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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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五つの派閥

 贋作士集団『不完全』には、大きく分けて三つの派閥が存在した。

 基本的には過激派、穏健派の二派閥のどちらかに分かれていて、残りの数少ない中立派を三つ目の派閥としていた。

 過激派、穏健派、中立派。

 派閥で見れば三つに違いなかったが、正しく実情を表現するとなれば、大きく分けて五つのグループが形成されていた。 

 同じ過激派でも、各々独自の考えのもと、グループが分かれていたのだ。

 これは芸術家の集まる組織だからこその方向性の違いからである。

 過激派、穏健派に属する派閥はグループとしては各々二つずつ存在した。

 同じ派閥でありながら、グループが違えば、活動内容は似て非なるものであった。

 過激派は、イングを中心とする超攻撃的武闘派グループと、イドゥを中心としたグループ。

 穏健派は、不完全の中枢を担う幹部連中グループと、それ以外のグループである。

 残りの一グループこそ、どこにも属していない中立派である。

 もっともこの中立派には、ルシャブテのようにイドゥグループと行動を共にするしたりなど独自に過激派や穏健派と交流を持っていた者たちも存在する。

 特別どこの派閥やグループにも入っていない、いわばどっちつかずの連中や、どっちにも繋がりがある優柔不断な連中が、ここに分類されていたわけだ。


「イングを中心とするグループは、クルパーカー戦争の時に、あなた自らが潰したでしょう?」

「ああ。実際にやったのはイレイズだが、俺が関わっていたのは間違いない」

「あの時にイングのグループに属していて、あなたが知っているのはルシャブテ、フロリア、そして――ルミナステリア」


 アムステリアの妹、ルミナステリア。

 アムステリアが自らの手で葬った相手だ。


「正直なところ、過激派は、イングのグループが特筆して危険であって、もう一つのグループはさほど行動はしていなかったのよ。穏健派との歩み寄りだってあったし」


 事実、クルパーカーの事件を筆頭に、大陸各地で人が亡くなるほどの事件を起こしていたのは、イングのグループだったりする。


「あの事件でイングのグループは死んだ。イングの処刑とともにね。もっとも、今言ったルシャブテ、フロリアは生きている」

「フロリアは判るが……。ルシャブテって、どいつだったっけな」

「ああ、そうか。マリアステルでの地下競売事件の時、ウェイルはイレイズに掛かりっきりだったもんね。あの時赤い髪で爪を振り回していた馬鹿がいるでしょう? あいつがルシャブテ。そうね、サスデルセルのラルガ教会の神父を殺した奴といえば判るかしら」

「バルハー神父を殺した奴!?」

「おそらく間違いないわ。殺し方が特徴的だったからね。目をえぐるなんて下種なことをするのは、ルシャブテしか知らないし。まあ治安局も取り調べの前にルシャブテの脱獄を許してしまったらしいから実際どうかは定かじゃないけど」

「ちょっと待て。治安局はそのルシャブテって奴を逃したってのか!? 聞いていないぞ!?」

「そりゃ言えないでしょ。殺人者の脱獄を逃がしてしまったと、治安局が大々的に発表すると思う? するわけないじゃない、そんなこと」


 治安局とてメンツがある。公に自らの失態を言いふらす真似はしないだろう。


「ちなみにエリクって覚えてる?」

「あのワニみたいな神獣を召喚していた奴だな。サグマールの秘書になっていたという」


 尾にもワニの顔があり、鋼鉄の皮膚を持つ神獣『クランポール』。

 その体液は真珠胎児精製の原料となっていて、エリクは召喚術を巧みに用いて使役していた。

 あの事件の時、サグマールに正体を見破られ、逮捕されていたはずだ。


「実はあいつ、まだ生きているのよ。治安局との司法取引の前に情報を吐き出したから。そのエリクって奴は、過激派だったの。と言ってもイングのグループではなく、所属はイドゥを中心としたグループ」

「さっきから気になっていたが、そのイドゥって奴はどんな奴なんだ?」

「イドゥはね。私の命の恩人よ」


 それからアムステリアは、イドゥについて、自らの過去を交えながら語ってくれた。


「イング亡き今、『不完全』を牛耳っていたのはイドゥだったに違いないの」

「ならばそのイドゥって奴が今回襲われたのか。イドゥが潰れれば『不完全』は潰れたのだろうし」

「そうね。普通ならそうでしょうね」


 アムステリアはちらりとイルアリルマの方を見る。

 気配を感じたのか、今度はイルアリルマが語り始めた。


「実はですね。今回私達は『不完全』のアジトに乗り込んで、奴らの死体一つ一つを調べたんですよ。そしたらですね、なかったのです。そのイドゥという男の亡骸は」

「事前に何らかの襲撃を察して逃げていたとかじゃないのか。『不完全』の中心人物なんだろう? それくらいの警戒はするだろう」

「その可能性も否定はできません。ですが出来るでしょうか。何せあの『不完全』ですよ? 贋作作成だけではなく、大陸に起こり得る犯罪の大半が彼らに繋がるとされているんです、奴隷貿易だって行っていた連中ですよ。プロ鑑定士協会、果ては治安局でさえ手を出すのが難しいとされる大組織を、襲撃しようとするなんて気の狂った連中くらいしかいませんよ」

