約束から解き放たれた時
「うわあああ!? 凄く綺麗なコインがたくさんあるよ!? 何、このコイン!? 鏡の様に光ってる!?」
即売会に参加するためにここへやってきた二人。
しかし、二人の足は目の前の展示品の前で止まっていた。
「ウェイル! この硬貨、一体なんなの!?」
「これはプルーフ硬貨というんだ。記念硬貨と言うより、普通の硬貨の特殊仕様版といったところか。毎年一定数が刷られて、一般販売されている。普通大した価値は付かないが、場合によって例外もあってな。発行した都市によってちょっとした値段が付く時もある」
「どういう場合?」
「その都市に大きい出来事があれば価値が上がる。国王の第一子が誕生した年とか、記念すべき年のプルーフ硬貨は価値が上がるんだ」
「……ボク、ちょっと欲しいかも」
「俺は確か何枚か持っているぞ。毎年ハクロアは買っているからな。イレイズが今度カラドナのプルーフをくれると言ってたな」
「本当!? ボク、カラドナのプルーフ欲しい! 頂戴!?」
「別に構わんが――じゃなくて、フレス! もう販売会始まってるだろ!?」
「そうでした!?」
気を引き締めて外に出たはずの二人であるが、元来生粋の鑑定士+好奇心旺盛さを兼ね備えている二人である。
故に飾り付けられ展示されてある多くの珍しい硬貨に目移りしてしまうのは仕方のないことではあった。
「急げフレス!」
「急げったって、重いんだってば!」
「我慢しろ!」
「十分してるよ~~」
急いでトランクを抱えて即売会会場へと向かうと、すでに即売会は開始されていた。
見ればすでにルーフィエがスタンバイしている。二人の到着を待ってのことか、少しばかりそわそわしていた。
「ウェイルさん、遅かったですがいかがなされたか。お二人が来られない内に即売会が開始されたのでヒヤリとしたものですよ」
「す、すまない……、トランクが少しばかり重かったもんでな。なぁ、フレス」
「う、うん。ちょっとボクには重かったみたい」
二人はちょっとした嘘をついて誤魔化そうとしたが、ルーフィエはその嘘をど真ん中に捉えてしまったらしく、
「……それは申し訳ない。確かに四百万ハクロアは大金でしたな……。しかしそれは必ず硬貨手に入れるための金。許してくだされ」
「あ、ああ……」
トランクを忘れ、他の硬貨に目をやっていた二人は、思わず顔を見合わせて苦笑を浮かべたのだった。
――●○●○●○――
幸いにも、カラーコインの販売は、他の販売が終わってからということで、まだ始まってはいなかった。
今回の即売会は、競売ではない。
故に小売価格が提示され、それに誰かが手を上げれば即刻取引成立だ。
遅刻してすみませんというだけでは収まらないわけだ。
二人は間に合ったことにホッとすると同時に、周囲を警戒し始める。
「ウェイル、変な行動を取ってる人、いない?」
「……今のところはな……」
しかしなんだか嫌な予感はする。
いや、そもそもこのイベントには何かあるとしてここへ来たんだ。逆に何か起こらない方がおかしいくらいだ。
「おお、ウェイルさん! ついにカラーコインがやってきましたぞ!!」
即売会会場に、大きなトランクを持つ者と、それを警護する警備員が四人が、即売会壇上へと上がる。
そして司会の者が、商品の詳細について読み上げ始めた。
『続いての商品は、とても貴重な……といっても、ここで販売されている硬貨は全て貴重ですけど』
軽いジョークを飛ばして笑いを取りながら司会は続ける。
『これは本当に貴重な硬貨です。商品ナンバー7、記念硬貨の王と言われる人気の硬貨、カラーコインです! この商品は非常にミステリー。色は茶色、形は円形。とまあ誰もが見て判る事しか判明してはおりません。製作年月日、製作都市、製作理由、シリーズ、その全てが不明! 表面に彫られた模様や文字すら、元の所有者の鑑定士が匙を投げたほど!』
