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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
351/500

光の時計塔での戦い 『アノエVSアムステリア』

 集中祝福期間 六日目。


 ―― 東地区 『水の時計塔』 act.ウェイル ――


 アムステリア達やフレスと別行動を開始したウェイルは、ラインレピア東地区『水の時計塔』へと向かっていた。

 退屈なる汽車の旅の中、ふと思い耽るのはダンケルクのこと。

 尊敬していた先輩と、よもやあのような形で再会するとは思いもしなかった。

 しかもその再会の際に、カラーコインを全て奪われてしまうという失態まで犯してしまった。

 何度思い返しても頭の痛い案件だ。


「……ダンケルクが『異端児』、か……」


 ウェイルにとって『異端児』というのは、仇の仇。

 故に直接の仇かと問われれば疑問に思うこともある。

 さりとて奴らは元『不完全』のメンバーであったことの事実で、当然のことながら許しておける存在ではない。『不完全』よりも大きな危険性だって兼ね備えている。


「ダンケルクを、俺は刺せるのか……?」


 あまり対人関係が得意でないウェイルが、プロ鑑定士協会に入って最初に仲良くなり心を許した先輩だ。

 その彼に対し、果たして自分は非情になれるのだろうか。

 そんな心配ばかりが心に募る。

 気が付けば、汽車は東地区駅へと到着していた。



 ――――

 ――



 ラインレピア東地区からは、都市部より東側にある豊な自然を望むことができる。

 ハンダウクルクス傍のハンダウル山などといった有名な山があるわけではないのだが、都市のバックにそびえる山々の織り成す景観は、見た者の口を黙らせるほど美しい。

 とても清清しく涼しい気分になれると評価されるその景観に、人々は癒しすら覚えるという。

 この景観をテーマとした作品群も、この東地区では多く誕生してきた。無論、セルクの作品の中にも、この風景をモデルにしている作品群がある。

 山の近くには、このラインレピアの運河の水源である溜め池が存在する。

 溜め池から流れる水を調整して、この運河の水を枯らさないようにしているのである。


「この辺はのどかな感じだな」


 東地区駅から近郊のメインストリートでも、中央のような喧しい賑わいは無い。

 色とりどりの煉瓦で立てられた街並みが、落ち着いた雰囲気を醸し出し、さながら避暑地ではないかと感想が漏れるほど。

 行き交う人々も、どこかおっとりとした感じである。

 このような場所で奴隷オークションが開催されるなんて、誰が予想できようか。


「さて、時計塔は、と……。ああ、あれだな」


 探す必要もないほど、時計塔は目立つ存在だ。

 太陽の光によって鐘が黄金色に輝いている。

 その荘厳とした面持ちの時計塔は、やはり見る者の口を黙らせるほどの凄い迫力だ。


「奴隷オークションの開催は夜と相場は決まっているが……。始まる前に潰す方が早いよな」


 開催されてしまえば監視や警備の目も増え、客に混乱も出てくる。芽を潰すのは早い内がいい。

 簡単な装備と、腰に差した神器『ベルグファング』を確認して、ウェイルは時計塔へと入ったのだった。







 ――●○●○●○――






 ―― 南地区 『光の時計塔』 act.アムステリア ――


「全く、一体なんなの!?」

 

