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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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運河都市『ラインレピア』とオークション騒ぎ


 ――ラインレピア 西地区 音の時計塔。


「総帥の命令通りに人員を配置いたしました」

「よし。奴隷達の手配は済んでいるな?」

「無論、予定通りです」

「うむ。他の時計塔への配置ももうじき終わる」


 運河都市ラインレピアの西の端にそびえ立つ、この都市に住まう者へ平等に時を伝える巨大な時計塔『音の時計塔』に、数人の工作員が忍び込んでいた。


「しかしよくこの場所が貸し切れましたね。総帥の御力は流石としか言いようがありませんよ」

「当然だ。ラインレピアでは、都市長よりも総帥の方が御力は上なのだ。そもそも現都市長の選挙資金は我々から流れたものだ。票すら我々が操作していたのだからな。現都市長は総帥には逆らえん。それにな」


 男の一人が指をさす。

 指し示す先にあるのは、北、南、東の時計塔だ。


「この全てを貸し切っている。それにもうじきだ」

「……もうじき?」

「中央の時計塔も貸し切る予定だ」

「……つまり、もうすぐなのですね? 悲願の達成の日は」

「ああ。そういうことだ。ついに我々は手に入れることになる」


 都市全貌が見える時計塔の上で、男は酔っているかの如く、窓から身を乗り出して、広がる美しい景色に向かって手を広げた。


「我々メルソークは――ケルキューレを手に入れる……っ!!」


 時計塔がゴーン、ゴーンと鳴り響く。

 この都市に平穏の時を刻むべく、鐘の音は安らかに柔らかに鳴り響く。

 全ての始まりはこの時計塔から、始まったのだ。









 ――●○●○●○――








 アレクアテナ大陸は、芸術大陸と呼ばれるほどの、美しい大陸である。

 旧時代より、アレクアテナ大陸の豊かな自然から成る色鮮やかな景観は、多くの芸術家の本能を刺激してきた。

 特に美しく、古来よりアレクアテナ三大美都と呼ばれる都市がある。

 

 ――雄大な山『ハンダウル』と翠光の湖『クルクス湖』に囲まれた、為替都市『ハンダウクルクス』。


 ――次に緑豊かで森の静寂に包まれた、図書館都市『シルヴァン』。


 天へ届くほどの巨大な木自体が図書館になっていて、見る者をその迫力で圧倒させる。

 図書館が出来る以前よりも、この木は神の化身として崇められており、発見された多くの絵画からも、この木の姿を見ることが出来る。

 ちなみに、この木の対となる存在とされる農作都市『サクスィル』にも、巨大な樹木『ユグドラシル』があるが、地下奥底ではこの木と繋がっているという。


 ――そして最後に五本の時計塔がシンボルとなっている運河都市『ラインレピア』。


 水の都と称されるこの都市の目玉は、都市の名前そのままとなっている運河『ラインレピア』だろう。

 旧時代に建設された運河は、旧時代のデザインが色濃く残る建築物やアーティファクトに囲まれており、悠久の時代を感じさせる歴史のロマンと、都市の美しい景観を楽しむことが出来る。

 運河『ラインレピア』を見守るかのように、都市の東西南北と中央には、巨大な時計塔が建設されている。

 時を告げるだけが仕事ではなく、この美しい都市を一望できるという展望台として用いられていたり、下の階に設けられた大ホールでは株式総会やオークションなどが行えるようになっていたりして、観光客からの人気も高いスポットである。