旧フェルタリア文字なんて、並みの鑑定士じゃ解読は不可能だろう。
ウェイルでさえ、シルヴァニア・ライブラリーで偶然見つけたのだから。
『全てが不明故に、価値も不明! それでも買い手を募集したら引く手数多という一品。この場にお集まりの皆さんの中にも、過去購入に意欲を見せた人がいるのではないでしょうか!?』
苦笑いを浮かべているグループは、ルーフィエの知り合いなのだろうか。
そのグループの誰もがルーフィエにニヤリと視線を送っている。
「ウェイル、ボク、今殺気を感じてるよ。なんだかねっとりとした、気持ち悪い気配」
「……客には不審な奴はいないが……」
形容しがたい不安が、二人を包む。
『さて、早速ですが気になる販売価格ですが、……なんと、本イベント歴代最高価格となります! それでは覚悟して聞いて下さいね……!! その価格はなんと……――!!』
この時ばかりは誰もが静まり返る。
司会の上手な煽りに、誰もがその値段に期待を膨らませていた。
『――三百五十万ハクロアだ!!』
あまりの高額な金額提示に、周囲が唖然とする中、ただ一人ルーフィエだけが、堂々と挙手をしていた。
「――買わせてもらおう、その金額で」
『――売買成立! おめでとうございます!』
司会のその声に、周囲は少し遅れて拍手を送り始め、ルーフィエもそれに答えた。
「ウェイルさん、無事購入することが出来ました。さあ、トランクを此方へ」
「……ああ」
ルーフィエはウェイル達からトランクを受け取ると、意気揚々と壇上へと上がっていく。
「……ウェイル!」
フレスが叫んだ――その時だった。
「ウェイル! いた! 上だよ! あいつだ!!」
フレスの指差す先、それはイベント会場のすぐ隣にある建物の屋上。
そこにいたのは、例の贋作士、ルシャブテだった。
「あいつ、このタイミングを狙っていたのか!?」
現金とカラーコインが交換される、このタイミングで、敵は姿を現した。
「ウェイル、急いで! 敵は飛び降りてくる気だ!」
「ああ……!」
人ごみを掻き分け、ウェイル達も壇上へと急ぐ。
そうこうする間に、ルシャブテは屋上から飛び降りて神器の爪を展開すると、ルーフィエの脳天目がけて爪を振り下ろした。
――キィィィンッ!!
激しい金属音のような音が、会場に響き渡る。
「何とか間に合ったか……!!」
ウェイルは氷の刃をいつも以上に長く展開すると、振り降ろされる爪の軌道上へ、氷の刃をすべり込ませていた。
「な、なにが起こって……!!」
「ルーフィエさん、こっちだよ!!」
フレスがルーフィエの手を引いて、ひとまず距離を取らせる。
そのまま氷の壁を展開して、ルーフィエを守る結界を作った。
「久しぶりだなぁ、プロ鑑定士殿! 真珠胎児の時以来じゃねーか!」
「そっくりそのまま返そう、クソ贋作士! よく生きてたな……!」
一瞬視線と言葉を交わせると、刃を振りきって、ルシャブテを牽制する。
「治安局が温すぎんだよ。おかげでお前にこうして復讐できるんだけどな……!」
「アムステリアにやれよ。まあまた返り討ちになるだろうがな」
「――黙れ」
気分を損ねたのか、ルシャブテは振り切られた反動を利用して、壇上に着地する前に爪を伸ばし警備員の一人の首を掻っ切った。
「あのアマも同じように殺してやるよ。無論お前もな」
「クソ……!!」
その時、騒ぎを収束しようとルシャブテも周囲に警備員達が集まってくる。
「貴様、大人しくしろ! すでに包囲されている!」
「馬鹿! お前ら、警備はいいから逃げろ!!」
「神器の使用を許可する! 捕まえろ!」
ルシャブテを確保しようとする警備員達に、ウェイルは指示を送ったが、時すでに遅し。
