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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
322/500

おかえりフレス

 マリアステルでは、ウェイルに会いたいとルーフィエ氏が来訪していた。


「お久しぶりですな、ウェイルさん」

「本当にお久しぶりだよ」


 自室の有様で客人を迎えるわけにはいかなかったので、急遽ウェイル達は場所を変更してルーフィエを迎えることに。

 ちなみに、その場所と言うのがこの殺風景な部屋である。


「フレスがプロ鑑定士になって本当に良かったよ……」

「ウェイルに部屋を貸す為にプロになったたわけじゃないんだがな」


 そう、プロ鑑定士試験に合格したフレスは、正式に個室を与えられていた。

 もっとも、一人でいることが苦手なフレスのこと。

 ほとんどその個室を使うことなく、未だウェイルの部屋から離れようとはしなかったため、新品同然の綺麗なまま残っていた。

 そのおかげでルーフィエを迎えるのに丁度良かったので、助かったとも言える。


「今日はどうしたんだ?」


 唐突過ぎる訪問に、正直ウェイルも面を喰らっているのが本音である。

 とはいえ、彼の来訪の理由も、なんとなくだが判っていた。


「少しばかりカラーコインの鑑定の結果が気になりましてね」

「か、カラーコインか……」


 やはりというべきか、むしろウェイルを訪問する理由はこれしかないか。

 以前託されたカラーコインの鑑定結果を、訊ねに来たというわけだ。

 ウェイルとしては、非常に困る質問だった。

 何せあの硬貨、預かってから相当なる時間が経っているのに、そのほとんどを解明できずにいたからだ。


「……実は……」

 

