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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
326/500

フレスはやっぱりフレス

 午前十時。

 二人と、そして依頼人であるルーフィエは、無事ラインレピア『セントラル地区』駅に到着していた。


「お二人とも、よく眠れましたかな?」

「ああ。良い景色も見られたし、最高だったよ」


 一番最前列の一等客室から降りてきたルーフィエ。

 一般客室から出てきたウェイル達に、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。


「……しかし本当によろしかったのですか? お二人にはもっと良い席をご用意いたしましたのに……」

「気にしないでくれ。いつも通りの旅が、一番落ち着くから」

「そうだよ! 変に豪華な部屋だと、眠れないからね!」


 ルーフィエは今回、ウェイルを専属鑑定士として自分に付き添うように依頼を立てた。

 専属鑑定士に不自由な目に遭わすのは、自分の名誉に傷がつくとして、二人には豪華な一級客室を用意しようと配慮してくれていた。

 一級客室は、一般客室の十倍以上もする、上流階級御用達の客室である。なまじ軽々しく利用できるものではない。

 誰もが一度は乗ってみたいと願う一級客室であるが、こともあろうにウェイルとフレスは、ルーフィエの心遣いを断ったのだ。


「申し訳なかったな、せっかくの申し出を」

「いえ、私としても、不躾な真似をしました。私がいればお二人のお邪魔になっていたことでしょう」

「ボク達の邪魔?」


 言われた瞬間には言葉の意味がを理解しかねたが、しばらくして意味が理解できると、フレスが大声を上げる。


「ええええ!? る、ルーフィエさん、何言ってんのーーーー!?」

「そ、そんなことはないが……」


 チラリとフレスを見ると、これまた判りやすく顔を赤くしていた。

 もっともウェイルとてフレスと同じ色をしていたのだから、ルーフィエとしても判りやすい。

 二人の様子にルーフィエも満足そうだ。


「お二人は本当に仲がよろしいですな。羨ましい限りです」

「……そ、そうだな……」


 半分からかいもあるだろうが、照れで何も言い返せないウェイルは、そう答える他なかったのだった。


「ル、ルーフィエさん、さっさと宿を取りに行こう! 急がないと今日は野宿だぞ!」

「そ、そうだよ! 急がないと良い部屋なくなっちゃうよ! だって今、集中祝福期間なんだからさ!」


 こういう時は話題を変えて逃げるに限る。どうやらフレスも同様に逃げたいようだ。


「大丈夫ですよ。まだ十時ですし、それに予約だってすでにしていますから……って、ウェイルさん、押さないでくだされ!」

「さあさあ、さっさと宿に行こう!」


 女性関係のことを言われると、まだまだ青いウェイルである。






 ――●○●○●○――





 ……そんな小心者なウェイル達の、とっさに思いついた逃げる理由のおかげなのかは判らないが、依頼対象のイベントである博覧会、『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』の会場に近い宿へ、まだ人が込み合う前に辿り着くことが出来ていた。