「馬鹿か、こいつらは」
警備員達が応戦しようと神器を取り出した時、すでに警備員達はこの世の住人ではなくなっていた。
実際は彼らが神器を手にした段階で、ルシャブテは三人の首を同時に跳ね飛ばしていた。
その壮絶な光景を前に、観客達は一斉に逃げ惑い、周辺は大混乱へと陥る。
「残ったのはお前だけだ。どうする? 死ぬか? それともその硬貨と金、どちらも置いて逃げるか?」
ルーフィエが支払った金の詰まったトランクを持った男は、すでに恐怖で腰が抜けてしまったのだろうか、泣きながらふるふると首を横に振るばかりだ。
その表情に嫌気が差したのか、ルシャブテは何ともつまらなそうに、彼を見下す。
次の瞬間、彼の眼光は一気に鋭くなった。
「お前の目、恐怖に支配されて何とも情けない。そんな目に価値は無い」
爪を伸ばし、目を抉ろうとしているのか。
ルシャブテが、一気に爪を伸ばした、その瞬間。
「おらああっ!!」
「――ッ!?」
ピシッと、その爪は音を立てて砕けていく。
「お前、早く逃げろ」
ウェイルが氷に纏われた拳で、爪を叩き砕いていたのだ。
男はウェイルの稼いでくれた時間で、何とか這いずりながらも壇上から降りて逃げていく。
「糞鑑定士が、邪魔をしやがって……!!」
「アムステリアの獲物を取る様で悪いが、俺がお前を潰してやる。覚悟しろよ」
「図に乗るな、糞鑑定士風情が……!!」
ルシャブテのその行動に、ウェイルも久々に心の底から怒りが込み上げてきていた。
そう、ルシャブテと初めて遭遇した、あの地下オークションの時の様に。
『不完全』が潰れた。その情報を聞いた時から、ウェイルは忘れていたのかも知れない。
奴らに対する憎悪と、そして怒りを。
ぞっとするほどの冷たい光が、ウェイルの瞳に宿る。
ウェイルは氷の拳をそのまま思いっきりルシャブテに振りかぶる。
だが、ルシャブテも身の軽さを生かして、ひらりとそれを避けて一定の距離を取った。
ウェイルが拳を振り降ろした壇上の床には、巨大な穴が開いていた。
「糞鑑定士、お前に個人的な恨みはある。いつか必ず殺す。だが今回の目的はお前じゃない。後ろの氷の壁に隠れているオッサンだ。だから邪魔さえしなければ見逃してやる。そこを退け」
砕けた爪は新たに生え変わり、十本の爪を煌めかせながら、ルシャブテはそう要求してくる。
だが、その要求に、ウェイルは苦笑し、そしてそれはそのまま侮蔑の笑みになった。
「お前は馬鹿か。俺達が退くわけ無いだろうが。少し考えたら判るだろ、馬鹿」
「ばっ……!? 貴様……ッ!!」
「だってそうだろ? 何せ俺達はこの時をある意味じゃ楽しみにしていたんだから」
「楽しみ……!?」
「お前、言っていたじゃないか。俺達に個人的な恨みがあると。あのな、本当に恨みがあるんだったら、俺達を見逃すって言う言葉は出てこないさ。何せ体が勝手に動いてしまうんだからな」
「何が言いたい……?」
「俺だって、フレスだって、今まで必死に耐えに耐えてきた。いくら仇が目の前にいても、今後の利益になると思って、全力で体と心を抑え付けてきた。そうでもしなければ、体が勝手に敵を殺しに行っていた。なのにお前はどうだ? 邪魔さえしなければ見逃す? 馬鹿言え。耐えに耐えてそう言う言葉が出るなら判るが、お前みたいに軽く言うんじゃ全く伝わらねえよ。いいか、よく聞け。お前の恨みってのは大したことはない。しょぼすぎる。そんなんじゃ、ただのお笑い草だ」
ハハハとウェイルは声を上げて笑う。
「…………て、てめぇぇぇぇ……!! ぶち殺してやる……!! こうなりゃ任務も糞も関係ない……!! てめえの肉を切り刻んでやるよ……!!」
今のは流石に効いたのか、ルシャブテの顔がみるみる赤くなっていく。
