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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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フレスとの賭け、ウェイルの責任


「…………」

「…………」


 無言の二人が宿の一室に帰ってきたのは、その日の午後十時前。

 ダンケルクとの事件後、三人はイベント運営本部へと足を急がせた。

 どうしてかルーフィエを運営本部に入れまいとするスタッフ連中を押し切って部屋に乱入すると、すぐさま金庫を改める。

 その時のルーフィエの表情は、見るに堪えないほどの落胆ぶりであった。

 そう、金庫の中身はウェイルの悪い予感通り、何も入ってはいなかったのだ。


 ――違和感は多々あった。


 まずどうしてここのスタッフは、関係者兼筆頭スポンサーであるはずのルーフィエの本部入場を拒んだのか。

 VIP扱いされているはずなのにである。

 その他にも違和感はある。

 スタッフのルーフィエらを見る視線、誰もいたわる声を掛けてこない、警備員の謝罪もない等、明らかに自分達の過失であるにも関わらず、誰もが平然としていたこともその一例だ。

 中でも特筆しておかしいことは、金庫のある部屋には役員が全員集まっていて、その誰もが何を訊ねてもその口を固く閉ざしたままであったと言うこと。

 もしウェイルの推測通り、先程の『異端児』の二人が硬貨を無理やり奪ったのであれば、彼らが気づかぬはずもない。

 ましてやこの場にいる全員が無傷でいるという事実が、不可解にもほどがある。

 本来ならば硬貨を守ろうと、またそんなことをしなくても気性の荒いルシャブテがいるのだ、無差別に攻撃を仕掛けてもおかしくはないはず。

 それなのにも関わらず、被害に遭ったのはルーフィエのカラーコインだけというのは、いささか状況に無理がある。


 そんなわけで兎にも角にも、事件現場はおかしいことだらけであった。


 結局、盗難事件ということで、ここは治安局に登場してもらい、ルーフィエとウェイル達も事情聴取に参加したのだ。

 即売会で盗まれた一枚ならまだしも、カラーコインの全てを失ってしまったルーフィエは、流石に落ち込み、今は宿の自室に一人籠っている。

 あの落胆ぷりは、彼の護衛役を務めたウェイルの心に深く突き刺さるほどで、彼がこのままショックのあまりやけを起こさないかと心配すらさせるほど。


「……ルーフェエさんに申し訳ないことしちゃったね……」


 沈黙を破り、ぼそりと呟くフレス。


「……ああ、俺達がついていながらな……」


 昨日まではあれほど忙しかったというのに、唐突に出来てしまった暇な時間に、二人は再びしばし沈黙したまま過ごしていた。


「……ルーフィエさん、元気出して欲しいね」

「……ああ」


(…………ボクはウェイルにも元気を出して欲しいよ……)


 目の前で硬貨を奪われ、さらに自分の先輩が敵に回っていた。

 ルーフィエの受けたショックと同等かそれ以上に、ウェイルだってショックを受けているに違いない。

 何せ机の上に置きっぱなしの『セルク・ブログ』も、今のウェイルには興味の対象にすらならない。

 あの一見クールに見えて、実は好奇心の塊であるウェイルがである。

 その姿が、フレスには心配でならなかった。

 フレスがそんな心配をしているなんて露知らず、ウェイルはベッドに身を投げて、ぼんやりと天井を眺めていた。


(ボクが、ボクがウェイルを勇気づけなきゃ。じゃないと何も始まらないよ……!!)