 目の前に現れた、なんとも豪勢そうな外観の宿。

 敷地の広さだけでも驚かされるのに、隅々まで行き届いた清掃、豪華な内装、飾られた絵画など、数を挙げればきりがないほど目を見張る場所ばかりだ。


「な、なんなの!? この宿!?」

「ラインレピアだからこその建築構造だよな。宿というよりホテルだな」

「あっ! ウェイル、この絵画、セルクの作品じゃないの!? 番号が書かれてある!」

「うむ……、一見すると本物っぽいな……。これほどのホテルだ。贋作を飾るとは思えないし本物かもな」

「凄いねぇ! ヤンクさんのホテルとは全然違うよね~!」

「あんなボロ宿と比べるな。このホテルに失礼だ」


 このホテルには面白い特徴があって、なんとホテル自体が運河の真上に建設されていた。

 ホテルの一階部分の床は全てガラスで出来ており、さながら運河の上を歩いているような感覚を楽しむことが出来る。

 ロビーの内装も豪華であったし、ヤンクの宿と比べるのは、失礼極まりない。

 そんなホテルの内装を楽しんでいる中、ルーフィエが二人の元へやってきた。


「はっはっは、気に入ってもらえましたかな? どうぞ、お嬢さん、部屋の鍵ですぞ」

「ありがとー! ボク、先に部屋行ってるねー!」


 鍵を受け取るや否や、ぱぴゅーんという効果音が聞こえてくる程素早く、フレスは自室へと向かっていった。


「俺の分の鍵は?」

「ウェイルさんの分ですか? そりゃもちろん、ありませんよ?」

「…………」


 なんだか予想できていたこの状況。

 ルーフィエが余計な気を回してくれたのだろか。


「……どうしてないんだ……。しかももちろんって……」


 ルーフィエは案外意地悪で、そして気さくな性格であることを、この時ウェイルは痛感した。


「お二人はいつも同じ部屋に泊まっているのでしょう? 別々にするのは悪い気がしまして」

「別に好きで同じ部屋に泊まっているわけじゃないんだが……」


 普段は単純に数が無かったり、予算の問題である。


「どうしてフレスと同じ部屋なんだよ……」


 ウェイルにあてがわれた部屋と言うのは、二人用の部屋が一つであった。

 鍵は先にフレスが持って行っている。この場にあるわけがない。


「ウェイルさん達は師弟水入らず、ごゆるりとしてください。私は個室で十分ですので」

「……ルーフィエさん、少し俺で遊んでないか?」

「トンデモナイですよ! まあ、人生の先輩からのプレゼント、ということにしておいてください。いやはや、私も若い時は妻と一緒に旅をしたものです」

「ははは……、そ、そうか……。判った、二人部屋でいいよ……」


 なんだか話が長くなりそうなものだから、ウェイルは適当に切り上げるとに。




 ――――――――


 ――――


 ――


「さて、フレスの奴、鍵を貰った瞬間に部屋に向かったということは、たぶんやってるな」


 フレスが待つであろう部屋に入る前に、ウェイルは部屋の扉を少しだけ開けて、中をこっそり覗いてみた。


「……やっぱりな」


 純粋な感想を述べると、フレスはやっぱりフレスだということだ。

 ルーフィエが企むような関係になるのは、やっぱり難しそうである。


「フレス、お前はやっぱり子供だよ」

「うぇ、ウェイル!? いつから見てたの!?」


 扉を開けると、びっくりしてフレスは固まってしまう。


「少し前から見ていた。具体的に言えばそうだな。お前がベッドに飛び乗って、ぴょんぴょんジャンプし始めた時か」

「そ、それって最初からじゃない!?」


 ふかふかのベッドがあれば、フレスは遊ばずにはいられない。

 枕があれば投げずにはいられない。

 一人枕投げで大はしゃぎ、しかもそれがバレて固まっている弟子の姿を見るのは、なんとも情けなくなる。


 ……きっとルーフィエ氏の妻は、こんなことをしなかっただろう。


「お、怒ってるよね……?」


 投げようと振り上げた枕を抱きしめながら、ウルウルと涙ぐんでいる。

 お約束の展開と光景に、怒りと言うよりも、呆れの方が強い。


「安心したよ。フレスはやっぱりフレスだ」

「それどういう意味!?」

「そのままの意味だよ」

 やっぱり、いつも通りのフレスは、妙に安心する。





 ―――●○●○●○――





「ねぇ、ウェイル。お仕事って、明日からだよね?」

