プロ鑑定士協会の闇
「ダンケルクはな。プロ鑑定士協会に裏切られた男だ」
「プロ鑑定士協会に、裏切られた……?」
その言葉の意味を、フレスは理解できていなかった。
それもそのはず、自分の属する大組織が、そんな悪しき行為するわけないと思っているからだ。
当然、当時のダンケルクだって、そう思っていたはずだ。
「ダンケルクは最高の腕を持つ鑑定士だった。レイアほど、というのは難しいが、少なくとも俺以上の実力があったのは確かだ」
「ウェイル以上かぁ……、っていうかレイアさんって、凄いんだね……」
「レイアは特別だからな。だが鑑定品のジャンルによってはダンケルクの方が秀でていた。そんなダンケルクは、俺達からすれば優秀な兄貴分だったんだ」
ウェイルは、何とも複雑げな顔をして、ベッドに身を投げた。
「……俺はやっぱり運が悪い。あの時、俺がダンケルクの傍にいることが出来たら……」
「ウェイルって、巻き込まれ体質だからね。仕方ないんじゃない?」
「……本当に運が悪いな」
「ま、その件に関してはお互い様よね」
アムステリアも、珍しく神妙な顔で、ウェイルと顔を見合わせている。
「ウェイル! 感傷に浸ってないで、続き教えてよ!」
中途半端に話されては気になって仕方ないと、フレスはウェイルにしがみつく。
その光景に、微妙にアムステリアから殺気を感じたが、ウェイルは構わず続けることにした。
「ダンケルクは優秀だった。常に冷静で、完璧とも言える鑑定をこなし、贋作士絡みの事件には自ら進んで飛び込んだ。奴は腕っぷしも強くてな」
「今のウェイルみたいだね」
無駄に事件に介入しようとする姿勢は、確かに今のウェイルそっくりだ。
「ダンケルクの影響かもな。ダンケルクは神器についての知識も豊富だったから、強力な神器を使いこなして事件を解決していた。俺も何度かダンケルクについていったことがあるが、ダンケルクの推理力や戦闘能力に舌を巻いたもんだ。気が付けば犯人を特定して、パパッと事件を解決している。そんなダンケルクは俺の憧れでもあり、目標でもあった。兄貴分だったんだ」
「ウェイルの憧れの人、だったんだ……」
ウェイルにそこまで言わせる人物がいたということ自体が、フレスには驚きだった。
「凄く才能のあった人だったんだね」
「ああ。だがな、才能があるということは、ある意味じゃ危ういんだ。その危うさがダンケルクを襲った。実力も才能もない、部屋に籠ってばかりのプロ鑑定士の連中らは、ダンケルクのことが眩しくて眩しくて仕方がなかったんだろ。数人が手を組んで、ダンケルクを嵌めようと企んだんだ」
「仲間を、嵌めたの……? そんなの嘘だよ。プロは皆、凄い人達で、立派な鑑定士ばかりのはずだよ。だって、試験はあんなに厳しいのに……」
「お前がそう思ってくれることは、プロとして本当に嬉しいことだ。だがな、現実は違う。プロになったことに天狗になり、与えられた環境に甘えきった連中は、協会内にはごまんといる。考えてもみろ。『不完全』絡みの事件が起きた時、実際の行動したのはどれほどにいる? イレイズの事件の時も、まともに動いていたのは、全体の半分程度だ。競売禁止措置が出ているというのに、我関せずと部屋に籠っていた鑑定士がどれほどいると思う?」
クルパーカーの事件の時、多くの鑑定士が事件解決の為に尽力していたことを、フレスは知っている。
リベアの事件の時もそう。
だが思い返せば、どちらの事件も同じ顔ばかり見ていた気がする。
「プロ鑑定士として積極的に活動を行っているのは、実際は全体の半分程度なんだよ」
「……そうなんだ……。ボク、プロはみんな凄い人達ばかりだと思っていたのに……」
「フレス、プロが凄い、というのは間違っている。プロになって、何かを為した人だけが凄いと言える人達なんだ。そこを間違うな。フレスはどっちになりたい?」
「……ボク、何かを為したい。ウェイルについていって、何かを得たいよ……!」
「そう思ってくれてるなら、お前は立派な鑑定士だよ」
本当に、自分には勿体無い程の、よく出来た弟子だ。
「話を戻そうか。ある日、セルクの作品が、プロ鑑定士協会に持ち込まれたんだ。セルクナンバー 114 『荒ぶ嵐に抗う一輪』。この作品は、ダンケルクがメインとなって鑑定することになった。助手に付いたのは、ダンケルクを嫌う鑑定士達だった。ダンケルクの鑑定はあまりにも手際が良い。作品を見るや否や、すぐさま本物である証拠をいくつも見つけ出し、公式鑑定結果を出した。誰が見ても、文句のつけようのない、素晴らしい鑑定だった」
「完璧な鑑定だったのに、どうやって嵌められたの?」
「問題はこの後だ。鑑定を終えたダンケルクは、その鑑定結果を助手に預けたんだ。それがダンケルクにとっての人生最大のミスだ。助手らは、ダンケルクから鑑定結果を手に入れた後、そのセルクの作品を、過去に押収した『不完全』が作った贋作とすり替え、本物をダンケルクの部屋に隠したんだ」
「……どういうことなの……!?」
