異端の胎動
「あー、楽しかった。あの連中の顔見た? 議長の顔なんて今思い出すだけで面白いよねぇ」
「余計なことしおってからに。無駄に時間が掛かっただろうが」
「良いじゃない。仕返しも出来たし、無事ティアを連れ出せたんだから」
「結果オーライとはいえ、お前は自分勝手すぎる。リーダーと呼ばれていることを自覚したらどうだ」
「リーダーって呼ばれてるけど、実際のリーダーはイドゥじゃない。僕は形だけだし別にいいでしょ? ねぇ、ティア」
「知らない」
「あ、つれないなぁ」
贋作士集団『不完全』のアジトを後にして、仮面の男を中心とした連中は、手に入れたばかりの戦利品を手に、次なる目的地について歩きながら会議を行っていた。
会議と言っても喋っているのは仮面の男と老人、そしてエルフくらいで、後は無言組とイチャイチャ組に分かれている。
「さて、計画に一番必要なこの子は手に入ったけど、次はどうしよう?」
仮面の男――リーダーは、牢から出したばかりの金髪の少女、ティアを見た。
「どこか行くの? ならティア、遊びに行きたい。もう牢屋は楽しくない」
ティアは『不完全』に監禁されていた身だ。
外に出ることすら久しぶりなのか、キョロキョロと周囲を見渡しながらそんな要望を告げてくる。
「君は牢暮らしが長かったの?」
「うん。ティア、外に出ちゃいけないって言われてた。ティアがいると世界が滅んじゃうんだって。でもティアにはそんなこと関係ないもん。全然楽しくなかった」
シュンと俯く彼女は、見た目相応の少女の表情だった。
暇は嫌。
リーダーは心底、彼女の言葉が理解し、共感出来た。
「……そっか。じゃあこれから楽しくなるよ」
「ホント? ティア、もう暇は嫌だよ?」
「大丈夫。暇だった頃が羨ましくなるほど忙しくなるさ」
リーダーがティアの手を握ってやると、ティアの表情も明るくなったのだった。
「……イドゥさん、リーダーって、子供の扱いが上手だったんですね。驚きです」
「あやつ自身、まだガキだからな。気が合うんだろうよ。何せガキだからな」
「こらー、陰口は陰で言ってくれー」
「アハハ、リーダー、馬鹿にされてるー」
「ティア、あれはね、褒めてるんだよ?」
「そうなの? ティア、間違えた?」
「いや、ワシは間違いなく馬鹿にしたぞ。君は正しい」
「だから陰で言ってくれってば……」
それでも、なんだかんだ言ってリーダーとティアの息はピッタリではある。
まるで元より共に旅をしてきたかのように。
――ティアが龍であることが、関係しているのかも知れないが。
「くすぐったい」
「いいじゃない。綺麗な髪だったから、つい触りたくなるんだから」
リーダーはティアの頭を撫でてやった。
これから大切なパートナーとなる少女だ。早計かもしれないが愛おしいとさえ思う。
彼女こそ、リーダーの願望を叶える鍵なのだから。
「くすぐったい」
「もう少しだけ! いいでしょ?」
「……うん。……うう……、ボサボサ……」
とはいえティアも満更でもなさそうではある。
そんなリーダーとティアの様子を羨ましそうに、口に指を咥えて見ていたのは――。
「るーしゃ、私にもあれ、やって」
「やらん」
――血の如く真紅の髪を携える男、ルシャブテの腕をがっちりと捕まえて離さないゴスロリドレスの銀髪おかっぱ娘、スメラギであった。
この二人が例のイチャイチャ組である。
「いつもいつも騒がしいな、お前らは」
「全くだ」
そんな様子を、うんざりだと言わんばかりに腕を組むのが、元プロ鑑定士をしていた渋面、ダンケルク。
大の大人が三人いて持てるか判らぬほどの、超巨大な剣を軽々と背負う女、アノエも同感だと首を縦に振っていた。
二人合わせて無言組である。
「次ですか。イドゥさん、どうなんです?」
そんな連中の中、唯一常識人だと自負しているのは、エルフ族の女、ルシカ。
人間にはない感覚を駆使して、龍の少女ティアを探し出した張本人でもある。
「次か。実はすでに目星は付けてある」
そう答えたのが、この場でいえば最年長の男、そしてこの連中のまとめ役(実質リーダー)兼参謀役のイドゥであった。
ここにいる連中と、そしてもう一人、生意気なメイド、フロリアを加えた8人こそ、贋作士集団『不完全』を潰した『異端児』である。
「我々が目的を為すには、最低でも後三つ必要なものがある」
「三種の神器が必要なんでしょ? その為にティアを助けたようなもんだもんね」
「……ティア、必要?」
「そ、君が必要なんだってさ!」
軽い調子のリーダーを無視して、イドゥが説明を続ける。
「その三つ全てが、次の目的地にあるという情報を掴んだ。これはまあ、ルシカのおかげだな」
「そんな! 私のことをそんな超有用な天才美少女だなんて褒め称えても、何も出ませんよ!?」
「……だから毎回そこまでは言ってはおらん」
「謙遜するなって!? そんな、イドゥさん、褒めすぎです!!」
「イドゥさんよ、ルシカを褒めるな。いつもこうなるだろうが」