 鋭い殺気の嵐を避けつつ、突然この状況に陥ったアムステリアが愚痴を漏らす。


「貴女が私にとって邪魔。それだけ」


 そのような愚痴に律儀に返事をするのは、剣を振り回す殺気の主だ。


「そんな大したことのない理由で刃物振り回されてるわけね」


 ヒュン、ヒュンと、空を切る音だけがこだまする。

 ここ、南地区『光の時計塔』では、今まさに死闘が繰り広げられていた。

 奴隷オークションの開催される筈だった会場は、すでに崩壊し、用意されていた机も椅子も、見るも無残に切り刻まれていた。

 鋭い太刀筋に、アムステリアも苦戦を強いられていた。

 足元はメルソーク会員の物とみられる血でぬかるみ、バランスを取るのも大変な状況で、身の丈よりも大きな剣が、振り下ろされてくるのだから堪ったもんじゃない。

 時折反撃に蹴りを打ち込むも、彼女の体はびくとも動じない。


「貴女、本当にタフね」

「うるさい、そっちこそ本当にすばしっこい……! いい加減当たれ」

「嫌よ。当たったら痛いじゃない」


 的を外した大剣は床を削りながら、じりじりとアムステリアを追い詰めていく。

 いつの間にやら、アムステリアは壁際へと追い詰められていた。


「これでチェックメイト。私は早く帰って寝たいんだ。あ、先に剣の整備をしてからだけど」

「……変に呑気な子ね。貴女もイドゥの拾った子かしら?」

「そんなとこかな」


 イドゥの名前を挙げても表情一つ変えない。

 ちょっとやりにくいかも、とアムステリアは密かに思っていた。


「貴女、お名前は?」

「アノエ。貴女はアムステリアって人でしょ? イドゥが言ってた」

「へぇ、なんて言ってたの?」

「要注意人物だから気をつけろって。でも、大したことないね」


 その台詞に、アムステリアの胸に冷たい炎が宿る。


「そうかしら?」

「だって、もう逃げられない。どこへ逃げても、間合いに入ってるから」


 大剣の太刀筋、振るう速さを見ても、確かに常人であればチェックメイト状態だ。


 ――だが、アムステリアは常人じゃない。


「さて、アノエちゃん。一応私は貴女の先輩だから、ここまで手を出さなかったけどさ。流石に大したことないなんて言われたら怒っちゃわうよ?」

「先輩? ああ、イドゥ言ってたね。貴女もイドゥの子だって」

「そうよー? だから忠告しておいてあげる。イドゥの言葉はもっと真剣に聞かなきゃダメ」

「……どういうこと?」


 言葉の意味が解らないのか、キョトンとするアノエ。

 対するアムステリアは、すでに反撃の準備を終えていた。


「――こういうことよ!」

 さっと隠し持っていた小瓶を地面に叩きつける。

 その瞬間、強烈な爆発が辺りを包み込んだ。


「――あっ!?」


 爆風を剣でガードするも、衝撃を受け止めきることは敵わなかったのか、アノエはそのまま吹き飛ばされる。

 

