Act.アムステリア 奴隷オークションをぶっ潰せ
――集中祝福期間 三日目 午前。
ウェイル達より一足早くラインレピアに入っていた二名、アムステリアとイルアリルマは、秘密結社メルソーク主導の元、北の火の時計塔にて開催されるという奴隷オークションに潜入していた。
「――うらああああららららあああああッ!!」
大きな怒声を上げながら、アムステリアは自慢の美脚を周囲に見せつけていた。
「な、何なんだ、この女は!? 強すぎる!?」
「私が強すぎるんじゃなくて……いや、私は確かに強すぎるけど……貴方達が弱すぎるのよ!!」
「ぐわぁあッ!?」
「……ちょっと可哀そうに見えてきました。私見えませんけど」
悲鳴だけでも十分伝わる、鬼畜染みたアムステリアの足技。
「あはは! もっと手ごたえのある奴はいないかしら!」
「手じゃなくて、足ですけどね」
鬼神の如き蹴りを浴びせ続けながら、アムステリアとイルアリルマは、時計塔の地下を目指して進んでいく。
「あ、あの~、そこの階段の所にも敵の気配がありますよ?」
不意に感じた殺気と恐怖心。
イルアリルマの察覚に掛かれば、身を隠すことなど不可能だ。
「了解! 壁越しに隠れているなら、その壁ごとブッ飛ばす!! うおりゃああああ!!」
「ひ、ひぃ!? 壁が粉々に!?」
「み~つけた。覚悟はいいかしら?」
「ふぎゃあああああああ!!」
「……本当に可哀そうですね……」
イルアリルマが敵を感知し、そこへアムステリアが粛清へ向かう。
各々得意分野を生かして、効率的に敵の巣窟をドシドシと進んでいった。
「あ、たくさんの気配! たぶん、奴隷にされた人達がいるんだと思います」
地下三階へ降りたところで、イルアリルマの察覚は大きく反応を示した。
部屋は上の階と同じならば七つあるはず。そのうちのどこかに奴隷にされた人達が集められているはず。
「どこの部屋かしら?」
とりあえず手頃な部屋に入ってみるも、中は空っぽ。
「アムステリアさん。気配はこの辺にありますよ。多分この部屋に間違いないです」
「でもこの部屋には入口以外の扉は無いけれど?」
見渡してみても、扉らしい扉はない。
「隠し扉とかになっているんじゃないです? この壁の奥から気配を感じますけど」
「本棚があるわね。怪しそうなカーテンも……。……ええい、面倒だわ! まとめてブッ飛ばす!!」
「あ、あの~、アムステリアさん? 奥にいる人達には被害を出さないでくださいね?」
「加減するのは難しいわね……。努力するわ!」
「お願いしますね。――――って、本当に努力する気あるんですかぁ!?!?」
ズゴーンッ!! と大きな音を立てて、壁が粉々に砕け散った。
それはさながら鉄球スリングのような勢い。
あの華奢の足から、どうやってこの威力が出せるのか、先程からリルの疑問は尽きない。
「ちょっとアムステリアさん! 努力してくださいってば! 奥に人がいたら死んじゃいますって!!」
「してるってば。どう? 中の人達に怪我は?」
壁を破壊すると、奥には隠れた小部屋が。
そしてそこにはたくさんの奴隷にされた人達が閉じ込められていた。
「怪我してる人、いますー?」
突然壁が崩れて、二人の怪しそうな(一人は凶悪そうな)女が入ってきたのだ。
アムステリアの姿を見て、とても味方とは思えないだろうし、ここでおずおずと手を上げる奴隷達もいない。
「ほら、いないって」
「アムステリアさんにビビっただけじゃないんですか……?」
「いいから、次行くわよ。ほら、アンタ達も呆けてないで、さっさと脱出しなさい。私達は奴隷オークションをぶっ潰しにきたんだから」
――こうして一つ目の奴隷オークションをぶっ潰した二人は、その日の午後には、もっとも大きな会場であるセントラル地区の時計塔、通称『時の時計塔』へとやってきていた。
先程の要領と同じく、イルアリルマが敵を探知、それをアムステリアがぶっ潰すという流れで進んでいたのだが、こっちの時計塔は、どうしてか敵の数が少なかった。
何事かと、アムステリア達は姿を隠して、周囲の様子を窺う。
そこへイルアリルマの超人的聴覚が、敵の会話をキャッチした。
「アムステリアさん、メルソークの奴ら、何か変なこと話してますよ」
「変なこと? 一体何かしら。敵の数が少ないってのも関係あるのかしらね。是非話の内容を聞きたいわね」
