう言ってフレスは敵の前へと躍り出る。

 本来ならばここで大声を上げられて、侵入者の存在が敵全員に伝わるところであるが、フレスならば生憎いとも簡単にそれを止めることが出来る。


「みんな、ちょっとだけ静かにしていてね」


 相手が声を上げる前に、すでにフレスの術式は発動していた。

 フレスの両手から水が出現させると、フレスはそれを飴細工のようにこねはじめた。


「氷のマスク! 塞いじゃえ!」

 

 空気中の水分を一瞬にして集めて、それをマスクの形に整えて、凍らせたのだ。


「「――ふぐ……ッ!?」」

「大丈夫だよ。この氷は、特別製だからさ。凍傷にならない程度の温度だよ」


 敵の口を塞いだ後は、錠を作って手足も塞ぐ。


「これもついでに!」


 おまけとばかりにフレスは周囲の温度を急激に下げる為に、手から冷風を繰り出した。

 フレスの放ったおまけは、敵を肉体的に縛る技であると同時に、急激な眠気を催させて体に襲い掛からせる。


「これも死にはしないから、安心してね」


 バタリ、バタリと倒れていくメルソーク会員達。


「さ! リルさん、先に行こうよ!」

「見ているだけで凍りつきそうですよ……」


 冷気溢れるその光景に、ルシカは体をぶるっと震わせた。


 そんなこんなで、出来る限り目立たずに進んでいた結果、二人は無事奴隷オークション会場へと辿りついていた。


「……まだやってないんだね」

「そうですね。本来ならば三時間後には盛大に競りが行われているはずですよ。本来ならば、ですけどね。でも、おかしいですよ」

 

 会場に人気は全くない。

 まだ開催されていないのだから当然と言えば当然だが、それを踏まえても静かすぎる。

 何せ人っ子一人いないのだ。

 普通ならば会場準備などでスタッフがせかせか働いているはずなのに。


「……もしかして、メルソークいないのかな?」

「いえ、さっきフレスさんが凍らせた連中は、メルソーク会員に間違いないと思います。……だとしたらなんででしょう……」


 二人が不審を覚えて会場の中央に来た、その時だった。


「あらー、二人の仕事って、ここを潰すことだったんだ?」


 唐突に響き渡った、甲高い声。

 そしてその声は、イルアリルマがよく知る声だった。


「えっ!? その声……!?」


 突然の意味不明な状況に、イルアリルマが狼狽える。

 フレスも混乱したが、一斉に向けられてきた殺気に、すぐさま落ち着きを取り戻した。


「リルさん、ボクの傍から離れないで。判るでしょ、この気配」

「……!? な、なんなんですか!? このたくさんの気配……!?」


 二人に向けらえた殺気は、一つや二つの騒ぎではない。

 両手両足の指を足しても足りぬほどの、大勢の殺気が二人に集中していたのだ。

 そしてのその殺気の中心から、親しい気配が現れた。


「ごきげんよう、リル。こんなに早く再会できて、私、嬉しいです」

「ルシカ……!?」


 コツコツと、ルシカが壇上に姿を現した。

 フレスは見た。

 先程とは打って変わって、妖艶な笑みを浮かべるルシカの姿を。


「リルさん、この人、味方じゃない」


 味方じゃない、という表現をしたのは、フレスの小さな配慮である。

 親友を敵と断定されるのは辛いだろうから。


「……どうして……? どういうことなの……?」


 未だ混乱の渦の中にいるイルアリルマ。

 ここまで狼狽えた彼女の姿を、フレスは見たことがなかったが、それも仕方ない状況。


「えっと、ルシカさん、だよね。ここ、これから奴隷オークションが開かれるんだ。ボク達、プロ鑑定士としてその奴隷オークションを止めないといけないんだ」

「そうなんですか? それはご苦労様です」

「ルシカさんはさっき、これから仕事があるって言っていたよね。ここに仕事って、一体何の用?」


 フレスの質問に、ルシカは少しだけ首を掲げた。


「う~ん、仕事の内容は、リル達とあんまり変わんないかな。奴隷オークションを潰しに来たって感じ」

「……じゃあ、ボクらの味方なの?」

「味方? う~ん、それもちょっと違うかなぁ。正直君らがここにいると計画の邪魔になりますし」

「ボクらにすぐに出ていけって?」

「そうしてもらえると助かりますね。……それでも私が味方になるってことはないと思うけど」

「ルシカ! 一体どういうことなの!? ちゃんと話してよ!」

「リルさん、危ない!!」


 ドンッ、とフレスはリルを突き飛ばす。

 その瞬間、元リルのいた場所には大きな穴が出来ていた。


「大丈夫!?」

「だ、大丈夫です、おかげさまで……」


 キッとフレスがルシカを睨み付けると、ルシカはニヤリと笑みを浮かべた。


「ルシカさん。状況を整理したいんだ。少しいい?」

「ええ。少しだけね」


 ルシカがそういうと、二人に向けられていた殺気が少し和らぐ。

 少しだけ時間を得ることが出来たようだ。


「ここにいる皆はメルソーク会員なのかな?」

「あれー、どうして知ってるんですか? メルソークのこと」

「ルシカさんはメルソーク会員なの?」

「ええ。そういうことね」


(……今のは嘘だよね)


