『セルク・ブログ』
「わーい、オークションだ、オークション!」
「わーいわーい」
「オークションホールもひろーい! やっほーーーい!!」
「やっほーーーい!!」
フロリアとスメラギは、ずっと昔から仲が良い。
互いに精神年齢が幼い部分があるという共通点もさることながら、ゴスロリやメイド服等、多少マニアックなファッションが好きだということもあり、昔からよく一緒にいる。
「二人とも、周りに迷惑ですから止めてください!」
こうしてうるさい二人を抑えるのが、いつものルシカの役目でもある。
「えー、だってー」
「フロリアとは久々だから……」
「だからって騒ぐの禁止! 今から大事なオークションなんだから!!」
あれから何だかんだで時間が経ち、目的のオークションの開始二十分前となった。
13番オークションの目玉商品ということもあって、オークション会場は開始一時間前から、人で賑わっていた。
「そういえばルシカ。俺は今回のオークションについて、一体何を競り落とすのか知らないんだが」
「あれ? ダンケルクさんには伝えていませんでしたっけ?」
「ダンケルクだけじゃない。私もだ」
アノエも自分もだと手を上げて、それに続くようにフロリアとスメラギと、そしてリーダーも手を上げる。
「……ちょっと、なんでリーダーまで知らないんですか……?」
「だって仕方ないじゃない。イドゥの奴ったら、口が堅いんだもの」
「いやいや、リーダーには伝えたと思いますよ。というかイドゥさんが私に教えてくれた場所に、リーダーもいたじゃないですか!?」
「そ、そうだったっけ?」
「そうです。もう、何で忘れてるんですか」
「……ルシカ、お前って本当に大変だな」
「そう思うんだったらダンケルクさんも私の立場、半分やりますか?」
「断っておく。このバカ共の面倒を見始めたら、俺の仕事もままならん。そんな仕事は超が付くほどのお人好しで、愚か者だ」
「その仕事をしている私の前で、よくそこまで言えますね……」
本日何回目であろうか。
数えきれないほど嘆息を重ねるルシカに、流石にダンケルクも不憫に思えてきたのだろうか。
「ちょっとお前ら、少し黙ってルシカの話を聞け。さぁルシカ、教えてくれ」
「判りましたよ……」
先程買ったパンフレットの13番ホールのページを開いて、皆に見せる。
「イドゥさんの狙いはこれなんですよ」←ルシカ
「これは……」←アノエ
「本当にこれ!? というかこれ、贋作なんじゃないの!?」←フロリア
「贋作士が贋作を掴まされるなんてお間抜け、したくはないな……」←ダンケルク
「大丈夫です。これを鑑定したのは、今は亡きルミエール美術館の館長、シルグルさんみたいですから」←ルシカ
「あの人、まだ生きてるけどねぇ」←フロリア
皆が注目し、そして疑うような反応を見せたのも無理はない。
何せそのページには――『セルクの日記』が掲載されてあったからだ。
「セルク・ブログ? るーしゃ、何、これ」←スメラギ
「いちいち俺に聞くな、そこに書いてあるだろうが」←ルシャブテ
「これはですね。セルクが書いた日記なんです。そのままですけど」←ルシカ
――『セルクの日記』。
名の通り、セルクが生前書いていた日記のことである。
実のところ、セルクの日記の原本は、このオークションに持ち込まれた品を含めて、全11巻存在する。
日記の内容は、セルクが絵画を書くのを止めた、死ぬ前の五年間の出来事である。
11巻中、9巻はプロ鑑定士協会に保存されており、今回の品は、残りの2巻の内の一つと言うことになる。
プロ鑑定士協会が記録している日記には、最後の巻がない。
すなわち、今回の日記は、セルクの残した最後の日記という可能性が高い。
話によるとセルクは死ぬ2日前までこのブログを書き続けたと言う。
その内容も、大きく分けて二つのパートに分かれている。
一つ目は文章パート。