「ああ。ルーフィエ氏も、今日一日はゆっくりしてくれと言ってくれたからな」

「ゆっくりするの?」


 なんて言いつつ、期待の視線を送ってくるフレスに、思わず苦笑い。


「するわけないだろ。さ、外に遊びに行くぞ」

「待ってました! 流石は師匠!」

「現金な奴だよ。まあ折角ラインレピアに来たんだ。観光しないだけ損だ」

「うんうん! じゃあ早速行こうよ! 美味しい食べ物がボクを待っている!」

「クマはないがな」

「!?」

「驚きすぎだって……」


 ということで、二人が繰り出したのは、運河都市ラインレピア中央区域『セントラル』。

 広大なラインレピアの中央であり中心のこの地区は、競売都市マリアステルに勝るとも劣らぬ活気を見せていた。

 表の大通りから、隙間の裏路地まで、至る所で出店が出て、商売をする声で溢れていた。

 ただマリアステルと大きく違うのが、その出店の内容だ。

 マリアステルは競売都市故に、言ってしまえば何でも売っている。

 宝石から芸術品、食料品に土産物。衣服に靴に、とにかく何でも揃っている。

 しかしながら、この都市の出店の傾向は、一極化していた。


「……美味しそうな匂いが全くしないよ……」

「そうだろうな」

「ねぇ、ウェイル。もしかしてラインレピアの出店って、全部こんな感じなのかな……?」

「少しは例外もあるだろうが、まあ大抵こんな感じだな」


 折角ラインレピアの都市巡りを始めたというのに、フレスの表情は暗い。

 宿を出た時からお腹をキューキュー鳴らすフレスは、大通りに並ぶ出店のラインナップを見てブーブー文句を垂れていた。


 その理由はというと――


「――食べ物屋が全く無いぃぃぃぃぃっ!?」

 

 そう、フレスの楽しみの一つである買い食いが一切出来ないほど、食べ物を売っている店が少なかったのだ。


「芸術の都だからな。仕方ないだろ」


 出店の多くは、芸術品・美術品の販売であったわけだ。


「へぇ、絵画や彫刻だけでなく、金細工や宝石加工まで……。お、メガネや時計専門の出店まであるぞ? こりゃ興味深い」


 また、販売だけではなく、その場で絵画を書いてくれたりだとか、金属を加工してアクセサリを作ってくれたりだとか、そう言った出店も数多い。

 そんな数々のラインナップに、ウェイルは柄にもなく興奮していた。

 鑑定士だけでなく、芸術に趣を置いている者であれば、誰もが興奮する光景である。

 今頃硬貨コレクターのルーフィエ氏も興奮の渦中にいるかも知れない。

 ただ、唯一、フレスだけは、興奮どころか不満たらたらであったりする。


「ウェイル! 食べ物屋探すよ!!」

「ちょっと待て、俺はあの時計屋を見ていきたいんだが」

「ダメ! ボク、もう我慢できないんだから! お昼ご飯どころか朝ご飯だって食べてないんだよ!?」


 朝日の光景に興奮して忘れていたと思っていたが、ちゃっかり覚えていたようだ。

 汽車を降りて、宿を探してと妙に忙しくて、間に食事を摂る暇が無かったのだ。


「心配するな、俺だって腹は空いているんだ。飯は食いに行くって。でも、少しあの時計を見させてくれよ」

「ダメッたらダメ! ウェイル、一回時計を見始めたら長いでしょ!? 仕事でもないのに勝手に鑑定始めちゃって、贋作だったら怒るくせに! いつもそれで時間掛かるでしょ!?」

「……うっ」


 職業柄、つい無意識に鑑定してしまう癖があるウェイル。

 しかもその鑑定は、きっちりとやってしまうものだから、結構な時間を要することが多い。

 その間、フレスは待ちぼうけを喰らうことが多々あるのだ。


「時計は後でね! さあさあ、先にご飯だよ!」

「わ、判ったから引っ張るなってば! ……あ、あれはもしやリアネックスの限定エメラルドコーティング!? 興味深い……――って、痛い、痛いって! 耳を引っ張るな、フレス!」

「鑑定は後でしてって! 職業病だよ、ウェイル~!」


 ということで珍しくウェイルの手綱をフレスが握る形で、二人は昼の食事へと向かったのだった。


 セントラルにそびえる時計塔の鐘が鳴り響く。

 荘厳なる鐘の音は、ラインレピアの平和を祈りながら、正午の時を告げたのだった。



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