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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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仇の仇

 フロリアはまず、机の上に置いてある『セルク・ブログ』をひょいっと手に取った。


「さーって、全部話すと決めたし、何から話そうかなー」

「何でもいいさ。早く話せ」

「もう、ウェイルったらせっかちなんだから。そんなだとモテないよ?」

「大きなお世話だ」


 フロリアのやりにくい点として、まず表情が掴めない点が挙げられる。

 先程まで真実を隠そうとアタフタしていたかと思いきや、今は何故かすっきりした笑顔を浮かべながら、それでいてさながら悪戯娘の顔をする時もある。

 言ってしまえば、彼女の紡ぐ言葉一つ一つが、真実であるかどうか疑わなければならない。


「あー、ウェイルー、その顔、私を信用してないでしょー」

「信用するわけないだろう。お前、今まで何度人を裏切ってきたんだ」

「それはそうだけどさー。こうなった以上は信頼して欲しいんだけどなー。ブーブー」


 口をとがらせながら文句を垂れるフロリアに対し、ウェイルとフレスはというと。


「ま、今までが今までだからな。なぁ、フレス」

「うん。裏切ることが趣味なの?」

「ひ、酷い!?」


 今のは多少ショックだったのか。純粋なフレスが言うと威力はさらに倍増だ。

 それに対するフロリアの露骨な泣き真似が腹立たしい。


「あのね。確かに私は人を裏切ることは多かったけどね。でも唯一裏切ってない人がいるんだよ」

「誰だ? アレスか?」

「ううん。それはね、自分自身だよ」


 それはもう、まさにしてやったりと言わんばかりに自慢げに胸を張ってくる。


「偉そうに言うことかよ……」

「ウェイル、この人、どこかおかしいよ。お医者さん呼んであげないと可哀そうだよ?」

「ちょ、ちょっと! 私は普通ですってば! 何処も変じゃないって! あのね、これってすごいことだよ? 自分自身に嘘をついていないんだから!」

「……他人からすれば至極面倒くさい奴だよね……」

「……なの……」


 今のは流石にフレスどころかニーズヘッグすら引いていた。


「あのね、ニーちゃん。自分自身に嘘がないってことはさ。いわゆる自己中心的ってことになるんだよ。自己チューなんだよ? 私。凄いことだよ?」

「……凄いの、それ……?」

「当然だよー。自分さえよければ周りがどうなってもいいって、なかなか出来ることじゃないってば!」


 ジト目を浮かべるニーズヘッグに、フロリアはそんなことを諭していた。


「ウェイル、この人、やっぱりどこかおかしいよ。お医者さん呼んでも手遅れだよ」

「だな。フロリアよ、それを自慢げに思ってるなら、お前は凄い奴だ。大した精神力だと思うよ」


 周囲に全く興味を示さない。それはある意味凄いことだと思う。


「でしょでしょ! 凄いでしょ!?」

「褒めてねーよ」


 と、このような調子で会話が全く進まないのも、彼女と相対する時にウンザリする点である。


「自分だけが大事。自分中心。ということはね。私は自分の身を守るためならば、何だってするということだよ。自分が欲しいモノの為なら何だってする。そして――自分が大切にしているものならば何があっても守る」


