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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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フレスベルグ再び


 ―― 集中祝福期間 五日目 『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』開催日 ――



 盛大な歓声と共に、祝砲が打ち鳴らされ、ここラインレピア中央区域『セントラル』はいつも以上にお祭りムードに満ち溢れていた。

 何をかくそう、今日から三日に渡ってコインマニアにとって最大のイベント『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』が開幕される。

 大陸中だけに留まらず、多大陸からも観光客が訪れて、その造形の深さ、美しさ故に芸術品とさえ称される硬貨の数々に、その喉をうならせ、目を輝かせる。

 そんな大イベントを盛り上げるため、ラインレピアの商業組合は、こぞって各地でイベントを開催し、セントラルだけでなく、ラインレピア全体がお祭り騒ぎとなっている。

 このイベントが集中祝福期間の成立に大きく影響したのは間違いないし、事実このイベントが与える経済効果は相当な大きさだ。

 ウェイル達が泊まった宿だって、ルーフィエが用意してくれなければ、きっと今頃は野宿をしていたはずだ。それほどに人が満ち溢れていた。


「人が多すぎて歩くのも大変だな、こりゃ……」

「うぇ、ウェイルー、待ってよー……」

「ああ、早く来い」


 ウェイル達は、一足先にイベント会場へと向かったルーフィエの後を追うように、巨大なトランクを抱えながら歩みを進め、イベント会場へと向かっていた。


「お、重い……。今日ほど人間の姿を恨めしいと思ったことはないよ……」

「寝不足の後にこれはきついな……」


 二人が運んでいるやけに重量感漂うトランクには、400万ハクロアという大金が詰まっている。

 ルーフィエが最後のカラーコインを購入するために用意した資金であり、これを護送するのもプロである二人の仕事であるのだ。


「なんだか昼食代やボクの給料如きでグダグダやっていた昨日のボクらがバカみたいだね……」


 たかだか数千ハクロア程度で一悶着していた二人にとって、今抱えている金額はまさに桁違い。

 馬鹿らしく思えるのも無理はない。


「……まさかこんな大金を持つことになるなんて」

「いやいや、俺達が普通なんだ。給料は計画的に使えよ、フレス」

「判ってるよ。……でも、ルーフィエさんって、やっぱりお金持ちなんだなぁ……」


 この重さは富の証。

 あまりお金の価値が判らぬフレスとはいえ、体感的に判る富の差というのは心に響くものがある。


「お前も金持ちになりたいのか?」

「別にそういうわけじゃないけどさ……。こうやって大金を持っていると、なんだか落ち着かないよ。お金持ちの依頼ってこんなのばかりなのかなぁ」

「プロを続ける以上、商売相手は金持ちばかりだからな。自然と護送の仕事も増えるさ。まあ、慣れておけ」

「そうだよねぇ……。ウェイルは慣れてるの?」

「慣れてはいる。落ち着きはしないがな」


 鑑定士の一番の顧客は、依頼品を持っている者、つまりは金持ち連中だ。

 フレスもプロとしてやっていく以上、大金を背負う仕事が舞い込むことが必ずある。

 その時の為にも、ここら辺で慣れていた方が、後々の為だ。


「うんしょ、うんしょ……ふいー、ようやく会場だよ……」


 何とかイベント会場へと辿りつく。

 どこもかしこも人だらけ。このイベントの注目の高さがよく判る。


「硬貨の販売所まであと少しある、行くぞ」

「ええーー!? まだあるのーー!?」

「ほら、文句言わずに持つ。お前はプロだろ?」

「う、うん。……その言い方は卑怯だよ……」

「事実だからな」


 プロだと言われればフレスも頑張るざるを得ない。

 うんしょと、一度は地に置いたトランクを再び持ち上げて、ウェイルの後を追おうと急ぎ足をするフレス。

 

「…………ん?」


 ――そして、それは偶然だった。


 トランクを担いだ時、偶然ちらりと周囲を見たフレスの目に映ったのは。


(……あの人、どこかで見たことあるような……?)