 ――ドクンッ……。


「――え……?」


 アノエがふっ飛ばされた先で受け身を取った時、身体に妙な違和感が生じた。


「な、何? これ……?」


 アノエの強靱な身体が、いつの間にか大きなダメージを受けていた。

 目に見える形の怪我じゃない。

 体の芯に響いた、体の内側からじわじわ来る、そんなダメージ。

 胸が冷たくなったように気持ち悪ささえある。


「き、気持ち、悪い……」

「気づいたかしら?」


 アノエが立ち上がる隙すら、アムステリアは与えない。

 立ち込める煙の中から、アノエに対して怒涛の蹴りを浴びてやる。

 どうしてか体が動かないアノエは、とっさに剣の腹でガードする。


「う、うぐ……!?」


 だが大剣のガードすら間に合わない。いくつかはもろに喰らってしまった。


 ガードしたそのままの体勢で、またもアノエは吹き飛ばされ、今度こそ膝を落とす。

 次第に煙が晴れていく。

 この場に立っていられたのはアムステリアだけだった。


「ど、どうして、体が……!?」

「簡単よ。私は貴女の心臓をピンポイントに攻撃した。それだけよ」

「心臓……?」


 胸のあたりを触ってみる。


「……あっ……!?」


 胸の甲冑が、凹んで、部分的に砕けているのが判った。


「アノエと言ったかしら? ほんと強靱な身体してるわね。あれだけ打ち込んでも意識を保てるなんて、凄いわよ? 流石はイドゥが拾ってきただけはあるわね」

「いつ、やったの……?」

「貴女が剣を振るってきていた時、私も反撃していたでしょ? その時よ。後、爆発の時もね。爆発に乗じて、蹴りを浴びせてやったの。判らなかった?」

「正面はガードしたはず……!」

「あら、心臓を狙うのに、何も正面からじゃなくてもいいんじゃない? 背中からでもね」


 背後を取られた。煙があったとはいえアノエには初めての経験だ。


「そもそも、どうして爆発を受けて無事なの……?」

「それは秘密♪ ああ、それと一つだけ言っておかないと」


 倒れているアノエの傍へ寄ってきたアムステリアは、耳元にそっと寄り添ったかと思うと――


「貴女、大したことはないわね。ま、もっと頑張りなさい」


 ――と、囁いてやったのだった。


 地べたに這いつくばる後輩を見下すアムステリアは、ぞっとする笑顔であった。


「まあ、別に命に支障はないと思う。少しすれば回復すると思うから、自力で帰りなさい?」

「…………」


 まさかアノエとて自分がここまで遊ばれるとは思いもしなかったのだろう。

 言葉も出せず、うつ伏せのままだった。


「さて、ここでの目的もなくなっちゃったし。帰ってウェイルといちゃいちゃしよっと」


 うんと背伸びをして、会場を後にしようとした、その時。


「――ま、待て」


 アノエのアムステリアを呼び止める声。


「あら、まだ何か用?」

「ああ、貴女のおかげで私も身の程を知った。感謝する」

「先輩としてそこまで言ってもらえると、ちょっと嬉しいわね。それで?」

「だけど、このまま貴女を帰してしまうわけにはいかない。貴女を放っておくと、いずれイドゥの計画に支障が出る」

「イドゥの計画? それってもしかして『三種の神器』とかに関係する?」

「そうさ。イドゥが貴女を要注意人物として挙げた意味がよく判った。だからこそ、放っては置けない……!!」


 剣を杖代わりにして、ゆっくりとだがアノエは立ち上がる。

 アムステリアも、その姿をじっと見守っていた。


「貴女じゃ、私には勝てないわよ?」

「そんなことはない。私だって、『命』を賭せば、貴女と互角になれる」


 アノエの瞳、それは真剣そのものだった。

 何かの覚悟を決めている、そんな目だ。


「イドゥの為なら、この命、惜しくはない……!!」

「何がそこまで貴女を……?」

「イドゥがいてくれなければ、この世界に用など無かった。いつもいつも世界は、贋作の栄光ばかりに脚光を浴びせる。私はそれが気に食わない」

「……ッ!?」


 アノエの迫力のせいで気が付くのが遅れたが、彼女の持つ大剣からは尋常ではない魔力が溢れ出していた。


「妖刀『死神半月(ルナ・スペクター)』よ、私の魔力をくれてやる……ッ! 足りない分は、奴から貰い受けろ……ッ!!」


 漆黒のオーラが、黒塗りの剣を、さらに闇へと染めていく。

 持ち主たるアノエからも魔力を吸わんとするその姿は、さながら魔物。


「貴女、命を懸けて!?」

「イドゥにとっての邪魔ものなら、私にとっては仇敵……ッ!! 貴女の魔力、全部貰い受ける……!!」

「……くっ、ちょっと、これまずいわね……!! 急がないと……命が……ッ!!」

「今更遅い……!! うおおおおおおおおッ!!!!!」


 立ち上がる力すら残ってはいないはずのアノエが、咆哮と共に剣を担ぐ。

 闇に染まった大剣を手に、アムステリアへと切りかかった。


「仕方ないわね……さ、来なさい」