 アレクアテナ大陸に住む住民であれば、誰もが一度は訪れてみたいと思うほど人気のある都市なのだ。

 そのため、この都市の産業のほとんどは、美しい都市景観を生かした観光業で成り立っている。


 また、芸術の都と言えば、この都市を思い浮かべる者も多い。

 何故なら、数多くの著名な芸術家がここを出身としているからだ。


 中でも有名なのが天才画家『セルク・マルセーラ』と天才仮面製作師『マブリュア・イワレーゼ』だろうか。


 セルクやマブリュアほどではないにしても、それなりに著名な芸術家も多く輩出しているこの都市は、芸術家を志す者にとって憧れの場所となっているのである。



 ――そんな風情ある華やかなこの都市の一角に、周囲の視線を一身に浴びる、少し変わった集団がいた。


 内訳は女が一人に、男が二人だろうか。

 特に目立つのは真ん中に佇む男。

 仮面舞踏会から抜け出してきたかのような、派手な仮面をつけている。

 周囲の冷ややかな視線も、その集団は全く気にせず――いや、一人だけアタフタしている者がいた。


「……フフフ」

「ちょっと、リーダー。人前で意味もなくフフフと笑うのは止めてくれませんか!? 怪しいですし周囲の人からの視線が痛いんですけど!?」

「フフフ、君も痛いの? ダンケルク」

「……お前といる時点で痛すぎることは承知済みだ。今更何を気にすることがある」

「ダンケルクさん、達観していますね……」


 はぁ、とため息を吐く女性の一人。

 彼女の胸には、煌めくペンダントがあった。

 エルフ族の薄羽である。


「ルシカ。招集状況はどう?」


 仮面を被った男が、そのルシカと呼んだ女に聞く。


「二人ほど別行動を取るからって連絡がありましたよ。ルシャブテ達二人はオークション会場に直に来るって言っていました」

「別行動の二人って、イドゥと誰?」

「フロリアですね。少しばかり用事があるとかで。そのままイドゥさんと合流するって言ってました」

「そっか。久々にフロリアに会いたかったんだけどなぁ。後の楽しみにしておこうっと」


 あまりにも年齢や性別、種族や服装まで全く持って統一性のない三人。

 だが、彼らの雰囲気は悪くなく、むしろ長年連れ添った家族の様。


「それで僕達はどうする? もう行く?」

「……なぁ、どうせだし、先にオークションハウスに入っていようか。このままだとルシカの精神衛生上よくないだろう。ルシカは未だ自分のことを普通だと思っているようだし」

「そうだね」

「ちょっと! なんですか、その私の扱いはぁ!? って、ちょっと二人とも! 置いてかないでよ~!!」

「ホント、ルシカは可愛いねぇ」

「え!? ホントですか!? ありがとうございますー!」

「……扱いやすい奴だ」


 そんな怪しい三人組は、集合会場であるオークション会場へと足を向けた。








 ――●○●○●○――







 運河都市『ラインレピア』にも、数多くのオークションハウスが存在する。

 観光客は、こぞってお金を落としたがる。

 その為、この都市のオークションハウスは、他都市と比べて、平均落札金額が高い傾向にある。

 大人気で手に入りにくいお土産も、オークションによって競り落とされることも多い。

 むしろ土産は全てオークションにて行うという観光客すらいるほどだ。

 そんなニーズに応えて、オークションハウス側も、商品の取引というよりは、競売を楽しんでもらう方向に趣を置いていて、各オークションハウスは工夫を凝らして人気をとっている。

