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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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嘘つきメイドと演技派フレス

 セルク・ブログの話題が漏れてしまったことが原因だろうか。

 周囲の客も、なにかったのかとウェイルへちらちら視線を飛ばしてを話題にし始めていた。

 流石にこの場に留まることはまずいと判断したウェイルは、ひとまずこの場から離れることに。

 無論フロリアらをこの場に残すこともまずい。


「こっちこい」

「キャッ!? いきなり腕を!? ウェイルったら大胆!?」

「ふざけてると殺すよ?」

「目が怖いよ、フレスさん……」


 半ば強引にフロリアの腕を引っ張り、自室へと連れ込んだ。

 ニーズヘッグが目に前にいるからだろうか。フレスの顔から表情が消えている。

 とりあえず『セルク・ブログ』はウェイルが預かり、フロリアとニーズヘッグには、フレスの精製した氷の錠を掛けた。


「あ、あの、ウェイルさ。この氷の手錠、外してくんない? 冷たくて我慢できないんだけど」


 錠を掛けて早々、フロリアが駄々をこねはじめる。

 冷たいのは百も承知だが、こやつを自由にさせるのも気が引けた。


「どうする? フレス?」

「この人の手錠は別にとってもいいよ。どの道たかが人間、ボク相手には何もできないよ。でもニーズヘッグだけは駄目」

「だそうだ。それでいいか?」

「どうなの? ニーちゃん?」

「……全然……構わないの……。むしろ……あった方が……落ち着く……」

 

 手錠を見て顔を赤らめるニーズヘッグ。


「あーあー、そうだったねー、そういうことが趣味だったね、ニーちゃんは」

「動かないで。割れた氷で怪我するよ」


 フレスがフロリアの氷の錠をコツンと叩く。 

 すると氷は見る見る砕け、フロリアは解放された。


「あー冷たかった。全く、突然氷の錠を掛けるなんて酷くない?」

 

 冷たくなった手をはぁっと息を吐いて温めながら、フロリアが抗議してくる。


「お前、自分の立場理解してんのかよ。お前みたいに得体の知れない奴を部屋に入れるんだ。拘束するのは当然だ」

「うー、まあ私『異端児』のメンバーだしなぁ。うん。普通だよねー」


 一応、自分が不審人物である自覚はあるようだ。


「でもさー、ウェイルの気持ちも分からなくはないけど、私だってこれでもか弱い女の子なんだよ? 少しは手加減してくれてもいいでしょ」

「か弱い女が盗みなんぞするか」


 自らか弱いという女に限って碌なものではないと痛感させられる。


「どうして盗んだ?」


 机の上に置いたセルク・ブログを指す。


「どうしてって、欲しかったから」

「お前、言い訳はした方がいい時もあるんだぞ……」

「いやー、セルクと聞いて体が勝手に動いちゃってさー、ナハハ」

「笑い事じゃねーよ」


 フロリアのセルクマニアっぷりは、アレスと肩を並べてもおかしくなさそうだ。

 後先考えない無駄な行動力から見て、セルクに対する執着心はアレス以上かも知れない。

 ……ただのバカなだけかも知れないが。


「これ、本物か?」

「さあねえ。私はオークションから盗み出しただけだからさ。贋作かも知れないし本物かも知れない」


 ニシシと笑いながら、フロリアはベッドの上にぴょいと身を投げた。


「ウェイルが鑑定してみたらいいじゃない。プロなんだからさ」

「言われなくてもするさ。お前が俺を騙しているかも知れないからな。後、勝手にベッドを使うな」

「信頼無いねぇ、私」

「あるわけないだろが。早く降りろ」

「それもそっか」


 何が面白いのか、フロリアの表情は楽しそうだ。

 その様子に、フレスはムッと来たらしい。

 珍しく険しい表情で、フロリアに迫った。


「フロリアさん、お仲間はどうしたの?」

「う~ん、どうなんだろねぇ。多分今頃普通にオークションで遊んでると思うけど」

「どうして? 目的の品が無くなっちゃったんだよね。フロリアさんがここにいるってことはさ。だったらフロリアさんが何らかの事件に巻き込まれたか、それとも逃げたか考えるのが普通だと思うな。なら探すよ、普通はさ」


 それは先程からウェイルも気にしていたこと。

 ここにフロリアがいる時点で、仲間はフロリアを探しているはずである。

 それが助けるためなのか、それとも追いかけているのかは定かではない。

 しかし、どちらにしても追われていることに代わりは無いのだ。

 だとすればこのフロリアの余裕は何なのだろうか。

 彼女の表情は、なんだか酷く安心しているように見える。ベッドで寝っ転がってるのがいい証拠だ。


「何でそんなにのんびりしてるの?」

「う~ん。簡単に言えば、うちの仲間は皆自由気ままなんだよ。何せ『不完全』という群れから逸脱した『異端児』なんだからさ。ね、ニーちゃん」

「……なるほどな」


 こいつはある意味嘘が下手だ。

 ウェイルとフレスは、同時にこう感じていた。

 