「確かに……そうだろうな……」


 ウェイルの敵であった『不完全』はそれほどまでに強大な組織であった。

 構成員の数だって、末端を数えれば数百人では収まらない規模である。


「だが、だとしたらもう内部分裂しか考えられない。実際穏健派と過激派は仲が悪かったと聞く」

「その通りよ。穏健派と過激派は、いつ互いに戦争を始めてもおかしくないくらい一触即発状態が続いていた。でもそれはイングが生きている間の話」


 ここから先は、アムステリアが『不完全』から脱退した後の話。

 だから確実な情報でないことは頭に入れておいてと念押しされた。


「聞くところによるとイングが死んでからは、互いに歩み寄りを始めていたみたい。現にクルパーカー戦争後は『不完全』絡みの事件も少なくなっていたわ。最近も合同会議が開かれる予定だったみたい」


 確かにクルパーカー戦争の後は、『不完全』という名前を聞く機会は一気に少なくなった。

 無論贋作絡みの小さな事件はあったかもしれないが、それ以上にリベアやアルカディアル教会が問題を起こしていた。


「内部分裂の可能性は低いってわけか」

「そういうことになるわね」

「後考えられる可能性といえば……」


 『不完全』が潰れるに値する存在。

 イルアリルマの言う通り、あの連中と正面からやり合いたい連中なんて、プロ鑑定士協会や治安局のような強大な力を持った組織か、或いは気が狂った連中。


「いるのか……? そんな奴らが」

「ええ。だからいるのよ。その気が狂った連中はね」


 これまで気の狂った連中は数多く見てきたウェイルだ。

 金に狂った神父、欲に狂った経営者、神に狂った信者達。

 だが『不完全』を潰しに行くような連中なんて、今挙げた連中が可愛く見えるほど、飛びっきりに狂っている。


「そして私はそんな連中に心当たりがある」


 今聞いた情報から察してみると、沸々と答えが湧いてくる。


「そのイドゥという奴が怪しいか」

「そう、イドゥを中心としたグループ。だけど、それは正解に近くて正答じゃない」

「どういうことだ?」


 アムステリアの指摘は、少しばかり遠回りだった。


「イドゥが噛んでいるのは間違いないわ。私の恩人なのよ。私も彼のことをよく知っている。だからこそ判るわ。彼はこの程度のテロ事件で死ぬような男じゃない。正直プロ鑑定士協会はイドゥに対しての認識が甘すぎる」


 確かに、イドゥという男の存在はウェイルも知らなかった。

 サグマールであれば、何やら知っているかも知れないが。


「イドゥはね。もうずっと前から自らの手足となる人間を育てていた。孤児の私達を拾ったのもそれが狙いでしょうね。イドゥはずっと昔から何かを探していた。それが何かは教えてくれなかったけど」

「何かを探していた、か。一体何なんだろうな」

「彼が探しているものだから、多分途方もなくレアなものでしょうね。……まあその話は置いておきましょう。イドゥのグループなんだけど、実は彼、穏健派であって穏健派以外の連中も集めていた。それもこっそりと裏でね。といっても、それをあからさまに周囲に見せつけるようにしていたから、誰もがその存在を知っていた」

「裏で人間を集めているのを、目立つ格好でやっていたってか。何の意図があって……?」

「自分の為に動く、自分だけの軍隊を作ろうとしていたのよ。まあ、そんなに大げさなものではないでしょうけど」


 自分もその兵隊の一人だったとアムステリアは言う。


「イドゥが集めていた連中を、『不完全』内ではこう呼んでいたわ――――『異端児』って」 

「『異端児』……。メンバーを知っているか?」

「一応ね。といっても全員じゃない。私だって、彼らについてそう詳しいわけじゃない。ちょっと縁があって一部知ってるだけ」

「誰だ?」

「ウェイルの知っている人物を答えるならルシャブテ、そして――フロリアよ」


 


 そこまで話した時、唐突に部屋の扉の方から強い突風が吹き荒れた。


「な、なんだ!?」

「きゃあ!?」

「……ふん」


 部屋ごと吹き飛ばしかねない突風を抑えたのはフレスベルグ。

 冷気の風を操って、突風を相殺したのだ。


「ずいぶんと調子こいてくれるな――――ニーズヘッグ……!!」

「…………フレス、久しぶり、なの…………」


 扉の奥から現れたのは、紫色の羽を持つ龍、ニーズヘッグと、そして。



「やっほー、ウェイル、元気!? 私はもう元気すぎて死にそうだけど!」



 軽快な声と共に、フリフリのメイド服を着て、どうしてか背中に大きな荷物を背負ったフロリアがそこに立っていたのだった。




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