「あ、敵が何か話します。なら私、これから聞く会話を一言一句違わずに喋りますから、何か気づいたことがあれば仰ってください」
「判ったわ」
イルアリルマは耳に神経を集中させ、異常に発達した聴覚を用いて、敵の様子を窺った。
すると壁越しの敵連中の会話がはっきりと聞こえてくる。
通訳する要領で、そのままイルアリルマも彼らの台詞を読んだのだ。
『聞いたか? 先程何者かが『火の時計塔』を襲撃したらしい。会員にも多数被害が出たと聞く』
『奴隷オークションを嗅ぎつけた治安局じゃないのか?』
『いや、それがどうも違うらしくてな。話じゃ女が二人だけで乗り込んできたとか』
『おいおい、何の冗談だ。女二人で神器を持つ我らメルソーク会員に勝てるとでもいうのか?』
『信じられんだろうが、それが本当だと。実際治安局員のメルソークメンバーに問い合わせると、治安局は全く知らないとのことだ』
『……本当に女二人だけでやったことだとしたら、そいつはもしかしたら神獣かもな……。まさかオークとかゴブリンとか!?』
『そんな不細工な神獣にやられたなんて、やられた奴も馬鹿だよなぁ』
「私がゴブリンですって!? 不細工!? ……今言った奴、後で殺す……」
(わわわ、殺気が激しすぎてアムステリアさんの顔を直視できない!?)
人間に察覚がないのが救いだ。もしあればこの鋭すぎるアムステリアの殺気に気付かれるところだ。
『冗談言っている場合じゃないだろう!? もし次にここが狙われて、奴隷達も解放されると計画が進行できん。流石に二か所同時に穴を開けるわけにはいかん』
『そうか。まあそれならそれで別にいいさ。どのみち総帥の思惑通りになる』
『……そうなのか!?』
『ああ、心配するな。大勢の人間がいないと魔力不足で失敗するだろうが、それは奴隷じゃなくても別にいいんだからな。そもそも人を大勢集めるために『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』を開催したようなもんなんだから。人さえいればいいのさ』
『イベントに来た人間を無理やり時計塔に押し込めってことか』
『無理やりする必要もない。もっといい方法があるだろう。まあこれはお前への宿題ってことで』
「……あ、男が一人出ていきましたね。部屋に残っているのはアムステリアさんをゴブリン呼ばわりした奴です」
「よし、判った。そいつを殺そう」
躊躇のなさすぎる返事である。
「ちょっと!? そうじゃなくて、そいつからもっと詳しい情報を聞き出しましょう!? あいつ等、最後にちょっと気になる事言ってたでしょ!?」
「大丈夫。殺す前に情報を絞ればいいんだから。行ってくるわね」
「あ、ちょっと待ってください! 今その部屋には敵が数名入ってきて――……って、もういない……」
アムステリアの行動は逐一早い。その腰の軽さが彼女の長所であるが、慎重さに掛けるという短所にもなる。
「……あ、もう全員倒してる……。早すぎですよ……」
……余りある強さのせいで、短所すら霞んでいるが。
――●○●○●○――
それからアムステリア達は、部屋に残った男から情報を絞りに絞り上げた。
男は案外簡単に口を割って、彼女達が欲している情報以上のことを喋ってくれた。
とあるキーワードが出た時、イルアリルマはあまりにも突拍子のない言葉に当初耳を疑い、唖然としていたが、対するアムステリアの方は、ニヤリと唇を釣り上げていた。
「へぇ、『三種の神器』ねぇ。良い話を聞かせてもらったわ。お礼に、貴方の命は残しておいてあげる。さ、リル、行くわよ」
「あ……はい……」
未だに信じられないと言ったご様子のイルアリルマを引きずりながら、アムステリア達は時計塔から外に出た。
イドゥとティアが情報を求めてここへやってきたのは、この三時間後のことであった。
「ウェイルへの土産話が出来て良かったわ。この話、絶対に興味を持つだろうし」
「え? ウェイルさん、来てるんですか!?」
「これから来るのよ。ウェイルのことだもの。何せウェイルだもんね」
「どういう意味か分からないんですが……」
「その内判るわよ。ウェイルはね、事件が起これば、いつの間にか事件の中心に入り込んでいる、『巻き込まれ体質』なんだから」
女の感というものは、本当によく当たる。アムステリアの感であれば尚のこと。