これは普通の日記と全く違う形式で書かれている。
というのも、セルクは日記を全て詩の形式で書いているのだ。
その為、何とも抽象的な表現が多いと言う。
また、全ての日記が同じ言語で書かれていたわけではない。
その日の気分によるのか、様々な言語が、規則性なく使われているのだ。
またその言語の中には現代では用いられていない文字もあり、『セルク・ブログ』の完全解析には、まだまだ時間が掛かるとのこと。
二つ目はイラストパート。
セルクは画家だ。
一ページ一ページに描かれたイラスト全ては、見る者を圧倒させるほどの作品だったりする。
ラフ絵や落書きであるのに、人をここまで感動させるのは、流石はセルクと言ったところ。
しかし、そのイラストの内容があまりにも突拍子もないことばかりなのだ。
例えばセルクは特定の宗教を持たなかったという。
しかし、この日記には、様々な宗教の神的存在を、念密にイラストとして描いていたりする。
時には龍の姿もあるそうだ。
意味不明な内容は、研究者たちを大いに悩ませ、さながらインペリアル手稿だと称された。
一部の研究者は、セルクとインペリアルは何かしらの縁があり、二人して暗号染みた文章を製作したのではとも考えているほどだ。
この大陸の歴史的に見ても、このセルクの日記は大いに価値のあるものであると言える。
「セルクでしょ!? 買えるの、これ!?」←フロリア
「ううん、買えない」←ルシカ
だよねーとリーダーも笑う。
「最低落札価格が五千万ハクロアだってさ! ハハハ、こりゃ無理無理!」←リーダー
「なら俺達は何しに来たんだよ。ただオークションの行方を見るためだけに来たってか? 馬鹿らしい」←ルシャブテ
「それだけわざわざ召集なんか掛けませんよ、ルーシャさん?」←ルシカ
「てめぇ、なんでテメェがその呼び名を使ってるんだ。殺すぞ?」←ルシャブテ
「まあまあルシャブテ、そうカッカしなさんなってば。ルシカが可哀そうでしょ? ただでさえ普段から可哀そうなのに」←リーダー
「……それもそうだな。ルシカは可哀そうだった。すまんルシカ。可哀そうなお前に、強い言葉で当たってしまった。謝る」←ルシャブテ
「可哀そう可哀そうって言わないでください!! ルシャブテさん! 今わざと言ったしょ!?」←ルシカ
「間違いない。るーしゃ、自分から謝らない、我が儘な子。私が面倒みないと」←スメラギ
「お前に面倒みられるなって真っ平御免だ」←ルシャブテ
いちいち話が逸れる度に、周囲から奇異の視線を向けられるこの連中であった。
――オークション開始二十分前。
「そろそろ、頃合いですかね」
スッとルシカは立ち上がる。そして皆にこう告げた。
「私達『異端児』がこれから行う作戦の全容を明かしましょう」
「何故このタイミング!? もうオークションが始まっちゃうよ!?」
「だから今から始める作戦が、私達の作戦全ての始まりなんです。作戦開始ギリギリまで、情報は伏せておけとイドゥさんに言われてまして」
「……イドゥの言うことも一理あるな……」
ダンケルクが皆を見回す。
確かに、うっかり口から漏れそうな奴ばかりであった。
「そんなわけでよく聞いて下さいね。どこに敵の耳があるか判らないので、一度しか言いませんから」
ルシカは簡潔に、そしてこのラインレピアで行う全ての作戦について、ここにいるメンバーへ話した。
「へー、なんだか、面白そう」←スメラギ
「大量に人を斬れそうだ。新しい剣、買っておこう」←アノエ
「イドゥの奴、簡単に言ってくれる……」←ダンケルク
「楽しければそれでいいや」←リーダー
各々思うことは多々あるだろうが、今はとにかく目先の作戦だ。
ルシカはパンと手を叩くと、不敵な笑みを浮かべて、皆の顔を見回した。
「さて、『セルク・ブログ』、頂戴しに参りましょうか!」
『異端児』達の行動が今、始まる。




