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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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無邪気な邪龍 ティア

 イドゥが三階に降りると、そこにはすでにティアの姿があった。

 ただし、その姿はというとあまりにも常識からかけ離れたものだった。

 着ていた純白のワンピースは返り血で真紅に染まりきり、彼女のあどけない顔と、すらりと伸びた手にも、尋常ならざる量の血液がこびりついていた。

 そんな姿で、純粋無垢な笑みを浮かべてくるものだから、いくらイドゥでも悪寒を覚える。


「ティア嬢ちゃんよ、お前は一体、何をしていたのだ……?」


 ティアは何をしでかしたのかと、イドゥの質問する口調は、やけに慎重だった。

 対するティアはというと、遊び疲れた子供の様の如くテヘヘと笑ってこう返してくる。


「えへへ~、ちょっと遊んでたんだ~」


 周囲を見回すと所々に血だまりがある。よく見ると切断された何者かの腕さえも。

 これを遊んだと表現する彼女の神経は、一体どうなっているのだろうか。


「どうして口まで赤い?」

「久しぶりに人間食べてみようと思ったんだよ。でも全然美味しくなかった。残念。イドゥも食べる?」

「い、いや、遠慮しておく」

 

 そう言って彼女が指差したのは、無残にも身体を引き裂かれた躯だった。

 流石にイドゥでも、このティアの行動と姿には戦慄すら感じる。

 まさしく狂っている。

 この龍は、根本的に、心のどこか壊れているに違いない。


 ――『こいつが敵じゃなくて良かった』ではなく『味方で助かった』なんて、この歳になって初めて感じた心境だ。


「服、汚れちゃった」


 血塗られた手でワンピースを掴むものだから、汚れはさらに酷くなる。

 もう洗っても落ちるレベルの状態じゃない。

 尤も、普通の精神ならば洗ったところで、こんな服をもう一度着たいなんて思わないだろうが。


「……後でもっと可愛い服を買ってやる」

「ほんと!? イドゥおじさん、だ~い好き!」


 血塗れのまま抱きつくなと言いたいが、ティアの機嫌を損ねることはもっと勘弁しておきたい。

 血で汚れることもいとわず、甘んじて受け入れてやる。


「……ティア嬢ちゃん。このフロアの人間は殺さなくていい。判ったな」


 これ以上の惨劇を出すのも気分がよくない。

 人の死に慣れているイドゥでさえ、そう思ったほどだ。


「は~い。十分遊んだし、ティア少し疲れちゃったから殺さない」

「良い子だ」


 無邪気にじゃれてくるティアの頭を撫でた後、イドゥは目を瞑って、ピアスに魔力を集中させた。


『――三階二番ホール準備室に幹部の男が一人。詳しい話はそいつに』


「……よし。行くぞ、嬢ちゃん」

「うーん、イドゥ、だいじょーぶ? ちょっと疲れてるみたい?」

「心配するな。行くぞ」


 神器を使った代償というのもあるが、それ以上にティアのことが精神的に来ていた。

 いつの間にかグッショリとかいていた汗を手で拭う

 新たな情報を仕入れた二人は、情報にあった目的地へと向かった。






 ――●○●○●○――






「ここか」


 三階二番ホール準備室。

 時計塔内部には演劇用ホールがいくつか用意されていて、この部屋はその演劇に際しての準備物を置く部屋となっている。

 内部はそこそこに広く、衣装や小道具を置くスペースもある。

 二人はその部屋の前で、部屋の様子を窺っていた。


「ティア、中の声、聞こえるか?」

「やってみるよ」


 龍の耳は、こういう時に非常に役に立つ。

 扉に耳を当てて、ティアは内部の様子を窺った。


「どうだ?」

「聞こえるよ。男が一人に……女も一人いるかなぁ。多分中に二人いるよ」

「二人……?」


 情報では一人の予定。残り一人は誰なのか。


「あ。一人出て行ったよ。女の方だ」

「……ふむ。これで一応情報通りか」


 先程仕入れた情報と少し食い違いがあり、その女とやらがかなり気にはなったものの、これで情報通りの状況となった。


「どうする? まだ様子を窺う?」

「いや、もう行こう。急がねばまたイレギュラーなことが起きかねん」


 これ以上、状況の変化を待つのも、何が起こるか判らない分怖い。


「ティア、扉をぶち壊してくれ」


 扉には鍵が掛かっていた。入るには手っ取り早く吹き飛ばすのがいい。


「なるべく小規模に頼むぞ」

「は~い! ティア、頑張ります!」


 ティアが扉の前で、両手を合わせて合唱のようにする。

 すると手と手の隙間に、さながら太陽の様に輝く小さな球体が出現した。


「おじさん、ちょっと下がっててね。消し炭になっちゃうよ?」

「……うむ」


 一見比喩に聞こえて、おそらくそれは比喩じゃない。

 眩くて見ているのもキツイくらいの光の球だ。本当に炭になってしまうほどの威力があるのだろう。

 球体はまだ豆粒程度の大きさだが、それでも感じる膨大な魔力。


「えいっ!」


 ティアはその作り出した球体を宙に浮かべると、デコピンの要領で打ち放った。




 ―― ジュンッ ――




 光の豆粒は、扉に衝突するや否や、瞬時に扉を消滅させた。

 正直イドゥにも、今目の前で起きた現象が理解できなかった。

 扉が光で焼き尽くされたのか、それとも木端微塵にされたのか。

 扉は残骸一つ残していない。


 これはまさしく消滅。

 その表現しか見当たらない。

 ティアの光の力、それは消滅を生む力であった。


「さーさー、中にいる人ー、出てきてー」


 どしどしと敵のいる部屋に乱入していくティアの姿に、イドゥは再び戦慄する。

 龍のことは多少なりとも知識があったとはいえ、この龍はあまりにもイレギュラーだ。

 以前『不完全』にいたサラーや、ニーズヘッグとは明らかに一線を画する存在。


 そして思う。

 この力と対等、いや、それ以上の力を持つ三種の神器とやらは、如何ほどな代物なのかと。


「……益々欲しくなるな」


 ――震える腕は、ティアから受けた戦慄か、それとも武者震いか。





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