それに対し、ウェイルは冷静だった。さらに挑発を重ねるほどに。
だが、ウェイルの後ろ姿を見るフレスは判っていた。
ウェイルは今、猛烈に体を怒りに任せている。
これまでに堪った鬱憤を果たせる時が来たのだと、そう背中が語っていたのだ。
「お前は言うだけか? しょぼすぎる奴だ。さっさと掛かってこい。死にたいならな」
ウェイルとって奴は仇の一人。しかも、今は耐えなくても良い時。
もう容赦する必要もない。
「フレス」
「……うん。あいつは『不完全』の一味だったんだから、約束、大丈夫だよ」
「よし。手伝ってくれるよな?」
「当たり前だよ。ボクだって、久しぶりにブチ切れてるんだから……!!」
見るとフレスは四枚の翼を展開させていた。
目の前で四人も惨いやり方で殺された。
しかも敵は、仇敵の一人。
フレスだって、もう我慢の限界だったのだ。
「約束は、この時の為にしたんだからね……!!」
「そうだな……!!」
――二人の約束。
それは二人が初めて出会ったサスデルセルで誓った『復讐に無関係な人を巻き込まない。復讐に無関係な人を殺さない』という大切な約束。
――今、この約束という枷から、二人を解き放たれた。
「糞鑑定士がああああああああッ!! 切り刻んでやるよおおおおおおおッ!!」
十本の爪がルシャブテの意思によって自由自在に動き回りながら、二人へと襲い掛かる。
「フレス」
「はい、師匠! ……うらあああっ!!」
フレスはウェイルの前に立つと、超巨大なツララを出現させ、それをルシャブテへ打ち放った。
神器で強化された爪とはいえ、所詮は爪。
フレスの魔力を帯びた氷山のようなツララに太刀打ちできるはずもない。
「くっ……!!」
爪でのツララの破壊は無理だと判断したルシャブテは、大きく跳躍して、ツララを回避した。
だが、その行動はすでにウェイル達にはお見通し。
「もう一発ッ!!」
「何っ!?」
目の前に迫ったツララで前方が見えなかったのが災いした。
フレス達の次の一手を見ることが出来なかったルシャブテの前には、すでに翼で飛翔していたフレスがスタンバイしていて、新たなツララを撃ち放つ準備をしていたのだ。
「君、死んで御詫びした方がいいよ」
最後のフレスが冷たい声でそう呟くと、もう一度巨大なツララを精製して打ち放った。
今度は空中、避けることすら敵わない。
――しかし。
「――『炎舞』、『拡散』!!」
その声が響くと共に、フレスと、そしてルシャブテの目前で強烈な爆発が起こる。
今の爆発によって、ルシャブテはツララの軌道範囲外へと飛ばされ、フレスもこのままでは地面に叩きつけられるだろう。
「何が起こって……!?」
爆発を直に受けたフレス本人が、一番驚いたに違いない。
「フレス!」
爆発に巻き込まれ吹き飛ばされたフレスを、ウェイルが何とかキャッチ。
「大丈夫か!?」
「うん。平気」
爆発に巻き込まれたというのにピンピンしているのは流石龍と言わざるを得ない。
「それよりウェイル、魔力反応があっちからしたよ!」
突如ツララに爆発が起きた。
その爆発の影響によって、ルシャブテは命を失わずに済んだ。
これまでの戦闘経験から察するに、ルシャブテが起こした爆発とは考えにくい。
とすれば考えられることは一つ。
他に仲間がいるということだ。
フレスの視線の先を、ウェイルも追う。
周囲はツララの冷気に包まれて視界が悪かったが、それもしばらくするうちに晴れていく。
そこでウェイルが見たのは、かつての同志だった人間だった。
「よぉ、後輩。久しぶりだな」
「……ダンケルク……!?」
その名を口に出すのは何年振りだろうか。
ウェイル達の視線の先で苦笑を浮かべていた中年の男は、かつてのウェイルの同僚であり、先輩でもあった元プロ鑑定士、ダンケルクであった。