 そんなウェイルの姿と重苦しい空気を見かねてか、フレスは「よしっ!」と声をあげると、ウェイルの方へとやってくる。


「ね、気分転換にさ、リグラスホールデムでもしようよ!」


 ゴソゴソとウェイルのバッグを漁って、トランプを取り出したフレス。


「……トランプか。……すまんが、今はそんな気分には――」

「ダメ! ウェイルは気分転換しないとダメなの!」


 断ろうとしたウェイルの言葉を、フレスが遮る。


「だから気分じゃないって」

「ダメったらダメ! ほら! ボクがシャッフルするから、準備して!!」


 珍しく、フレスの語気が荒い。やけに強引だ。


「判ったよ……やればいいんだろ。だけど、一度だけな」

「うん!」


 こうなったフレスは妙に頑固。

 強い口調に、ウェイルもやれやれと諦めて、フレスに向き直る。

 その表情は、どこか真剣だった。

 フレスは場にカードを五枚並べて、手札を二枚にウェイルに渡してきた。


「ボクがディーラーする。どうする? ベットする? フォールドする?」

「…………う~ん、まずはベットか。…………そういえば何を賭けるんだ?」


 唐突にゲームを始めたもんだから、賭け対象を決めていない。


「お前も給料をもらってるわけだし、ここは金でも――」


「――賭けるものはカラーコインだよ」


「……何だって……!?」


 賭けの対象を聞いて、思わず耳を疑った。

 フレスの顔を見る。

 彼女の目は本気だった。


「どういう意味――」

「さあ、コミュニティーカードをオープンするよ!」


 開かれたのは♦のA、♠もK、♥の4。

 ウェイルの手札は♥のKと♣の4。


「ボクはこの手札でオールインする。賭けるものは、奪われたカラーコイン、全部だよ!」

「だからフレス、一体どういうことだ!?」

「ボクらには責任がある。ルーフィエさんの大切なものを、目の前で奪われちゃったんだから。鑑定士として責任を果たさないといけない。だからウェイルも賭けて。負けたら、賭けたカラーコインを取り返す! その賭けに!」

「フレス……」


 今、ウェイルの目には、フレスの存在があまりにも大きく見えた。

 自分の弟子は、どうしてこうも、いつもいつも驚くようなことばかりを言ってくれるのだろうかと。

 自分を勇気づけようと、発起させようと、そして責任を取らせようと、なんとも憎い演出をしてくれる。

 それが嬉しくてたまらない。自分には過ぎた弟子だ。


「……判った。その賭けに乗ってやる。俺だってオールインだ……!!」


 こうなってしまったら、一気に全てのカードを開いて決着をつける。

 場に開かれた残りの2枚は、♥のAと♦の2。


「ショーダウンだよ!」


 ウェイルの役はAとKのツーペア。

 それに対してフレスはというと。


「ウェイル、やっぱりさ、ウェイルってあのダンケルクって奴の言う通り、爪が甘いところがあるよ。ボクの手札は、これ!」


 フレスが作り上げたのは、なんとAのフォーオブアカインド(フォーカード)。


「これでボクの勝ち。これでウェイルは何が何でも、カラーコインを回収しないといけなくなったよ」


 フレスが握っていた手札はA二枚。


「……してやられたな……」


 確かに、自分は爪が甘い。

 ダンケルクに言われた時は頭に血が昇ったが、こうして弟子にまで突き付けられると、もう笑いしかでなくなる。


「フレス、お前は色々と上手になったよ」

「……えへへ、そう?」

「最初からAを二枚握って、しかも山札の上を操作したな?」

「あ、ばれちゃった?」


 フレスがやったことはイカサマだ。

 それでもゲーム中にばれなければ、それは正攻法になる。

 イカサマを見抜けなかったウェイルの爪が甘い。現実は、そういうことだ。


「……カラーコイン、全部だったな。判った。賭けに負けたんだ。責任を持って、俺が取り返す」

「うん。絶対だからね!」


 グッと意気込むフレスの頭に、ウェイルの手は自然と乗っていた。


「ありがとな、フレス。おかげで自分のやるべきことを思い出せたよ」

「……えへへ、いいんだよ。だってボクとウェイルの仲じゃない?」

「だな。でも言わせてくれ。ありがとう」

「うん……!!」


 一度のリグラスホールデムで、ウェイルはカラーコインを取り戻すという負債を背負ったが、代わりにもっと大きいものを得た気がした。


 それは何かと問われたら――――……ここで挙げるような無粋な真似は止めておこう。


 ――と、ウェイルがそう思った時だった。

 

 ――ドンッ!!

 何かが砕ける破砕音。……やけに聞き慣れた音でもある。


「あらら、良いムードじゃない。思わずぶち殺したくなるほどに」

「またこのパターンか!?」

「あわわわわ……背筋が凍りそうだよ……!! ボク、氷を操れるのに……!?」


 唐突に聞こえてきた、聞き慣れた声。

 それと同時に、ウェイルの視界には空を翔ける砕けた扉の姿が。

 ドス黒い殺気すらビシビシと背中に感じる。

 二人は恐る恐る首を声の主へと向けた。


「……アムステリア……ッ!?」

「テ、テリアさん!? ――ひゃあ!?」


 一瞬、アムステリアの目が光ったような気がする。

 フレスは蛇に睨まれたカエルの様に縮こまって竦んでしまっていた。

 

「小娘。次その名で言ったら殺すって言わなかったっけ?」

「あわわわわ……、ごめんなさいいいいい……!?」

「あのー、アムステリアさん? その辺にしましょう……?」

「リルまで……?」


 扉を蹴飛ばしては部屋にドシドシと入ってきたのは、腕を組み鬼の形相で見下ろしてくるアムステリアと、その後ろで苦笑していたイルアリルマだった。


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