狂気の目
小さな太陽が、扉を消滅させると、そのエネルギーの余波が風となり、辺りに突風を巻き起こした。
その暴風は、部屋の中まで影響を及ぼす。
ティアの放った光によって生じた暴風は室内を、まるで台風でも通り過ぎた後の様に、酷く荒らしていた。
「誰かいるの~?」
そんな散らかった部屋に、お構いなしにズカズカと入るティア。
それに続いてイドゥも慎重に入っていく。
すると、ティアの目は、部屋の奥でピクピクと動くものを発見する。
「あ~、いたいた! 人がいた! ねぇ、生きてるー?」
突風で壁に叩きつけられたのだろうか、壁際で苦しげに倒れ込んでいたのは、眼鏡を掛けた一人の男。
如何にも研究者の様な風体であった。
「イドゥ、男を見つけたよ! ほら!」
「は、離せ、何をする!?」
ティアはガシっと男の腕を掴むと、ぎりぎりと力を加えながらイドゥの前へ引きずっていく。
男がいくら暴れようとも、ティアは何事もないようにケロリと笑顔を浮かべていたが、よく見ると男の腕が真っ赤に膨れ上がっている。
どうやら男が暴れる度に、腕に込める力を強めていったようだ。
ティアの握力は万力をも凌駕する程の力がある様で、男も途中から抜け出すことを諦めたようだ。
これ以上力を加えられれば腕が潰れてしまうのは、傍から見ても明確。
最後の方は、男はティアの為すままとなっていた。
倒れた男を見下し、イドゥは問う。
「お前はメルソークの会員だな?」
「知らん。俺はここで演劇の準備をしていただけだ」
どうみてもそんな風体には見えないし、嘘をついているのは明らかである。
どうやらあくまでもしらを切るつもりらしい。
しかし、それは愚行と言うもの。
たった今ティアの恐ろしさを知ったばかりだと言うのに。
「メルソーク会員も案外頭が悪いんだな。お前さん、たった今何をされたのだ?」
イドゥがティアに視線を送ると、ティアの目がワクワクと輝き始める。
「ティア嬢ちゃん。この男を好きにしていいと言ったらどうする?」
「うんとね! ティアね! 切ったり剥がしたり、叩いたり焼いたりするのは飽きちゃったからね! 次はね、次はね! ――――――折ったり潰したりしようと思うの! どう!? 楽しそうだよね!!」
「――ひいっ!?」
男はイドゥに問われた時、冷静を装おうとしたはずだ。
だが、その意地や覚悟は、ティアの目を見て、すぐさま崩れ落ちた。
ティアの目、それは狂気の囚われている目そのものだ。
男はその目を見た瞬間から、全身を戦慄に支配され、ガタガタと体を震わせていた。
この娘なら本当にやりかねない、いや、むしろ率先してやってくると。
「いいの、いいの!? ティア、早くやりたい!」
「……どうする? お前さんが正直に答えてくれたら命はとらない」
「イドゥ、いつまで待たせるのー? ティア、早く遊びたいんだけど!」
もう我慢できないといったところか、ティアは男の腕を取る。
「あがああああああああっ!?」
腕に込められた力は、さっき以上の力が込められていた。ティアがリミッターを外そうとしているからだ。
ギリギリと音を立てながら、腕は血管が浮き出るほどに握られて、そして男の手は真っ赤に染まっていく。
「早くどうするか答えてくれ。うちの嬢ちゃんはこれ以上待ってはくれないようだ」
「イドゥ、早く遊ぼーよ!」
「わ、判った! 判ったから止めてくれ!」
こいつらは狂っている。狂っている相手に、交渉など出来やしない。
男はもう色々と諦めて、頭を垂れた。
「ティア、止めてやれ」
「ちぇー、つまんないのー。腕が千切れる音、また聞きたかったのにー」
本当につまらなさそうに男の腕を話すティア。
ティアは嘘や冗談をつかない。
彼女にとって、嘘や冗談でごまかさなければならない状況など、これまでに万に一つもなかったからだ。
嘘のつき方を知らないと言ってもいい。全て本気なのだ。
その事を心の底から理解した悟った男は、観念して語り始めた。
「俺達はアンタの言う通り、メルソークの会員だ。それで、アンタ達は何の用がある」
「簡単な話だ。俺達は三種の神器を奪いに来た」
「……そこまで知ってるのか」
嘘は通じない。この連中は、ほとんど全てを知ってここに来ていると男は理解した。
「全てを話せ。その方がお前の身のためだ」
「……判った。……三種の神器の一つ、『心破剣ケルキューレ』はこのラインレピアに眠っている。そしてそのケルキューレを封印しているのが、時の時計塔を中心とした全ての時計塔だ」
「なるほど。それでお前らの総帥はケルキューレにを手に入れようと色々と企てていたということか」
「ああ、そうさ。だが総帥の姿はほとんどのメルソーク会員は知らない。かく言う俺も、総帥とそれほど近しいわけじゃない。数回会っただけだ」
「どんな奴だ?」
「中年の男だ。正直な話、俺は奴が好きじゃない。気色悪い男だからな。趣味が女の絶叫を聞くことだと言っていた。そのために奴隷オークションを開催して女を手に入れたり、飽きた女を売り捌いたりしている。奴隷商売自体、俺にとってはどうでもいいが、とにかく奴のやることは鼻につく」
