かつての先輩 ダンケルク
突然起きた惨劇によって、人気の消えたイベント会場では、ツララの発する強烈な冷気と共に束の間の静寂が訪れていた。
最初にその静寂を破ったのはウェイルだ。
「ダンケルク、だよな……?」
まさかかの人物がこんなところにいるわけがないと、ウェイルも己を騙そうとしたが、久しぶりだと声を掛けられた以上、目を背けることも出来ない。
それでも尚、彼が敵についているという事実を信じられないウェイルは、こう質問してしまっていた。
「ああ。俺だよ。元気にしていたか?」
しかし、帰ってきた答えにより、無情にも突き付けられた現実。
かつての同僚は今、敵であるルシャブテを庇う為に爆発を起こして、フレスを危険な目に遭わせた敵となっていた。
「何故だ、ダンケルク! お前が何故『不完全』側についている!?」
「違うなウェイル。俺は『不完全』についているわけじゃない」
「揚げ足を取るな! 『異端児』って連中なんだろう!?」
「そうだ。流石はウェイル、よく知っている」
「……アムステリアから聞いたことがあるだけだ。そこにいる赤髪の男が、『異端児』のメンバーだと。だから一緒にいるお前もそいつと同じというわけだ」
「なるほど。俺は自ら答えを喋ってしまったわけか。一本取られた」
互いに神器を向け合いつつも、ダンケルクの調子は昔のままだ。
まるで昔に戻ったかのように、いたって普通の会話をしてくる。
「何が一本取られた、だ……ッ!!」
「ねぇ、ウェイル、あいつは一体誰なの?」
ダンケルクの登場で動揺を隠せないウェイルだったが、フレスが会話に入ってくれたおかげで幾許かの平然を取り戻す。
少しばかり息を整えて、答えてやった。
「あいつはな、俺達の元同僚だよ」
「元同僚ってことは……まさかプロ鑑定士!?」
「そのまさかだ」
フレスは改めてダンケルクを上から下まで舐めまわすように見た。
それと同時に疑問も浮かぶ。
どうしてプロ鑑定士が敵である贋作士側に立っているのか。
「後で話、聞かせてね」
「後で、な」
今すぐにでも彼のことを聞いてみたかったが、今はそれどころではない。
話を聞いたところで、彼が今、敵側にいるのも事実。
先程の爆発はダンケルクの起こしたものに間違いない。油断は禁物だ。
「ダンケルク。お前がそちら側に立つ以上、俺はお前と戦わなければならない」
「そうさな。俺もそう思うぞ。だがな、ウェイル。お前もルシャブテのことはとやかく言えん」
「何を……?」
「お前、俺を見て、少し動揺したろ? その隙を、俺達が突かないわけがない」
「……ッ!! フレス! ルーフィエさんは!?」
彼はフレスの氷の結界の中にいるはず。
「大丈夫。結界は解けてない! 無事だよ!」
「とすれば……!!」
ルシャブテは二つのものを狙っていた。
一つはルーフィエの命。
それが無事となれば、残りの一つは。
「ダンケルク、これで全部揃ったぞ」
「助けた上に時間を稼いでやったんだ。そのくらいして貰わないとな」
ルシャブテが持っていたのは、壇上にあったはずの最後のカラーコイン。
「さて、欲しいもんは手に入ったし、ここらで俺達は帰らせてもらう。何、そっちは大切なクライアントを守ることが出来たんだ。互いに勝ちってことでいいじゃないか」
「ふざけるな……!! フレス! 援護しろ! 奴らは絶対に逃がさない!」
「任せて!」
ウェイルは氷の剣を精製させると、ダンケルクへ向かって一気に走っていく。
「やれやれ、ここら辺が互いの妥協点だろうに。引き際を知らないのは、まだまだお前が子供な証拠だ」
「黙ってろ!!」
ウェイルの剣の大きさが、徐々に大きくなっていく。
フレスの魔力が、剣に更なる力を与えていた。
「そのカラーコインを返せ……!!」
「断る。お前は頭はいいし、普段は切れる奴だが、いかんせん昔から復讐のこととなると爪が甘くなる」
ダンケルクは迫りくるウェイルに対し、両手の指輪を掲げると、さらにその中から右手と左手の小指だけを立てた。
「属性は『幻想』、特性は『流動』……!!」
直後、ダンケルクの周囲から猛烈な光が発生し、この場を眩く包み込んだ。
ウェイルの氷の刃は、そんな光の中振り降ろされる。
そもそも光が発生する前から、すでにダンケルクは避けることすら敵わない位置にいた。
光があろうとなかろうと、結局は刃の餌食となる、そのはずだった。