 そういうわけで、この都市『ラインレピア』は競売都市『マリアステル』ほどではないにしても、オークションの人気が高く取引総額は高い。


 そんなわけで、先程の三人、リーダー、ダンケルク、アノエは、このラインレピア最大のオークションハウス、『マブリード・オークション』にやってきていた。

 名前から判るように、この都市出身の大物芸術家、仮面製作師マブリュアにあやかっている。

 この都市で最大というだけあり、オークションハウス規模も非常に大きく、オークション会場も18に分かれ、日々盛大に取引が行われている。


 観光客を中心とする参加者達で賑やかな中央ホール内に、これまた一際目立つ集団がいた。


「フフフ」

「ちょっとリーダー、人前で意味もなくフフフと笑うのは止めてくれ――――って、会場内でも目立っちゃっているじゃないですか!? さっきと同じ会話してますよー!?」

「ちょっとルシカ、あんまり騒ぐと目立っちゃうよ。恥ずかしい」

「リーダーにだけは言われたくないですって!!」

「……はぁ、お前ら、少しは静かにしろ」

「ほらルシカ、ダンケルクが君に呆れてるよ?」

「リーダーにもですよ!! お前らって言ったでしょ!?」


 なんて騒ぐ三人を見る周囲の視線はとても奇異なものであったが、結局、それにも気づかず、ブーブーとリーダーに文句を垂れるルシカ。

 この中で唯一常識人のダンケルクは、またもや嘆息したのだった。


「俺達が入るオークション会場はどこだ?」

「えーっと、ちょっと待ってくださいね。パンフレットを見ますから」


 買ったばかりのパンフレットを開いて、アノエは目的のオークションを確認する。


「あ、ありましたよ。13番オークション会場にて……二時間後に……」

「長いなぁ、もう……」


 待つのはうんざりだと嘆息するリーダー。


「俺は会場内で寝てる。オークションが始まったら起こせ」


 そう言ってダンケルクは一人会場へと入っていった。


「僕らはどうする?」

「う~ん、ルシャブテ達と早いところ合流したいところなんですけど……」


 最初の連絡では、会場に直に来る予定と聞いた。

 ただ、詳しい待ち合わせ場所など聞いてはいない。


「仕方ない。ちょっと私、探してみます」

「うん。お願い」


 ルシカは人間ではない。エルフ族である。

 エルフ族は人間にはない感覚『察覚』と『魅覚』を生まれつき持っている。


「じゃあ、スメラギの魅力を探しますか!」


 ルシカは目を閉じて、右手で首から下げたペンダントを握った。


「…………」


 しばらく、と言っても三十秒ほどだろうか。


「わかりました。もうこのオークションハウスには来てますね」

「どこにいるの?」

「勝手にオークションに参加して楽しんでますよ」

「なら僕らも行こうか。どうせ暇だし」

「ですね。会場は7番オークションです」





 ――――


 ――




 そんなわけで、ルシャブテ達と合流した二人は。


「やぁ、お二人とも。オークションは順調かい?」

「別に俺はオークションに興味なんてないんだがな」


 そっけない態度のルシャブテに対し、その隣で座っていたスメラギはというと。


「……絶対に落とす……! あのミスリルの指輪、絶対、落とす……!」


 と、息をまいて張り切っていた。


「スメラギ、なんであれが欲しいの? 欲しければ自分で作ればいいじゃない?」


 自分たちは贋作士なのだ。大抵のものであれば再現できる。

 そうルシカは言いたかったのだが、どうやらスメラギにとっては意味合いが違うらしい。


「それはだめ。だってあれ、婚約指輪だから」

「はっ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはルシャブテ。


「お前、もしかしてあの指輪……」

「うん。るーしゃとお揃いの買う」

「要らん。別に誰かにやれ」

「るーしゃ、私と結婚する?」

「するか」

「そう。なら殺す」

「……どうしてそうなるんだ……」


 もはやスメラギが抱きつくことに誰も咎めるのもはいない。

 むしろ日常となりつつある。

 無論ルシャブテとしては我慢できることではないのだが。


「離れろ」

「嫌。こんなに愛してるのに。るーしゃひどすぎ」

「そうだよ、ルーシャ。酷いよ?」

