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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
339/500

諸刃の剣


「――教えてやる。その女はな――」


 男は一呼吸溜めて、そして言った。


「――プロ鑑定士、なんだってよ。まさかプロ鑑定士様に脅されて拷問される日が来るとは思いもしなかったよ」


「……プロ鑑定士か」


 ここまで話を聞いて、イドゥの脳裏には懐かしい顔が浮かんでいた。

 十中八九、あいつの仕業だろう。今も元気でやっているようで何よりだ。

 ……刺客を送った身としては、少し複雑ではあるのだが。


「イドゥ、知ってる? そのプロなんとかっての」


 クイクイと服の袖を引いて、ティアが見上げてくる。


「ああ、よーく知ってるとも。なんだか楽しみになってきた。何せ会うのは久々だからな……ハハ、ハッハッハッハッ!!」


 唐突に笑い始めたイドゥに、残されたティアと男はポカンとして顔を見合わせた。


「イドゥ、楽しそう。ティアも楽しめるかな……」

「楽しめるかも知れんな。……ああ、貴様、情報感謝する。おかげで色々と捗る」

「フン、こっちは仲間を裏切ってんだ。感謝なんてされても困る。……まあそろそろ組織のやり方も気に食わなかったし、潮時かもしれんな」

「嫌なことはさっさと止めるべきだ。人生そんなに長くない。無駄に使うのはよしておけ」

「人の命を奪うお前らが言うとは、これは傑作だ」

「確かにな!」


 そしてまたイドゥは高笑いすると、やけにご機嫌な顔を浮かべて、時計塔から去っていった。

 その後ろをチョコチョコついていくティアの後姿を、男はただ黙って見送ったのだった。


 





