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龍と鑑定士  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 『水の都と光の龍』
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こちらのフレスは勉強好き?

「ふむふむ。なるほど、人間の神器に対する理解と言うのはこういうことか。まだまだ作り込みが甘いな。……いや、独自の回路を組んでいるのか。ユニークでもある」

「フレスが自ら本を読んでいるだと……!? しかもやけに知的な独り言を……!?」


 腹ごしらえも終えたフレスが何をしていたかというと、ウェイルの部屋に置かれている蔵書を片っ端から読み耽っていたのだ。

 それもかなりの速読。一時間もあれば四、五冊は読み終わるほどの速さだ。

 フレスが普段本を読むスピードの十倍以上である。


「絵本以外の本をフレスが読むだなんて……」


 流石のウェイルもこの光景にはさぞかし驚いた。

 驚いて目が丸くなるとはこういう時に使う表現らしい。


「……我自ら本を読むのがそんなに変か?」

「変に決まってんだろ!?」

「そんなに力強く言うな。フレスが悲しむだろうが……」


 ああ、少し言い方に配慮が足りなかったようだ。

 

「普段のフレスを見ていれば変に思うのが普通だ。もっとも今は本当に変なんだが」


 わざわざ言い直すあたり、ウェイルの律儀である。


「フレスはそんなにも本を読まなかったのか?」

「ああ、好んで読んでいたのは絵本くらいで、自ら本を読むことなんて滅多になかったな。あれでよくプロ鑑定士試験に合格したもんだ」

「なんと。もったいないことだ。本ほど知識を得られ、時間を忘れることの出来る娯楽は他にないぞ」


 こちらのフレスの方は、どうやら勉強が好きらしい。

 鑑定士としてはこちらの性格の方が適任ではないのかさえ思う。


 ……ん? ちょっと待てよ。


「お前、龍の姿でどうやって本を読んでいたんだ? 器用なのか?」


 あの巨大な手で、よく小さな本を読めるものだと内心感心してしまう。


「龍の姿で本なぞ読むか。このうつけめ」

「師匠をうつけ呼ばわりとは、大きくなったもんだ。いや、確かに龍の姿は大きいが」

「あのな、一応我とフレスは記憶を共有しておるのだ。フレスが本を読めば、我にもその情報は入る。それに我だって昔は小娘の姿でウロウロしていたこともある」

「そうなのか? てっきりお前は龍の時の状態限定かと思っていた」

「色々あったんだよ。我らにはな」


 そう言って、会話はもう終わりだと言わんばかりに、フレスは本に没頭し始めた。







 ――●○●○●○――






 ――それからしばらく。


「……ふむ、なるほど。我の作りし神器は旧神器と呼ばれておるのか。しかし人工神器と作りは大して回路や機構は変わらんな。人間の技術も馬鹿には出来んか」


 先程からこのようにブツブツいうものだから、ウェイルとしても気にはなる。

 ましてや龍の知識で現代を見ているのだ。そのギャップから来る独り言は、中々に面白い。


「人工神器はガラスを用いて魔力回路を形成しているのか。確かにガラスの方が石英よりも抵抗が少なそうだ。おお、属性を付与するにはガラスに混入する不純物で抵抗値を変えるのか! ミスリルより安価で出来て質も良い、か。人間め、なかなかやりおるではないか……」