「セルクの作品を鑑定結果と共に持ち主に返した時に、助手の一人が言った。この作品はおかしいと。ダンケルクもその言葉の意味がすぐに判った。何せ鑑定結果を出した作品とは全くの別物が目の前にあったからだ。粗悪な贋作だとすぐに気づいたわけだ。その事態にプロ鑑定士協会はすぐさまダンケルク達の事情聴取を行った。その際、ダンケルクは自分の鑑定結果は完璧だ、本物は必ずある。誰かがすり替えたのだと熱弁した。その事情聴取を踏まえ、プロ鑑定士協会はセルクの作品の本物を捜索したんだ」
「……それで見つかったのがダンケルクさんの部屋だったってこと……?」
「ああ、そういうことだ。ダンケルクはセルクの作品を盗んだとして、治安局に連行されることになったんだ」
「酷いよ! そんなのって!! ダンケルクさんは全然悪くないじゃないか!!」
「ああ。ダンケルクは悪くない。俺はその時、別の鑑定をしていて、事情を全く知らなかったんだが、話を聞いてすぐにダンケルクの仕業じゃないと思った」
「実際、私とウェイル、他にもダンケルクをよく知る人物は、ダンケルクの仕業じゃないと信じて、すぐに真相を改めようとした。でも、その助手達の妨害にあってね。中々真実を突き止められないでいた。そうこうしているうちに、ダンケルクは裁きを受けることになったのよ」
「そんな……!! 酷過ぎるよ……!!」
過去の話とはいえ、プロ鑑定士に尊敬の念を抱いているフレスにこの話をするのは辛かった。
だが、彼女ももう立派なプロ。
ならばプロ鑑定士協会の抱えている闇を、しっかりと受け止めなければならない。
「ダンケルクが犯したのは、プロ鑑定士が最もしてはならない作品のすり替え。信用を大きく失墜させるこの行為は、プロ鑑定士が行った場合、終身刑が言い渡されるの。ダンケルクは裁判で何度も自らの罪を否定していたけど、彼を犯人だと信じてやまない協会上部や、助手らの根回しによって、判決は終身刑となった。私達は、真相を突き止めるのが遅かったのよ」
「真相が全て判ったのは、ダンケルクが牢へ入れられる日。その日はまだ、一時留置と言うことでダンケルクは裁判所にいたんだ。俺達は真相を突き止めたことをダンケルクに報告しに行ったんだ。新たな証拠の提出で裁判の判決は変わる。これでダンケルクは無罪になると、そう信じてな。だがな……」
ウェイルはここまで話すと頭を垂れた。
口にするのも思い出すのも嫌な記憶なのだろうか、代わりにアムステリアが教えてくれた。
「そこで私達が見たのはね。彼の裁判に関わった全ての関係者の、見るも無残な姿だったわ。私達が彼と再会した時、彼の姿は血塗れだった」
「それ、ダンケルクさんがやったの……?」
「そう。さっきウェイルも言っていたけど、彼は神器の扱いに関しては協会でもトップクラスなの。どこから手に入れたかは知らないけれど、彼は背中に二本の剣を背負っていた。その剣は神器『相愛剣』。プロ鑑定士協会にあった神器のを、誰かが彼に渡したのかしら。彼はそれを使って、裁判所を処刑場に変えた」
「……そんな……」
「気持ちは判らなくもないさ……。俺だってダンケルクと同じ立場になったら、何をしでかすか判らない」
「違う! ウェイルはそんなことしないよ! それにもしウェイルがそんなことになったら、ボクが助けるもん! ウェイルはボクが助けに来るのを、絶対に待ってるもん!」
見るとフレスは涙ぐんでいた。
フレス程、人間らしい感情を持つ龍は他にいないだろう。
いや、フレスは人間以上に人間だ。
「ああ、そうだな。でも、ダンケルクにはフレスはいなかった。だからあんなことをしたんだよ」
「私達は彼の姿を見て、何の言葉も掛けられなかった。彼がどこかへ行く様を、黙ってみていることしか出来なかった」
「ダンケルクとすれ違った時、俺は言われたんだ。『ありがとな、でも、もう遅い』って。言葉も出なかったよ。俺達の実力のなさが、ダンケルクを追い込んだんだ」
ダンケルクの過去を聞き、新米プロ鑑定士のフレスとイルアリルマも、言葉を失っていた。
自分達が信頼している組織が、過去にそんな不祥事を起こしていたと知るのは、とてもショックの大きいことだろう。
「ダンケルクさんを嵌めた奴って、どうなったの?」
「証拠を突き詰めても、口を割らなかったの。だから、私が身体に聞いたの」
アムステリアがそう言うのだから、それはそれはおぞましい光景が広がったに違いない。
「あのクズ共は結局終身刑となって投獄されたよ。獄中で不可解な死に方をしたんだがな。体の内部から爆発が起こったかのようにバラバラになっていたんだから。おそらく、ダンケルクの仕業だろう」
その連中の死を最後に、プロ鑑定士協会はこの事件に関する調査の一切をストップさせた。
無実の人間を疑い、追い詰めたという事実を、協会としても隠したいだろうし、何より姿を消したダンケルクを、これ以上追い詰めることを不憫と思ったからだ。
以前治安局の指名手配は続いているものの、プロ鑑定士協会の名簿には、未だ例外として彼の名が残っている。
名簿から削除すると言う提案も出されたが、それらを全てサグマールが阻止したという。
サグマールは今も信じているのかも知れない。
いつか彼が罪を償う為に帰ってくることを。