「……だな」
実はこのルシカ。全くもって常識人とは程遠い。
リーダーとルシカ、二人も無視しつつ、イドゥはウンザリ気味に話を続ける。
「とにかくだ。当面はその三つの収集に向かう。場合によっては複数の班に分けて行動せねばならん」
「それなら大丈夫だろ。いつもバラバラに行動しているわけだし」←ダンケルク
「……まあな。だが、今回はモノがモノだ。普段以上に行動は慎重にならねばならん」←イドゥ
「……一体、何を狙う気なんだ……? そもそもどこへ行くつもりだ?」←アノエ
アノエの質問に、一同、ピタリと静寂する。
「言っておこう。我々が手に入れねばならないもの、それは三種の神器の一つ、『心破剣ケルキューレ』と、その鍵となる神器、『創世原音』。そして目的地は――運河都市『ラインレピア』だ」
「ケルキューレねぇ、聞いたことないよ。ある? ティア」
「うん。ある。というか知ってる」
「なんだってー!?」
「神器に関する知識が欲しくてティアを救ったようなものだ。もっとも、ティアには更なる大きな仕事もある」
「なぁに?」
「ラインレピアにある秘密結社『メルソーク』を叩き潰すことだ」
叩き潰す。
この台詞に、笑顔を浮かべるのは、武闘派のアノエとダンケルク。
「……なんだか楽しくなりそうだ。剣研いでおく」
「アノエ、俺の双剣も頼めるか?」
「承知。剣研ぐの趣味だから」
「るーしゃ、ラインレピアだって! デートしよう!」
「断る」
「ぷー、けち!」
「いててて! 頬をひねるな! お前の怪力がやったら頬が取れるわ!」
「リーダー、ワシはティアと別行動を取る。しばらくティアを借りていくぞ」
「ええー!? せっかくティアと遊んで回ろうと思ってたのに!?」
呆れたことに本当に遊んで回る気でいたリーダーである。
「貴様ラインレピアには遊びに行くのではないことを心に刻んでおけ! リーダーとしての自覚を持たんか!!」
温厚なイドゥも、ついに声を張り上げてしまった。
「ティア、遊びたい」
「……後でじっくりと遊べばいいさ。まずは仕事だ。お前にしか出来ないことがある」
ティアには大声を出せない。
全くリーダーに似ているなと心の中で苦笑+呆れつつ、ティアにしてもらいたいことをそっと耳打ちした。
「それ、人を殺せる?」
「無論だ。幸い相手は人のクズのような連中。ワシが良しと言えば好きにやれ」
「ならいく!」
「後は任せる、ルシカ。何かあれば能力ですぐに連絡を入れろ」
「判りました」
『異端児』の目的と、イドゥの陰謀。
運河都市『ラインレピア』でこれから始まる一大事件は、大陸、いや、世界の崩壊すら招きかねない、大事件の幕開けとなるものであった。
最後の龍と、三種の神器。
運命の歯車は、皮肉にも、龍や神器に振り回されてばかりのウェイル達を、ラインレピアへと誘うのであった。
――――
芸術大陸――『アレクアテナ』。
そこに住まう人々は、芸術や美術を嗜好品として楽しみ、豊かな文化を築いてきた。
そしてそれら芸術品を鑑定する専門家をプロ鑑定士という。
彼らの付ける鑑定結果は市場を形成、流通させるのに非常に重要な役割を果たしている。
アレクアテナにおいてプロ鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
そのプロ鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスと共に、大陸中を旅していた。
治安局並びにラルガ教会とアルカディアル教会の間で勃発した宗教戦争。
超弩級戦艦『オライオン』の圧倒的な力によって、壊滅的な被害を大陸にもたらした今回の一大事件は、突如アルクエティアマイン上空に現れた三体の龍の力によって無事解決する運びとなった。
それでも事件が大陸に与えた影響は大きく、特に被害の大きかったラングルポートとアルクエティアマインでは、未だ復興は難航しているという。
アレクアテナ大陸の心臓とまで言われたラングルポートの機能が大きく失われたため、物資の循環も滞り、一般庶民にまで影響が出ている。
またアルクエティアマインが攻撃された影響は、為替市場に大きなダメージを与えた。
広大な金脈を持つアルクエティアマインが、金の採掘を行えない状況になったためだ。
この様に、宗教戦争は多大な被害と影響を出したのだが、治安局とプロ鑑定士協会の主導、さらにデイルーラ社をスポンサーにして、復興の為に、人々は皆躍起となっている。
忙しなく働く人々がいる中、ウェイルとフレスは、その時間を止めていた。
事件を解決したフレスの身に、信じられないことが起きたのだ。
また、贋作士集団『不完全』過激派の連中が、何者かに惨殺されるという事件も勃発。
この時はまだ、誰もが予想すらしていなかったことだろう。
これから始まる一連の事件は、宗教戦争などとは比べ物にならないほどの、巨大な規模の事件となることを。