「……ふん。まさか敵と同感を覚えるとはな」
少し話してみたが、この男、やはり頭は良い。流石はメルソークの会員と言ったところ。
しかも総帥であるシュトレームと何度か会っているという。
ある程度の幹部以上でないと、面会すら許されないだろうから、男の持つ情報は信頼が出来る。
「もういい。どうせ上の連中は全員死んでるんだろ? ならどの道計画は失敗に終わるだろうし、全部話してやってもいい」
「では問う。時計塔の機動の仕方を教えてくれ」
「さあな。俺だって詳しいことは知らん。だが名前が関係しているそうだ。総帥はここ、時の時計塔以外の時計塔にメルソーク会員を配置している。詳しくは判らないが、そこへ行って誰かを尋問すれば判るんじゃないか?」
「ここ、時の時計塔には何がある?」
「知るか。ここは全ての中央。とすれば、四方全ての時計塔を起動させれば、おのずと動き出すんじゃないのか?」
男の目を見ても、嘘をついている感じではない。本当に知らないのだろう。
「お前ら、ケルキューレを手に入れるのか」
「無論だ。ワシの最終目的に必要だからな」
「そうか。なら一つだけ俺の頼みを聞いてはくれないか?」
「頼みだと……?」
脅されている人間が、脅している人間に頼みなど、なんと面白いことか。
イドゥは少し興味を持ち、聞いてみることに。
「なんだ?」
「総帥、シュトレームを殺してくれ。あいつはイカれてる」
「ほほう。まさかメルソーク会員が、自分たちの総帥を恨んでいるとは思わなかった」
頼みの内容が意外すぎて、イドゥも少し驚いていた。
「あのな、俺達は別にカルト宗教みたいな変な集まりじゃない。メルソークってのは、頭の良い連中が集まって、互いに考えたゲームなどをして遊ぶだけのクラブみたいなもんだったのさ。神器収集も、半ばゲーム感覚でやっていただけだ。だが今の総帥になってからは、やり方がとにかく汚い。俺達は確かに知能指数の低い人間のことなど、どうだっていいとさえ思っているが、奴のやり方は常軌を逸している。自分の趣味の為だけに奴隷を作り、拷問して遊ぶ。俺達はそんなことを望んでいたわけじゃない」
男が語るに、一部の熱狂的なファンが、今の総帥シュトレームを支持しているだけで、他のメンバーは忌み嫌っているそうだ。
ではどうしてこの男を初めとする他のメンバーが反旗を掲げないのかというと、単純な話、命を狙われるから+身の安全を考慮してのことだそうだ。
「ケルキューレは人の身に余る神器だ。下手をすればラインレピアの全てが破壊されてしまう可能性だってある。今の総帥なら、必ずケルキューレを使って変なことを企てているはずだ。奴の下にいれば一応は安全は確保される。俺はなんだかんだでまだ死にたくはないからな」
それから色々と話を聞いたが、メルソークという組織も、なんだかんだで内部のごたつきで大変らしい。
なんだか『不完全』の時のことを思い出して、イドゥも多少同情を覚える。
「総帥はいつもここのホールで気味の悪いショーを楽しんでいる。いい加減勘弁してもらいたいものだ」
「ティア、そいつと趣味合うかも!」
「……嬢ちゃん。仕事以外ではやっては駄目だぞ」
「は~い!」
「あ、あんたも大変なんだな」
男とは色々な会話が出来て、かなり有益な情報も手に入れた。
ここでの目的も達したようなものだ。
イドゥはティアを連れて、部屋から出ていこうとする。
その背中に男が声を掛けた。
「……俺は殺さないのか?」
「まあな。有益な情報を頂いたことだし、感謝の意も込めてな」
「そうかい。何ならついでに俺の頼みも頼むぜ」
「それはこっちの嬢ちゃんに頼んでくれ。年寄りをあまり働かせるでない」
「爺さん、あんまり歳には見えんがな」
クックと男が笑い、イドゥも出ていこうとした時、最初にティアが言っていたことを思い出した。
「……そういえば、二人いたんだったな」
この男の他に、女が一人いたと、ティアは言っていた。
「おい、お前さん。さっきまで女がここにいたな?」
「……ああ。そういえばいたな」
さっきの出来事であるのに、ティアやイドゥのことが強烈過ぎて忘れていたようだ。
「誰だ?」
「誰と言われてもな」
「殺されたいのか?」
「感謝の意はどうしたよ。まあ、口止めされたわけじゃないし教えてやる。正直お前らよりも怖い女だった」
――怖い。
そう思うということは仲間じゃないということか。
「話した内容もお前らとほとんど同じことだぜ。といっても、あっちの目的は奴隷オークションだったが。恐怖に慄いて余計なことまで喋っちまったよ」
「その女も三種の神器について知ってしまったということか」
「ああ。お前らも頑張れよ。その女、ケルキューレの話を聞いた時、なんだか楽しそうにしてたからな。もしかしたらお前らとどこかでぶつかるかもな」
男は、本当に楽しいと言わんばかりにクツクツと笑っていた。
「教えてやる。その女はな――」