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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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フレスベルグの忠告

「……フレス!? いや、フレスベルグか!?」

「その通りだ。久しぶりだな。といっても三日も経ってないか」


 クックと含み笑いを浮かべるなんてことは、よく知る我が弟子には出来ぬ芸当。

 どうしてかまた、フレスの裏の人格であるフレスベルグが、表に出てきていた。


「何故お前が出ている!? ……というか勝手に出てこれるのか!?」

「まあな。フレスの方が意識を失っている間は、我の時間だ。ただ今まではフレスに遠慮していたから出てこなかったが。だから暇なときはお前のことを真夜中にひっそりと見ていたこともあるぞ」

「趣味の悪い弟子だな……」

「それ、自分を貶しているということを気づいているのか?」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙の後、白けた目を浮かべるフレスに、ウェイルはハァとため息ひとつ。


「……まあいい。お前が出てくることが出来るのだけは理解した」

「正直出て来たいと思ったことはほとんどないがな。しかしなんだ、この服は。埃だらけじゃないか」

「床に崩れ落ちたばかりだからな……」


 さっきまで床で崩れるように寝ていたせいで、服に付いていてしまった床の埃が気になるのか、しきりに着ているワンピースを手で払っている。


「フレスのやつ、床で寝るとは全くもってお淑やかでないな。龍であるならば我の様に気品を持ち、常に可憐でないと」

「お前だって見た目はフレスと全く同じだろうに……」


 フレスと同じ声なのに、この人格になると妙に貫禄が出て、相手にしづらいことこの上ない。

 仕草一つ一つとっても無邪気なフレスとは正反対に御淑やかで、別人に見えるほど。

 こんな話を楽しく交わしたい訳ではないので、本題に入ることに。


「お前が出てきたってことは、何か理由があるんだろ? 何があった?」

「察しが良いな。……というか最初に言ったであろう? 気が付いたかと」


 表に出ようと思えばこれまでも出てくることが出来ていたわけだ。

 しかし何故このタイミングで彼女が出てきたのかは聞いてみなければ判らない。

 裏を返せば出てこなければならない事情があると見て違いなさそうだ。

 本人は表に出てくることに乗り気ではないという。よほどのことがあったのだろう。


「気が付いた、だと?」

「そうだ。気づいたか?」


 気が付いたかと聞いてくる。

 これはつまり、フレスベルグが察知した何らかの出来事は、すでに起こってしまったということだ。

 ここ数時間の間に何があったのか、思い出しながら推理してみる。

 徹夜明けの鑑定を終えて、宿を出て、そこまでは何もないだろう。

 だとすればその後、このイベント会場での出来事か。


「特別俺の周辺で何かあったといえば……。特にないが……、――そういえば、フレスが何かに反応していたな……」


 途中、ぼんやりとしていたフレスに声を掛けたのを思い出す。


「あの時、何か見たってことか。まさかとは思うが『異端児』絡みか?」

「ふむ。全く気が付いてなかったにしては上出来な推理だ。フレスが何かに気付いた場所までは合っているし、まあ合格にしてやろう」

「無駄に偉そうなところが腹が立つぞ……」


 フレスとのあまりのギャップに調子が狂うったらありゃしない。

 普段と違う自慢げ顔が、新鮮でもあるのだが。


「結論から言えば、実は我も真相に辿り着けていない。ただ、ウェイルの言う『異端児』絡みの可能性が色濃い」

「前置きは良い。もったいぶらずに言え」


 変に勿体付けるところが、なんだか誰かの性格に似ている。


(……もしかして俺か?)