「――!?」
光が止む。
ウェイルの違和感はすぐに判った。
剣を叩きつけた時の空虚な感触は、斬撃は空振りに終わったということが判明したからだ。
「ダンケルクはどこに!?」
「ウェイル、上!」
フレスが指さしたのは、最初にルシャブテが立っていた建物の屋上。
「な? だから言っただろ。お前は甘いのだとな」
「どうして奴はここから消えたんだ……!?」
奴の持つ神器の力か。
ダンケルクは、剣が当たる直前に、指輪を輝かせていた。
「別に消えたんじゃないさ。そうさな、昔のよしみだ。答えを教えてやる。お前が切ったのは、俺の幻影だ。作り方までは教えんがな。俺は最初からずっとここの位置に立ってお前らの行動を上から見ていただけだ」
「幻影を作り出しただと……!?」
そんなことが出来る代物なんて、神器以外に有り得ない。おそらくはあの指輪がそうなのだろう。
とすれば今の今まで、ウェイルが睨み付けていたのは、ただの影だったということだ。
そのことに、なんとフレスですら気が付かなかったという。
神器使いとしても相当の腕前だ。元先輩であるし当たり前ではあるが。
「さて、後輩へのアドバイスもしたことだし、俺らは本当にお暇する。心配するな、また会うだろうさ」
「チッ……、次見つけた時、絶対に俺が殺す……!!」
そう言い残して、二人は屋上から姿を消した。
「待て、おい待て! ダンケルク!」
「……ウェイル、もう二人はいなくなっちゃったよ。それよりも先にルーフィエさんを」
「……そうだな……ッ!!」
そう同意しながらも、ウェイルは右手の剣をだらりと地面に垂らし、空いた左手で頭を抱えていた。
かつての同僚が、今敵に回っている。
ダンケルクのことは、痛いほど知っている。
彼の身に起きた事件。ウェイルはその事件の当事者でもあるからだ。
彼ほど芸術品に対し紳士的で、知識もある立派な鑑定士はそうはいない。
彼がプロ鑑定士協会を見限るきっかけとなった事件を止められなかったことに、ウェイルは今でも後悔を重ね、そしてふがいない気持ちになったのだった。
――●○●○●○――
ルーフィエを結界から出して無事を確認した後に、事の顛末を全て伝えた。
カラーコインを盗まれるという、護衛として最大の失敗をしたとも。
「すまない……。俺の力が不甲斐ないせいだ……、申し訳ない……!!」
ウェイルがルーフィエに深々と頭を下げる。
ここまでウェイルが素直に謝意を表すのは、フレスが見ても珍しいと思った。
その証拠に、ウェイルの謝罪に対してルーフィエもあたふたしている。
「ウェイルさん、その、顔を上げてください。貴方が悪いわけじゃない。それに貴方方は私にとって一番大切なものを守ってくれたではないですか。私の命を。正直に申しますと、プロの貴方が、貴重品であるカラーコインよりも、こんな私のような老いぼれを守ってくれたことが本当に嬉しくて。御嬢さんにも御礼を言います。ありがとう」
「そんな、御礼なんていいよ。ボクら、人として当たり前のことをしただけだからさ」
そう、ウェイルとて礼など要らなかった。むしろ、何をしてくれたと抗議をするのが当たり前だとも思う。
だが、今フレスが言ったように、ルーフィエも人として当然である感謝を表してくれたに過ぎない。
だから人として、ウェイルもその礼をしっかりと受け止め、次に繋げなければならない。
先程は突然の再会に油断、と言うよりも驚愕してしまい、まんまとカラーコインを盗られてしまった。
ここで一度冷静になって推理を重ねなければならない。
奴らは何故かカラーコインと、そしてルーフィエを狙った。
どうしてルーフィエを狙ったのか。
「……まずいな……!!」
ウェイルの脳裏には、ルーフィエ氏から頂いた礼をそっくりそのままお返しして、さらに詫びても釣り合わないほどの結末が浮かんでいた。
「フレス、急いで運営本部に行くぞ……!!」
「え!? どうして!? 先に治安局に通報を……!!」
「それはもう誰かがしてるだろうよ。思い出せ。さっき赤髪の男はこう言っていたんだ。『これで全部揃った』と。その意味、判るよな……!!」
「あっ!?」
「な、なんと……!!」
――『全部揃った』。
その意味の対象は何なのか、それはもう一つしかない。
「運営本部の金庫の中を確認するんだ……!!」