「なんてことだ。あのフレスが、頭が良さそうに見えて仕方がない。風邪でも引いたかな……」


 もう我慢できずにウェイルがそう感想を漏らす。

 それに対してフレスの目は冷ややかであった。


「あのな。元々我らは頭が良い」

「お前とフレスじゃ全然違うじゃないか……」

「同じに決まってるだろ。記憶を共有しているのだ。我が勉強し覚えた内容は、フレスだって覚えている。ただあいつは精神年齢が幼すぎるだけだ」

「……まあ、フレスは賢いってことは知っているけどな。まぐれじゃプロ鑑定士にはなれないさ」


 確かに、フレスにはウェイルの知らない知識がたくさんあることも事実であるし、色々と助けられたこともある。

 普段の言動から、ただの子供、それも幼女にしか見えないが、数千年生きている龍であることに違いはない。目の前のフレスベルグからはその威厳が感じられる。


 だからこそ、ウェイルは長年不思議と思っていたことを、このタイミングで聞いてみることにした。

 相手がフレスではなく、フレスベルグだからこそ、話してくれると思ったからだ。


「なぁ、せっかくだから色々と聞いてみたんだが、いいか?」

「それはフレスには聞けないことか?」

「聞けなくはない。聞きづらいだけだ」

「我なら聞きやすいと?」

「そういうことだ。どうなんだ? 聞いていいのか?」

「……まあ構わん。結局フレスも知る事。言ってみろ」


 フレスはパタンと本を閉じて、ウェイルと向き合う。


「フレスの精神年齢のことなんだ。フレスはああ見えてかなりの年月を生きた龍だろう? 何故、こうも幼いんだ?」

「フレスの幼さが気になる、か。まあ、そこに疑問を浮かべるのは普通の流れだな」

「それに比べ、お前はなんだか貫禄がある。同一人物ではないみたいにな」

「……ふむ。そうか、フレスは話していないんだな」


 ウェイルは頷く。

 これまで疑問に思っていたことを、この際、フレスベルグに聞いてみたいと思ったからだ。


「わかった。なら話してやろう。フレスと、そしてフレスベルグが別々になった理由をな」


 そしてウェイルは、フレスの過去の話を聞くことになる。







 


 ――●○●○●○――








 ウェイルがフレスから過去の話を聞いた翌日。


 プロ鑑定士協会は、過去に例のないほど慌ただしい一日となった。

 その慌ただしい日の幕開けが、朝の扉蹴破り事件である。


「ちょっと、ウェイル! 入るわよ!!」


 ノックをするという概念が辞書から消え去っているアムステリアが、自慢の蹴りを使ってウェイルの部屋の扉をぶち破ったところから、ウェイルの一日は始まった。


「こらあ! ウェイル! 早く起きなさい!!」

「…………んぐぐ……、なんだってこんな朝早くに……。今何時だ……?」


 近くに置いていた、ピリアから報酬として貰った永久時計は、ピンと縦一直線を描いていた。


「……まだ朝六時かよ……。フレスの看病とかでだいぶ疲れているんだ。今日くらいもう少し休ませてくれてもいいだろう……?」

「やかましい! こんな美人が朝から乗り込んできたんだから、すぐに飛び起きるってのが当然でしょう!?」


 ウェイルが包まっている布団を、ババッと奪い取ったアムステリア。


「のんきに寝ていられる事態じゃ――――」


 今の今まで息を巻いていたアムステリアの動きがピタッと止まる。


「寒いな……。一体どうしたんだ?」

「…………」


 凍りついたアムステリアの視線を、目で辿っていく。

 しばらくすると、何やら青いモノが目に映った。


「……なんだ、フレスか」


 フレスがベッドに入り込むなど日常茶飯事である。

 もはやこの程度で驚くウェイルではない。


「…………」

「おい、アムステリア。フレスはいつもこうやって入ってくるぞ?」

「いつも!?」

「ああ。いつものことだ。気にするな」


 ゴロンと寝返りを打つウェイル。

 それはフレスが寝ている方向で、ウェイルとフレスが向かい合う格好となるわけだ。


「ねぇ、ウェイル。本当にいつもこうして寝てるの……?」

「しつこい奴だな。いつもいつも勝手にフレスが入ってくるんだよ。最近は追い出すのも面倒でな」

「あら、そう。それが本当なら、私、この場で血の雨を降らすことになるのだけど、問題はないかしら」

「血の雨を降らす前に扉を直しておいてくれよ……」


 重い瞼を擦って、ウェイルが目を開いてみる。


 そこあったのは、いつもの蒼い髪と、整った顔立ちをしているフレスが、一糸まとわぬ状態で――。


「――――は?」


 一度目を閉じて、確認してみる。

 今、フレスはどんな格好をしていた……?