 知り合いかどうかは判らない。ましてや見たことがあるかどうかも判らない。

 だがどうも気になって仕方がなかったのだ。

 特徴としては血と例えるにふさわしいほど真紅に染まった長髪を携え、鋭い眼光をしている男。

 人間にしては中々に珍しい色の髪に、フレスはなんだか見覚えのあるような気がしていた。

 思わず立ち止まり、その男の様子を窺う。

 男はフレスに気が付くことなく、隣にいた仲間らしき男と共に、そのまま人ごみに紛れていった。


「おい、フレス! 急げ!」

「う、うん!」


 前を歩くウェイルの催促により、あれが誰だったのかという詮索は中断。


 フレスも「サラーの髪に似ているから気になったのかな」と自分を納得させて、ウェイルについていったのだった。






 ――●○●○●○――





 周囲を運河に囲まれた、セントラル広場にて、『アレクテアテナ・コイン・ヒストリー』は盛大に開催された。

 様々な都市から運び込まれた、色とりどりの硬貨が会場中に展示され、観光客の興味をかっさらっていく。

 中にはとても貴重なレア硬貨まで展示されており、ハクロア硬貨の原板や、リベルテ硬貨の最初版品なども展示されており、おおっと思わず声を上げる人も多数いた。


「ウェイルさん、お疲れ様です」


 先にイベント会場に来ていたルーフィエに声を掛けられる。


「ああ、なんとか無事に来れたよ。こんな大金持ってると落ち着かなくてな」

「あはは、そうですな。私ですら四百万ハクロアなんて現金、持ち歩くことはないですからな。ささ、此方に控室があります故、どうぞついてきてください」


 そういうルーフィエの後についていって通された部屋は、イベント会場のど真ん中にある建物の主催者控室。


「……主催者控室だって……? 凄いな。こんなところを貸してもらえるなんて、特別待遇もいいとこじゃないか」

「うへー、お部屋も広ーい……」

「私、このイベントのスポンサーなどもしておりましてな。多少便宜を図ってもらいました」


 カラーコインの出展だけでなく、このイベントの大スポンサーとして尽力しているというルーフィエは、特別待遇扱いされているそうだ。


「ウェイル、お金持ちって、やっぱりやることが凄いねぇ」

「趣味に人生全てを捧げられるのは、金持ちだけだ。俺達鑑定士は、そんな金持ちのおかげで飯を食っていけるわけだがな」


 話によると、ルーフィエ専用の控室だけならまだしも、専用金庫から専用展示会場まで与えられているという。

 趣味も極めれば一芸、というよりそれ以上の、都市の観光要素に一役買うまでになれるということだ。


「……疲れた……、もうトランク置いていいよね……?」

「ええ、お嬢さんもありがとうございました」


 寝不足でフラフラの中、多くの人ごみの中を縫ってこの控室までたどり着いたのだ。フレスとてヘトヘトである。


 現在の時刻は九時を少し過ぎたところ。

 硬貨の即売会は十時からだ。目的の売買が済むまで、大金を預かっている以上、気を抜くことはできない。

 フレスはヘナヘナとトランクを抱きながら崩れ落ちているが。


「ほら、フレス、シャキッとしろ。そのトランクはルーフィエさんが硬貨を買うまでは、お前が守らなければならないんだから」

「う、うん、判ってるよ……。でも、ボク、もう眠いよ……限界だよ……、……ぐー」

「寝るんかい……」


 叩き起こすことも考えたが、よくよく思い出せば、今朝方スヤスヤと眠っているフレスを起こしたのもウェイルであるので、仕方がないとそのまま休憩させることにした。

 どのみち十時までやることはない。ならば時間のあるうちに体を休ませるのが得策だ。


「ルーフィエさん。すまないがここで弟子を休ませてあげてはくれないか。ご覧のとおり、あまり体力のない子でね」


 普段のフレスが聞けば怒りかねない理由だったが、すでに夢見心地のフレスの耳には入らない。

 ルーフィエも快く承諾してくれた。


「十時までゆっくりしていてくだされ。部屋の設備は自由に使っていただいて構いません。ウェイルさんも付き合うのですかな?」

「弟子を一人にするわけにはいかないし、どの道この金を守らねばならない。下手に外をぶらつくのも危険だし、ここにいるよ」

「そうですか、了解しました」


 と言って了承してはくれたが、ルーフィエは少し残念そうにしていた。


「しかし、出来れば共に珍しい硬貨を見に行きたかったのですが……。私のコレクションにはないものも多くありましてね。貴殿と硬貨について語り合うのが楽しみでしたもので」


 コレクターとして、鑑定士と共に議論を重ねるのは楽しいのだとルーフィエは言う。

 その気持ちは痛いほどよく判る。

 お互いに知識を晒しあって、互いに知識を高めていける会話は、時を忘れて夢中になるほど、楽しいものだ。

 出来ればウェイルも、その会話をしてみたいと思う。

 ルーフィエの話は、プロ鑑定士にとっても参考になる点が多いからだ。

 彼ほどの生粋のコレクターの情報には嘘が少ない。これから硬貨を鑑定していく上で役に立つ情報ばかりだ。


「すまないな。カラーコインの件が片付くまでは、慎重になっていたい。イベントは後二日もあるんだ。是非明日から見て回ろう。付き合いますよ」

「そうですな。楽しみは明日に撮っておくとしましょう。それでは私は出展ブースの準備をしてきます。後は頼みますぞ」

「ああ。任せてくれ」


 ルーフィエが部屋を出ていくと、ウェイルも鑑定続きで凝りに凝った体を、うんと背伸びさせてリラックス。

 すやすやと弟子の寝息を聞きながら、時間までゆっくりしようと椅子に腰を掛けた、その時だった。


「ウェイルよ、気が付いたか?」


 寝ていたはずの我が弟子が、いつの間にかトランクの上に足を組み、ニヤリと笑っていた。


 この聞き覚えのある偉そうな口調。


「……フレス!? ……じゃないな。フレスベルグか!?」

「その通りだ。久しぶりだな。といっても三日も経ってないか」


 ウェイルの前に突如現れたその者は、眠りに落ちたはずのフレスの身体を借りて出てきた、フレスベルグの人格であった。



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