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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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悪趣味な演奏会


 ――集中祝福期間 四日目。


 ウェイル達がルーフィエ氏との再会を果たし、ラインレピアに到着したその日。

 場所は運河都市ラインレピア 中央の時計塔 通称『時の時計塔』での出来事だった。


「さっさと歩け!」


 時計塔の地下にある大型演劇場の舞台上で、しわがれた男の怒号と共に、風を切る鞭の音が轟いていた。

 鞭の音とはもう一つ、無機質に響く音がある。

 ジャラジャラという重苦しい金属音。

 手と足、そして首に付けられた錠の擦れる音だ。


「さっさと壇上へ上がれ!」

「あ……ひっ!?」


 甲高い少女の声が、時計塔に小さく響く。

 碌に食事も与えられなかったのか、歩き方を見ても衰弱が激しい。

 そんな少女が、壇上への階段で足をつまづかせるのも、誰もが予想できる光景だ。

 だが、その事に男の怒号と鞭が飛ぶ。


「ちんたらするな!」

「いやああああっ!!」


 バチンという、耳を劈く生々しい音。

 およそ耳にすることすら鳥肌の立ちそうな、おぞましい音を響かせながら、鞭はこれでもかとしなりあげていた。

 鞭打つ音が奏でるは、少女の悲鳴。

 そしてこの演劇を楽しんでいるのは、閑散としたこの演劇会場のど真ん中の席で、一人笑みを浮かべて腰を掛けていた男。


 初老だが、整った顔立ち。

 掛けたメガネからは知性が伺い知れ、嫌らしい笑みが全く似合わないほどの、落ち着いた雰囲気を持つ男だった。


「鞭のしなる音、人の悲鳴。いつまででも聞いていたい素晴らしい音色です。頭の悪い連中は、これくらいしてくれなければ生きるに値しませんね」


 そんな意味不明な感想を述べるは、秘密結社『メルソーク』に集まる天才達を束ね、この運河都市ラインレピアを裏から操る天才の中の天才、名をシュトレームという。

 このシュトレームは、第425代秘密結社メルソーク総帥という肩書を持っている。

 メルソーク代表と言うだけあり、彼の頭脳は歴史に出てくる天才らと肩を並べるほど高く、歴史上最高という噂まで出ているほどであった。

 事実、彼が代表になってからは、メルソークの活動は飛躍的に発展した。

 元々大組織であったメルソークだが、近年、神器の収集状況が芳しくなかった。

 その大きな原因となったのが大陸全都市協力の元に設立された『プロ鑑定士協会』の存在である。

 ちまたに出回っている神器は、そのほとんどをプロ鑑定士協会に集まり、管理されるようになった。

 これは神器の価値を確定させるためには鑑定と言う手順が必要であるということから、自然とそうなってしまった経緯がある。

 プロ鑑定士協会の台頭で、メルソークの活動は落ち込み、人が離れていき、気が付けば全盛期の半分程度となってしまっていた。


 そんな状況を打破し、再び三種の神器を狙い始めたのが彼であるわけだ。

 シュトレームは持ち前の頭脳をフルに生かし、数少ない情報だけで、三種の神器にまつわる情報を探し、そして手に入れた。

 彼にとってはプロ鑑定士協会など、敵とも思っていなかった。普通の神器に価値を見いだせず、ただひたすらに三種の神器を手に入れることを考えていたから。

 三種の神器の力をすでにメルソーク会員は目撃している。

 そう、テメレイアの手に入れた神器『アテナ』の力を目撃しているのだ。

 実の所シュトレームは、独自の情報からハンダウクルクスの地下に『アテナ』があることを予知していた。

 すでに先にアルカディアル教会が手を出していた為に、強硬入手を見送っただけである。

 シュトレームはメルソーク会員に、三種の神器の存在を知らしめるため、会員を秘密裏にアルクエティアマインへ送っていた。