「いや、そんな筈はない。フレスはいつもワンピースを着ていて……」


 もう一度目を開けてみる。


「…………裸!?」


 ウェイルは鑑定士だ。己の目には自信がある。

 だがこの時ばかりは自分の目がおかしくなったのかとも思った。

 しかしウェイルの目はやっぱり優秀で、その目に捉えた事実は、やはり現実であった。


「な、な、なんでフレスが裸で俺の隣で寝ているんだ!?」


 つい朝っぱらから大声を上げてしまう。

 これが忙しい今日という日をスタートさせる祝砲のようになってしまった。


「うみゅう……。むぅ、ウェイル、寒い。布団返せ」

「お前氷を司る龍だろ!? 寒いとかあるのか!?」

「……そういえばそうだな。寒くない」

「どっちだよ!? ……いや、突っ込むところはそこじゃなくて!」

「じゃあなんなんだ?」

「お前なんだその恰好は!? どうして裸で俺の隣で寝ている!?」


 問題はそこ。それだけだ。


「別にお前の隣で寝ることは悪いことではないだろう? フレスもよくしているみたいだし」

「違う! 悪いのは『隣』じゃなくて『裸』のところだっ!? それにフレスは服を着ているぞ!」

「全裸で寝るのが我流じゃ。文句を抜かすな」


 いや、流石に文句位言わせてほしいものだ。

 だって、ウェイルの背後には猛烈に突き刺してくる鋭い殺気があるんだから。


「しかし、娘の姿は不便だな。やっぱり寒いぞ」

「そりゃ多分この殺気のせいだろうな」


 フレスは寒いと抜かしやがったが、ウェイルから言わせればそれどころじゃない。


 ――極寒だ。


 吹雪の中に裸でいる感覚である。


「さてウェイル。そろそろいいかしら?」


 ゴゴゴというオノマトペが脳内に響き渡る。

 ギギギとウェイルが首を回すと、

 グググという音が頭から聞こえてきた。


「痛ぇっ!? こらアムステリア! お前の握力は異常なんだ! 頭を掴むな!?」

「いつも裸の小娘と一緒に寝ているそうね、ウェイル?」


 笑顔で人を殺せる非道な人間。

 今のアムステリアはそんな奴の目をしている。


「誤解だ!」

「あら、もう五回もしたの? お盛んね?」

「お前わざと聞き間違えてんだろ!?」

「ウェイル、言ったわよね? 浮気をしたら殺すと」

「ちげーよ! それにお前とそういう仲になった覚えはない!」

「問答無用よ!」

「イデデデデデデ!?」


 このままだと本当に血の雨が降りそうだ。

 しかし、このアムステリアの怒り方は尋常ではない。簡単に許してくれそうもない。


「ウェイル! 一体こいつと何をしたの!?」

「何もしてないって!!」


 どうにかアムステリアの腕を退けようと、もがいてみたその時であった。

 

「うるさいぞ、小娘が」


 ふっと、頭から痛みが消え去る。


「――!?」


 今のはアムステリアとて驚いたに違いない。


「我のウェイルを傷つける者は――容赦しない」


 フレスベルグが、アムステリアの腕を払い除けたのだ。

 一糸まとわぬフレスが、鋭い眼つきでアムステリアを睨み付けていた。


「あらら」


 これにはアムステリアの方が虚を突かれたようで、毒気が抜けてしまっていた。


「……ウェイル。この子、こんな性格だったっけ?」

「そういえばお前には会わせていなかったっけな。こいつは今、フレスとは別の人格であるフレスベルグになっているんだ」


 裸で添い寝事件のことをすっかり忘れてしまったアムステリアは、しばらくの間、フレスベルグに何が起こったかを詳しく訊いたのだった。




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