「リーダー、てめーは口を挟むな!」

「スメラギ、ルシャブテじゃなくて僕にくれてもいいんだよ?」

「リーダーなんて不細工、お断り」

「スメラギ、君は酷すぎるよ……」


 オークションそっちのけで妙な漫才を繰り広げる三人に、周囲の視線も色が黄色である。

 もうこんな視線などすでに慣れているルシカではあるが、ウンザリだとは思っている。

 一度ため息をついた後のこと。


「……あっ」


 とあることに気がつく。


「えっと、スメラギ? ……言いにくいんだけどさ……、指輪のオークション、終わっちゃってるよ」

「…………え……」


 見るとオークショニアがハンマーを叩いている。

 どうやら三人が変な漫才を繰り広げている間に、オークションは終了したみたいだった。

 落札者の男がガッツポーズをしながら、周囲からの拍手に応えていた。


「……うう、リーダー、酷い……。オークション、終わっちゃった……」

「ええ!? それすらも僕のせいなの!?」


 涙目となるスメラギ。


「あ、これ、リーダー死んじゃったかな?」


 ささっとルシカはその場から身を退く。 


「リーダー、たまにはいい仕事するじゃないか」


 にやつくルシャブテが、リーダーの肩を叩く。


「……リーダー、許さない」

「は、はは……。僕の人生、ここで終わっちゃった」


 スメラギから沸き立つドス黒いオーラ。

 ルシャブテのことに関するスメラギの怒りは、この世の何よりも恐ろしいのだ。


「ルシャブテ! 助けてよ!」

「ふん、ざまあみろ。殺されて来い」

「そんなぁ!?」


 普段からリーダーにからかわれてばかりのルシャブテは、日頃の恨みを晴らせるということで、何とも嬉しそうだ。


「ちょっとスメラギ、落ち着いて!」


 リーダーを八つ裂きにすべく立ち上がったスメラギを、ルシカは腰を引かせながら止めに入る。


「ルシカ、助けるならちゃんと助けてよ……」

「私だって怖いんですって! 今も結構頑張っているのに……! ほら、スメラギ、座って座って!」

「邪魔しないで、ルシカ。リーダー殺せない」

「殺しちゃダメでしょ、スメラギ! 一応リーダーなんだよ!?」

「一応って……」


 結構心に刺さる言い方である。


「あのね、スメラギ、実はこのオークションの後にね……」


 ごにょごにょと耳打ちすると、スメラギの顔はパァッと晴れていく。


「うん! 私、絶対落とす」

「そうでなくちゃ!」


 キャッキャと笑顔の二人に対し、その様子を見ていたルシャブテの顔には暗雲が立ち込めていた。


「ルシカの奴、一体何を吹き込みやがった……?」

「十中八九、悪い方向のことだと思うけどねぇ」


 その予想は、やはりというか的中するわけで。


『それでは次の品に参ります! 出品番号23、首輪型神器『忠誠月輪(ハールセレネ)』でございます! 意中のあの人に取り付ければ、その人はたちまち貴方の虜! 愛に絶対服従の奴隷となることでしょう! さあ、開始価格は九十八万ハクロアから!』


「な、なんだと……!?」

「あらあら、大変だねぇ、ルシャブテ~」

「テメェ、リーダー、何笑ってやがる!?」


 さっきルシカがスメラギに耳打ちしたのはこういうことで。


「百三十万ハクロア!」


『おおっと、一気に値段がアップ! さあ他にはいらっしゃいませんか!?』


 案の定、スメラギが真っ先に入札をしていた。


「や、やばいぞ……このままスメラギがあれを購入しようものなら……!!」

「奴隷にされちゃうね、ルシャブテ」

「おい、リーダー、何とか食い止める方法はないか!?」

「このオークションを潰してしまうしかないかな?」

「馬鹿野郎、そんなことしたらスメラギがあの神器を盗むだろうが!」

「それもそっか。じゃあ無理だね」

「クソ、誰かスメラギ以上に高い値段を提示してくれ……!!」


 少しずつ値段の上がる中、ルシャブテは祈り続ける。



『おおっと、三百万ハクロア!! これは決まりでしょうか!?』



「……く、お金、足りない……」


 結局それがハンマープライス。


 ルシャブテの願いも無事に叶って、あれがスメラギの手に渡ることはなかったのだった。




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