 最後の一節のみ、フロリアの口調は強いものであった。


「……大切にしているもの、か」


 それはなんだろうか。

 これまで様々な人間を裏切り、破壊してきて、挙句の果てに仲間すら裏切った。

 こんな彼女がこれまで、唯一誠実さを見せた事。

 ウェイルの脳裏に浮かんだのは、たった一人の人物。


「なんだよ。お前、案外可愛いところあるんだな」

「なな!? またもやバレた!?」


 大げさなリアクションもまた、彼女らしいと言えばらしい。なんとやりづらい。


「アレスのこと、お前そんなに好きだったのか」


「ちょっ!? もう少し遠回しに言って!? そんな直球困る!?」


「セルク・ブログだもんな。こりゃアレスが欲しがりそうな物だよ」


 セルクマニアといえばアレス公。

 王都ヴェクトルビアの王アレスに勝るセルクマニアなし。

 そんな常識が、芸術を愛する者の間では通例となっている。

 何せあのセルク・オリジンを集めた張本人なのだ。セルクの作品の、およそ3割以上もコレクションしているというのだ。有名になるのも当然である。


「アレスにそのブログをプレゼントしたいというわけだな」

「ち、ちちちち、違うって!! これは私のコレクションを増やすために!」

「どの道アレスのコレクションルームに置くつもりだったんだろうが」

「ま、まあそうだけど……。他に置く場所ないし……」


 フロリア自身セルクマニアでもある。

 だが欲しいモノはセルクに関わる品だけではない。

 マニアとは常に二つの物を欲している。


 ――それは珍しい品と、自慢できる仲間だ。


 自慢できる仲間とは、フロリアにとって『不完全』でも『異端児』でもなかったのだろう。

 共に芸術を楽しみ、語り、酒の交わせるアレスだけだったのかも知れない。


「だがそれ、盗品だよな。そんなものを手に入れて、アレスは喜ぶのか?」

「だーかーらー、これは私のコレクションで、アレス様は関係ないんだってば」


 などと言いつつ、苦虫を噛んだかのような顔を浮かべるフロリア。


「ま、いいんじゃないか。アレスなら購入するだろう。オークションに出すよりも高額でな。金さえ出せば大抵の裏事情は全部消え去るだろう」


 アレスならばやりかねない、いや、絶対にやるだろう。

 アレスが本気になれば誰であろうと即決だろうから。

 一都市の王が狙っていると知って、譲らない相手は中々いない。

 限りなく黒に近いグレーな手段だって、アレスならば堂々とやりそうだ。


 だが、そこまでするならば、アレスにはちゃんとルールを守って購入をさせた方がすっきりするに決まっている。

 フロリアとて、芸術を愛する者。

 出来るなら正規ルートで手に入れたいと思うはずだ。

 ただ、今は目の前にお宝があったために、長年の癖で後先考えず盗んでしまったのだろう。


「どうする? 俺はそのセルク・ブログをアレスに渡すならお前を拘束することをしない。だが、アレスならばセルク・ブログの存在を知れば、必ず自分で手に入れようとするはずだ。違うか?」

「……うう、違わないけど」


 当のフロリアも、アレスを盗品売買に巻き込ませたくないという気持ちもあったのだろう。

 意外にも素直であった。


「判ったよ。これはウェイルに預ける。捨てるなり返すなり、好きにしてよ」

「ああ、ちゃんと返しておくよ」


 フロリアはシュンと項垂れていたが、おずおずとセルク・ブログをウェイルに手渡してくれた。

 ウェイルがセルク・ブログを受け取った瞬間である。


「さて! ではテンション上げて続きを話すとしますか!」

「うわ、びっくりした……!」


 アップダウンの激しすぎるところも、彼女のやりづらい点であった。







 ――●○●○●○――






「このセルク・ブログは、もう異端児にとっては必要がない代物。だからお前が持ち逃げしても何ら行動を起こしていない。単直に尋ねよう。異端児はこのセルク・ブログをどう活用した?」


 話が少し脱線していたが、結局ウェイルが聞きたかった情報はこれである。


「私の仲間には、感覚を司る神器の持ち主がいてね。その神器を使えば、感覚を他人と共有できるんだ。そしてその子は、一度覚えたことは絶対に忘れない記憶能力を持っている」

「つまりセルク・ブログの内容を記憶力の良い奴が見て、神器を使って、その視覚情報を他の仲間に伝送し、情報を抜き出したということだな」

「そういうこと」

「だから抜け殻と同然のこのセルク・ブログをお前が盗んだところで、誰も咎める奴はいなかったと」

「う~ん、多分後で嫌味なんか言われちゃんだろうなぁ。何せ今回のオークションではそれを盗む気なんてさらさらなくてさ。情報の抜き出しはばれない様にこっそりとやる気だったから」