 シュトレームの情報通りに、想像を絶する光景を彼らは拝むことができ、さらにシュトレームはその後こう宣言したのだ。


 ――『あの力は、我々選ばれた者にこそふさわしい』と。


 そういうことがあったことがきっかけとなり、彼に従う会員は増大していった。

 会員達は『この男ならば、本当にやってのける、そうしか考えられない』と、そう思ったそうだ。


 しかし天才とは、時として人の理解を超えたものを好むことがある。

 とりわけ彼の趣向は、常人のそれとはあまりにもかけ離れていた。

 まず彼はコミュニケーションをあまりとりたがらない。

 彼の指令も、そのほとんどは毎回変わる代弁者を利用する。

 噂によれば、自分以外の人間には嫌悪すら覚えているそうだ。

 そしてその噂は、もう一つの変わった趣向にも関係している。

 彼は自分以外のものが、とにかく嫌いなのだ。

 だから、他人が傷つく姿を見るのが、何よりも楽しいのだという。


「きゃあああああっ!! 痛い、痛いよっ!! もう許して……っ!!」


 金色の綺麗な髪を、鷲掴みで引っ張られている少女が、苦痛のあまり泣き叫ぶ。


「総帥。どうされますか?」

「そのまま続けてください」

「い、いやああああああっ!!」

「……素晴らしい」


 シュトレームの変わった趣味とは、人の苦しむ姿を見ること――さらに限定すれば幼い少女の悲鳴を聞くことであった。


「堪りませんね。続けなさい」


 その鞭は、執拗に少女の体に赤い痣を刻みこんでいく。

 やがて鞭の音と、悲鳴が止んだ。

 打たれていた者が、気絶したか、はたまた死んだか。


「素晴らしい、素晴らしい音色です」


 シュトレームは、この過激な演劇を十分満足した様子で、立ち上がり一人で拍手をしていた。

 パチパチと、手を叩くその表情は、うっとりと感動しているかの様。


「終わりましたね。最高の演劇でしたよ」


 ジャラリと、錠に繋がれた少女という名の楽器が、床へ崩れ落ちる。

 その楽器を演奏していた奏者の男が、スタンディングオベーションをしているシュトレームへと近づく。


「シュトレーム総帥。本日はこのくらいにしておきましょう。明日からの計画に差支えが出ます」

「そうですね。そうしましょう。明日からはいよいよ大詰めですからね。実に楽しみだ」


 シュトレームは、心地の良い音楽を聞き終えたように、一瞬喪失感にとらわれたが、すぐさま顔を上げて天井を仰ぐと、手を上げて拳を握りしめた。


「ついに、ついに我が手にかの神器を手に入れることが出来るのです。これが楽しみでなければ嘘というもの……!!」


 狂っているとは彼のことを刺す状態なのかもしれない。

 自分自身に酔いしれている彼を現実に戻したのは、彼の従者たる演奏者であった。


「シュトレーム総帥。全ての時計塔への配置を終了させました。明日、全てのパーツが揃います。しかし、これらを一体どうする気なのです? 我々も準備は致しましたが、計画の最終段階が判らない以上、これ以上動きようがありません」


 従者が恭しく、腰を下げた。

 その様子に、シュトレームの目は、何とも冷たい。

 自分以外の者全てを見下す、蔑みの目。


「そんなことも判らぬのですか。全く使えないクズだ」

「申し訳ありません。私達部下には、シュトレーム総帥に匹敵する知恵を持ち合わせておりませんので」

「当たり前のことを言うのも馬鹿のやることですよ」

「申し訳ありません。ですが、是非ともお聞かせ願いませんか?」

「……仕方ありません。一度だけ教授しましょう。お聞きなさい」

「ありがたく思います」


 従者のよいしょする葉に幾分機嫌を戻したシュトレームは、大げさに手を広げながら、舞台上に上がっていく。


「東、西、北、南。全ての時計塔は、神器で出来ているのです。それは貴方もご存知でしょう?」

「……ええ」

「時計塔はそれぞれ名前が付けられていますね。それぞれ東は『水』、西は『音』、北は『火』、南は『光』。これらの名は、ただの名ではないのです。私の部下です。ここまでヒントをあげれば、流石に気づくでしょう? 準備をしたのは貴方方なのですから」