 ――●○●○●○――






 ――次の日。


 時の時計塔に戻ってきたイドゥ達が二階ホールにて見つけたのは、解放された奴隷達と、奴隷を拘束していたメルソーク会員達だ。

 駆けつけた時には、すでにメルソーク会員の連中全員が口から泡を吹いて倒れていた。


「まーた派手にやりおって。末恐ろしい奴だ」


 事前の情報や噂にて、明日ここで奴隷オークションが開かれるという情報を掴んでいたイドゥは、男からもたらされた情報にて、ここへ例の女がやってくると睨んでいたわけだ。

 その結果がこれで、イドゥ達は一足遅かったというわけだ。イドゥの情報も、実は結構あやふやな部分もある。


「やれやれ、アムステリアの奴も元気しているようで何よりだ」

「アムステリア? 誰?」

「先に情報を仕入れていた女のことだ」


 軟禁に使用されていた部屋の扉が、全てが粉々になっていたのも、彼女が蹴飛ばした後だからだろう。


「その女の気配、しないよ?」


 残念とばかりにティアが肩を落とす。


「大方ここの軟禁も解いたことだし、他の会場に向かったんだろうて」


 実は奴隷オークションが開催されるのは、この時の時計塔だけでなかったりする。

 確かもっとも大規模なオークションが開かれるのは西の『音の時計塔』だったはず。


「あいつも大変だ。さてワシらはワシらの仕事をしようか」

「うん? もう情報は仕入れたし、仕事は終わったんじゃないの?」

「一応はな。だが義理だけは果たさねばな」


 情報提供時の約束。

 果たす必要など全くないが、どの道ぶつかる相手なのだ。

 秘密結社『メルソーク』の総帥、シュトレームとやらを一度見てみたいとも思っていた。


「はーい、ティアが探すー!」


 ティアは床に耳をつけると、細かな音を探っていく。


「こっちから怪しげな音が!」


 といって、トテトテ勝手に走り出すティア。


「……どんな音なんだ……?」


 なんだか頼りになるのかならないのか判らないが、とりあえず彼女についていく。

 すると、大ホールへ続く扉にティアが耳を当てていた。どうやら音はこの中から聞こえたらしい。


「誰かいる。う~ん、気持ち悪い笑い方。殺したい」

「何と言っている?」

「次の奴隷はどんな声を奏でるか、楽しみ~、みたいなこと言ってる」

「……ふむ。あの男の言う通り、下種な趣味をお持ちの様だ」


 シュトレームは人の悲鳴や絶叫が好きだと言う特殊性癖の持ち主だという。

 正直人としてどうかと思うような趣味だが、何故だかティアが目を輝かせていた。


「ねーねー、ティアに良い考えあるんだ!」

「……言ってみなさい」

「ティアもね! 奴隷やってみたい!」


 嫌な予感はしたが、やはりティアも特殊な方の部類なのだろうか。


「……痛いぞ?」

「痛いの好きだよ?」

「…………」


 こうしてティアは鎖で結ばれて、イドゥに鞭で叩かれる役を、自ら引き受けたという。

 ちなみに叩かれているとき、ティアは恍惚な笑みを浮かべていた。








 ――●○●○●○――







「そーれ、そーれ、しっかえっしだ~♪」


 ぐちゃりと、生々しい音が大ホールに響き渡る。

 叩かれた痛みをそのまま返すと、ティアは息巻いてシュトレームの体を壊し続けていた。

 シュトレームには、すでに意識はない。

 それどころか、シュトレームの体はすでにこの世の住人の姿ではなくなっていると思えるほど、見るも無残な姿となっていた。


 ――しかしながら、彼はまだ生きていた。風前の灯という表現が相応しいほど弱弱しくだが。


 ただ、その命の灯を、無理やり維持させているのは、痛めつけている方のティアであった。

 ティアは無邪気だ。故に、遊ぶときはとことん遊ぶ。

 それこそティアが飽きるまで、とにかく遊ぶ。

 ティアにとって人の命に価値など無い。

 自分が楽しいか、楽しくないか、それしか興味がないからだ。


「あ、指が取れちゃった……。また直しちゃおー」


 壊れたら自分で修復して、そしてまた遊んで壊す。

 フレスは龍の持つ無限の生命力を分け与えて、人を助けることがある。

 それと同じ能力でティアは龍の生命力を分けて、人を無理やり生かしているのだ。

 自分の能力を使ってフルに使って、彼が死ぬギリギリで回復させ、死ぬことを許さない。

 同じ能力なのに、両者の用途は両極端だ。


「指の関節は~~、あっ、もう全部折れちゃってる! う~ん、じゃあ肋骨は……うう、全部折れてる~~……。また直して遊んじゃおっかな……?」

「嬢ちゃん、もうそこらへんにしておけ。次のこともあるし、こやつを一度ルシカの元へ連れて行かんとならん。他のメンバーとも情報を共有しておきたいし、早めに戻るぞ」


 イドゥもこれには流石にいたたまれなくなったのか、ティアに止めるよう告げる。

 だが、ティアはなんだか不満そうだ。


「ええーーーー!? ティア、もっと遊びたいのに!?」

「そいつの記憶が手に入れば、後は自由にすればいいさ」

「ホント!? うん、判った! ティア我慢するね!」


 ご機嫌になったティアは、ねじ切り取ったシュトレームの指をポイと投げ捨てて、イドゥに向かって抱きつくようにジャンプ。

 仕方なく、受け止めてやる。


「わ~い、おんぶおんぶ!」

「こら、血が付くだろう。しっかり手を拭いてきなさい」

「は~い!」


 妙に素直なティアは、イドゥの指示通り、トテトテと手を洗いに行く。

 水がないので、近くにあった書物を引き裂き、手を拭いている。

 そんな彼女の後ろ姿を見て、イドゥはどっと疲れた気がした。


(――諸刃の剣だな、こいつは)


 そんなことは百も承知していたことだが、それを改めて痛感する。

 こいつは笑顔で人をバラバラに出来る。

 しかもその心に悪意は一切ない。

 この無邪気さが、イドゥにはたまらなく恐怖で、そして最高に頼れる後ろ盾であった。

 何せこいつは、壊れた心と、龍の力を合わせ持つ、最強の兵器なのだから。

 とはいえティアの機嫌を損なわない様に気を使うのは、年寄りには骨が折れる。


「手、洗ったよ。おんぶおんぶ♪」

「これ、老いぼれに負担を掛けるでない」

「それ言ったらティアの方が老いぼれだも~ん」

「だったな……。なんとも複雑なことだよ」


 こうして秘密結社メルソークは、総帥であるシュトレームを知らず知らずのうちに失った。

 メルソーク会員がシュトレームの拉致を知らぬ以上、計画はそのままに実行されるだろう。

 イドゥがシュトレームに制裁を下し、拉致したのは、何も頼まれたからだけではない。

 この状況を利用するため、そしてシュトレームの持つ情報を手に入れる為にやったことだ。


「これからはワシがメルソークの総帥役だ。天才共の頭脳や行動力を、存分に利用せねばな」


 さしずめメルソーク総帥の贋作といったところか。

 贋作士の自分達としては、至極真っ当なやり方かもしれない。


「次、どこいくの?」

「……少し待てよ」


 次の行先を決める前に、イドゥはピアスに魔力を込める。

 しばらくして脳内に響いてきた情報。

 その情報から、これから何が起きるかあらかたの推測が出来た。


「音の時計塔か。なるほど、アムステリアめ、全部の奴隷を解放する気か……」

「次は音の時計塔に行くんだ?」

「そうなるかもな。だが一度ルシカのところへ戻るぞ。それが『条件』みたいだからな。そうだ、お前の仲間もそこにいる。是非会ってみればいい」

「仲間? ティアに仲間っていたっけ?」


 同じ龍同士、顔見知りだとは思うが、その関係性までは判らない。


「ニーズヘッグって知ってるか? お前さんの同族だろう?」

「え!? ニーちゃん!? ニーちゃんがいるの!?」

「ああ、いるぞ」


 思いの外ティアの反応は良い。どうやら二人の仲はよろしいようで安心した。

 どうやら『不完全』時代には、二人は会わせられていないようだ。何らかの事情でもあったのだろうか。


「音の時計塔、あそこは確か西地区だったよな。少しばかり時間もあるし、ニーズヘッグと遊んでおればいい」

「いいの!? ティア、ニーちゃんと遊んでいいの!?」

「お前達の遊ぶの基準がいまいち判らんが、人を殺さず遊ぶなら、好きなだけ遊べばいいぞ。それに今日は頑張ったし、ご褒美に好きなものを食わせてやろう」

「ほんと!? じゃあね、ティア、くまのまるやきが食べたい!」

「そ、それは難しいな……」


 イドゥの脳内に響いた言葉により、次の行先が決定した。

 彼らが次の向かうのは、西地区にある時計塔、通称『音の時計塔』。

 もちろん期日はいつものように『二日後』、つまりは集中祝福期間六日目だ。

 ただし、そこへ行く目的は、何故かアムステリア達と一致していた。


「ニーちゃんと遊べる……!! ……フフフ」


 ティアの無邪気すぎる笑顔に、イドゥとて気が付かなかった。


 ――ティアの目には強烈な殺気が孕んでいたことを。




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