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突入

　通路の奥に進むと大きな扉があった。

「……ここだね」

「アムステリア、出来るだけ参加者を逃がすな。いくらサグマール達がいるとはいえ、な」

「了解。任せておいて」

　正直な話、サグマール達だけでは心許ない。

　アムステリアも意図を察して頷いてくれた。

「フレスは俺に続け」

「うん。援護するよ！」

「気、引き締めろよ！」

　そう言うとウェイルは短剣を構えながら、扉を開けた。

　そして広がる大ホールに向けて高らかに宣言した。

「プロ鑑定士協会だ!!　ここにいる全員を違法品取引禁止法違反で逮捕する!!」

　ウェイルの声が会場に響き渡り、何事かと参加者はウェイルへと注目する。

　会場はオークションの真っ最中だった。

　真珠胎児が壇上に上げられ、参加者が自分の番号札を上げ入札を行っていた。

　なんとも不愉快な光景だ。怒りが込みあがって来る。

　だが今はそんな感傷に浸っている場合でない。すぐさま武装兵が襲い掛かってきた。

「はぁっ!!」

　続いて部屋に入ったフレスが両手を前に突き出した。

　その両手からは光と共に大きなツララが出現し、武装兵目掛けて打ち放たれた。

　ウェイルも氷の刃を構えながら牽制し、敵の隙を見てフレスと共に部屋の奥、真珠胎児のある壇上へと駆け出した。首謀者はその近くにいるに違いない。

　突然の乱入者に富豪達の間にも喧騒が広がった。

　至る所から『見つかった！』、『逃げろ!!』と悲鳴が上がる。

　もちろん逃がすつもりはない。予想通り富豪たちが束になって入り口へ殺到する。

　そこには仁王立ちしたアムステリアがいた。

「ささ、お客さん。こちらへどう、ぞっ!!」

　アムステリア自慢の蹴りが群がる富豪達に浴びせられた。その蹴りは狙いすましたかのように――いや、実際狙っているのだろうが――必ず後頭部へとヒットし、次々と気絶した者の山を作っていた。

「皆様、落ち着いてください。侵入者は我々が排除いたします」

　司会だろうか。淡々とした事務的な声が会場に響く。

　だがその間にも、逃げ出す者はアムステリアに、武装兵やボディガード達はウェイルとフレスにやられていた。

　客の不満がついに爆発したらしい。客の一部が司会の男に攻め寄っていた。

「どういうことだ!?　安全で確実に違法品が手に入るというから来たというのに!!」

「運営、早く何とかしろ!!　相手はたったの三人だぞ!!」

「我々が逮捕されたらどう責任を取るんだ!!」

　――何とも醜い集団だ。大体違法品が安全に手に入る訳がない。

　そして自分が危なくなったら、即他人の責任。馬鹿らしいにもほどがある。ウェイルは心底呆れた。

　だが次の瞬間に、それは驚愕へと変わる。参加者の悲鳴が聞こえてきたからだ。

「うぎゃあああああっ!!」

「ごふっ!!」

「バキッヌチャッ!!」

　明らかにおかしい音が響き渡り、その中心には一人の男が立っていた。司会の男だ。

「下手に出てりゃいい気になりやがって……。お前ら、全員殺してやろうか!?」

　司会の男は言いがかりをつけていた客の心臓をえぐりだしていた。

　見ると男の爪が剣のように伸びている。

「あの殺し方、まさか!!!」

　サグマールは言っていた。バルハーは目と心臓をえぐられて殺されたと――

　――そして犯人は『不完全』に違いないと……!!

「あの男――『不完全』か!!」

　ウェイルは圧倒的な怒気を孕む叫び声を上げた。

　気がつけば身体が勝手に動いていた。あの司会がイレイズの言っていた仲間だ。

「『不完全』(アンパーフェクト)……!!!!」

　頭に血が昇ったウェイルは咆哮と共に氷の刃を司会に向けて振り下ろした。

　だがその男は瞬きひとつせず逃げることもしようとはしない。まるで自分が狙われている自覚がないかのように。

　――キィィィィンッ!!

　刃が何かに弾かれた音が響く。

「――なっ！」

　確かにウェイルの間合いに入ったはずだ。しかし氷の刃はその司会には届かなかった。

　その寸前で司会ではない他の何者かに止められたのだ。剣や盾なんかではなく、なんと素手で。

「――大丈夫かい？　ルシャブテ」

「ああ、問題ない。こいつか。サスデルセルでバルハーを摘発した鑑定士ってのは」

　ルシャブテと呼ばれた男がこちらに含みある笑みを向けた。

　なんて顔だ。たった今三人を殺したばかりというのに、それが当たり前というような表情をしている。

　そして剣を素手で止めた男。それは――

「――イレイズ!!!」

　イレイズを睨む。出来れば戦いたくはない。

　でもお互いに分かっていた。戦わざるを得ないことに。

「この男は私が相手をします。君は――」

「あの女だろ？　あの蹴り、アムステリアだな。久々に楽しくなりそうだ」

　――このルシャブテという男、狂っている。イレイズはいつもこんな奴と一緒に居るのか？

「アムステリア、気をつけろ!!　そっちに危ない男が行った！」

「他人を気遣う余裕があるとは、流石ウェイルさんですね？」

　イレイズの拳が顔をかすった。その隙をつき反撃にと氷の刃で殴ってきた方の腕を切りつけた。　

　――ガキィィイイインンン!!!

　弾かれる音に違和感を覚えつつ一度刃を引き、再度切り込む。

　だがまたしても素手で弾かれた。

「くっ……、どういうことだ!!」

　たとえ腕に鉄が仕込んであったとしても、神器である氷の刃なら切れるはずだ。何故か硬すぎて弾かれてしまう。おかしい。腕を切りとばす勢いで切りつけているというのに！

「クソ！　ダイヤモンドでも入っているのか!?」

　冗談みたいな例えだが、それを聞いたイレイズは、

「そうですよ？　ダイヤモンドです。よく分かりましたね？」

　と、すまし顔で答えた。

「ふざけるな、そんなに大きいダイヤがあるわけがないだろう!!」

「それがあるんですよ。ここに、ね」

　丁度ウェイルの剣撃がイレイズの服の袖を切り裂いた。イレイズの腕が露わになる。

「ば、馬鹿な……」

「お分かり頂けましたか？　これがダイヤです。普通のダイヤとは違う特別製ですけどね」

　イレイズの腕には煌くダイヤモンドが付いていた。

　いやそうじゃない。これは――

　――イレイズの腕自体がダイヤモンドになっていたのだ。