 イルアリルマを見ると、幾許か落ち着いているようだった。

 彼女もプロの端くれ。いかなる状況でも、すぐさま落ち着けるように日頃から訓練している。

 フレスが視線を向けると、イルアリルマも「嘘ですね」と呟いた。


「メルソークは奴隷オークションをやらないの?」

「貴方達が潰して回ってるとシュトレーム様が仰ってまして。ならばこちらに被害が出る前に撤退するのがいいかなって」

「へぇ。じゃあ撤退しなよ。ボクらは奴隷オークションにしか興味はないからさ」


 奴隷オークションを開催しないなら、双方にここにいる意味は無くなる。

 だがフレスは彼女の正体を解き明かさねばならない。

 彼女がこの場のメルソーク会員を操っているのは違いない。

 だが彼女の言葉の矛盾より、彼女がメルソーク会員でないことは判る。

 メルソーク主催である奴隷オークションを潰すと最初に言いながら、自らがメルソーク会員であると宣言するのは、いささかおかしい。だからこそ二人は嘘だと見破ったわけだ。

 ここでフレスはとある賭けに出ることにする。

 フレス達はすでに彼らの一部と接触している。

 もしかすれば何らかの反応が得られるかと思ったのだ。

 フレスはポツリとこう言った。


「『異端児』は大変だよね。メルソークまで操ってさ」

「…………ッ!?」


 ルシカの表情はほとんど変わらなかったが、フレスは見逃さなかった。

 少しだけ、ルシカの身体が揺れたことを。


「へぇ、やっぱりね。ダンケルクさんやフロリアさんのお仲間が絡んでたんだ。正直メルソーク会員のことなんてどうでもいいでしょ? 目的は何?」


 してやったりと、フレスがトドメを刺しに行く。

 フレスの言葉は周囲のメルソーク会員の動揺をも誘い、ガヤガヤと騒ぎ始めた。

 具体的な名前が出てきたこと、メルソーク会員達が騒ぎ出したことで観念したのか、ルシカは少し笑って口を開く。


「あ~あ、もう、ばらしちゃだめですよ~。私はただ、ここにいる人達を時計塔内に閉じ込めておきたかっただけなのに~」


 口調がざっくばらんに変わる。


「どういうことだ!?」

「だから、私はメルソークなんてどうでもいいの。だって会員じゃないですし。シュトレームを語れば、貴方方簡単に騙されてくれて、本当に楽しかったです」


 その言葉にメルソーク会員達も、自分達がこの女に騙されていたことに、ようやく気が付いた。


「シュトレーム総帥の使いを装った偽物だと……!?」

「なんたる不届き者だ……!! 許せん……!!」


 周囲の殺気は、次第にルシカへと向けられていく。


「ありゃま、これはちょっとまずいですかね?」

「どうするの、ルシカさん。逃げちゃう? 逃げられる?」

「う~ん。まあ楽勝だと思いますよ。何人いてもね。それに、任務を放る気もない。役割は果たしますから」


 そう言ってルシカは、胸元のペンダントを取り出した。


(薄羽が入ってるね……。神器だよね、あれ)


 フレスにはそのペンダントが神器であることがすぐに理解出来た。


「ねぇ、リル。私のペンダント、見える? ……って見えるわけないよね」

「……ルシカ、貴方は、一体……!?」

「だから、私はそこの小さな子が言ったように『異端児』って組織に入ってるの。この組織がもう楽しいんですよ。毎日愉快で愉快で。……大変なことも多いですけどね。それでも、貴方みたいな落ちこぼれエルフと遊んでいる時の、何倍も楽しい」

「ル、シカ……!?」


 言葉の途中から、ルシカは言葉は堰を切ったように吐き出していき、感情の洪水は濁流を生む。


「そう、そうよ、リル。貴方なんかと過ごす時間は、楽しいどころか苦痛だった。私は昔から貴方のことが好きじゃなかったですから。ハーフエルフの落ちこぼれの貴方なんて、正直どうでも良かった」

「…………!?」

「……酷過ぎるよ……ッ!!」


 余りある酷い言葉に、当のイルアリルマよりもフレスの方が怒りで一杯になっていた。

 思わず翼すら出現しそうになる。

 だがイルアリルマは、その言葉を簡単に信じることが出来ない。


「何を言ってるの、ルシカ!? 私が視力と触覚を失ったとき、貴方はずっと私に良くしてくれたじゃない!?」

「ああ、あれはね――」


 ルシカは、神器のペンダントを改めて見せつけた。



「――この神器の力で、私が貴方の感覚を奪った。それだけのことだよ?」


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