「…………」


 従者の男は、少しだけ言葉を詰まらせたが、コクリと首を縦に振った。


「気づきましたか。ここまで言って判らないようではメルソークから脱退してもらうところでしたよ」

「…………」


 ここでシュトレームは、決定的かつ、最もしてはならない勘違いをしてしまっていた。

 今の従者の見せた一瞬の間は、ハッと言葉の意味に気づき理解したという驚きの仕草を取ったのだと。


 ――だが、実はそうじゃない。


 シュトレームは、満足げに、そして大袈裟に手を上げると、またも天を仰いだ。


「ああ、ついに我々の悲願が達成される。これで手に入るのですね……!!」

  

 そしてシュトレームは、ついにその名前を口にした。


「――『心破剣ケルキューレ』を――!!」


 彼がその名を発した瞬間だった。 

 闇を切り裂く光が、神々しくも切ない光が、シュトレームを包み込む。


「――ケルキューレ。その名をお前から聞きたかった。万が一にも間違いがあっては困るからな」


「なっ……!?」


 シュトレームにとって、これは人生で初めての経験かも知れない。

 そして、それは人生最後の経験となるだろう。


「な、な、な……なんですか、これは……!!」


 唐突に言葉が荒くなった従者の姿に驚くとともに、腹部から強烈な激痛が走ったのだ。


「ひ、光……!?」


 彼が愛してやまなかった眩い光が、彼の体を貫通するように突き刺さっていたのだ。


「シュトレームよ、全てを聴かせてもらったぞ」

「あ、あなたは……」


 シュトレームが初めて経験した事。

 それは誰かに出し抜かれたことである。

 天才ゆえ、他人を出し抜くことは数多くあったが、逆にやられたことは初めてであったのだ。


「あなたは、一体……!! そ、それに、この、光は、どうやって……!!」


 口から血を吐きながらも、シュトレームは、その男を睨み付ける。

 屈辱だったのだろうか。それもそうだろう。

 今までクズだとののしっていた相手が、今度は自分を見下す目をしていたのだ。


「誰が、この光、の刃、を……!?」


 血まみれの歯で歯ぎしりをするほど、シュトレームの顔は苦痛と憎悪で歪んでいた。

 とはいえその歯ぎしりは、単なる光の刃による損傷にて体が痙攣していただけなのかも知れない。

 そんなシュトレームなどお構いなしに、従者であったはずの男は余裕しゃくしゃくの顔でこう耳打ちをした。


「メルソークのことは全て判った。しかしお前さんはまだ若いのに、なんともあくどい趣味をしていたものだ。よくもまあ下の連中はお前みたいな下種の言うことをほいほい聞いていたな。さながら宗教だ。まあ、一部反発していた奴もいたがな。おかげで助かった」

「し、質問に、答えろ……!!」

「お前のような下種に答える解答など持ち合わせてはいない。楽に死ねると思うな? ティア」

「は~い。ねーねーイドゥおじさん! ティア、もう我慢できないよ! さっきの鞭、結構痛かったし、こいつにやりかえしていいかなぁ」


 現れたのは、先程鞭による演奏により壊れたと持っていた楽器、もとい金髪の少女。


「な……、貴方は……先程の奴隷の娘……!? な、何故……!?」


 すでに息を引き取ったと思っていた、シュトレームにとっては楽器にしか過ぎなかった娘が、どうしてか自分の目の前で、傷一つない姿で笑顔を向けている。


「ティア、ぶたれるのも楽しかったけど、ぶつのはもっと好きなんだ! やっていい!?」


 少女の瞳から正常な色が消えていく。

 やがて現れた色は、狂気に駆られた潔白の光。


「もちろんだ。贋作士のワシがいうのも何だが、こいつはクズだと思う。殺した方がいい。なるほど、さっきの男の言う通りだったか」

「うん! あ~、どうやって遊ぼうかなぁ~、フフフ、楽しみ……!!」


 実は、この悲惨な演劇の奏者はイドゥであり、そして楽器はティアであった。

 シュトレームに近づく為に、あえて彼の好きな演奏会をしてやったのだ。


「さあ! 遊ぶぞ~~!! おかえし~!」

「や、止め……!! あぐああああああああああっっ!!」


 ティアは容赦なく、シュトレームの左手の指を一本一本へし折っていく。


「あはは! 楽しいね、これ! それ、それ!!」


 これまでの報いを、シュトレームは最後に楽しむことが出来たのだった。


 

 ――さて、どうしてイドゥ達がここにいたのかというと、話は二日前まで遡る。

 


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