 ルーフィエ氏には、長いこと待ってもらっている立場だ。

 鑑定がまだ済んではいないということを、正直に言うのは気が引ける。

 しかし事実を伝えねばならないのも事実である故、ウェイルは珍しく苦笑いを浮かべていた。


「そのことについては謝らねばならない」


 そう言ってウェイルは立ち上がると、部屋の金庫から持参したカラーコインを出して、机の上に丁寧に並べた。


「正直に言おう。このカラーコインの鑑定は想像を絶する難しさだった。故にまだ、鑑定を終えていない」

「……ふむ」


 カラーコインを借りてから、大きな事件が立て続けに起きたという運の悪さもある。

 しかしそんなことを、鑑定を終えられなかった理由にするのは、いささかプロとしての意識が欠けていると認めるようなもの。

 だからウェイルは正直に話し始めた。


「鑑定を終えられなかったのは俺の実力不足だ。申し訳ないと思っている。だが、いくつか判ったことはある。このカラーコインは、おそらくだが旧時代の産物だ」

「……旧時代ですと……!?」


 旧時代の芸術品だったとは、ルーフィエも想定していなかったのだろうか。目を丸くしている。


「それは間違いないのですかな……?」

「ああ、おそらくな。俺達はこのカラーコインの材質や、塗料を研究した。材質はおそらくミスリル。だが、ミスリルはこの時代の硬貨にも使われることはある」

「でしたらどこで旧時代と判断したのですか?」


 ウェイルは赤い硬貨を指さした。


「この彫刻と、刻まれている模様だ。この模様だが、一見イラストに見えるが、実は文字となっている」

「……文字ですか。旧時代の?」

「その通り。俺達は図書館都市シルヴァンの第二閲覧規制書物を調べた。そこで発見したんだ。この硬貨に描かれていた文字をな」

「なんと。シルヴァンにまで調べに!?」

「どうしてもあそこの文献が気になったんでな。硬貨に関する詳しい書物は、シルヴァニア・ライブラリ―に行けば星の数ほどある。故に正解もあそこにあるはずだ」

「ククク、その分見つけるのが大変だったとフレスが嘆いていたぞ」


 空を飛べるということで、まさか雑用を全て任される羽目になるとは、フレスも思ってもみなかったのだろうか。

 まるで他人事のように(実際人格が違うので他人と言えば他人かも知れないが)、フレスベルグはクククと笑っていた。


「シルヴァニア・ライブラリーで調べたのですか。ならば間違いなさそうですな」


 まさか模様を調べるためだけに、道遠いシルヴァンまで行っていたとは思わなかったのだろう。

 ウェイルのプロ鑑定士としての意識に、改めて敬意を払うルーフィエだった。

 ……ウェイルとしては、完全解明できなかった時点で、敬意を払ってもらうのはなんだか悪いと思っていたが。


「そして判明した。この文字は、旧フェルタリアで用いられていた文字だとな」


 ――旧フェルタリア。


 神器の精製で右に出る都市はないとされた、旧時代最高の技術文明都市である。


「旧フェルタリアで作られた硬貨だということが判明した。無論、旧時代のことだから、この硬貨の製造記録などは何処にもなかったから、確証は得れないがな」

「…………これが……」


 まさかルーフィエも、このカラーコインがそれほど古い代物だとは夢にも思っていなかったはずだ。

 ウェイルでさえ、その事実を知った時は驚きと同時に興奮したものだ。


「このコインがねぇ。どっかで見たことがあるような……」


 フレスベルグがひょいと青い硬貨を掴んで、しげしげと見回してみている。


「……そういえばフレス。お前、前にもそんなこと言ってたな」

「うむ。我は確かにこの硬貨に見覚えがあるはずなのだ」

「フレスとお前、どちらかが見たということじゃないのか?」

「我とフレスの記憶は共有だと話しただろう? ……だがまあ、フレスが見たと思うんだが」

「……どういうことなんだよ……。お前の記憶のこと、よく教えてくれ」


 いまいちフレスとフレスベルグの記憶の話は、要領を得ない。

 ついでだ。ここで詳しく聞いておいた方が後々の為でもある。


「我らの記憶は、巨大な図書館だと思っていい。互いが溜めた記憶と言う本を、一つの図書館に入れていくと言う感じだ。互いに持ち寄った情報という本だ。だからその図書館には互いの情報が詰まっている」

「お前とフレスの記憶は共通というのはそういうことだな?」

「そうだ。だが、図書館は広い。どこにどの本を置いたかなんて、置いた本人しか判らないだろう? またジャンルもそうだ。例えばフレスは絵本が好きだとする。だから棚には絵本を、自分の好きなタイトルを、好きな順番に入れていく。だが我は全く絵本に興味がない。興味がないのだから、本は目の前にあったとしても、タイトルも知らないし、順番だって知る由もない」

「……なるほど。なんとなくお前らの関係が読めてきたぞ……」


 同じ記憶を持ちつつも、それぞれの得意分野、好きなジャンルで棚や引き出しがあって、あまり互いには干渉しない。

 だからこそフレスとフレスベルグは、ここまで性格が違うのだとも言える。


「同じ記憶と言う図書館に、二人住んでいると言えば判りやすいか」

「ああ。よく判ったよ」


 多重人格とは簡単に言えばこういうことなのだろう。

 もっとも、今はもう片方のフレスがどうなっているのかはウェイルの知る由もない。


「話を戻そう。このカラーコインはつまり、フレス側が知っているということだな?」

「知っているというより、記憶を引き出せる、だな」

「フレスはいつ出てこれる?」

「さあな。精神的なダメージはもうない。出てこようと思ったらいつでも出てこれるだろう。まあ、あいつとて急に出てくるのは恥ずかしいのさ。何かのきっかけがあればすぐに――」


 そこまで言った拍子の出来事。


「――あっ」


 ウェイルとの会話に夢中になっていたフレスベルグが、思わず握っていたコインをスルリと滑らせてコインを落としてしまう。


「――馬鹿……っ!!」


 無情にも宙に舞うコイン。

 ウェイルが手を伸ばしたが、それはもう間に合わなかった。



 ――……キンッ……。



 机の上に、コインが落下して、音が鳴る。


「ば、馬鹿! 大事な鑑定品だぞ!! ほら、ルーフィエさんに謝れ!!」


 鑑定士が鑑定品を傷つけるなど言語道断。絶対にやってはならない失態だ。


「すまない、ルーフィエさん……!」

「い、いや、別に問題ないですぞ。ウェイルさんも頭を上げてくだされ」

「そんなわけには……」


 ウェイルが謝罪をする中、コインを落としてしまった当人は、何故だかピクリとも動かない。

 少しばかり様子が変だ。


「おい、フレス、何ボーっと突っ立って――――?」


 何やらフレスの挙動がおかしい。

 それはまるで唐突に意識を失ったような感じで。


「ふ、フレス? どうしたんだ……?」


 ウェイルがフレスの肩に手を置くと、フレスがぽつりと呟いた。


「……思い出した」

「……フレス?」


 声の波長が、少し違うことに気が付く。


「ボク、思い出したよ。このコインの事……!!」


「……ん? ボク? ……まさか」

 

 ――この一人称は、もしかして――


 ウェイルはフレスの肩をがっしりと持って、くるりと回転させると、フレスの顔を覗き込んだ。


「フレス! お前!? 元に戻ったのか!?」

「ウェイル! ボク、このコインが何なのか、思い出したよ!!」


 フレスの目を見てみる。

 そこにあるのは、今まで通りの、酷く純粋で、自分の弟子の瞳だった。


「コインのことは後だ! フレス! お前、元に戻ったんだな!?」

「えっと…………、うん。ただいま帰りました、師匠。――――って、うわっ!?」


 ぐいと引っ張られ、視界は真っ暗になったが、そこには落ち着くいい香りがあった。


「ちょ、ちょっと、ウェイル!?」

「本当にフレスなんだよな!?」

「ウェイルってば、痛いって!」

「馬鹿、心配、したんだぞ……」

「う、うん……。ごめんね、ウェイル」


 ウェイルは、無意識のうちに、これでもかというほどフレスを強く抱きしめていた。

 自分には出来ないとさえ思っていた。自分以外の誰かを、ここまで心配することを。

 強気ばかり見せつけてきた自分が、この一瞬だけ、素直になれた気がした。


「心配掛けやがって、このバカ弟子……」

「うん、うん……!!」


 フレスの体に、自分の弟子が戻ってきた。

 ルーフィエがいることをそっちのけで、ウェイルは再会に喜び、そしてこっそりと涙したのだった。



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