「――貰い受ける……!!」

「ええ、あげるわよ。貴女の分までね」

「…………え……っ……?」


 スッと、刃は時空を切り裂くがごとく、何の抵抗も感じぬまま、アムステリアの身体へと突き刺さった。


「欲張りな神器なこと。でも、私なら満足させてあげられる。だから、この子の魔力まではとらなくていいんじゃない?」


 不思議な光景だった。

 黒き剣に貫かれているはずのアムステリアは、苦悶の表情を浮かべるどころか、平然と、むしろ穏やかな表情を浮かべていたからだ。

 アムステリアの言葉に甘えるかのように、剣は闇を霧散させていく。


「この子が……この剣が、大人しい……!?」


 体力を使い果たしたアノエも、その光景に倒れることすら忘れて見惚れていた。


「さ、もういいでしょ?」


 そういうと、アムステリアは体に突き刺さった大剣を、スッと引き抜いた。

 そのままアノエの方へと投げてやる。


「ど、どうして、どうして貴お前は無事なんだ!?」


 信じられないのだろう。アノエが声と言葉遣いを荒げる。


「無事、ってほどじゃないわよ。常人なら一瞬であの世行だわ」

「お前は、違うのか!?」

「ええ。私は不死身だから。あれだけの剣が突き刺さっていたのよ? 痛かったに決まってるじゃない。でもね。私はもっと痛い思いをしてきたから」


 思い浮かぶのは、大切な妹の事。


「私の身体は傷ついてもすぐに再生するの。爆発を耐えたのもその力のおかげだし、貴女の剣の傷だって、ほら、もうほとんど治っている」


 胸をはだけてみせると、傷口は少しばかり痕になっているくらいで、ほとんど完璧に治っていた。


「でも、痛かったんだろ……? どうして避けなかった?」


 フラフラ状態のアノエの斬撃だ。避けることなど容易い筈。


「貴女を守る為よ」


 解せないといった表情のアノエに対し、アムステリアはあっけらかんと言い放った。


「貴女、自分の魔力を全て剣に差し出そうとしていたじゃない? それじゃ貴女は死んでしまう。だからその剣に貴女の魔力の分を、私の魔力で補ったってわけ。私、魔力も無限に湧いてくるみたいだから。尤も私は魔力のコントロールは出来ないのだけれど」


 トントンと胸を叩く。

 神器『無限龍心(ドラゴン・ハート)』がある限り、アムステリアに死が訪れることはない。


「そんな……。何故私を助けた……? 私は敵だろう……!?」

「敵なの? 私は奴隷オークションを潰しに来て、偶然先に奴隷オークションを潰していた貴女と鉢遭っただけだもの。敵か味方かなんて判んないわ? ま、それは建前としてね」


 彼女が『異端児』であることは容易に想像できた。

 ウェイル達や自分達が拾ってきた情報から、『異端児』達がこの都市で何かをやらかそうとしているのは判っていたからだ。

 でも、とアムステリアはいう。


「本音を言えば、イドゥに悲しんで欲しくなかったから。一応敵同士ってことになるのでしょうけど、イドゥは私にとっても恩人だから。今でも感謝しているのよ。そして貴女は私の後輩。可愛くないわけがないもの。助けられるものなら助けてあげたいわよ」

「…………」


 それを聞いて、もうアノエは無言だった。

 意識があるのかは定かではないけれど、アムステリアは最後にこう説いてやった。


「この世界は確かに理不尽なことばかり。でもね、この世界は案外捨てたもんじゃないの。大切なモノは、結構身近なところに転がっているのだから」


 私にとってはウェイルだけど、と口ずさんで、アムステリアは時計塔から姿を消した。

 アムステリアがいなくなったことで糸が切れたのか、その場に崩れ落ちてしまう。


「…………大切な、モノ……」


 壁に背持たれて、天井を仰ぎ、そう呟いた。

 目を瞑ると、イドゥやリーダー達の顔が思い浮かぶ。

 安心できる顔が一通り脳裏をよぎったところで、アノエは意識を失った。

 


 



 ――●○●○●○――






「あー、あー、アノエってば酷いやられ様だね~」


 壁にも持たれて眠りこくるアノエの頬っぺたを、ツンツン突く者がいた。


「こうしてみると、アノエって結構可愛いんだよね~」


 えい、えい、とお構いなしに突きまわるのは、こんな時でもメイド服を欠かさないフロリアであった。


「しかしルミナスのお姉ちゃん、アノエまでこんなにしちゃうなんて……。怒らせるとどうなるんだろうな~」


 一度共闘したことがあるが、彼女の強さは桁外れであった。


「イドゥの奴、こうなることが判ってたのかな? 私の任務はアノエを回収することだって言ってたし……」


 う~んとひとしきり考えても、どの道答えは判らないので、フロリアはさっさとアノエの腕を掴むと、そのまま背負って時計塔を後にしたのだった。



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