 フロリアは、人を欺く嘘を吐くのが、異常に上手い。

 何年もヴェクトルビア国王アレスを騙し続けて、側近を演じ続けていたくらいだから。

 でも、自分自身を守るための嘘は、致命的に下手くそだ。

 ヴェクトルビアでも、ルミエール美術館では、粗末なボロから嘘がばれている。

 何とか間を取ろうと、無言のニーズヘッグに話を振るあたり、無理やり話を変えようとしているように見える。


「ウェイルはどっちだと思う? 放っておかれているか、それとも――――目的はすでに遂げているか」

「後者だな。いや、正しく言えばどっちもだろうな」

「ボク、確かめてみるよ」


 ニーズヘッグと遊んでいたフロリアの前に、フレスは『セルク・ブログ』を持っていく。


「ねぇ、フロリアさん。もうこのセルク・ブログは要らないってことでいいんだよね? もう欲しいものは手に入ったんだろうしさ」

「……へっ!?」


 突然のフレスの問いに、フロリアの目をまんまるにさせた。


「な、なんでバレ……!? ……こほん。一体何のことですかな?」


 心の声がすぐに漏れるのがフロリアの癖なのかも知れない。なんだかステイリィに似ている。

 取り繕い方がなんとも幼稚だ。


「だってさ、ウェイル」

「……こいつ、やはりアホだな」

「アホって言うなー!?」


 今ので流石のフロリアも、誤魔化しは出来ないと踏んだはずだ。

 だからと言って真実を語る気もないだろう。

 多分この時点でバレても問題は全くないのだ。だからこその、この余裕な態度。


「お前、嘘が下手すぎだ。仲間がお前を追いかけないという時点で、そのセルク・ブログにはすでに用事はないということだ」

「贋作だからってことかも知れないよ」

「贋作士のお前が贋作を大切に持ち歩くかって話だ。……しかし、こいつは一体なんなんだ……?」


 フロリアにはそう言ったが、こいつが本物である証拠は特にない。

 見た目は、噂に聞くセルク・ブログの本物にそっくりなだけに、扱いには慎重になるウェイル。


「何なんだろうねぇ? 偽物かも知れないし、贋作かも知れない。本当に私には判らないよ? ちなみに鑑定書はなかったもんね~」


 その様子を見て、フロリアがちゃちゃを入れてくる。


「私はただ盗めと言われただけなの。だから私にはこれが本物かどうか判らないの! 信じて!」


「…………」


(いや、顔が笑っている時点で、お前知ってるだろう……)


 腹の立つことだが、こいつは例え拷問されても口を開きそうにない。

 ここにある鑑定道具だけで鑑定するのは難しいだろう。

 ならばここはフロリアには一番効果のある方法を試してみるのが良さそうだ。

 チラリとフレスにアイコンタクト。

 ここまでずっと旅を続けた仲だ。それだけで十分理解したのか、フレスも頷き返してくる。

 よしとウェイルが頷き返すと、フロリアの前に置いたセルク・ブログを、フレスはおもむろに持ち上げた。


「こいつは贋作だ。プロ鑑定士として贋作は処分せねばならない。フレス、やっちゃってくれ」

「そうだよね! ボクなら、こんな贋作、一瞬でバラバラに出来るからさ。プロ鑑定士としての初仕事!」

「ああ、頼む。思う存分、ぐちゃぐちゃにしてくれ」

「任せてよ、師匠!」


 フレスが右手に冷気を集中させて、そして出来上がった氷の剣。


「こいつで切り刻むとするよ!」


 フレスがセルク・ブログを一刀両断せんと、腕を振り上げた、その時。


「だ、だめだめだめえええええええええええええ!!」


 ガバっとフロリアはフレスの腕に抱きついた。


「いやいやいや、違うって!! これは本物のセルク・ブログなんだってば! これがないと私、どうアレス様に御詫びすればいいのか判らないよぉ!」


 フロリアに最も効く拷問方法。

 というよりは、芸術を愛する者全般に効く方法。

 それは芸術品を、それを欲している、価値を判っている本人の前で破棄しようとすることだ。

 例えそれが自分の所有物でなくても、コレクターならば命を賭けて守りたいと思うのが常だ。


「これは間違いなく本物なの! 私が盗んでからずっと鑑定していたんだから間違いないの! だから切っちゃ駄目!!」


 どんな拷問でも耐えきる者が、コロリと簡単に転ぶ。これが芸術の凄いところでもある。


「フレス。もういいぞ」

「うん。どう? ボク、結構悪くない演技だったでしょ?」

「ああ。お前の顔を見ていると、本当に切ってしまうかと思ったほどだ」

「そんな~、ボク、そんなに怖い顔してた?」


(気づいていなかったのか)


 フレス本人には自覚が無いかも知れない。

 だが、あのフロリアが演技に引っかかってしまったほどだ。

 それほど、フレスはとても怖い顔をしていたのだ。

 フレスは無意識かも知れないが、ニーズヘッグが近くにいることへの嫌悪感が、如実に顔に出ていたのではないかと思う。

 実際、フレスは先程からかなりの威圧感を放っている。言葉づかいもチョイチョイと鋭いし、師匠として、見ていて危なっかしい場面も多い。

 フレスの過去の話は聞いたので、気持ちは判らなくもない。

 大親友の仇が、今ここにいるわけだから。

 ひとまず話の焦点をフロリアに戻そう。


「フロリア。もう全部吐いてしまえ。アレスが、何だって?」

「えっと、あのー、……やっぱり話さないとダメでしょうか? ご勘弁していただきたいのですが」

「……下手くそな敬語だ」

「ウェイルは人のこと言えないけどね」

「…………まあそれはいいとして」


 この期に及んで、フロリアは未だにしどろもどろ。

 そんなフロリアの態度に我慢できなかったのか、フレスがフロリアに近づいて耳打ちした。


「話してくれないとさ。永久に凍らせちゃうよ?」

「ヒイイイイイイイイ!?」


 フレスの言葉は、威力抜群だ。本当にやりかねないと、心底震えが来るほど。

 それほどの迫力が、今のフレスにはある。

 その顔を横で見ながらうっとりしているニーズヘッグは別にして。


「全部話せ。嘘偽りなくな」

「わ、判ったよ。よし! もう覚悟決めた! どうなってもいいや! そっちの方が面白いし!」


 観念したフロリアは、今度こそ嘘偽りのない話をし始めた。


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