「……お前がその作戦を台無しにしたんだな……」

「だって、アレス様へのいいお土産になると思ったんだもん!」

「盗品がお土産になるか!」


 盗品は、盗品と知らなくとも取引すれば犯罪となる。如何にアレスが後々裏で手を回すとしても、犯罪は犯罪だ。


「まあまあ、結局戻すことになったんだからいいじゃない。それよりもさ、そのセルク・ブログの中身、気にならない?」

「無論気になる。お前らがどんな情報を知りたいか調査しなければならないからな」


 なんて言いつつも、ウェイルとて人並み、いやそれ以上の好奇心は持ち合わせている。

 このセルク・ブログは返品する大切な品物とはいえ、少しくらい中身を見ても構わないだろう。


「せっかくだから鑑定してみたら? 実は私も内容は知らないんだ。ただね。私の仲間は、その内容こそが最も重要な手掛かりになるって言ってたよ」

「セルク・ブログの内容か……」


 パラリとページをいくつかめくってみる。

 当然のことながら、そこには普通の日記が記されていた。


「この日記、何らかの暗号になっているのだろうか」


 『異端児』が狙った以上、その可能性が非常に高いわけだ。


「ウェイル! ボクも手伝うからさ! 頑張って解読してみようよ!」

「そうだな。幸い今日は時間もあるしな」

「ボク、鑑定道具持ってくるね」

「……あれ!? 急に私が仲間外れになってる!?」


 本格的に鑑定モードへと移行したプロ鑑定士二人に、フロリアは置いてけぼりにされた気分。

 同じようにペタリと座り込んでいたニーズヘッグはというと、そそくさと鑑定準備をするフレスのことを見惚れていた。


「ニーちゃん、そろそろ帰ろうか……」

「……フレスに……縛られてる……。なんか……ぞくぞくする……なの……」

「ド変態でしたかそうですか」


 縛られて顔を赤らめエヘヘと笑うニーズへッグに、今度はフロリアがドン引きする番だった。


「おい、フロリア、お前まだいたのか。鑑定を始めるから、部外者はさっさと帰ってもらいたいんだが」

「私部外者!? そのセルク・ブログを持ちこんだ張本人ですけど!?」

「後で俺がちゃんと返しておくから。お前は帰った帰った」

「私異端児なんですよ!? もっと聞き出したいこととかあるでしょ!?」

「あるけどお前、そこまでは喋らんだろ。どうせ話さないならここに残す意義もない。それよりこれを鑑定してお前らの狙いを知る方が大切だろ」

「そう言われてみればそうだけどさー」


 確かに異端児のメンバーについてこれ以上喋る気はなかったが、そこまで言われると逆に喋りたくなるのが悪戯っ子の性である。


「ううう、でも流石に喋れないよなぁ……」


 変な葛藤にとらわれて、これまた変なリアクションをしていたフロリアは放っておくとして、ニーズヘッグにもここにいられては面倒だ。


「フレス。こいつの錠もとってやれ。さっさと帰った方が、お前の気も楽になる」

「……判った。ボクもこれ以上、こいつと同じ空気を吸っていたくないから」


 フレスはニーズヘッグと視線すら合わせず、氷の錠をコツンとつついた。


「……あ……」


 シュウシュウと氷は解けてなくなってゆく。

 ニーズヘッグはと言うと、氷が消えてなくなるさまを見て、何だか悲しそうな顔をしていた。


「さ、二人とも、帰れ。もうお前らに用はない」

「むむむ……。そう言われると帰りたくなくなるんだけど……。まあ、そろそろ仲間のところに戻らなければならないのも事実だし、いいよ。帰ってあげるね」


 鑑定を進めるウェイルの近くにいても、無視されるのが落ちである。

 座り込んで落ち込んでいるニーズヘッグの手を引いて――


「ちょっとニーちゃん! 早く立ってって!」

「……嫌だ……。フレスのとこにいたい……」

「面倒かけないの! 全くもう!」


 ――ではなく、引きずりながら、部屋から出ていこうと扉に手を掛けた。


「あ、そうそう」


 そこでピタリと動きを止めて、ウェイルの方へ振り向く。


「これだけ、教えておいてあげるね。私達の次の狙い。それはね、明日開かれるイベントに出展される、珍しいコインなんだってさ」


「――えっ!?」


 一瞬だが、この場の時が止まった気がした。


 今の台詞にはウェイルも絶句せざるを得ない。

 フレスも同じく目を丸くしながら、ウェイルと視線を合わせた。


「じゃあね。また会おうね! ウェイル!」

「ちょっと待て! その事、詳しく教えろ!」

「やだよー! ウェイルが帰れって言ったんだからねー」


 ウェイル達は急いでフロリアを追いかけたものの、結局逃げ足の速い二人に追いつくことは出来なかった。






 ――●○●○●○――





「珍しいコイン……。まさか、サウンドコインのことじゃないだろうな……!?」


 最後にもたらされた情報は、ウェイルに自分の運のなさを恨ませるのに十分なものであった。

 珍しいコインに、二人は心当たりがありすぎる。


「異端児の狙いが何であれ、あのイベントが狙われている以上、接触は避けられんな……」

「……だね。どうするの? テリアさんに報告するの?」

「今アムステリアがどこにいるか判らない以上、報告は難しいだろうが、一応試してみる」


 明日に迫った『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』。

 フロリアの情報だ。虚偽の可能性だって否定は出来ない。

 だが、これはある意味チャンスでもある。


「奴らがもしサウンドコインを狙っているのであれば、サウンドコインには何か秘密があるということ。それにだ」


 気が付けば手には汗。

 復讐心とも違う、形容しがたい感情が、ウェイルの拳を強く握らせていた。

 ちらりとフレスの顔を見る。

 フレスもウェイルと同じ気持ちなのだろうか。

 同じように拳を握り、そして判っていると言わんばかりに首を縦に振って応じた。


「『不完全』を叩き潰した連中の顔を、拝めるんだ」

「ボク、奴らを一目見てみたい。そしてね――」


 その言葉の先は、沈黙であった。

 二人は十分理解している。


 ――仇の仇に直接会う可能性があるというのだから、二人の思いはただ一つ。



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