「ちっ、つまらん。少しは溜めさせろ。まあいい、時間もないんだったな。教えてやる。これは忠告の類だと思え」


 フレスベルグは組んだ足を逆に入れ替えると、静かにこう聞いてきた。


「覚えているか? 我とサラマンドラが、現世で初めて戦った時のことを」

「フレスとサラーが……? ああ、覚えてる」


 龍と龍の衝突など、早々あるものじゃない。強烈に記憶に焼き付いている。


「マリアステルの裏オークションだったな。お前らが派手に暴れて会場を崩壊寸前までやったやつだ」

「……言い方に悪意を感じるのは気のせいか?」


 競売都市マリアステルにて、違法品『真珠胎児』の裏オークションを取り締まるために、地下競売へと乗り込んだことを思い出す。

 あの時はまだイレイズは『不完全』に属していて、そこでフレスとサラーが本来の姿に戻り、激しい戦いを繰り広げたのだ。

 イレイズが自分の都市を取り戻そうとするきっかけになった事件である。


「あの時、敵はイレイズとサラー以外にもう一人いたよな。赤髪の鋭い眼光をしていた男だ」

「――なっ……!?」


 いた。確かにそう言う男はいた。

 怒りに身を任せ、その男に切りかかろうとしたところをイレイズに阻まれた。


「フレスの記憶には薄いだろうが、我ははっきりと見ているものでな」


 龍の姿で戦っていた故、赤髪の男に関する記憶は、フレスベルグの方が色濃く覚えているという。


「あいつ、アムステリアにやられて治安局に捕まったと聞いたぞ!?」


 確かアムステリアが倒したと言っていた男だ。

 ウェイルもあの男の顔はしっかりと覚えている。

 鮮やかな鮮血の髪の色は、忘れたくても忘れられそうにない。

 ラルガ教会サスデルセル支部の神父バルハーを殺したのも、その男だと後にアムステリアから聞いたのだから尚更だ。

 ラインレピアに来る前に、アムステリアから聞いた奴の名前は確か――ルシャブテ。


「大方脱走したんだろうさ。治安局が発表していない理由は、判るだろ?」

「……当たり前だ」


 治安局は、自らの失態を公に発表することは少ない。

 情報隠ぺいともとられるかもしれないが、そうしなければ治安局と言う組織は成り立たない。

 常に威厳があってこその、治安維持部隊であるのだから。

 誰からも畏れられるほどの威厳と、そして信頼が治安局になければ、この世は無秩序に荒らされるのは誰にでも判る。

 だから少しでも治安局の名前に泥が付くようなことを、自ら行ったりはしない。

 『不完全』のメンバーであるのならば、脱走だって出来ないことはないはず。むしろ出来ないと思い込む方がまずい。


「あいつ、『不完全』のメンバーだっただろ。その『不完全』が潰れたというのに、まだ生きていた。メンバーのほとんどが殺されたというのにな。とすれば考えられることは一つ。そうだろう?」

 

『不完全』メンバーで生き残った者、それは本当に運が良くその日アジトにいなかった者達と、そして――事件を起こした『異端児』連中だけだ。


「奴も『異端児』のメンバーだということか……!!」

「その可能性は高い。そしてその『異端児』かも知れない奴を、イベント会場で見た。これがどういう意味か、判るよな」


 フロリアの話では、すでにこの都市には『異端児』のメンバーが集まっているという。


 ――『珍しいコインを狙っている』。


 フロリアがそう告げていた以上、ここに奴らが来るのは判っていたこと。


「そうか……。判った。その忠告、確かに受け取った」

「受け取るだけでなく、行動に移せよ。奴らは『贋作士』なんだから。のんびりしている暇はないぞ?」

「贋作が作られる可能性もあるということか」


 今回販売される最後の茶色カラーコインとて、本物であるという確証はない。

 ウェイルが現物を見て、しっかり贋作を見抜けるかどうかが鍵となってくる。


「何も茶色カラーコインだけの話じゃない。ルーフィエが運営に預けたカラーコインも心配だ」

「確かにな……!!」


 ルーフィエの話では、運営にある巨大金庫は、神器による強力な結界が張られていて、並大抵の衝撃では壊すことは出来ないという。

 したがって、カラーコインが盗まれる心配はないとルーフィエは言っていたが、果たしてそれは本当だろうか。

 別に金庫は壊さなくてもいい。

 贋作の鍵さえ作ってしまえば問題はないのだから。


「ウェイル。もうすぐ十時だな」

「……ああ」


 色々と話しているうちに、気が付けば時刻は十時十分前。

 そろそろルーフィエにとって待望のカラーコイン売買が始まる予定だ。


「ウェイル、気をつけろ。敵は何をしてくるか判らない。このイベント会場は穴だらけだ。どんなことを誰がしでかすかなんて、誰も想像は出来ん。我はまた眠りにつくが、事の次第は記憶としてフレスに伝えておく。後は任せたぞ、師匠」

「ああ。任せとけ」


 一体弟子の癖に何様だとツッコミも入れたくもなるが、フレスベルグからの忠告は、ウェイルの気持ちを改めて引き締めてくれた。

 任せたと言われると、やはりやる気も出てくると言うもの。

 龍であるフレスからも師匠と認められたことは、嬉しくもある。


 フレスの目が閉じていく。

 そして力なく崩れ落ちる体をしっかりと抱きとめて、フレスの覚醒を待った。


「うみゅうう……ねむいぃ……」

「起きたか、フレス」

「あ、ウェイルだぁ……。良い匂い……、……くんくん」

「匂うんじゃない! 時間だ、さっさと起きろ!」

「あだっ! ちょ、ちょっと、叩くことはないじゃないのさ!」


 デコを軽くぺしっと叩いてやると、フレスが頬を膨らませて抗議の意を示してくる。


「フレスベルグから記憶は引き継いだか?」

「……うん。大丈夫だよ。全部聞いたからさ」


 その名前を聞いて、フレスの顔も引き締まる。

 事情は全て理解出来ている模様。


 平和な時間も、十時という時間で終わりが告げられる。


 これから二人に待つのは、ラインレピア全体を巻き込んだ大事件の、そのプロローグ。


 そうなることが判っている二人は、この安寧な時間を無言で過ごしていた。


 時刻は十時五分前。


「行くか。何が起こるか判らんが、たぶん何とかなるだろ」

「そうだね。何せボクとウェイルがいるんだもん」

「余裕だな」

「だね!」


 そんな二人の自信は今までの絆から来る産物であり、根拠のない能天気さも、数々の死線を潜り抜けてきた二人らしいと言えば二人らしい。


 二人は意を決し、控室から外に出た。


 このラインレピアに渦巻く陰謀に、二人は身を投じていったのだった。






 ――――


 ――


「……ウェイル、ボク、トランク持ってくるの忘れた……」

「俺もだよ……。急いで取りに戻るぞ……!」


 ……こういうところも二人らしいと言えば二人らしい。



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